2025/07/06(日)「愛されなくても別に」ほか(7月第1週のレビュー)
SF映画「プロジェクト・ヘイル・メアリー」の予告編が公開されました。映画化の予定は4年前に出た原作(アンディ・ウィアー)のあとがきにも書かれていましたが、情報がなかなか更新されないのでポシャったのかと思ってました。アメリカでの公開は2026年3月の予定。監督は「スパイダーマン スパイダーバース」シリーズのクリストファー・ミラーとフィル・ロードです。
「愛されなくても別に」

19歳の宮田陽彩(ひいろ=南沙良)は浪費家の母(河井青葉)とふたり暮らし。大学に通い、それ以外の時間のほとんどを母に変わっての家事とコンビニのアルバイトに費やしている。バイト代は学費と家に入れる8万でほぼ消える。ある日、陽彩は同じバイト先の同級生・江永雅(馬場ふみか)の父親が殺人犯だという噂を耳にする。金髪、メイク、ピアス姿の雅は地味な陽彩とは正反対だった。そんなふたりの出会いがそれぞれの人生を変えてゆく。
陽彩にとって、母親の言う「愛してるよ」は呪いの言葉と同義です。父親と離婚した後、母親が一人で育ててくれた恩義もあって、陽彩は母親の要求通り、家から近い私大に通い、学費を稼ぐためにバイトに明け暮れて、母親にバイト代の半分を渡しています。母親は収入以上の浪費を続け、若い男を連れ込んでいます。陽彩にはトイレの芳香剤の匂いをかぐ癖がありますが、これは原作によると、母親と連れ込んだ男のセックスを小学生時代に見てトイレに逃げたことが原因のようです。
江永は親から受けた性暴力の壮絶な過去があり、家を出た陽彩に「うちに来れば?」と誘います。同じ大学に通う木村水宝石(あくあ=本田望結)は2時間おきに電話してくる母親(池津祥子)の過保護・過干渉に辟易し、新興宗教に走っています。
映画は原作のプロットに忠実ですが、映画的なアレンジも効果を上げています。例えば、母親に裏切られていたことを知った陽彩が激怒して家を出ると告げる場面。原作では電話で告げますが、映画は家を出ようとしたところに母親が帰宅します。陽彩は包丁を握りしめた手を緩め、「このまま一緒にいると、お母さんを殺してしまう」と告げます。
南沙良と馬場ふみかは井樫監督の要請で個別に演技指導のレッスンを受けたそうで、馬場ふみかは「すごく実になる時間」だったと語っています。二人の個性以上のものが発揮できたのはそうした努力があったからでしょう。
陽彩が母親の部屋で預金通帳を確かめる場面で、奨学金の項目がありますが、映画では説明されていませんでした。原作から補足しておくと、陽彩は奨学金(年間100万円)を借りているのはもちろん承知していますが、万一のためのものとして手をつけず、卒業したら一括返済するつもりでした。それを母親が使い込んでいたのが発覚したわけです。父親が支払っていた養育費を知らされていなかったことと合わせて、陽彩が怒りを爆発させたのもよく分かります。
▼観客1人(公開初日の午前)1時間49分。
「We Live in Time この時を生きて」

脚本のニック・ペインは「死について、悲惨でない形で描きたかった」と語っていますので、意図としてはタランティーノと同じなのでしょう。
離婚して失意のどん底にいたトビアス(アンドリュー・ガーフィールド)が車にはねられる。その車を運転していたのは新進気鋭のシェフ、アルムート(フローレンス・ピュー)。二人は恋に落ちて結婚。アルムートは卵巣ガンにかかるが、それを克服してやがて娘が生まれる。しかし、ガンが再発。アルムートは苦しい治療の中、料理のオリンピック「ボキューズ・ドール」出場を目指す。
日本では「ささやかな、しかし珠玉のような佳作」(日経電子版)とまずまず良い評価ですが、アメリカでは「末期的に時代錯誤な異性恋愛映画」(ニューズウィーク日本版)と散々な評価も見られます。フローレンス・ピューとアンドリュー・ガーフィールドの良さがなんとか、映画を救ってます。監督は「ブルックリン」(2015年)のジョン・クローリー。
IMDb7.0、メタスコア59点、ロッテントマト79%。
▼観客15人ぐらい(公開2日目の午後)1時間48分。
「ババンババンバンバンパイア」

共演は原菜乃華、関口メンディー、満島真之介、眞栄田郷敦ら。吉沢亮がコメディーに全力投球し、共演者もまじめに笑いに取り組んでいるのがおかしさを倍増させています。こうしたコメディーでは成功の部類だと思います。
蘭丸に十字架は効かないんですが、その兄の森長可(もり・ながよし=眞栄田郷敦)は十字架を恐れます。その理由は「禁断の書」(?)を読んでバンパイアは十字架が弱点であることを知っためというのがおかしかったです。
監督は「一度死んでみた」(2020年)の浜崎慎治。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午後)1時間45分。
「中山教頭の人生テスト」

例えば、学校で起こった横領事件で警察がいきなり家宅捜索に来る場面などリアリティーを欠いています。こういう事件の場合、使途不明金の発覚→内部調査→犯人の特定→被害届の提出、というプロセスを踏むのが普通です。事件化するには被害届の提出が必須で、それを教頭が知らないわけがありません。
いくつかの問題の黒幕となる人物を処分せずに放置したり、ある試験でのカンニングをする意味やそれがその後に何ら影響しないことも釈然としません。
企画・原案はプロデューサーの小池和洋。既に出来上がっていた脚本がありましたが、佐向監督が監督を引き受けるにあたって原案をベースに「イチから作り直した」そうです。
▼観客2人(公開5日目の午前)2時間5分。
「Mr.ノボカイン」
先天性無痛無汗症(CIPA)の主人公によるアクションコメディー。痛みを感じないキャラクターはミレニアムシリーズの第2作「ミレニアム2 火と戯れる女」にも出てきましたが、痛みがないのでけがしたかどうかも分からず、命にかかわる体質なわけです。主人公は痛くなくても、けがの描写がリアルなので見ている観客は痛さを想像してしまい、きついです。主人公ネイトを演じるのはamazonビデオのドラマ「ザ・ボーイズ」に出ているジャック・クエイド。銀行の副支店長のネイトは部下のシェリー(アンバー・ミッドサンダー)と仲良くなりますが、ある日、銀行に強盗が押し入り、金庫の金を奪った後、シェリーを人質に連れ去ってしまいます。ネイトはシェリーを助けるため必死に犯人たちの後を追うことになります。
監督はダン・バークとロバート・オルセン。
IMDb6.5、メタスコア58点、ロッテントマト81%。
▼観客6人(公開13日目の午後)1時間50分。
2025/06/29(日)「JUNK WORLD」ほか(6月第4週のレビュー)
「JUNK WORLD」

ただ、奇怪な生物が跋扈する地下世界巡りの分かりやすいプロットだった前作に対して、今回はタイムリープとマルチバースを絡めたストーリーがかなり複雑。細かい理解のためには日本語吹き替え版の方が良いかもしれません。3部作の最終作「JUNK END」の製作費に協力するつもりで両方見るのが良いのでしょう。
前作「JUNK HEAD」(2021年)の1042年前が舞台(なので前作見ていなくても大丈夫です)。人工生命体マリガンは地球規模に広がった地下世界を支配していた。ある日、地下世界に異変が起き、人間とマリガンによる調査チームが結成される。女性隊長トリス率いる人間チームとクローンのオリジナルであるダンテ率いるマリガンチームは地下都市カープバールを目指す。しかし、調査チームはカルト教団「ギュラ教」に襲撃される。標的は希少種とされる人間の女性であるトリス。トリスにはロボットのロビンが護衛として同行していた。チームは「ギュラ教」とにらみ合いながら調査を進めるが、圧倒的な戦力の差に苦戦を強いられる。激しい攻防の中で彼らは次元の歪みを発見する。ロビンはトリスを守るために次元を超えた作戦を計画する。
前作はいかにも手作りアニメという感じでしたが、今回は予算もスタッフもそれなりに増えた(といっても、監督含めて7人らしいのでストップモーションアニメのスタッフ数としては信じられないぐらい少ないです)ためか、CGも使ってスケールアップしています。前作同様とぼけたユーモアが全編にあるのが大きな魅力ですね。
▼観客多数(公開11日目の午前)1時間45分。
「でっちあげ 殺人教師と呼ばれた男」
2003年、福岡市で起きた事件を基にしたドラマ。原作は福田ますみのノンフィクション『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』。と聞くと、社会派のドラマを想像しますが、監督が三池崇史なのでホラー風味の仕上がりになっています。
冷たい無表情の柴咲コウの演技を見て思うのはこれはモンスターペアレントどころではなく、サイコパスではないかということ。自分の出自も含めて平気で嘘をつき、でっちあげ、相手をとことん攻撃する歪んだ性格。これに事なかれ主義の校長(光石研)と教頭(大倉孝二)が加わって薮下に無理矢理謝罪させたことから問題は大きくなり、取り返しのつかない事態に陥ってしまいます。あっという間に主人公が窮地に陥っていくのが怖いです。
後半に登場する人権派の弁護士(小林薫)と薮下を支え続ける妻(木村文乃)が主人公の数少ない味方です。綾野剛は気弱な教師をリアルに熱演していて主演男優賞候補になるでしょう。
それにしても、いくら事態を丸く収めるためであっても、やってないことは絶対に認めてはいけないとあらためて思いました。サイコパス的な人間に弱みにつけ込まれてしまいます。
▼観客10人ぐらい(公開2日目の午前)2時間9分。
「ドールハウス」

発端は鈴木忠彦(瀬戸康史)・佳恵(長澤まさみ)の一人娘・芽衣が自宅でかくれんぼの途中、ドラム式洗濯機の中で窒息死してしまったこと。失意の佳恵は近所で開かれた骨董市で芽衣にそっくりの人形を手に入れる。人形を娘のようにかわいがることで元気になっていくが、新たな子供を妊娠。その娘真衣が成長し、人形と遊ぶようになった頃、奇妙な出来事が起こり始める。
人形を題材にしたホラーとしては「チャイルド・プレイ」(1988年、トム・ホランド監督)や「アナベル 死霊館の人形」(2014年、ジョン・R・レオネッティ監督)、「M3GAN ミーガン」(2022年、ジェラルド・ジョンストン監督)などが思い浮かびますが、それらに負けてません。人形の怪異をいかにも日本的な因縁話に落とし込んでいくのがうまいです。
▼観客7人(公開6日目の午後)1時間50分。
「F1 エフワン」

共演はハビエル・バルデム、ケリー・コンドンら。脚本のアーレン・クルーガー、監督のジョセフ・コシンスキーは「トップガン…」のコンビ。
IMDb7.9、メタスコア70点、ロッテントマト84%。
▼観客30人ぐらい(公開初日の午前)2時間35分。
「秋が来るとき」

パンフレットの表紙はキノコ。序盤、主人公で80歳のミシェル(エレーヌ・ヴァンサン)が振る舞ったキノコ料理で娘のヴァレリー(リュディヴィーヌ・サニエ)が食中毒を起こすエピソードを象徴しています。ミシェルとキノコ嫌いの孫は難を逃れるのですが、娘は「殺されかけた」と怒ります。ミシェルは孫を愛していますが、娘との仲はよくありません。その原因はミシェルの過去にあり、それが徐々に分かってきます。ミシェルの親友のマリー=クロード(ジョジアン・バラスコ)もミシェルと同じ過去を持ち、そのためか息子のヴィンセント(ピエール・ロタン)は罪を犯して刑務所に入っていました。
そうした人間関係を緩やかに紹介した後、ヴァレリーが事故死します。人間関係に怪しいところが散見されるので果たして本当に事故だったのかと、思えてくるわけです。そのあたりの描き方が絶妙だと思いました。白黒はっきりしない思わせぶりなミステリーを僕は嫌いですが、これはこれで納得できました。
IMDb6.9、メタスコア74点、ロッテントマト96%。
▼観客8人(公開6日目の午後)
「ラブ・イン・ザ・ビッグシティ」

原作はパク・サンヨンの連作小説「大都会の愛し方」に収録の「ジェヒ」。監督はイ・オニ。韓国は日本並み(以上?)にLGBTQへの偏見が強いことがよく分かる作品でした。
IMDb7.4(アメリカでは限定公開)
▼観客15人ぐらい(公開5日目の午後)1時間58分。
「おばあちゃんと僕の約束」
評価の高いタイ映画。それほど泣かせる話でも意外なこともなく、僕にはそこまで評価できなかったです。祖母の遺産が自分には来ないと知って態度を豹変させる主人公は最低じゃないですかね。監督はパット・ブーンニティパット。IMDb7.9、メタスコア74点、ロッテントマト98%。
▼観客7人(公開7日目の午前)2時間6分。
「28年後…」

あくまで凶暴化ウィルスに感染した人間であってゾンビではないのがポイント(同じようなものですが)。全裸の感染者たちの動きと種類は「進撃の巨人」の巨人たちを思わせました。この脚本・監督コンビなら「進撃」見てるんじゃないでしょうかね。
続きができそうなラストでした。次に作るとしたらタイトルは「280年後…」? それではあんまりなので28を離れて「29年後…」でも良いかなと思います。
IMDb7.2、メタスコア76点、ロッテントマト89%。
▼観客7人(公開初日の午後)1時間55分。
ここから追記です。これは新たな三部作の第1弾になるそうです。IMDbによると、「28 Years Later: The Bone Temple」が2026年1月公開予定となっており、これが第2弾になるのでしょう。「29年後…」ではなく、「28年後…」にサブタイトルを付けていくわけですね。脚本は引き続きアレックス・ガーランドですが、監督は「キャンディマン」(2021年)のニア・ダコスタが予定されています。
「ルノワール」
「PLAN75」(2022年)の早川千絵監督作品。11歳の少女沖田フキ(鈴木唯)の夏の日常を描いています。早川監督の体験が含まれたストーリーのようですが、あまりピンときませんでした。これが少年の夏ならよく分かるんですけどね。▼観客10人ぐらい(公開初日の午前)2時間2分。
2025/06/15(日)「フロントライン」ほか(6月第2週のレビュー)
Netflixのアニメシリーズ「アーケイン」(2021年~)のスタッフが関わっているそうで、確かに絵がそんな感じです。「アーケイン」はIMDb9.0、メタスコア100%と高評価の作品で第2シーズンまで作られています(各9話)。
「フロントライン」

2020年2月、新型コロナウィルスに感染した乗客を乗せた大型客船が横浜に入港し、大騒ぎになった事件を描いたこの映画、社会派とエンタメのバランスが実に見事です。社会派にもエンタメにも偏らない立ち位置を保ったまま、映画は緊張感にあふれるタッチであの船内で何が起こっていたのか、マスコミ報道の在り方、世間の反応、偏見と差別にさらされるDMAT隊員とその家族の苦悩を描ききっています。DMATの指揮官を演じる小栗旬、同局次長の窪塚洋介、厚生労働省官僚の松坂桃李、DMAT隊員の池松壮亮の4人を中心に客船のフロントデスク・クルーの森七菜、テレビ局ディレクターの桜井ユキらがいずれもリアルな演技を見せていて間然するところがありません。
この傑出した作品の根幹となったのは企画・製作も担当した増本淳によるオリジナル脚本で、コロナ禍によってNetflixのドラマ「THE DAYS」(2023年)の撮影が中断した際、対応を聞くために訪ねた医者が客船で治療にあたった当事者だったことから、内部の実際を聞き、そこから関係者に1年以上の取材を重ねた結果、取材メモは300ページを超えたそうです。冒頭の字幕「事実に基づく物語」に嘘はないわけです。
その事実の中から胸が熱くなるエピソードも多数用意されていますが、ヒロイックになりすぎない節度が保たれています。「今、われわれが見放せば、乗客は助かりません」「自分がコロナにかかるのは確かに怖いです。だけどそんなのは大したことありません。自分の家族が差別に遭うことが何より怖いです」。強弱交えた登場人物たちの描写が良いです。
国内にウィルスを持ち込まないことを第一に事態に当たっていた官僚の松坂桃李は小栗旬との共闘の中で次第に考えを変え、人命第一に変化していきます。政府としての対応よりも現場主義。ラスト、小栗旬から「偉くなれよ」と言われる場面は「踊る大捜査線」の青島と室井の関係を彷彿させました。
監督は「かくしごと」(2024年)でも評価を集めた関根光才。監督6作目にして初の大作ですが、確かな手腕を発揮しています。
▼観客15人ぐらい(公開初日の午前)2時間10分。
「リライト」

「史上最悪のパラドックス」がコピーの原作は、尾道を舞台にした「時をかける少女」(1983年、大林宣彦監督)をモチーフにしたとは思えないほどバッドテイストな小説です。上田誠がこの原作の映画化を望んだのは恐らく、ことの真相がほとんどスラップスティックだからではないかと思います。そこを活かした上でバッドなエンディングを避け、幸福な結末を用意したのがハッピーで明るい作品が多い上田誠らしいところでしょう。原作通りに進む途中まではあまり感心できない出来でしたが、終盤に大きく盛り返しています。原作では悪役というべき橋本愛の役柄に救いを与えているのにも好感。
主人公を演じる池田エライザをはじめ橋本愛、倉悠貴、森田想、山谷花純らが高校生役を演じるのは少し厳しい部分もありますが、高校時代から10年後を演じるにはぴったりだからこそのキャスティングなのでしょう。
ちなみに最初の方で池田エライザが図書室に返すよう頼まれる本はジョー・ホールドマンのSF「終りなき戦い」のハードカバーだったと思います。このハードカバーが出たのは1978年。タイムリープに直接関係はありませんが、ウラシマ効果は出てきます。上田誠の趣味なんでしょうかね。
▼観客3人(公開初日の午後)2時間7分。
「ドマーニ! 愛のことづて」

デリア(パオラ・コルテッレージ)は家族とともに半地下の家で暮らしている。夫イヴァーノ(ヴァレリオ・マスタンドレア)はことあるごとにデリアに手を上げる。意地悪な義父オットリーノ(ジョルジョ・コランジェリ)は寝たきりで介護しなければならない。夫の暴力に悩みながらもデリアは日々家事をこなし、いくつもの仕事を掛け持ちして家計を助けている。多忙で過酷な生活を送る彼女にとって唯一、心休まるのは市場で青果店を営む友人のマリーザ(エマヌエラ・ファネリ)や、デリアに好意を寄せる自動車工のニーノ(ヴィニーチオ・マルキオーニ)と過ごす時間だった。ある日、長女マルチェッラ(ロマーナ・マッジョーラ・ヴェルガーノ)が裕福な家の息子ジュリオ(フランチェスコ・チェントラーメ)からプロポーズされる。やがて、デリアのもとに一通の謎めいた手紙が届き、彼女は新たな旅立ちを決意する。
原題は「まだ明日がある」(ドマーニは明日の意味)。このタイトルの意味も終盤で分かります。イタリアで離婚が法的に認められたのは1970年。映画が描いた1946年に離婚はできませんでした。だから暴力夫からは逃げるか、あきらめるしかありません。映画はそれ以外の第三の選択肢を描いています。時間はかかりますが、女性の地位向上につながる方法で、これに多数の女性が詰めかけたラストを見ると、それぐらい当時のイタリア女性は不満を持っていたことが分かります。
白黒映画なのは時代色を出すための手段でしょうが、昔話にしてしまって良いのかという思いもあります。喝采を叫びたくなるラストながら、そうした部分が少し気になりました。
IMDb7.7、メタスコア59点、ロッテントマト89%。
▼観客7人(公開2日目の午後)1時間58分。
「リロ&スティッチ」
元のアニメ版(2002年)は未見。宇宙から来た生物と少女との交流という内容で「E.T.」(1982年、スティーブン・スピルバーグ監督)と比較したくなりますが、当然のことながらまるで勝負になりません。それでも大ヒットしているそうなので、続編を作るのでしょう。監督は「マルセル 靴をはいた小さな貝」(2021年)のディーン・フライシャー・キャンプ。IMDb7.0、メタスコア53点、ロッテントマト72%。
▼観客15人ぐらい(公開7日目の午後)1時間48分。
「MaXXXine マキシーン」
タイ・ウエスト監督による「X エックス」(2022年)「Pearl パール」(2022年)に続く三部作の最終章。直接的には「X エックス」の続きになりますので、「Pearl パール」は見ていなくても話は通じます。1985年のハリウッドを舞台に、本物のスターを目指すポルノ女優マキシーン(ミア・ゴス)の姿を描いています。ミア・ゴスは今回も良いんですが、話に新味がなく、意外性に満ちていた「X エックス」に比べると残念な出来でした。映画に出てくるナイト・ストーカーは実在の殺人鬼で1984年から85年にかけて13人を殺害したそうです。
IMDb6.2、メタスコア64点、ロッテントマト72%。
▼観客3人(公開5日目の午後)1時間43分。
2025/06/08(日)「国宝」ほか(6月第1週のレビュー)
その後フェリックスが共作を経て独り立ち。本国では2024年までに既に13作出ています。今回邦訳された「覚悟」(2013年)はシリーズ一番人気のシッド・ハレーが主人公で、シッドじゃなきゃ僕も買わなかったです。価格は1150円。同じ文春文庫でもスティーブン・キングに比べると、随分安いです。キングは版権料が高いんでしょうね。
「国宝」

長崎のヤクザの家に生まれた喜久雄(吉沢亮)は抗争によって父親(永瀬正敏)を殺される。喜久雄に女形としての優れた資質を認めた上方歌舞伎の花井半二郎(渡辺謙)は喜久雄を引き取り、厳しい稽古を課す。喜久雄は半二郎の実の息子・俊介(横浜流星)とお互いに研鑽し合う。生い立ちも才能も異なる2人はライバルとして互いに高め合うが、多くの出会いと別れが運命の歯車を狂わせていく。
吉沢亮と横浜流星は撮影の1年前から稽古に打ち込んだそうで、歌舞伎役者として不自然なところがありません。どころか、喜久雄が「曽根崎心中」のお初を演じるシーンの吉沢亮の凄みは前半の大きな見せ場となっています。そのお初を終盤に俊介が演じ、病を押して舞台に立った俊介を横浜流星が熱く演じています。原作ではこの終盤の演目は「隅田川」だそうですが、「曽根崎心中」にすることで2人のタイプの違いを際立たせることになりました。
パンフレットのインタビューで渡辺謙は「あのふたりはそれぞれに熱く燃えているんだけど、炎の種類が違う」と指摘しています。横浜流星は「役とはちょっと違う感じで熱を帯びていて、真っ赤に燃えさかる炎」。吉沢亮は「燃えている音もしないんだけど、ものすごく温度と熱量の高い炎をまとっている感じ」なのだそう。吉沢亮は雰囲気が柔らかいのでも女形も容易に演じられそうですが、横浜流星は硬派のタイプなので苦労がうかがえます。
脚色は奥寺佐渡子。上下2巻で800ページを超える原作なので、序盤、喜久雄が父親の敵討ちに刃物を持って乗り込む場面から一転、大阪に到着した場面に飛ぶなど説明がやや不足気味のところもあり、4時間ぐらいかけて最近流行の前後編にしても良かったのでは、と思いました。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午後)2時間55分。
「ガール・ウィズ・ニードル」

主人公カロリーネ(ヴィク・カーメン・ソネ)の夫は戦争に行って行方不明になり、カロリーネは家賃を滞納して大家からアパートを追い出されてしまう。縫製工場に勤め始めたカロリーネは社長のヤアアン(ヨアキム・フェルストロプ)と愛し合い、妊娠する。そんな時に帰ってきた夫ペーター(ベシーア・セシーリ)は顔に大けがを負い、醜い容貌になっていた。ヤアアンとの結婚を夢みるカロリーネは夫に別れを告げる。しかし、ヤアアンの母親は結婚を認めず、カロリーネを追い出し、仕事も失ってしまう。
この後、カロリーネは公衆浴場で膣に編み針を刺し、自分で堕胎しようとしますが、そこをダウマ(トリーネ・デュアホルム)に助けられます。「子どもが生まれたら、連れてきて。養子に出すから」と言われたカロリーネはその通りにし、ダウマの店で働くようになります。
このダウマが事件の中心人物で後に死刑判決を受け、獄中で病死したそうです。デンマークでは有名な事件でネタバレにはならないそうですが、日本では知られていないでしょうから、何も知らずに見た方が良いと思います。
監督はスウェーデン出身のマグヌス・フォン・ホーン。陰惨なだけで終わらず、ホッとするラストを用意しているのが良いです。
IMDb7.5、メタスコア82点、ロッテントマト93%。
▼観客12人(公開2日目の午後)2時間3分。
「見える子ちゃん」

女子高生の四谷みこ(原菜乃華)は至るところで霊を見かけるようになってしまう。霊を見えることが分かると、霊が「見えてる」「見えるのー」と言って家まで付いてきてしまった。このため、みこは霊を徹底的に無視することにした。みこは親友の百合川ハナ(久間田琳加)と平穏な学校生活を送ろうとするが、ハナには葬儀場で霊が憑いてしまう。その霊は神社でなんとか払うことができたが、同級生の二暮堂ユリア(なえなの)と生徒会長の権堂昭生(山下幸輝)はみこの霊を見る力に気づく。みこは産休に入る荒井先生(堀田茜)の代わりに赴任した遠野善(京本大我)に邪悪な霊が憑いているのを見てしまう。
原作の霊は化け物のような姿が多いですが、映画はぼんやりと見える霊が中心。中村監督は「ゴールデンスランバー」(2009年)や「殿、利息でござる」(2016年)などの傑作を取る一方、「ほんとにあった!呪いのビデオ」シリーズに監督やナレーターとして携わっており、こうした題材は手慣れたものなのかもしれません。
▼観客1人(なんと、公開初日の午前なのに)
「Page30」
DREAMS COME TRUEの中村正人がエグゼクティブプロデューサーを務め、堤幸彦監督が手がけた作品。堤作品としては「truth 姦しき弔いの果て」(2021年)に連なるタッチで、ほとんど劇場内で終始します。スタジオに集められた4人の女優たちは、30ページの台本に3日間かけて向き合い、4日目に舞台公演をすることになる。配役は当日まで未定。閉ざされた環境で希望する役を掴むため、4人は稽古に打ち込んでいく。
4人の女優に扮するのは唐田えりか、林田麻里、広山詞葉、MAAKIII(マーキー)。ホラーにもなりそうな設定ですが、そうはなりません。悪くない出来なんですが、結末が真っ当すぎて少し物足りなさを感じました。
▼観客2人(公開6日目の午前)1時間53分。
2025/06/01(日)『か「」く「」し「」ご「」と「』ほか(5月第5週のレビュー)
それならこの価格も仕方ないか、と簡単には納得できないんですけどね。売れないから価格を上げないと赤字になるのでしょうが、こうなるともう「買えない」レベルで、文庫になるまで待つ人もいるでしょう。ただし、文庫も昨今は軽く1000円を超えるのが当たり前になっていて、昨年出版された同じくキングの「死者は嘘をつかない」は1,650円でした。「フェアリー・テイル」の場合、上下で4,000円以上になるんじゃないでしょうかね。
『か「」く「」し「」ご「」と「』

物語は大塚京(奥平大兼)の視点で始まり、京が思いを寄せるミッキーこと三木直子(出口夏希)、ミッキーの友人のパラこと黒田文(菊池日菜子)、幼なじみのヅカこと高崎博文(佐野晶哉)、ふとしたことで不登校になったエルこと宮里望愛(早瀬憩)へと視点を変えて描いていきます。
タイトルに「」が含まれるのは連作短編である原作の各章のタイトルが「か、く。し!ご?と」「か/く\し=ご*と」「か1く2し3ご4と」などとなっているのを総称するためでしょう。これは5人のそれぞれの能力を表していて、京は他人の頭の上に「?」や「!」が見える力、ミッキーは胸の前のプラスとマイナスの棒が上下に振れるのが見える力を持っています(気分の上下を表します)。そんな力がなくても、たいていの人は相手の微表情(マイクロエクスプレッション)で本心が分かってしまうもので、だから5人の能力は微表情を明確に視覚化するものと言えるでしょう。
時間的に一番長いのはパラのパート。人の鼓動の速さが数字で見えるパラは普段からミッキーを守るためにある行動を取っていて、それを菊池日菜子が感受性豊かに演じています。こうした演技ができるのなら、8月に公開が控える主演作「長崎 閃光の影で」(松本准平監督)も期待できそうです。
中川監督は映画化を引き受けた理由として「心=本性という考え方」への疑問を挙げています。「心で感じ、理性で判断して行動するのが人間だ。(中略)『何をして、何をしなかったか』という行動の結果にこそ、その人の本性が表れるのではないか」(キネマ旬報2025年6月号)。原作の登場人物は能力を隠し、自分の心の内に悩んでいますが、その姿を描くことで同じように悩む少年少女たちの不安を少しだけ軽くするのではないか、と思ったのだそうです。軽くするかどうかはともかく、若い世代の共感を得ることはできるのではないでしょうか。
出口夏希は昨年の「赤羽骨子のボディガード」(石川淳一監督)でも良かったんですが、この映画で演じた自由奔放で明るいミッキーのキャラは素の本人に近いそうです。パンフレットのインタビューで「今まで演じた役の中でも自分とすごく似ていて、撮影期間中も日常を過ごしているような気分でした」と話しています。永瀬廉とダブル主演したNetflixの「余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。」(三木孝洋監督)は難病ものノーサンキューなのでこれまで見ていませんでした。出口夏希の過去作を追っかけたくて見たら、三木監督だけに水準を十分にクリアした仕上がりでした。好感度120%の出口夏希は既に一定の人気がありますが、地上波のドラマに主役・準主役級で出演すれば、河合優実のようにブレイクするのは必至でしょうね。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午前)1時間55分。
「新世紀ロマンティクス」

物語は別であっても、黄色いシャツに白いズボン、リュックを前がけにした「長江哀歌」のチャオ・タオの姿を見ると、「帰れない二人」に続いて「またか」と思わざるを得ず、字幕を利用したサイレント映画のような手法もオリジナルとは別のセリフにするための手段としか思えません。
こと映画に限って言えば、リサイクル品より新品が好ましいです。もっとも初めてジャ・ジャンクー作品を見る人に、この感想は通じないので、そういう人の感想を聞いてみたいものです。
IMDb6.6、メタスコア88点、ロッテントマト98%。
▼観客7人(公開初日の午後)1時間51分。
「けものがいる」

原作にクレジットされているのは「ねじの回転」で有名なヘンリー・ジェイムズの「密林の獣」。これは原案と言うべきで、脚本・監督のベルトラン・ボネロはこれをヒントにオリジナルの物語を作っています。ただ、年代さえ表示されないので物語が分かりにくく、もう少し観客フレンドリーな作りにした方が良かったと思います。
映画の最後にQRコードが表示され、エンドクレジットの表示を省略しています(QRコードのジャンプ先では8分余りのクレジットが流れます)。
IMDb6.5、メタスコア80点、ロッテントマト86%。
▼観客6人(公開2日目の午後)2時間26分。
「ゲッベルス ヒトラーをプロデュースした男」

ゲッベルスと妻の確執など私生活を長々と描く必要はなかったんじゃないでしょうかね。ゲッベルスを演じるロベルト・シュタットローバーにも魅力が乏しいです(魅力的に描くとまずいのでしょうが)。脚本・監督はヨアヒム・A・ラング。
IMDb6.7(アメリカでは限定公開)
▼観客3人(公開12日目の午後)2時間8分。