2025/05/11(日)「104歳、哲代さんのひとり暮らし」ほか(5月第2週のレビュー)

 是枝裕和監督がiPhone16 Proで撮影した短編映画「ラストシーン」(27分)YouTuneで公開されています。

 「最終話の脚本、書き直して欲しいです」
テレビドラマの脚本家・倉田(仲野太賀)はファミレスで見知らぬ女から唐突に頼まれる。女は50年後の未来から来たという由比(福地桃子)。倉田が書いているドラマの主演女優の孫だという。由比によると、このドラマ、脚本の出来が悪かったため、最終話の視聴率が最低の0.3%だった。倉田は脚本が書けなくなり、プロデューサーは子会社のある宮崎に飛ばされた。それだけでなく、「Wikiによると」このドラマの後、民放の地上波からドラマはなくなった。主演女優は「視聴率最低女優、0.3%の女」と言われて引退。倉田と結婚することになる。つまり、由比は倉田の孫。さあどうする、という展開。



 結末が個人的にはやや不満ですが、切なさを伴う時間テーマSFの佳作になってます。仲野太賀が当然のことながらうまく、福地桃子はいつものようにユニークでチャーミングで微笑ましくて良いです。もっと売れて良い女優だと思います。

 全編をiPhoneだけで撮影した映画は過去にも例があります。有名なところでは「ANORA アノーラ」のショーン・ベイカー監督が「タンジェリン」(2015年)をiPhone 5Sで撮影しています。白石和彌監督の「麻雀放浪記2020」(2019年)はiPhone8 Plusで撮影されたそうです。是枝監督はインタビューで「iPhoneだけで劇場公開用の作品を撮れるという時代は、もうすぐそこまできていると思いました」と話していますが、10年前からあるんですぜ。

「104歳、哲代さんのひとり暮らし」

 100歳を越えて広島県尾道市で一人暮らしをする石井哲代さんを描くドキュメンタリー。101歳から104歳までの哲代さんの暮らしを紹介しています。長生きの秘訣みたいなありふれたところにフォーカスしなかったのが良く、老後について、介護についてばかりでなく、生き方そのものについてのさまざまな示唆に富むドキュメンタリーだと思います。

 哲代さんは20歳で小学校の教員となり、26歳で同僚の良英さんと結婚。 56歳で退職後、民生委員として地域のために尽くしてきた。近所の人たちからは今も「先生」と呼ばれる。83歳で夫を見送り、ひとり暮らしになった。

 101歳の哲代さんの足は弱って家の前の坂は後ろ向きにしか降りられませんが、耳は遠くなく、認知症も大丈夫のようです。ただ、少し忘れっぽいところはあるよう。子供はいませんが、近くに住む姪2人が折々に面倒をみてくれています。自宅の離れにある風呂には入れなくなったため、週2回、デイサービスでの入浴が楽しみです。

 以前、認知症を研究する大学教授に「80歳以上の3人に1人は認知症、100歳以上は全員認知症」と聴きました。哲代さんは数少ない例外なのでしょう。しかし、101歳から104歳までの間に老いは着実に進行します。ガスコンロの火で服が燃えたため、姪がIHクッキングヒーターに変えます。普通、高齢になると、新しいものを使うことは困難になりますが、哲代さんは何とかお湯を沸かすぐらいは使えるようです。足の持病が悪化して入院することも。1人でできないことは多くなりますが、そこは支援を受けながら、1人でなんとか暮らしています。肩肘張らない自然体の生き方に学ぶところが多いです。

 クライマックスは7歳年下で脳梗塞のため寝たきりで施設に入っている妹との対面シーン。哲代さんは透明の仕切り越しに「ももちゃん、ももちゃん」と呼びかけながら、昔の話をします。目を閉じて聴いている妹の目には涙がにじんでいました。

 山本和宏監督は広島出身でさまざまなドキュメンタリーを撮ってきた人。中国新聞の連載記事で哲代さんを知って取材するようになり、一部はiPhone13 Proで撮ったそうです。ナレーションはリリー・フランキー。
▼観客15人ぐらい(公開2日目の午前)1時間34分。

「終わりの鳥」

「終わりの鳥」パンフレット
「終わりの鳥」パンフレット
 死をめぐる奇想ファンタジー。奇想のエスカレーションが途中で止まり、常識的な結末へ向かうのが惜しいです。

 余命わずかな15歳のチューズデー(ローラ・ペティクルー)のもとに言葉を話す奇妙な鳥が来る。生きものの“終わり”を告げるデス(DEATH)という名の鳥だった。デスは体の大きさを自在に変えられ、死にそうな人間にとどめを刺す役割を担っている。チューズデーはデスの役割を知り、母親ゾラ(ジュリア・ルイス=ドレイファス)が帰宅するまで待つように頼む。家に戻ったゾラはチューズデーからデスを遠ざけるべく暴挙に出る。

 母親は小さくなったデスを叩き潰し、燃やしますが、それでもデスが死なないため食べてしまいます。デスを食べた母親はどうなるのか、というところが面白く、どう決着を付けるのかと思ったら、そこは少し肩透かしでした。
入場者プレゼントのポストカード
入場者プレゼント

 監督はクロアチア出身でこれが長編デビューのダイナ・O・プスィッチ。前半を見て短編のアイデアだなと思いました。中盤以降にももう少し凝った展開が欲しく、このアイデアなら1時間半程度に収めたいところでした。母親役のジュリア・ルイス=ドレイファスは「サンダーボルツ*」でCIA長官を演じました。
IMDb6.3、メタスコア69点、ロッテントマト76%。
▼観客4人(公開6日目の午後)1時間50分。

「リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界」

「リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界」パンフレット
パンフレットの表紙
 モデルを経て報道写真家として活躍したリー・ミラーを描くドラマ。ケイト・ウィンスレットが製作総指揮と主演を務め、第2次大戦時の戦場カメラマンとしてのリーに焦点を当てた作品にしています。監督は「エターナル・サンシャイン」(2004年、ミシェル・ゴンドリー監督)などの撮影監督を務めてきたエレン・クラスでこれが監督デビュー。

 リーが撮影するのは病院で包帯だらけになった兵士や、ドイツ兵の愛人で祖国を売った裏切り者として髪を切られるフランス人女性、大量のユダヤ人の死体がある列車、ダッハウの強制収容所の惨状などです。戦争の残虐度が次第に増していく撮影内容はショッキングで、僕は面白く見ましたが、アメリカでの評価はいま一歩。リーの功績に比較すると、構成も含めて平凡ということのようです。

 リーの友人役でマリオン・コティヤール。ウィンスレットとコティヤールは同い年ですが、コティヤールの方が若く見えます。僕はウィンスレットの演技は好きですが、もう少し体を絞った方が良いとは思います。あまり外見を気にしない人なのかもしれません。
IMDb6.9、メタスコア62点、ロッテントマト67%。
▼観客6人(公開初日の午前)1時間56分。

「#真相をお話しします」

 結城真一郎の同名小説を豊島圭介監督が映画化。原作は5編を収録した短編集で、週刊文春ミステリーベスト10で3位、「このミステリーがすごい!」で13位などにランクされました。映画は順番に「惨者面談」「ヤリモク」「三角奸計」の3編と全体をつなぐ物語として「#拡散希望」(短編部門の日本推理作家協会賞受賞)を映像化しています。「#拡散希望」に映画オリジナルで付け足した部分が長い割に面白さに欠け、まとめの役割としては弱いです。ここの登場人物が他の3編にコメント・介入してくるので、物語の緊張感が途切れるデメリットにもなっています。

 映画は「#真相をお話しします」という配信番組で視聴者が参加して、それぞれの事件の真相を語るという設定。4つの話を無理に関連付けず、単純にオムニバスにしても良かったんじゃないかと思いますが、それだと何かまずいことがあるんでしょうかね。脚本は「総理の夫」(2021年、河合勇人監督)、「矢野くんの普通の日々」(2024年、新城毅彦監督)などの杉原憲明。出演は大森元貴、菊池風磨、中条あやみ、岡山天音、福本莉子、綱啓永ら。
▼観客15人ぐらい(公開14日目の午後)1時間57分。

2025/05/04(日)「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」ほか(5月第1週のレビュー)

 第2シーズンが放送中の「あきない世傳 金と銀」(NHK-BS)の第1シーズン第1話を見たら、小芝風花の子供時代を見覚えのある子役が演じてました。永瀬ゆずなちゃん。「あんぱん」で今田美桜の子供時代を演じ、先日は橋本環奈主演の「天久鷹央の推理カルテ」第1話にも出てました。Wikipediaによると、amazonプライムビデオのドラマ「【推しの子】」では有馬かな(原菜乃華)の子供時代を演じるなど多数のドラマ、映画に出ています。売れっ子ですね。確かに演技力ありますからね。

 「天久鷹央の推理カルテ」と言えば、第2話が「『トリック』に似てる?」という記事がYahoo!ニュースにありました。水神様のたたりをめぐる話で監督が同じ木村ひさしだったことからそういう声があったのだそうです。実は「トリック」の大ファンでして、ドラマは第3シリーズまでスペシャルも含めて全話、劇場版も4作“まるっと”見ています。貧乏をひた隠しにする仲間由紀恵とすぐに気絶する阿部寛のコンビはおかしくて最高でした。もう難しいでしょうけど、復活してくれないかなあ。

「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」

「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」パンフレット
パンフレットの表紙
 お笑いコンビ「ジャルジャル」の福徳秀介の作家デビュー作を大九明子監督が映画化。中盤にある伊東蒼の長い長いセリフのシーン(独白のような、悲しく切ない告白のシーン)がとにかく凄くて青春恋愛映画の歴史に残ると思える名シーンになっています。

 関西大学2年の小西(萩原利久)は冴えない毎日を送っていた。唯一の友人・山根(黒崎煌代)や銭湯のバイト仲間で同志社大2年のさっちゃん(伊東蒼)と他愛もないことでふざけあっている。ある日の授業終わり、お団子頭の桜田(河合優実)の姿に目を奪われる。思い切って声をかけると、偶然が重なり急速に意気投合。会話がはずむ中、毎日楽しいと思いたい、今日の空が一番好きと思いたい、と桜田が何気なく口にした言葉が胸に刺さる。それは半年前に亡くなった小西の祖母の言葉と同じだった。

 さっちゃんは密かに小西に思いを寄せていましたが、小西に最近好きな人ができたことを知ってショックを受けます。さっちゃんはバイトの帰り、小西に思いの丈を打ち明けます。そのごく一部が以下。
 「1週間前に言えば良かったわ。その人と仲良くなる前に。今更突然やめてーって思ってるやんな? ごめんな。小西君、隠しすぎも良くないで。私みたいになんで。あと、仲良くなりすぎも良くないかも。もし私たちの会話がもう少しぎこちなかったら違たかも。もし。
もし、ありえへんけど今急に、小西君が付き合うって言ってくれたとしても断る! だって私が一方的にアレなだけで、小西君は私のこと1ミリもアレじゃないもん」
入場者プレゼントのポストカード
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 映画は伊東蒼のこのセリフの後に驚く展開が2つあるんですが、ここが評価の分かれ目。僕はああダメだと思った後、少し見直しましたが、絶対に受け入れられない人も一定数いるらしく、そういう人は低い評価にしています。「映画芸術」誌の女性4人の座談会では徹底してけなしています。伊東蒼が演じたキャラのストーリー上の扱いに関して批判しているんですが、この人たちは終盤の展開を受け入れられないわけです。一方で同じ「映画芸術」の別の記事で荒井晴彦は「そんなに悪くないじゃないか」と言っていますし、蓮実重彦は昨年のベストテンに入れていたそうです(昨年の東京国際映画祭で上映されました)。

 終盤には疑問があるものの、伊東蒼の演技には一見の価値が大いにある、というのが結論です。終盤にこの長いセリフを受けるような形で河合優実と萩原利久の長いセリフがあるんですが、激しく胸を打つ内容も含めて伊東蒼のシーンが圧倒してました。伊東蒼は今年の助演女優賞候補の筆頭として憶えておきます。
▼観客10人ぐらい(公開6日目の午前)2時間7分。

「シンシン SING SING」

「シンシン SING SING」パンフレット
パンフレットの表紙
 米ニューヨーク州のシンシン刑務所で収監者の更生プログラムとして行われている演劇プログラムRTA(Rehabilitation Through the Arts)の参加者たちを描くドラマ。実話ベースで元収監者が本人役で多数出演しています。

 無実の罪で収監されたディヴァイン・G(コールマン・ドミンゴ)は刑務所内更生プログラムの舞台演劇グループに所属し、収監者仲間たちと取り組んでいた。ある日、刑務所いちの悪人として恐れられている男クラレンス・マクリン、通称ディヴァイン・アイ(本人)が演劇グループに参加することになる。そして新たな演目に向けての準備が始まるが…。

 アメリカで刑務所に入った人が再び刑務所に入る割合は約60%。RTAプログラムを行った場合、これが3%まで改善されるそうです。僕はドラマにピンとこなかったのでそうしたRTAの効果も含めてドキュメンタリーにした方が良かったんじゃないかと思いました。

 パンフレットによると、主要なシーンは主演のドミンゴのスケジュールの都合もあって18日間で撮影されたそうです。ギャラは主演のドミンゴからスタッフまで一律だったとのこと。
「私は主演俳優、プロデューサーという肩書きを持っていますが、ほかの人と違う扱いを受けたいとは思いませんでした。プロデューサーのモニク・ウォルトンだって、箒で掃除したり、ゴミ出しをしたりしていましたよ。何かを動かさなければいけない時は、誰であっても率先して力を貸していました」。
ドミンゴは「ラスティ・ワシントンの『あの日』を作った男」(2023年、ジョージ・C・ウルフ監督、Netflix)やリメイク版の「カラーパープル」(2023年、ブリッツ・バザウーレ監督)などで評価されているベテラン俳優ですが、こうした謙虚な姿勢には頭が下がります。

 アカデミー賞では主演男優賞、脚色賞、歌曲賞にノミネートされましたが、受賞はなりませんでした。
IMDb7.7、メタスコア83点、ロッテントマト97%。
▼観客12人(公開7日目の午後)1時間47分。

「サンダーボルツ*」

「サンダーボルツ*」パンフレット
「サンダーボルツ*」パンフレット
 ブラックウィドウことナターシャ・ロマノフ(スカーレット・ヨハンソン)の妹分エレーナ・ベロワ(フローレンス・ピュー)を主人公にしたMCU作品。

 “姉”を亡くして以来、気分が落ち込んでいるエレーナは元CIA長官のヴァレンティーナ・アレグラ・デ・フォンテーヌ(ジュリア・ルイス=ドレイファス)から連絡を受け、ある施設に侵入する。そこにはUSエージェントのジョン・F・ウォーカー(ワイアット・ラッセル)、タスクマスター(オルガ・キュリレンコ)、ゴーストことエイヴァ・スター(ハナ・ジョン=カーメン)と謎の青年ボブ(ルイス・プルマン)がいた。過去の経緯からヴァレンティーナは彼らを抹殺しようとしたらしい。なんとか脱出した4人にエレーナの“父”レッドガーディアン(デヴィッド・ハーバー)、ウィンターソルジャーことバッキー・バーンズ(セバスチャン・スタン)も合流するが、ボブは超能力が発現し、悪のヒーロー、セントリーとしてニューヨークを襲う。エレーナたちは協力してセントリーに対抗する。

 セントリーはスーパーマン並みに強いので、普通の人間もいるこのメンバーではまるで歯が立ちません。クライマックスがセントリーのインナースペースでの戦いになるのはそれしか勝つ術がないからで、スケールが小さくなったのは否めません。

 「ブラックウィドウ」(2021年、ケイト・ショートランド監督)で敵だったタスクマスターは早々に退場。キュリレンコなのにもったいない使い方ですね。顔が似てるなと思ったら、ルイス・プルマンの父親はビル・プルマンだそうです。

 タイトルのアスタリスク(*)は「サンダーボルツ」が仮題のつもりだったので監督のジェイク・シュライアーが付けていたのをそのまま使ったそうですが、映画の中でもニューアベンジャーズまでのチームの仮タイトルということになってます。まあ、アベンジャーズを名乗るには力不足なので、サンダーボルツのままの方が良いでしょう。
IMDb7.7、メタスコア68点、ロッテントマト88%。
▼観客多数(公開初日の午前)2時間6分。

「JOIKA 美と狂気のバレリーナ」

「JOIKA 美と狂気のバレリーナ」パンフレット
パンフレットの表紙
 狂気というよりは執念でしょう。ボリショイバレエ団に憧れてロシアに渡った米国人バレリーナの実話を基にしたイギリス=ニュージーランド合作。

 15歳で単身、ロシアへ渡ったアメリカ人のバレリーナ、ジョイ(タリア・ライダー)は希望を胸に抱いてアカデミーに入学するが、伝説的教師ヴォルコワ(ダイアン・クルーガー)は常人には理解できない完璧さを求め、厳しいレッスンを行う。過激な減量やトレーニング、日々浴びせられる罵詈雑言、ライバル同士の蹴落とし合いに、ジョイの精神は徐々に追い詰められていく。

 ジョイは優秀なダンサーですが、国籍の壁があり、ボリショイバレエに入れません。このためジョイは同じアカデミーのニコライ(オレグ・イヴェンコ)と結婚、ロシア国籍を取得します。タイトルのJOIKAはジョイのロシア語名。ボリショイバレエ団に入ってもジョイカはステージの端の役しか与えられず、プリマになるためにはオリガルヒの援助を受ける必要がありました。対面したオリガルヒは当然のようにジョイカに性的な要求をしてきます。果たしてジョイカは…。

 賄賂がはびこるロシアなら、ボリショイといえどもありそうな話と思えます。主演のタリア・ライダーは「17歳の瞳に映る世界」(2020年、エリザ・ヒットマン監督)で主人公の親友役を演じていました。小さい頃、バレエは経験していたそうですが、この映画のために1年間特訓したそうです。
IMDb7.1、ロッテントマト94%(観客スコア)アメリカでは映画祭で公開後、配信。
▼観客6人(公開2日目の午後)1時間51分。

2025/04/27(日)「ノー・アザー・ランド 故郷は他にない」ほか(4月第4週のレビュー)

 樋口真嗣監督の「新幹線大爆破」(Netflix)はリメイクかと思ったら、50年ぶりの続編でした。「1975年の事案では」云々のセリフが出てきて、1975年公開の前作(佐藤純弥監督)で起きたことが歴史上の事実となっており、その映像が2カ所で使われています(前作へのリスペクトが感じられます)。時速100キロ以下になると爆発する爆弾を仕掛けられた新青森発東京行きの新幹線から乗客をいかに救出するかが主眼で、犯人グループの視点から始まった前作とは違う作りになっています。

 新幹線が高速でぎりぎりすれ違うシーンや爆発シーンのVFXは格段にリアルです。ただし、犯行理由が弱く、犯人側のエモーションでは前作に及ばないのが残念な点。時代設定も前作から50年ではなく、20年ぐらいの方が(犯人側の設定としては)良かったでしょう。

 それでもリメイクならぬリブート作品としては悪くない出来だと思いましたが、海外での評価はIMDb6.3、メタスコア62点、ロッテントマト75%と芳しくありません。VFXよりむしろ犯人側に説得力を持たせるような理由付けが海外でも通用させるためには必要だったのだと思います。キャストの中では森達也監督が重要な役を演じていて「おっ」と思いました。前作もNetflixなどで配信しています。

 キネマ旬報5月号はこの映画の特集を組んでいます。樋口真嗣監督のインタビューで驚いたのは1975年版から引用されている丹波哲郎の登場シーンについて「実はあれ、丹波さんではありません」と発言していること。「丹波さんの息子の丹波義隆さんに演じていただき、新撮した映像なんです。だから、あのカットは原作映画にはないんです」。えええええーっ、親子にしてもあまりにそっくりすぎます。CG加工もしてるんじゃないですかねえ。

「ノー・アザー・ランド 故郷は他にない」

「ノー・アザー・ランド」パンフレット
「ノー・アザー・ランド」パンフレット
 ヨルダン川西岸のパレスチナ人居住地区マサーフェル・ヤッタに住むパレスチナ人へのイスラエル軍と入植者の差別・迫害・暴行・殺人を記録したドキュメンタリー。撮影したのはパレスチナ人青年バーセル・アドラーとイスラエル人ジャーナリストのユヴァル・アブラハーム。2019年から2023年10月までが記録されています。

 パレスチナ問題は複雑ですが、イデオロギーや主義主張にとらわれず、人道主義的観点から受け止めるのが良いと思います。その意味で言えば、重機で住宅や小学校を破壊したり、水道管を切断したり、住民に銃を向け、脅迫し、撃つことは許されません。どんな事情があろうとも、イスラエルの一方的な迫害に正当性はありません。見ていて怒りが沸々とわいてきます。

 パレスチナ自治区を占領支配するイスラエルの構図はかつての南アフリカなどと重なります。パレスチナ人への迫害はアパルトヘイトそのもので、しかも解決策がまったく見えず、絶望感しかありません。記録が2023年10月で終わらざるを得なかったのはガザへの武力攻撃に連動してユダヤ人入植者たちが武器を持って、パレスチナ人を追い立てたためです。

 ベルリン映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞と観客賞を受賞しましたが、授賞式に出席したベルリン市長は「我々ベルリン市は、完全にイスラエル側に立っている」とし、ドイツ政府高官も「ハマスによるユダヤ人テロに言及しなかったことは受け入れがたい」と映画を批判したそうです。ドイツがイスラエル側に立つのはナチスによるユダヤ人虐殺の反省があるからだそうですが、もっと現実を見た方が良いと思います。

 映画はアカデミー長編ドキュメンタリー賞も受賞しました。ユダヤ人が牛耳るハリウッドでイスラエル批判の映画が賞を得たのはアカデミー会員をかつての3000人から海外まで含めて1万人以上に増やしたためもあるでしょう。しかし、受賞後、監督の一人であるパレスチナ人のハムダーン・バラールはイスラエル軍から暴行を受け、一時拘束されました。映画の賞を取ったことぐらいで現実は何も変わりませんが、パレスチナ問題の現状を知らしめることはできるでしょう。今後も記録と発信を続けて欲しいと思います。
IMDb8.3、メタスコア93点、ロッテントマト100%。
▼観客多数(公開初日の午後)1時間35分。

「Playground 校庭」

パンフレットの表紙
「Playground 校庭」パンフレット
 小学校のいじめをテーマにしたベルギー映画。7歳の少女ノラ(マヤ・ヴァンダーピーク)のそばから離れない極端に被写界深度の浅いカメラで撮影され、ノラの周囲以外は焦点がボケた状態です。遠くが見えるのはノラが見るべきものがある時だけ。この撮影手法は「サウルの息子」(2015年、ネメシュ・ラースロー監督)そのままで、監督もプロデューサーもあの映画の影響を認めています。

 「サウルの息子」の舞台となったアウシュヴィッツ強制収容所は死が間近にある厳しい環境でしたが、ノラにとっての小学校も厳しい場所に違いありません。入学したばかりのノラは3歳年上の兄アベル(ガンター・デュレ)が同級生にいじめられているのを目撃します。アベルは父親には言うなと口止めします。父親が介入すれば、いじめがひどくなるから。しかし、アベルが便器に顔を突っ込まれているのを見て、ノラは我慢できず、父親に報告。父親が学校に抗議したため、予想通り、アベルはひどい状態に置かれてしまいます。父親が無職なのがいじめに影響しているのか? やがてノラもいじめの標的になってしまいます。

 ローラ・ワンデル監督はこれが第一作。撮影手法が抜群の効果を上げた傑作だと思います。
IMDb7.3、メタスコア86点、ロッテントマト100%。
▼観客8人(公開2日目の午後)1時間12分。

「花まんま」

「花まんま」パンフレット
「花まんま」パンフレット
 朱川湊人(しゅかわ・みなと)の原作は文庫で50ページ余り。小学生の俊樹が妹のフミ子に頼まれて、彦根に行く場面を描いています。映画はその前後を大きく膨らませ、フミ子の結婚式までのシーンを泣き笑いで描いていきます。

 フミ子には幼い頃から別の人格、繁田喜代美としての記憶があります。これが彦根の繁田家まで行った理由。バスガイドをしていた喜代美は乗客から刺されて亡くなっており、ちょうどその頃フミ子が生まれました。喜代美の父親(酒向芳)は喜代美が死んだ時、のんきに昼食を取っていた自分を許せず、それ以来、物を食べなくなり、ガリガリに痩せ細っていました。フミ子が彦根に連れていくよう頼んだのは喜代美の父親を助ける目的があったようです。

 映画はこれに結婚が決まった時から喜代美の記憶がフミ子からだんだん消えていっているという設定を加え、ラストの感動的な場面につなげています。

 「兄貴は、ほんま損な役回りやでえ」が口癖の兄を演じる鈴木亮平と妹の有村架純が兄妹の雰囲気に合っていて良いですし、フミ子の結婚相手の鈴鹿央士やお好み焼き屋のファーストサマーウイカら周囲のキャラクターがいずれも好演してファンタジーの佳作に仕上がっています。

 タイトルの「花まんま」はパンフレットの表紙のように白いツツジでご飯、赤いツツジで梅干しなど花で食べ物を表現した弁当のこと。脚本の北敬太はこれ以外に作品が見当たりません。パンフレットでも触れられていませんが、前田哲監督のペンネームなんですかね?
▼観客15人ぐらい(公開初日の午前)1時間58分。

「ドリーミン・ワイルド 名もなき家族のうた」

 実在の兄弟デュオ、ドニー&ジョー・エマーソンの実話を描いたドラマ。しみじみと良い映画だと思いましたが、本国アメリカでの評価は高くなくて残念です。

 1979年、ワシントン州の田舎町。10代だったドニーは兄のジョーとデュオを結成し、アルバム「Dreamin’Wild」を作るが、世間からは見向きもされなかった。30年後、そのアルバムがコレクターにより発見され、埋もれた傑作として人気を博していることを知る。別々の道を歩んでいた兄弟は再びデュオを組むが、ドニーはドラムを担当する兄の技術に不満を持つ。

 歌手活動を続けるドニー(ケイシー・アフレック)のために父親(ボー・ブリッジス)は借金を重ね、1700エーカーあった農場は65エーカーになっていました。「それを後悔したことはない。全部手放したってかまわなかった」と話す父親が泣かせます。

 ドニーの妻に「(500)日のサマー」(2009年、マーク・ウェブ監督)のズーイー・デシャネル。監督・脚本はビル・ポーラッド。
IMDb6.4、メタスコア64点、ロッテントマト90%。
▼観客3人(公開6日目の午前)1時間51分。

「プロフェッショナル」

「プロフェッショナル」パンフレット
「プロフェッショナル」パンフレット
 毎度おなじみリーアム・ニーソン主演のアクション映画ですが、玄人好みの渋い展開で悪くないと思いました。

 1970年代の北アイルランドが舞台。主人公のフィンバー・マーフィー(ニーソン)は表向き本を売って生計を立てているが、裏で暗殺の仕事を請け負っている。引退を決意した矢先、爆破事件を起こしたアイルランド共和軍(IRA)の過激派が町に逃げ込んでくる。さらに、ある出来事がフィンバーの怒りに火をつけ、テロリストとの殺るか殺られるかの壮絶な戦いが幕を開ける。

 IRAが単なるテロリストとして描かれるのが冒険小説ファンとしては少し不満ではありますが、キャラクターの描写は丁寧で、IRAの女リーダー、デラン(ケリー・コンドン)の最後など描写の仕方に工夫があります。ニーソンと実生活でも長年の友人という警官役のキアラン・ハインズが良いです。監督は「マークスマン」(2021年)のロバート・ロレンツ。
IMDb6.4、メタスコア60点、ロッテントマト83%。
▼観客15人ぐらい(公開12日目の午後)1時間46分。

2025/04/20(日)「ブリジット・ジョーンズの日記 サイテー最高な私の今」ほか(4月第3週のレビュー)

 話題沸騰のミニシリーズ「アドレセンス」(Netflix)を見ました。アドレセンス(Adolescence)は思春期のこと。イギリスの13歳の男子生徒が女子生徒を刺殺した事件をめぐる物語で、1日目、3日目、7カ月後、13カ月後の4話で構成しています(各話1時間前後)。

 IMDbの評価は第1話8.8、第2話8.1、第3話9.1、第4話8.5(全体評価は8.2、ロッテントマトは99%)。容疑者の少年ジェイミー(オーウェン・クーパー)と女性精神科医ブリオニー(エリン・ドハーティ)の対話を緊張感たっぷりに描き、事件の真相と少年の実相が明らかになる第3話の評価が高いです。親の立場から見ると、加害者家族へのSNSおよび実生活での嫌がらせと家族の苦悩を描く第4話がたまらない展開で、日本と同じようなことがイギリスでもあるんだなとため息が出ます。子供の犯罪は親の責任ではないんですが、特に未成年の場合、世間は許してくれません。親自身も自分たちの育て方が悪かったのかと苦しむことになります。

 監督は「ボイリング・ポイント 沸騰」(2021年)のフィリップ・バランティーニ。あの映画同様、このドラマも各話を1カット撮影で描いています。ただし、そうする必然性はありません。そうした手法ばかりが目立つドラマではなく、内容が勝っているのが良いです。

 父親を演じたスティーブン・グレアムは「ボイリング・ポイント 沸騰」で主役のシェフを演じた俳優。グレアムはこのドラマを企画し、脚本も共同執筆しています。

「ブリジット・ジョーンズの日記 サイテー最高な私の今」

 シリーズ第4作。最愛の夫マーク・ダーシー(コリン・ファース)は4年前にスーダンでの人道支援活動中に死亡し、ブリジット(レネー・ゼルウィガー)は2人の子供と暮らしています。男との付き合いはもう終わりと思っていましたが、ある日、ハンサムな29歳のロクスター(レオ・ウッドール)と知り合い、付き合うことに。子供が通う小学校の教師ウォーラカー(キウェテル・イジョフォー)とも親しくなります。

 2001年の1作目のブリジットはレネー・ゼルウィガーと同じ32歳でした。それから24年後、ゼルウィガーは今年56歳。ブリジットの年齢は明らかではありませんが、アラフィフとのことなので50歳近いのでしょう(原作では51歳の設定)。それで小学生の子供2人の母親。年齢的にぎりぎりおかしくはないんですが、ゼルウィガーは祖母といっても通るぐらいに見えます。もう少し実年齢に近い設定にした方が良かったんじゃないかなと映画を見ながらずーっと思ってました。

 アラフィフよりアラカンに近い女優が29歳の男との恋愛を演じるのは見ていて痛々しいです。いや、実際に50代の女性と20代の男性の恋愛や結婚はあるでしょう。でも、映画の中で男はブリジットを「35歳ぐらいかな」と言うんです。いくらなんでもそれは無理があります。後半には「タイムマシンがあれば…」なんてセリフまで吐く始末。

 ヘレン・フィールディングの原作「Bridget Jones: Mad About the Boy」(例によって、邦訳は……以下略)は2013年出版。その頃のゼルウィガーなら小学生の母親として不自然ではなかったでしょう。映画化が遅かったのが悔やまれます。

 原作は夫のマークを死なせたことに賛否があったそうです。マークが生きていたら、こういうストーリーにはできません。作者はマークとダニエル(ヒュー・グラント)の間で揺れ動いたブリジットの若い頃と同じようなことを描くために、邪魔なダンナを消しちゃったのでしょう。ハッピーエンドのその先が必ずしもハッピーとは限りませんが、こういう安易な形での続編には感心できません。その程度の原作なのだろうと思います。
IMDb6.7、メタスコア72点、ロッテントマト89%。
▼観客8人(公開6日目の午後)2時間5分。

「ブラックバード、ブラックベリー、私は私。」

 48歳の独身女性の転機を描くジョージア=スイス合作映画。原作はジョージアの新進女性作家タムタ・メラシュヴィリ、監督はジョージア出身のエレネ・ナヴェリアニ。

 ジョージアの小さな村に暮らす48歳の女性エテロ(エカ・チャヴレイシュヴィリ)は両親と兄を亡くし、日用品店を営みながら一人で生きてきた。ある日、ブラックベリーを摘みに行ったエテロは崖から足を踏み外して転落。何とか崖下から這い上がったものの、死を間近に感じたこともあって、店を訪れた配達人のムルマン(テミコ・チチナゼ)と衝動的に初めてのセックスをする。48歳での処女喪失。人生の後半戦を前に、エテロの人生が動き出す。

 エテロが未婚なのは父親と兄が束縛していたからのようです。母親はエテロを出産後に死亡。エテロはそのことに負い目を感じていました。「お前も俺を好きだったのか」と言うムルマンは以前からエテロに好意を持っていたようですが、既に孫がいてエテロとは不倫の関係になります。村には小太りで未婚のエテロを蔑む女たちもいますが、エテロは気にしていません。

 エテロとムルマンは秘密の逢瀬を続けます。村の女たちに2人の関係がばれることになる展開かと思いましたが、そうはならず、映画は最後にちょっとした驚きを用意しています。これが実に良いです。人生何が起こるか分からない、エテロはこれからどういう選択をするんだろうなんて考えてしまいます。
IMDb7.0、ロッテントマト93%(アメリカでは映画祭での上映の後、配信)。
▼観客5人(公開初日の午後)1時間50分。

「HERE 時を越えて」

「HERE 時を越えて」パンフレット
「HERE 時を越えて」パンフレット
 太古から現代までをある地点にカメラを固定して描くロバート・ゼメキス監督作品。同じ画角の固定カメラは主にトム・ハンクスとロビン・ライトの夫婦の歩みを、居間での会話と出来事を撮ることで描いていきます。そのカメラはラスト、初めて動きます。家具のないがらんとした部屋にいる年老いた2人をクローズアップし、部屋全体をパンし、窓から外に出て家の全貌を見せます。

 ここである種の感動を覚えますが、これは窮屈に閉じ込められた固定カメラから解き放たれたことによる解放感の意味合いが大きく、ドラマの内容に感動しているわけではありません。はっきり言って固定カメラによる定点観測の意義は終わった後のこの解放感にしかありません。さまざまなことがあった夫婦の歩みを効果的に見せるのなら、普通の映画の手法で撮った方が良かったでしょう。

 原作はリチャード・マグワイアのグラフィック・ノベル。場面転換は固定した画面の中でフローティング・ウィンドウというかピクチャー・イン・ピクチャーというか、小さな画面が出てきてそこに場面が移る方式を取っています。単なるワイプなどよりはシーンが続く効果があります。ゼメキスの工夫なのかと思ったら、原作もこうなっているようです。
IMDb6.3、メタスコア39点、ロッテントマト37%。
▼観客10人ぐらい(公開11日目の午後)1時間44分。

「名探偵コナン 隻眼の残像(フラッシュバック)」

 劇場版28作目。ミステリーとしては説明が多すぎてあんまりよろしくない作りだと思いました。コナンはラブコメやアイドル映画の側面がありますから、ファンは気にしないでしょう。クライマックスにはシリーズお約束の大がかりなアクションがあります。

 長野県・八ヶ岳連峰である事件が起こり、何者かに撃たれた長野県警の刑事・大和敢助が左目を失明する。10カ月後、毛利小五郎と日比谷公園で会う約束をしていたかつての同僚刑事・鮫谷浩二が射殺された。鮫谷は10カ月前の事件を捜査していた。小五郎とコナンは事件の謎を追い、長野に向かう。

 コナンの劇場版は近年、興収100億円を超えるようになったので製作費が潤沢のようで、CGIを多用しています。脚本は劇場版では「黒鉄の魚影(サブマリン)」(2023年)に続いてシリーズ7作目の櫻井武晴。監督は同4作目の重原克也。

 僕が見た時は女性客が中心でした。人気の安室透が出てるからでしょうか? 安室の声はご存じのような理由で古谷徹が降板し、劇場版では本作から草尾毅に代わりました。
▼観客多数(公開初日の午後)1時間50分。

2025/04/13(日)「アンジェントルメン」ほか(4月第2週のレビュー)

 これまで見る機会がなかったフランソワ・トリュフォー監督「映画に愛を込めて アメリカの夜」(1974年)がU-NEXTにあったのでお気に入りに入れていたら、いつの間にか配信が終わってました(配信にはありがちです)。録画していたのがあったので見始めたら、DVDに傷があり、1時間ぐらいのところで再生がストップ。録画したのは17年前、しかもDVD-RWだったので何回か使い回していたのでしょう。続きが見たいので中古DVDをブックオフのネット店で購入しました。外観はきれいで傷もなく、2000円以下の常識的な価格でした。amazonで目立つテンバイヤーにかかると、これが4000円以上になりますからご注意です。

「アンジェントルメン」

 ガイ・リッチー監督の戦争アクション。週刊文春のレビューで芝山幹郎さんは「『特攻大作戦』の焼き直し」と書いていましたが、共通するのは作戦に囚人を使うことぐらいです。「特攻大作戦」(1967年、ロバート・アルドリッチ監督)はDデイの前に米軍によるドイツ軍への破壊工作を描いていました。「アンジェントルメン」はUボートの補給船を破壊するイギリス軍の作戦を描いています。

 原作はダミアン・ルイスの「Churchill’s Secret Warriors: The Explosive True Story of the Special Forces Desperadoes of WWII」(直訳すると、「チャーチルの秘密の戦士:第二次世界大戦の特殊部隊のならず者たちによる爆発的実話」。例によって邦訳出版なし)。ウィンストン・チャーチルと英軍人コリン・ガビンズが、第二次世界大戦中に設立した秘密戦闘機関の実話が基になっています。主人公のガス・マーチ=フィリップス(ヘンリー・カヴィル)は007のモデルになったそうで、イアン・フレミングと“M”も登場します。

 ガイ・リッチーはいつものようにコメディ要素を入れて描いていて、そのためかアクションが軽すぎ、敵の人命も軽過ぎでした。もう少しリアルでサスペンスフルな演出が欲しいところ。「特攻大作戦」でもドイツ兵の命は軽かったのですが、作戦に参加した米兵14人も次々に犠牲になり、生き残ったのは3人だけでした。

 主演のヘンリー・カヴィルは「マン・オブ・スティール」(2013年、ザック・スナイダー監督)でスーパーマンを演じた俳優ですが、ひげ面で分かりませんでした。魅力的な女スパイのマージョリー役はアナ・デ・アルマスと思って見ていたら、エイザ・ゴンザレス(「パーフェクト・ケア」「ゴジラVSコング」)でした。
IMDb6.8、メタスコア55点、ロッテントマト68%。
▼観客5人(公開5日目の午後)2時間。

「ゴーストキラー」

「ゴーストキラー」パンフレット
「ゴーストキラー」パンフレット
 「ベイビーわるきゅーれ」シリーズのアクション監督・園村健介の監督3作目。高石あかりが殺し屋(三元雅芸)の幽霊に取り憑かれる大学生を演じています。取り憑かれることで殺し屋の力を発揮することができますが、体を鍛えているわけではないので、相手へのパンチのダメージは自分も負うことになります。

 高石あかりはアクションを頑張ってますし、三元雅芸もキレのある格闘シーンを見せますが、もう少し物語に広がりが欲しいです。脚本は「ベビわる」監督の阪元裕吾。阪元監督は原作のある非アクションの「ネムルバカ」では物語を的確に演出していましたから、弱点はストーリー作りにあるのでしょう。アクションに理解のある脚本家とコンビを組みたいところです。園村監督作品としても前作「BAD CITY」(2022年)の方が面白かったです。

 三元雅芸と同じ組織に属する殺し屋役・黒羽麻璃央はニヒルでアクション映画が似合いますね。高石あかりの友人役で夜ドラ「未来の私にブッかまされる!?」のブレーン役を好演した東野絢香が出ています。
IMDb7.1、ロッテントマト100%(アメリカでは映画祭で上映)。
▼観客11人(公開初日の午前)1時間45分。

「ベテラン 凶悪犯罪捜査班」

「ベテラン 凶悪犯罪捜査班」パンフレット
パンフレットの表紙
 リュ・スンワン監督による9年ぶりの続編。冒頭の賭博組織の摘発描写がモタモタしているので大丈夫かなと思って見ていましたが、その後は復調してまずまずのアクション映画になっていました。ストーリーは法律で裁かれない悪人を“黒い警察”が裁くという昔からあるパターン。この映画の場合、それを組織ではなく、単独犯が実行していますが、今を反映してこれにネットが乗っかります。

 前作「ベテラン」(2015年)を見ていなくても話は通じますが、前作の重要な登場人物が裁かれる標的になるので、見ていた方が楽しめます。主役の刑事ソ・ドチョルを演じるのは前作と同じく名優ファン・ジョンミン。今年55歳になりますが、過激なアクションを披露しています。それ以上に新たに凶悪犯罪捜査班に加わった新人刑事パク・ソヌ(チョン・ヘイン)が中盤に見せる犯人とのチェイスシーンに見応えがあり、「ジョン・ウィック:コンセクエンス」(2023年、チャド・スタエルスキ監督)の階段落ちシーンを思わせました。

 悪人を自分で裁く犯人は正義のためというより、連続殺人を楽しむサイコ気質があるようです。それを見抜けず正義の味方と勘違いするネットの浅薄さも皮肉っています。
IMDb6.3、ロッテントマト100%(アメリカでは限定公開)。
▼観客10人ぐらい(公開2日目の午後)1時間58分。

「バッドランズ」

 1973年製作のテレンス・マリック監督のデビュー作で、今年3月から全国で順次公開されています。過去に「地獄の逃避行」のタイトルでテレビ放映され、DVD・ブルーレイも同タイトルで発売済み(DVDは2005年発売、その前に1989年にVHSテープが出てます)。日本での劇場公開は今回が初めて。僕はWOWOWが2013年ごろに放映した際に録画してました。録画作品をチェックしているうちにたまたま見つけたので見ました。

 1959年、サウスダコタ州の小さな町が舞台。15才のホリー(シシー・スペイセク)はある日、ゴミ収集作業員の青年キット(マーティン・シーン)と出会い、恋に落ちる。キットは交際を許さないホリーの父(ウォーレン・オーツ)を射殺してしまう。そこから、ふたりの逃避行が始まる。ツリーハウスで気ままに暮らし、大邸宅に押し入る。銃で次々と人を殺していくキットに、ホリーはただ付いていくだけだった。

 1958年にネブラスカ州で実際に起きたチャールズ・スタークウェザーとキャリル・アン・フューゲートによる連続殺人事件(11人殺害)をモデルにしているそうです。この事件、かなり有名でこの映画のほか、「ナチュラル・ボーン・キラーズ」(1994年、オリバー・ストーン監督)をはじめ、事件を基にした映画やテレビドラマが多数作られています。

 主人公はサイコキラーではなく、ドツボにはまってしまった無軌道な若者という感じです。1973年製作なのでアメリカン・ニューシネマの残り香があり、「バニシング・ポイント」(1971年、リチャード・C・サラフィアン監督)などとの共通性を感じました。スペイセクはこの後に出た「キャリー」(1976年、ブライアン・デ・パルマ監督)では不幸で不運な少女の代名詞みたいな役柄でしたが、この映画では十代の素朴な少女を好演しています。マーティン・シーンもフレッシュで良いです。
IMDb7.7、メタスコア94点、ロッテントマト97%。1時間34分。