2023/01/08(日)「非常宣言」ほか(1月第1週のレビュー)

 「非常宣言」は韓国からハワイに向かう飛行機の中でバイオテロが起きるパニック・サスペンス。

 乗客150人というのは国際線の飛行機としては小さいです。犯人はわざわざ空港職員に乗客の多い飛行機を聞いてるわけですから、もう少し大きな飛行機を選べば良かったのに、自分がウイルスを体に仕込むところを目撃した少女が乗った飛行機を選びます。が、この犯人、飛行機の中で死ぬつもりであることが分かり、乗り込んでしまえば、目撃者なんてどうだって良いのでした。お前はサイコな上にバカか。いや、バカなのは映画の脚本・監督を務めたハン・ジェリムで、その後も穴だらけのストーリーが冗長に展開されていきます。

 70年代パニック映画群の洗礼を受けた者としては途中でアホらしくなりました。同じくウイルス絡みのパニック映画「カサンドラ・クロス」(1976年、ジョルジュ・パン・コスマトス監督)の方がよほど面白かったです。

 この規模の飛行機なら、国内線の設定で良かったのに、国際線にしたのはアメリカと日本の対応を入れたかったためでしょう。成田空港に無理矢理着陸しようとする場面にあきれ、自衛隊機が威嚇射撃する場面でさらにあきれました。民間機への威嚇射撃なんてあり得ませんし、着陸しても乗客を飛行機から出さなければ、感染を心配する必要もないでしょう。まだ恐ろしい感染症と信じられていた新型コロナ初期、日本は3700人以上の乗員・乗客がいたコロナ蔓延の豪華客船を横浜に入港させましたしね。

 韓国国内の着陸に対する手のひら返し描写もあまりに国民をバカにしてます。韓国国民は怒るべきでしょう。刑事役でソン・ガンホ、元パイロット役でイ・ビョンホンが出演していますが、名優2人の無駄遣いとしか思えない2時間21分でした。
IMDb6.9、メタスコア70点、ロッテントマト64%。
▼観客5人(公開日の午前)

「恋のいばら」

元カノと今カノの確執を描いて、筋に凝ったよくできた脚本だ、さすが城定秀夫監督と思ったら、香港映画「ビヨンド・アワ・ケン」(2004年、パン・ホーチョン監督。IMDb6.9)のリメイクとのこと。オリジナルは配信にも近所のTSUTAYAにもなかったので、レンタル落ちの中古DVDを注文しました(楽天で送料込み360円)。

 あまり知られていない映画のリメイクをなぜ企画したのか分かりませんが、城定監督はプロデューサーからの依頼で監督を引き受け、脚本を「愛がなんだ」「かそけきサンカヨウ」などの澤井香織が担当。それを城定監督がさらに日本向けにアレンジしたそうです。

 元カノ桃が松本穂香、今カノ莉子が玉城ティナ、2人が付き合った健太郎が渡邊圭祐というキャスティング。図書館で働く桃は別れた健太郎のSNSで莉子の存在を知って接近。「リベンジポルノって知ってる? 健太郎にヤバい写真を撮られているかもしれないから、パソコン内の写真を消すのを手伝って」と持ちかける。健太郎のクズっぷりも明らかになり、撮られたことに覚えがあった莉子は桃と協力し、合鍵を作って健太郎の家に忍び込もうとする、というストーリー。

 後半に意外な展開がありますが、反発し合っていた桃と莉子の関係が徐々にシスターフッド的になっていくところが良く、松本穂香と玉城ティナがそれぞれに魅力を発揮しています。きっちり楽しませる作品に仕上がっていました。1時間38分。
▼観客1人(公開日の午後)

「シスター 夏のわかれ道」

 疎遠だった両親が交通事故死し、幼い弟ズーハン(ダレン・キム)を引き取ることになった姉アン・ラン(チャン・ツイフォン)が徐々に絆を深めていく物語。両親は男の子が欲しくて、アン・ランを障害児と偽って2人目を生む許可を得ます。アン・ランの大学進学も希望していた北京ではなく、両親から地元の大学に変更されるなど、男児をありがたがる両親の態度が疎遠となった理由でした。

 小さな子供を使って泣かせるのは100年前の「キッド」(1921年、チャールズ・チャップリン監督)からある手法。この映画はあざとさが目に付きますし、描写もうまくありません。一人っ子政策や男尊女卑への批判も手ぬるいです。というか、政府批判の映画は中国では公開できないのでしょう。男尊女卑の描写だけ取っても「はちどり」(2018年)や「82年生まれ、キム・ジヨン」(2019年)などの韓国映画に負けています。

 1979年から2015年まで一人っ子政策を取っていた頃の中国で女児は売られたり、捨てられたりしていたそうで、ゴミ捨て場に大量の女児の遺体があった、というのがドキュメンタリー「一人っ子の国」(2019年、ナン・フーアン、ジアリン・チャン監督)で描かれていました。
2時間7分。IMDb6.6、ロッテントマト100%(ただし評価は5人だけ)。
観客8人(公開14日目の午後)

「マチルダ・ザ・ミュージカル」

 Netflixが先月末から配信している作品で、ロアルド・ダールの児童文学「マチルダは小さな大天才」を基にしたミュージカルの映画化。「ベイビーわるきゅーれ」の伊澤彩織が「凄すぎてしばらく頭から離れなさそうです。感動しました」と書いていたので見ました。元TBSアナの宇垣美里も「アトロク」で褒めてました。

 Wikipediaを引用すると、「卓越した天才的頭脳と超能力に目覚めた少女マチルダが家族や学校による障壁を克服し、また担任教師が人生を取り戻すことを手伝う物語」。原作は1996年にダニー・デヴィートが製作・監督・出演を兼ねて映画化しているそうですが、僕は見ていませんでした。2010年にミュージカル化され、2013年のトニー賞5部門で受賞しています。

 基本は子供向けなので油断して見ていたら、終盤、担任教師ミス・ハニーの身の上話の場面でグッと心をつかまれました。大人が見ても面白いです。子供を虐待する残忍な校長先生役をエマ・トンプソンが怪演。ミス・ハニーを演じるのは「007 ノー・タイム・トゥ・ダイ」で女性初の007となったラッシャーナ・リンチ。主人公マチルダ役はアリーシャ・ウィアー。監督は「パレードへようこそ」(2014年)のマシュー・ウォーカス。1時間58分。
 IMDb7.2、メタスコア72点、ロッテントマト92%。

2022/12/25(日)「かがみの孤城」ほか(12月第4週のレビュー)

「かがみの孤城」は辻村深月のファンタジーを原恵一監督がアニメ化。完璧なアニメ化だと思います。5年前、原作を読んだ時に、いじめと不登校の重たいテーマに対して終盤のミステリー的趣向の多さは少しそぐわないと思えました。映画はそのあたりのバランスが非常に良かったです。原監督にとっても会心の出来ではないかと思います。

 学校に行けなくなった中学生・安西こころ(當真あみ)が主人公。ある日、部屋の鏡が光り出し、こころが中に入ると、おとぎ話に出てくるような城につながる。そこには中学生の男女6人がいた。狼のマスクをかぶった女の子が現れ、「城に隠された鍵を見つければ、どんな願いでも叶える」と告げる。期限は約1年。鍵を探しながら共に過ごすうち、7人はいずれも同じような境遇にあることが分かる。

 学校で孤立した経験を持つ辻村深月は原作を書く際に「いじめ」「不登校」という言葉を意識的に使わなかったそうです。インタビューを読むと、主人公や他の登場人物に起きたことを丁寧に説明しないと、言葉のイメージだけで理解されてしまい、本質が伝わらないと感じたからのようです。2018年の本屋大賞を受賞した原作の前半は主人公の学校でのつらい経験が胸を打つ秀逸な出来でした。

 映画にもこの2つの言葉は出てきません。「カラフル」(2010年)から4作続けて原監督とコンビを組む丸尾みほの脚本は原作の持つ力を損なうことなく、重要なエピソードをピックアップして構成しています。主人公の声を演じる當真あみをはじめ、芦田愛菜、麻生久美子、宮崎あおいらの声優陣も見事。高山みなみが声を担当したマサムネは江戸川コナンのあのセリフを言う場面があってニヤリとさせられました。

 今年はアニメのさまざまな傑作・話題作が公開されましたが、掉尾を飾るのにふさわしい優れた作品だと思います。1時間56分。
▼観客21人(公開2日目の午前)

「ケイコ 目を澄ませて」

 小笠原恵子「負けないで!」を原案に岸井ゆきのが耳の聞こえないボクサーを演じる三宅唱監督作品。岸井ゆきのはボクシングの練習を相当に積んだようで、トレーニングシーンだけでも感動を覚えるほど。手話も完璧です。

 今年の日本映画ベストとの評価もありますが、ドラマが希薄で僕は物足りませんでした。三宅唱監督作品としては前作「きみの鳥はうたえる」(2018年、キネ旬ベストテン3位)の方が好きです。

 ボクシングジムの会長を演じる三浦友和は「グッバイ・クルエル・ワールド」「線は、僕を描く」に続いて今年3本目の出演作品。どれも同じタイプのキャラに見えますが、渋くて良いです。助演男優賞有力じゃないでしょうか。1時間39分。IMDb7.3。
▼観客5人(公開5日目の午後)

「Dr.コトー診療所」

 フジテレビのテレビドラマの劇場版は今年だけで「コンフィデンスマンJP 英雄編」「劇場版ラジエーションハウス」「バスカヴィル家の犬 シャーロック劇場版」「沈黙のパレード」に続いて5本目になります。来年1月には「映画イチケイのカラス」が公開予定。「silent」もそのうち映画化されるのでしょう。

 元がテレビドラマであっても、面白ければ文句はありません。離島の医療を盛り込んだこの映画は貶すほど悪くはありませんが、さまざまな困難が重なり過ぎるクライマックスはスラップスティック一歩手前。話の作りには一考を要します。映画の中で行政が進める診療所の統廃合は島に診療所を残すのであれば、統合でも廃止でもありませんね。2時間14分。
▼観客多数(公開6日目の午後)

「ナイブズ・アウト:グラス・オニオン」

 「ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密」(2019年)の続編で、脚本・監督は前作と同じライアン・ジョンソン。8人の男女が富豪の住むギリシャの孤島に招かれる。という出だしは本格ミステリーではよくある設定で、当然のように殺人事件が起こり、8人の中にいた名探偵ブノワ・ブラン(ダニエル・クレイグ)が事件を調べ始める、という展開です。

 笑いを適度に織り交ぜて楽しめる出来ですが、解決が本格ミステリーらしくありません。スパッと終わるスマートさが欲しいところ。富豪役にエドワード・ノートン。招かれる客はケイト・ハドソン、「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」のデイヴ・バウティスタ、「アンテベラム」のジャネール・モネイら。各地の映画祭で上映後、23日からNetflixが独占配信しています。2時間19分。
IMDb7.7、メタスコア81点、ロッテントマト94%。

2022/12/19(月)「アバター ウェイ・オブ・ウォーター」ほか(12月第3週のレビュー)

 「アバター ウェイ・オブ・ウォーター」は大ヒット3D映画の13年ぶりの続編。序盤はうーんと思える出来で、この調子で3時間はつらいなと思いましたが、主人公のジェイク(サム・ワーシントン)一家が森から海の民の所へ逃げてからは長さをそれほど感じない作りでした。

 クジラを思わせるタイカンやトビウオのように空を飛ぶスキムウイングなど海中生物の描写がいちいち凄いです。

 ジェームズ・キャメロン監督は基本、アクションの人なので、クライマックスには圧巻のアクションシーンが1時間ほど続きます。

 映像はかなりの高品質で、これは体験として見ておいた方が良い作品と思えました。それでも2時間半程度にまとめた方が良かったでしょう。

 アメリカでの評価はIMDb8.1、メタスコア69点、ロッテントマト77%(ユーザーは93%)となってます。プロの評価はそれほど良くないんですが、ゴールデングローブ賞のドラマ部門作品賞にノミネートされました。3時間12分。
▼観客少なめ(公開日の午前)

「ペルシャン・レッスン 戦場の教室」

 ナチスの収容所で自分をペルシャ人と偽り、親衛隊の大尉にペルシャ語を教えることで生きのびたユダヤ人の話。原作は実話を基にした短編とのことで、映画にもフィクションがかなり入っているのでしょう。

 主人公のジル(ナウエル・ペレーズ・ビスカヤート)が入れられたのはアウシュヴィッツのようなホロコーストを目的とした収容所ではなく、強制労働を課す収容所。ジルはペルシャ人と嘘をつくことで処刑を逃れ、ペルシャでレストランを開く計画を持つコッホ大尉(ラース・アイディンガー)の命令でペルシャ語を教えることになる。デタラメの言葉を必死に考え出して教え、幸運にも助けられてジルは毎日をなんとか生きのびていく。

 収容所のひどい実態も描かれますが、基本は主人公の正体がばれるのではないかとハラハラさせるサスペンスです。主人公の行動は自分一人の利益のためですが、他人に迷惑をかけているわけでもありません。生きのびることは重要ですから非難される謂われもありませんが、褒めすぎるのもどうかと思います。監督は「砂と霧の家」のヴァディム・パールマン。2時間9分。

 IMDb7.4、ロッテントマト79%。アメリカでは映画祭での公開のみ。
 ▼観客9人(公開5日目の午後)

「MEN 同じ顔の男たち」

 離婚をめぐる夫婦げんかの後に夫が転落死した女性が心の傷を癒やすためにイギリスの田舎町を訪れ、そこで襲われる恐怖を描いたホラー。原題は「MEN」だけで、サブタイトルは日本の配給会社が付けたものですが、これがまったく余計なお節介、有害なネタバレでしかありません。確かに田舎町に登場する男たちはどれもロリー・キニアが一人で演じているんですが、主人公のハーパー(ジェシー・バックリー)は全員が同じ顔であることに気付いていません。

 つまり、同じ顔であることは観客に対して示されているわけで、これは多分、どんな男も女性に対して同じような(この映画では主に暴力的であったり、男尊女卑的であったりの)性質を持っていることの比喩なのかと思いますが、それなら実際には別の顔の男たちなのかといえば、そうなるとクライマックスの説明がつかなくなります。

 脚本・監督のアレックス・ガーランドはクライマックスに登場するアレのことを「モンスター」と言っています。当たり前です。こんなグロテスクなことができるものが人間であるはずがありません。すべては主人公の夢だったのかと思えば、そういうオチにもなっていません。

 このモンスターは論理的には存在し得ないものです。すべて明快に説明してしまっては恐怖はなくなってしまいますが、ガーランド監督はそれを狙ったわけではないでしょう。「エクス・マキナ」(2015年)、「アナイアレーション 全滅領域」(2018年、Netflix)を見ると分かるように元々イメージ先行型で、話のつじつま合わせにあまり興味がないのではないかと思います。

 今年見た映画の中では「TITANE チタン」「LAMB ラム」と同じぐらい変なホラー。この2本に習ってタイトルは「MEN メン」で良かったのではないでしょうかね。一般的な評価は低いんですが、僕を含めて変な映画を好きな人は好きな映画だと思います。1時間40分。
 IMDb6.1、メタスコア65点、ロッテントマト68%。
 ▼観客2人(公開7日目の午前)

2022/12/11(日)「ラーゲリより愛を込めて」ほか(12月第2週のレビュー)

 「ラーゲリより愛を込めて」は辺見じゅんのノンフィクション「収容所(ラーゲリ)から来た遺書」を瀬々敬久監督が映画化。極寒のシベリアに抑留され、戦後も長く過酷な労働を課せられた日本兵たちを描いて、最近の瀬々監督作品では最も充実した作品になっています。

 1945年、終戦間近の満州で家族と生き別れた山本幡男(二宮和也)は身に覚えのないスパイ容疑でシベリアの収容所に送られる。ロシア語が堪能な山本は通訳をしながら、過酷な状況に絶望する仲間を励まし、帰国(ダモイ)の日を待ちわびる。しかし、山本を病魔が襲う。

 映画を見た後に原作を読みました。映画も胸を打つシーンになっていますが、原作のエピローグは涙なくしては読めない感動的なものになっています。

 映画は山本以外の登場人物にモデルとなった人はいるものの、ほぼ架空の人物で、エピソードもフィクションです。瀬々監督はインタビューで「山本以外のラーゲリの登場人物は、収容所映画や刑務所映画における一つの類型を念頭に置きつつ、本作に翻訳していったという感じです」と話しています。収容所内の草野球のシーンで禁止区域にボールを取りに行く犬のクロは実在しています。ラスト近くにクロにまつわるドラマティックな、いかにも作ったようなエピソードがありますが、これも事実です。収容所内の兵士たちのドラマとしては申し分ない出来で、脚本(林民夫)は非常にうまいと思いました。

 二宮和也の祖父はシベリア抑留者だったそうです。それに思うところがあったのかどうか分かりませんが、「硫黄島からの手紙」(2006年)でクリント・イーストウッドに認められて以来16年ぶりの日本兵役でも確かな演技を見せています。丸眼鏡で小柄な二宮は日本兵役が実にしっくりきます。日本の男優は兵隊役が似合うとよく言われましたが、この作品でも松坂桃李、桐谷健太、安田顕、中島健人らがそれぞれに好演しています。

 原作は1993年にフジテレビがドラマ化していて、寺尾聰が主人公の山本を演じたそうです。その寺尾聰は今回、現代のエピソードに山本の長男顕一役で出演しています。

 収容所では文字の書かれたものは一切所持できなかったにもかかわらず、戦友たちは山本の遺書を家族へ届けることができました。僕はこの方法を見た記憶がありますが、ドラマは見ていません。日テレ「知ってるつもり?!」でも取り上げられたそうなので、そっちを見たのかもしれません。2時間14分。
▼観客多数(公開日の午前)

「THE FIRST SLAM DUNK」

 原作もアニメも見ていませんでしたが、映画は普通に楽しめましたし、面白かったです。原作のクライマックスとなる山王工業高(秋田)と湘北高(神奈川)のインターハイでの試合を描きつつ、湘北高の選手5人の過去を描いていく構成。原作の主人公である桜木花道ではなく、ポイントガードの宮城リョータの視点となっています。原作者の井上雄彦が脚本と監督を務めているので、この描き方に異論があったにしても、文句は言いにくいですね。

 オープニングテーマの「LOVE ROCKETS」でいきなり気分が上がりますが、そこからの展開も負けてません。山王工高との試合はアニメ表現が斬新で、スピード感と迫力に満ちています。最後の点数の入り方はバスケではお約束的なものではありますが、20点差からの試合展開は納得できるものでした。

 「スラムダンク」知識ゼロの人が見ることを尻込みする必要のない内容になっていて、原作ファン向けだけの作品ではありません。もし、うざい原作マニアがあなたの素朴な感想にケチを付けてきたら、劇中にある桜木花道のセリフをアレンジして言い返すことができます。

 「おめーら『スラダン』かぶれの常識は俺には通用しねえ!! 素人だからよ!!」

 「スラムダンク」の最も知られた名言とされる「あきらめたらそこで試合終了ですよ」も出てきます。これはバスケ部監督の安西先生が原作で2回言ってるそうです。

 タイトルの「FIRST」の意味について公式は明らかにしていませんが、ポイントガードのポジション番号が1番だから、という指摘になるほどと思いました。あるいは原作の最高の部分を描いて初心者でも理解できる「最初のスラムダンク」と受け取って良いかもです。

 というわけで、初心者としましては次のステップとして原作の新装再編版全20巻を買って読み始めました。序盤はギャグ漫画ですね。2時間4分。IMDb8.5。
 ▼観客多数(公開4日目の午後)

「ギレルモ・デル・トロのピノッキオ」

 Netflixで見ました。ストップモーションアニメ風の3DCGアニメかと思ったら、ストップモーションアニメそのものでした。制作に12年かかったそうです。

 デル・トロが製作・監督・脚色・脚本をいずれも共同で務めた作品で、原作と大きく異なるのは第一次大戦中の1916年からムッソリーニの下でファシズムが席巻する1930年代までのイタリアを舞台にしていること。ゼペットさんの息子カルロは空爆で死に、ピノッキオが軍隊で訓練を受けるシーンがあります。IMDbによると、デル・トロが政治紛争を背景にするのは「デビルズ・バックボーン」(2001年)、「パンズ・ラビリンス」(2006年)に続いて3度目とのこと。

 反戦テーマを根底に命の大切さを訴える内容は今の時代にマッチしていますが、それ以上に単純に面白いのが映画の良さで、ストーリーは分かりすぎるぐらい分かっているのに最初から引き込まれて見てしまいます。デル・トロのピノッキオへの関心は異形のものへの偏愛がやはり根底にあるのでしょう。従来の「ピノキオ」と異なる結末は実にデル・トロらしいですし、ポリコレ的でもあります。

 ダークなところもあるので、ディズニーの「ピノキオ」を卒業した子供たちに見せたい作品です。共同監督は「ファンタスティックMr.FOX」(2009年、ウェス・アンダーソン監督)のアニメ監督マーク・グスタフソン。1時間56分。

 IMDb8.1、メタスコア82点、ロッテントマト97%。
 Netflixではメイキングも配信しています。

「パラレル・マザーズ」

 赤ん坊の散り違えを描いたペドロ・アルモドバル監督作品。

 出産を控えた写真家のジャニス(ペネロペ・クルス)と17歳のアナ(ミレナ・スミット)は入院した病院で出会う。共にシングルマザーになることを決めていた2人は同じ日に女の子を出産。ジャニスはセシリアと名付けた娘と対面した元恋人から、「自分の子供とは思えない」と告げられる。DNA鑑定の結果、セシリアはジャニスの子供ではないことが分かる。

 本人確認のない郵送でのDNA鑑定という手段に大きな疑問が残ります。これだと、被検査者を偽装してのDNA鑑定が簡単にできてしまいます。そんな結果をアナがすぐに信じてしまうのもどうかと思いますが、それ以上に本人の了承なしにDNA鑑定を行うこの主人公は人間としてどうなのか。

 どうもこの映画、細部の描き方が雑に感じます。最初と最後にスペイン内戦の犠牲者のエピソードを盛り込んであるのも疑問。90年近く前の事件なので、恐らくスペインの若い世代にも知らない人が多いでしょうし、こんな刺身のつまみたいな描き方はしない方が良かったと思います。

 父親である男が赤ん坊を見た瞬間に自分と似ていないと疑う場面も違和感があります。一目見ただけで分かるわけありません。男がDNA鑑定したいと申し出たのを即座に断ったのに、自分と赤ん坊とのDNA鑑定をする流れも不自然で、自分の子供ではないのでは、との疑いを持つ描写が必要でした。ペネロペ・クルス(48歳には見えないスタイルと容貌)は悪くなかったんですけどね。2時間3分。

 IMDb7.1、メタスコア88点、ロッテントマト96%。
 ▼観客4人(公開7日目の午後)

「ブラックアダム」

 DCコミックのアンチヒーローを映画化したアクション。うーん、何というか、少しは新機軸を見せて欲しいところ。アダムは「シャザム!」の同類ですし、VFXも見たようなものばかりでした。

 監督のジャウム・スコット=セラはアクション映画に冴えを見せる監督で、スーパーヒーローものは初めて。リーアム・ニーソン主演映画を「アンノウン」など4本撮っていて、ドウェイン・ジョンソンとは前作「ジャングル・クルーズ」に続いてのタッグ。

 アンチヒーローという触れ込みですが、これは体制側のアンチであって民衆の味方なので結局、正義の味方なわけです。統治者側が悪というパターン。2時間4分。

 IMDb6.7、メタスコア41点、ロッテントマト39%。
 ▼観客16人(公開6日目の午後)

2022/12/04(日)「月の満ち欠け」ほか(12月第1週のレビュー)

 「月の満ち欠け」は佐藤正午の直木賞受賞作を廣木隆一監督が映画化。原作は序盤を読んで「これはホラーか?」と思い、終盤を読んで「見方によっては気持ち悪い」と思いました。それが目立たないのは佐藤正午の小説の書き方が際立ってうまいからです。

 予告編で分かる通り、この映画は生まれ変わりの話です。リーインカーネーションという言葉が人口に膾炙するぐらい、生まれ変わりを題材にしたホラーが流行したことがありました。そのものズバリの「リーインカーネーション」(1976年、J・リー・トンプソン監督)とか「オードリー・ローズ」(1977年、ロバート・ワイズ監督)とか。8歳ぐらいの少女が大人の知識を持っていて、大人の仕草をすれば、それは怖いでしょう。この小説の序盤にはそんな薄気味悪さがあるわけです。

 気持ち悪さもそれが原因で、小学生の少女が前世で愛した(今は中高年の)男性に会いたいと行動する姿に抵抗を感じてしまいます。これは作者も意識したようで、原作には「ロリータ」に言及した部分がありました。

 生まれ変わってもあなたに会いたいと願う気持ちは分かるんですが、物語の大きな弱点は生まれ変わると当然のことながら0歳からスタートすることになり、愛する男との年齢差が開いてしまうことです。原作では「天国から来たチャンピオン」(1978年、バックヘンリー、ウォーレン・ベイティ共同監督)に言及してありますが、あれは生まれ変わりではなく、死んだ他人の体を借りる設定でした。

 映画はこの2点(薄気味悪さと気持ち悪さ)を緩和するように表現を工夫していますが、基本的には変わりません。残念なのは正木瑠璃(有村架純)と三角哲彦(目黒蓮)の愛の物語の描き方がそれほどうまくなく、生まれ変わっても会いたいほどの説得力を持ったものではないことです。ここはもっとじっくり描いた方が良かったと思います。

 にもかかわらず、クライマックスでは女性客のすすり泣きが起こります。これは瑠璃と哲彦の関係ではなく、交通事故で娘の瑠璃(菊池日菜子)とともに死んだ小山内梢(柴咲コウ)が夫の堅(大泉洋)に対するある秘密をビデオの中で明らかにするからです。

 原作では岩井俊二「四月物語」(1998年、松たか子主演)に絡めて語られるこのエピソードは困ったことに生まれ変わりとは全然関係ありません(こんなに何本も映画のタイトルが出てくるということは佐藤正午はかなりの映画ファンなんですね)。

 生まれ変わりと純愛を結びつけるのはけっこう難しかったな、と思わざるを得ないような出来でした。説明が多くて、ストーリーも過去、大過去、現在を行き来するので見終わった女性客(たぶん、おばちゃん)の「なんか、難しかったね」という声が聞こえてきました。映画は原作より少し簡略化してあるんですけどもね。2時間8分。
▼観客 女性客中心に多数(公開日の午前)

「あちらにいる鬼」

 井上荒野の原作をこれも廣木隆一監督が映画化。脚本は荒井晴彦。作家の瀬戸内寂聴と井上光晴、その妻をモデルにしたドラマで、評価はあまり高くないようですが、僕は面白く見ました。ドキュメンタリーではないのでフィクションがかなり入っているのでしょうが、寺島しのぶ、豊川悦司、広末涼子がそれぞれに好演しています。

 本来なら敵対するはずの妻と夫の不倫相手がそうならなかったことについて、井上荒野は「どうしようもない男を愛した者同士としてのシンパシーがあったのかな」と話しています。これは映画からも感じられることで、井上光晴はとにかく女性にもてる人だったので、寂聴さんの家から他の女に電話をかけるエピソードもあり、奥さんと寂聴さんが同じような立場にあったことが分かります。瀬戸内寂聴の出家の理由が井上光晴との愛を断ち切ることにあったとは知りませんでした。その後は友人として死ぬまで交流が続いたのが素敵です。2時間19分。

 「あちらにいる鬼」が面白かったので、ずーっと見逃していた「全身小説家」(1994年、原一男監督。キネ旬ベストテン1位)と、今年公開された「瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと」(中村裕監督)を続けて見ました。「全身小説家」には長女の井上荒野もちょっと映ってます。小説書く時にこの映画も参考にしたのでしょう。「99年生きて思うこと」は17年間カメラを回した記録。人生経験豊富な寂聴さんの言葉は心に沁みます。法話に女性が詰めかけたのももっともだなと思いました。
 ▼観客13人(公開19日目の午前)

「ザ・メニュー」

 沖合の島にある予約の取れないレストランを舞台にしたサスペンス。ボーイフレンドのタイラー(ニコラス・ホルト)から誘われたマーゴ(アニャ・テイラー=ジョイ)など10人あまりの金持ち客が船で訪れる。コース料金は1人1250ドルと高いが、有名シェフのスローヴィク(レイフ・ファインズ)が出すのは変わった料理ばかり。レストランは徐々に不穏な雰囲気となり、ショッキングなことが起きる。

 料理人が出てくる物語の場合、客が料理にされるとか、とんでもない料理を出してくるとか、予想はできるわけですが、この映画もそういう類いの展開になります。ただ、脚本の細部の詰めが甘いです。多くの料理人たちがシェフの言うことをあんなに素直に聞くわけがないとか、シェフの行動が説得力に欠けるとか、気になる点が多いです。

 監督のマーク・マイロッドは「ゲーム・オブ・スローンズ」「アフェア 情事の行方」などのテレビシリーズの演出を担当してきた人。個性的な顔立ちのアニャ・テイラー=ジョイは相変わらず魅力的でした。1時間47分。
 IMDb7.5、メタスコア71点、ロッテントマト89%。
 ▼観客15人(公開13日目の午後)