2005/07/07(木) 犬の名前

 ほぼ寅次郎に決まりつつある。この字をあてるかどうかは分からないが、愛称はトラ。家内の発案。トラという愛称は猫みたいで嫌なのだが、ほかに良い案がない。ほかに挙がった候補は太郎(ありふれている)、小次郎(知り合いが飼っている武蔵に負けそうだ)、コロ(小さい頃はいいけど、大きくなった時がなあ)、マックス(アメリカで一番多い犬の名前らしいが、日本犬にこの名前はないだろう。同じ理由でジョンとかもダメ)、ゴン太(次女の愛称がゴンなので紛らわしい)、ポン太(タヌキみたいだ)。犬の名前 わんこの名前 ランキング も参考にしたけど、なかなかしっくりきませんね。

 個人的にはゴン太が一番いいと思うんですけどね。寅次郎という名前だと、家にいつかずフラフラするかもしれない。それが心配だ。

2005/07/06(水)柴犬の飼い方

 うちに来た柴犬の子ども首輪と引き綱、ドッグフード、おもちゃを買いに行く。犬はつないで飼いましょう、と言うけど、散歩用の綱しか売ってませんね。サークルに入れて飼うのがいいのか。

 このページ(柴犬研究会のページにある)や他の犬の飼い方のページを読むと、しつけはいろいろ難しいですね。食事は与える前には必ずマテをするとか、むやみになでないとか、なるほどと思う。

 うちに来た柴犬は生後3カ月余りらしい。中庭で遊ばせていたら、溝に落ちてどろんこになった(ドジな子犬だ)。犬用シャンプーも買わねば。

2005/07/06(水)「ベルヴィル・ランデブー」

 「ベルヴィル・ランデブー」パンフレット昨年のアカデミー賞歌曲賞と長編アニメーション賞にノミネートされたフランス、カナダ、ベルギー合作映画。歌曲賞のパフォーマンスで歌があまりにも良かったので、「ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還」もこの部門だけは取れないかと思ったら、取ってしまった。まあ、それが勢いというものなのだろう。普通に考えれば、歌に関しては「ベルヴィル・ランデブー」の方がいいはず。見ていたアカデミー会員が少なかったのかもしれない。歌のイメージが強かったので、映画も歌の場面が多いのかと思ったら、全然違う内容だった。少しがっかりしたが、よくできたアニメーションとは思う。

 そのベルヴィルの三姉妹(トリプレット=三つ子)の歌で幕を開ける。戦後間もないフランス。孫のシャンピオンと、犬のブルーノとともに暮らすおばあちゃんが孫に三輪車を買い与える。三輪車に夢中になったシャンピオンは大人になって、おばあちゃんと自転車のトレーニングに励み、ツール・ド・フランスに出場するが、レースの途中で何者かに誘拐される。おばあちゃんはその後を追って、足こぎボートで大西洋を横断。明らかにニューヨークがモデル(港に太った自由の女神像がある)のベルヴィルという都市にたどり着く。シャンピオンを誘拐したのはマフィアで、シャンピオンは賭博レースに参加させられることになった。そのころ、おばあちゃんはベルヴィルの奇妙な三姉妹と出会い、一緒にシャンピオンの救出に向かう。

 物語はシンプルだが、味わいは変わっており、デフォルメされたキャラクターとデザインがおとぎ話のような雰囲気を与えている。列車に向かって吠えるブルーノとか、カエルを食べる三姉妹とか、独特のタッチがあると思う。ユーモアとブラックさが混在したタッチだ。セリフは極端に少なく、動きで見せるアニメーションであるところもいい。日本のアニメとは発想が根本的に違うのだろう。

 監督は短編アニメを撮った後、初の長編アニメとなったシルヴァン・ショメ。演出のほか、脚本、絵コンテ、グラフィック・デザインを担当している。

2005/07/03(日)「ベルリン・フィルと子どもたち」

 「ベルリン・フィルと子どもたち」パンフレット「芸術は今後生存をかけた闘いを強いられる。だが芸術はぜいたく品ではなく必需品だ。空気や水と同じように生きるために必要だ」

 「友達とは君が新しいことに挑んでいる時、応援してくれる者のことだ。これは人生でも大事なことだよ。友達は君が高みへ上るのを助けてくれる者だ」

 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の「春の祭典」(ストラヴィンスキー)と250人の子どもたちのダンスの共演を描いたこの映画の中で、心に残るのは指揮者であるサー・サイモン・ラトルと振付師のロイストン・マルドゥームの数々の言葉だ。パンフレットの最後のページに2人の言葉が多数引用してあるのももっともであり、本筋である共演よりもこの2人を描いた部分の方が素晴らしい。2人とも、さすがプロだと思わされるほどの名言を吐いている。原題の“Rhythm is It !”も「人類がまだ文明を持つ以前の脳、それはおそらく爬虫類の時代からの脳で、そこにリズムが宿っている」というラトルの言葉から取られたものである。

 映画は2003年1月に行われた公演に至るまでのドキュメンタリー。集められた子供たちは各国の難民をはじめとした貧しい階層にあり、いずれもダンスは素人である。数人の子どもにスポットを当てながら公演までの6週間の練習を描いている。劇映画的なタッチを取り入れてはいても、ドキュメンタリーとしてはまず常識的な手法ではある。それにもかかわらず、音楽とダンスの素晴らしさが浮かび上がってくるのはこの2人の存在が大きいからだ。

 ラトルは言う。「クラシックは皆の音楽だ。気後れする必要はないし、遠くにあるものでもない。リッチな老夫婦のためだけの音楽ではない」。子どもたちの一人は「春の祭典は難しい」と言うけれど、映画を見ていると、クラシックを無性に聞きたくなってくる。それはマルドゥームのダンスの指導にも同じことが言える。「ここにいる中で誰一人ダメな者はいない。全員が輝ける可能性を秘めている…。君たちにはパワーがあるんだ」。こんな指導を受けられた子供たちは幸せだと思う。

 この2人が大きいために、本来ならメインになるはずの公演のシーンがそれほどの出来ではない。それは残念な点だが、一流の芸術家である2人を描いただけでも映画には価値があると思う。ラトルの「芸術は必需品だ」という言葉は、小説や映画などの物語をなぜ人は求めるのかということと重なって興味深かった。

2005/07/01(金)「ピッチブラック」

 デヴィッド・トゥーヒー監督。見始めたら面白くて最後まで見た。定期航路から外れた宇宙船が未知の惑星に不時着して、乗客がモンスターに襲われるというだけの話だが、タイトに引き締まった傑作。22日周期で夜が来るとか、夜になると凶暴なモンスターがぞろぞろ出てくるとか、SF的な設定に穴がない。なぜ、この続編「リディック」がああいう悲惨な出来になるのか理解しがたい。