2012/10/14(日)「最強のふたり」
パリに住む富豪で首から下が麻痺しているフィリップ(フランソワ・クリュゼ)とその介護人となった貧困層の黒人青年ドリス(オマール・シー)の実話を基にした物語。健常者と障害者の真の心のつながりとか何とか言う前にルドヴィコ・エイナウディの音楽がとても素晴らしい。この音楽がなければ、映画の魅力は半減しただろう。エイナウディ自身のピアノ曲をはじめアース・ウィンド・アンド・ファイアー「セプテンバー」やニーナ・シモン「フィーリング・グッド」、そしてヴィヴァルディなどのクラシックまでさまざまな音楽が映画を豊穣なものにしている。特にエイナウディ「翼を広げて」(FLY)の美しくセンチメンタルでありながら、希望にあふれた高揚感のあるメロディに魅せられる。
映画は昨年の東京国際映画祭でサクラグランプリを取ったほか、主演2人が主演男優賞をダブル受賞。今年のセザール賞では9部門にノミネートされ、オマール・シーが主演男優賞を得た。IMDBでは8.6という高い評価だ。
フィリップが多くの面接者の中からドリスを介護人に選んだのはドリスが自分に同情しなかったからだが、スラムに住むドリスの境遇もまた幸福なものではない。父親の違う多くの弟妹たち、子どもを養うために毎日必死で働く母親。ドリス自身にも犯罪歴があるが、弟の一人は麻薬組織に関わっているらしい。フィリップとドリスはこうしたお互いの境遇を理解した上で徐々に交流を深めていく。フィリップがドリスに惹かれたのは単純に生きる力に満ちているからでもあるだろう。親戚や知人が集まってフィリップの誕生日を祝うために開かれるクラシックの演奏会の後、ドリスがアース・ウィンド・アンド・ファイアーの曲を流し、参加者がダンスの輪に加わっていくシーンは楽しく、単純に生のきらめきを表している。
首から下が麻痺した主人公と言えば、アレハンドロ・アメナバール「海を飛ぶ夢」(ハビエル・バルデム主演)を思い出さずにはいられない。「海を飛ぶ夢」の主人公ラモンは家族に愛されながらも尊厳死の道を選んだが、この映画のフィリップは前向きに生きる力を取り戻す。映画の幸福なラストには思わず涙してしまうが、よくある障害者もののように感動の押し売りなどはなく、全体に笑いをちりばめた作りになっていて感心した。見ていて心地よい映画であり、愛すべき、愛される映画になっている。
映画を見終わってさっそくサントラを買わねばと思ったが、国内盤は未発売。輸入盤も高かったので昨年出た「来日記念盤 エッセンシャル・エイナウディ」をamazonのMP3ダウンロードで買った。これにも「翼を広げて」「そして、デブノーの森へ」という映画で使われた曲が収録されている。そう、エリック・トレダノ、オリヴィエ・ナカシュという2人の監督は2004年のフランス映画「そして、デブノーの森へ」の音楽も使っているのである。それほどエイナウディの音楽を気に入っているのだろう。
その後、iTunesで探したら、ここにはサントラ盤があったのでこれも買った。
2012/07/29(日)「ダークナイト ライジング」
ヒース・レジャーのジョーカーがいたから「ダークナイト」は傑作になった。誰もがそう思っただろう。レジャーのいない今、「ダークナイト」を超える映画を作ることは相当に難しい。ところがところが、クリストファー・ノーランは脚本を徹底的に練り、重厚なタッチの映像と描写を駆使し、役者の好演を引き出すことで不可能を可能にしてしまった。結果としてノーラン最良の作品になったと思う。
ロッテン・トマトでは「ダークナイト」の方が評価は少し高いが、個人的にはジョーカーの話にトゥーフェイスの話まで入れるのは詰め込みすぎな上、エモーションにも欠けると思えた「ダークナイト」よりも、「ダークナイト ライジング」の方が完成度は高いと思う。この印象には終盤のサプライズが大きく影響している。加えて1作目の「バットマン ビギンズ」から続く人間関係と今回の新キャラクター、ちりばめられた伏線を一気に回収していくエンディングは見事と言うほかない。サマーシーズン屈指の傑作(まだ「アベンジャーズ」を見てないけど)であり、今年を代表するエンタテインメントであり、絶対に見逃すべきではない作品と、太鼓判を押しまくっておく。1作目よりも2作目、2作目よりも3作目の方が面白いシリーズなんて、初めてだ。
「ダークナイト」から8年後のゴッサム・シティが舞台。悪人たちは死んだ検事ハービー・デントに基づくデント法によって刑務所に入れられ、ゴッサムには平和が戻っていた。ゴッサムの希望を消さないために、実はトゥーフェイスだったデント殺害の罪をかぶることで姿を消したバットマンことブルース・ウェイン(クリスチャン・ベール)は隠遁生活にある。そんな中、巨大な悪が密かに動き始めていた。その巨悪のベイン(トム・ハーディ)が登場する序盤の飛行機上のアクションにまず、見応えがある。ここから映画はバットマンとして復活するウェインと、ウェインの邸宅に侵入したセリーナ・カイル(アン・ハサウェイ)、警官のジョン・ブレイク(ジョゼフ=ゴードン・レヴィット)の話が並行して綴られていく。多角的多重的なクライマックスは「インセプション」でも取られた手法だが、今回もそれがうまくいっている。
パンフレットの監督インタビューによれば、ノーランは当初からヒース・レジャーとは異なるタイプの悪役を起用するつもりだったという。何をやってもレジャーの縮小コピーにしか見えない悪役では映画の出来に限界があるからだ。それは賢明な判断で、タイプがまるで異なる悪役(頭脳派のジョーカーから肉体派のベインへ)を設定したことがこの映画の成功の要因にもなっている。
ジョゼフ=ゴードン・レヴィットの役柄は出てきた時から、「これはあれだろう、あれ」と思ったら、最後でやっぱりあれであることが明らかになった。その明らかにするやり方がうまい。アン・ハサウェイのキャットウーマンは歴代キャットの中でもっとも魅力的だ。ゲイリー・オールドマンの相変わらずの渋さとマイケル・ケイン、モーガン・フリーマンのベテランの演技が映画をしっかりと引き締める。
こうした魅力的なキャラクター、今回が最後になるのだろうか。映画がヒットすれば、映画会社の常としてさらに続編を作る計画も浮上するだろう。しかし、とてもとても残念だが、監督を代えてまでシリーズを続けても意味はない。
2012/07/16(月)「ピラニア」
WOWOWで放映したので、「ピラニア」(1978年)と「ピラニア」(2011年)を続けて見た。後者は本当は「ピラニア3D」だが、3D放送ではなかった。78年版はジョー・ダンテが監督。「ジョーズ」の影響がありありで、まあ、こんなものでしょうね、というレベル。後者は昨年、ちょっと話題になった。エログロ度をアップし、ピラニアをしっかり見せるのが、この間の技術の進歩を感じさせる。グロ度はコメディチックでなかなか。監督はアレクサンドル・アジャ。IMDBの評価はどちらも5.8。僕は新作の方の評価をほんの少し高くしたい。
78年版の続編は「殺人魚 フライングキラー」(1981年、原題Piranha II: The Spawning)で、これはジェームズ・キャメロンのデビュー作として有名。2011年版の方も「ピラニア リターンズ」(原題Piranha 3DD)という続編ができた。IMDBの評価を見ると、4.2。「フライングキラー」(評価3.8)よりはましだが、やっぱりC級映画になっているようだ。
2012/04/22(日)「アーティスト」
アカデミー賞5部門受賞に何の文句もない傑作。楽しくてホロッとさせて元気になる映画だ。エンタテインメントの要素をてんこ盛りにした作風が良い。昨今のバカCG映画((C)小林信彦)とは一線を画す仕上がりで、アカデミーノミネート作品でもこれがダントツの出来だろう。
白黒スタンダードでほぼサイレントという作りなので最初はどうかなと思ったのだけれど、ルドルフ・ヴァレンティノ+ダグラス・フェアバンクスというよりもむしろクラーク・ゲーブルを思わせる主人公ジョージ・バレンティン(ジャン・デュジャルダン)の風格と、タップダンスが魅力的なペピー・ミラー(ベレニス・ベジョ)の組み合わせに引き込まれた。「スタア誕生」のプロットを大まかになぞりながら、サイレント映画のパロディに陥るわけではなく、立派にオリジナリティーがある。
キム・ノヴァクはクライマックスで「めまい」の音楽が使われたことに異議をとなえたそうだが、バーナード・ハーマンのロマンティックで美しいスコアは少しも汚されてはいない。ハリウッド映画への愛情があふれた映画だが、それだけに終わらず、シンプルなラブストーリーとして好ましい出来だ。主人公を支えるベレニス・ベジョの役柄は男にとっては理想的な女性だ。
欲を言えば、映画の中で言われるほどベレニス・ベジョがチャーミングに見えないのが難。タップを踊れて演技のできる女優は限られているのだだろう。
2012/03/31(土)「アジャストメント」
あまり評判がよくなかったが、僕は面白く見た。IMDBの評価は7.1。まあ、そこそこ面白いということか。昨年買っておいた原作を見た後に読んだ。これはフィリップ・K・ディックらしい話で、現実の裏側にあるものを見てしまった主人公の話。現実を望まれる方向に調整するというプロットは同じだが、調整の仕方はまったく異なり、現実をいったん壊した後に再構成する。主人公はその調整現場にちょっとした手違いで遭遇し、会社のビルや同僚が灰のように崩れる場面を見てしまう。再構成されたものは以前とどこか違う、というのがディックらしい。
映画の方は調整チームが主人公(マット・デイモン)の恋を妨害する。主人公は大統領になり、世界平和を実現する運命だが、恋が成就してしまうと、それがかなわなくなる。男子トイレで出会った恋人役にエミリー・ブラント。映画はラブストーリーで、調整チームの妨害はラブストーリーには付きものの愛する2人の間に起きる障害の役割に当たる。男子トイレの場面のブラントがハッとするするほどきれい。これなら主人公が一目惚れするのも無理はない。