2022/12/04(日)「月の満ち欠け」ほか(12月第1週のレビュー)

 「月の満ち欠け」は佐藤正午の直木賞受賞作を廣木隆一監督が映画化。原作は序盤を読んで「これはホラーか?」と思い、終盤を読んで「見方によっては気持ち悪い」と思いました。それが目立たないのは佐藤正午の小説の書き方が際立ってうまいからです。

 予告編で分かる通り、この映画は生まれ変わりの話です。リーインカーネーションという言葉が人口に膾炙するぐらい、生まれ変わりを題材にしたホラーが流行したことがありました。そのものズバリの「リーインカーネーション」(1976年、J・リー・トンプソン監督)とか「オードリー・ローズ」(1977年、ロバート・ワイズ監督)とか。8歳ぐらいの少女が大人の知識を持っていて、大人の仕草をすれば、それは怖いでしょう。この小説の序盤にはそんな薄気味悪さがあるわけです。

 気持ち悪さもそれが原因で、小学生の少女が前世で愛した(今は中高年の)男性に会いたいと行動する姿に抵抗を感じてしまいます。これは作者も意識したようで、原作には「ロリータ」に言及した部分がありました。

 生まれ変わってもあなたに会いたいと願う気持ちは分かるんですが、物語の大きな弱点は生まれ変わると当然のことながら0歳からスタートすることになり、愛する男との年齢差が開いてしまうことです。原作では「天国から来たチャンピオン」(1978年、バックヘンリー、ウォーレン・ベイティ共同監督)に言及してありますが、あれは生まれ変わりではなく、死んだ他人の体を借りる設定でした。

 映画はこの2点(薄気味悪さと気持ち悪さ)を緩和するように表現を工夫していますが、基本的には変わりません。残念なのは正木瑠璃(有村架純)と三角哲彦(目黒蓮)の愛の物語の描き方がそれほどうまくなく、生まれ変わっても会いたいほどの説得力を持ったものではないことです。ここはもっとじっくり描いた方が良かったと思います。

 にもかかわらず、クライマックスでは女性客のすすり泣きが起こります。これは瑠璃と哲彦の関係ではなく、交通事故で娘の瑠璃(菊池日菜子)とともに死んだ小山内梢(柴咲コウ)が夫の堅(大泉洋)に対するある秘密をビデオの中で明らかにするからです。

 原作では岩井俊二「四月物語」(1998年、松たか子主演)に絡めて語られるこのエピソードは困ったことに生まれ変わりとは全然関係ありません(こんなに何本も映画のタイトルが出てくるということは佐藤正午はかなりの映画ファンなんですね)。

 生まれ変わりと純愛を結びつけるのはけっこう難しかったな、と思わざるを得ないような出来でした。説明が多くて、ストーリーも過去、大過去、現在を行き来するので見終わった女性客(たぶん、おばちゃん)の「なんか、難しかったね」という声が聞こえてきました。映画は原作より少し簡略化してあるんですけどもね。2時間8分。
▼観客 女性客中心に多数(公開日の午前)

「あちらにいる鬼」

 井上荒野の原作をこれも廣木隆一監督が映画化。脚本は荒井晴彦。作家の瀬戸内寂聴と井上光晴、その妻をモデルにしたドラマで、評価はあまり高くないようですが、僕は面白く見ました。ドキュメンタリーではないのでフィクションがかなり入っているのでしょうが、寺島しのぶ、豊川悦司、広末涼子がそれぞれに好演しています。

 本来なら敵対するはずの妻と夫の不倫相手がそうならなかったことについて、井上荒野は「どうしようもない男を愛した者同士としてのシンパシーがあったのかな」と話しています。これは映画からも感じられることで、井上光晴はとにかく女性にもてる人だったので、寂聴さんの家から他の女に電話をかけるエピソードもあり、奥さんと寂聴さんが同じような立場にあったことが分かります。瀬戸内寂聴の出家の理由が井上光晴との愛を断ち切ることにあったとは知りませんでした。その後は友人として死ぬまで交流が続いたのが素敵です。2時間19分。

 「あちらにいる鬼」が面白かったので、ずーっと見逃していた「全身小説家」(1994年、原一男監督。キネ旬ベストテン1位)と、今年公開された「瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと」(中村裕監督)を続けて見ました。「全身小説家」には長女の井上荒野もちょっと映ってます。小説書く時にこの映画も参考にしたのでしょう。「99年生きて思うこと」は17年間カメラを回した記録。人生経験豊富な寂聴さんの言葉は心に沁みます。法話に女性が詰めかけたのももっともだなと思いました。
 ▼観客13人(公開19日目の午前)

「ザ・メニュー」

 沖合の島にある予約の取れないレストランを舞台にしたサスペンス。ボーイフレンドのタイラー(ニコラス・ホルト)から誘われたマーゴ(アニャ・テイラー=ジョイ)など10人あまりの金持ち客が船で訪れる。コース料金は1人1250ドルと高いが、有名シェフのスローヴィク(レイフ・ファインズ)が出すのは変わった料理ばかり。レストランは徐々に不穏な雰囲気となり、ショッキングなことが起きる。

 料理人が出てくる物語の場合、客が料理にされるとか、とんでもない料理を出してくるとか、予想はできるわけですが、この映画もそういう類いの展開になります。ただ、脚本の細部の詰めが甘いです。多くの料理人たちがシェフの言うことをあんなに素直に聞くわけがないとか、シェフの行動が説得力に欠けるとか、気になる点が多いです。

 監督のマーク・マイロッドは「ゲーム・オブ・スローンズ」「アフェア 情事の行方」などのテレビシリーズの演出を担当してきた人。個性的な顔立ちのアニャ・テイラー=ジョイは相変わらず魅力的でした。1時間47分。
 IMDb7.5、メタスコア71点、ロッテントマト89%。
 ▼観客15人(公開13日目の午後)