2022/09/25(日)「キングメーカー 大統領を作った男」ほか(9月第4週のレビュー)
そういう事情もあって前半は少し退屈しましたが、後半は良い出来。キム・ウンボムが野党の中で徐々に力を付け、野党候補として大統領選に出るところがクライマックスになります。ソ・チャンデの選挙戦は1票増やすよりも対立候補の票を10票減らすことを目的とした汚いやり方で、ネガティブキャンペーンや詐欺まがいの贈賄工作まで手段を選びません。しかしある事件を引き起こしたことで、キム・ウンボムと決別することになります。
映画が描くのは1961年から1971年までが中心。日本で金大中が有名になったのは1973年、日本での拉致事件(阪本順治監督が「KT」で描きました)からですが、それ以後の時代についてはエピローグで触れられる程度です。この映画では金大中ではなく、選挙参謀が主人公なので当然こうなるわけです。
監督・脚本は「名もなき野良犬の輪舞(ロンド)」のビョン・ソンヒョン。映画化を意図した理由について「正しいと考える目的を成し得るために、正しくない手段を使うことも正当か?」という疑問を映画にしてみたかったから、と語っています。
パンフレットには「『選挙の鬼才』厳昌録」と題する秋月望明治学院大名誉教授のコラムが掲載されてます。これを読んで、実名が使えなかったのも無理はないと納得しました。映画にはかなりのフィクションが含まれていて、あくまで政治エンタメとして見るべき作品ということになります。アメリカでは未公開のためIMDbの投稿は376件と少なく採点は6.7。
「沈黙のパレード」
東野圭吾原作「ガリレオ」シリーズの1本で、監督はテレビドラマから同シリーズを演出し、シリーズの劇場版「容疑者Xの献身」(2008年)「真夏の方程式」(2013年)も監督した西谷弘。映画の出来はともかく、ファンとしては柴咲コウが内海薫刑事役で復活したのがうれしく、物理学者のガリレオこと湯川学(福山雅治)とのバディぶりがおかしくて良かったです。週刊文春ミステリーベストテンで1位、「このミステリーがすごい!」で4位となった原作は殺人方法の物理トリックの解明が中心となる後半が個人的には好みではありませんでした。映画は原作に忠実なのでやはり後半が今一つと思えました。
キャストは湯川の親友である草薙刑事役におなじみの北村一輝が扮するほか、飯尾和樹、戸田菜穂、田口浩正、酒向芳、岡山天音、吉田羊、檀れい、椎名桔平とオールスターキャスト。「オリエント急行殺人事件」のような展開なのかと原作を読んでいる時も思いましたが、映画もそうミスリードするような作りになっています。
「女神の継承」
「哭声 コクソン」(2016年)のナ・ホンジンが原案・プロデュースし、「愛しのゴースト」(2013年)のバンジョン・ピサンタナクーンが監督した韓国・タイ合作のホラー。タイのドキュメンタリーチームが東北部イサーン地方を訪れ、地元の神バ・ヤンの精霊に取り憑かれた霊媒ニムの日常生活を記録するという設定で語られます。つまり、「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」や「クローバーフィールド」のような、いわゆるモキュメンタリーの形式を取っています。タイトルには女神とありますが、実際には女神に使える巫女(霊媒)能力の継承を指します。霊媒のニム(サワニー・ウトーンマ)は姉のノイ(シラニ・ヤンキッティカン)が霊媒になることを嫌がってキリスト教信者になったため、霊媒能力を継承しました。ノイの娘ミン(ナリルヤ・グルモンコルペチ)の周囲に最近、不思議なことが次々と起こり、本人の奇行もあることからミンが次の霊媒になるのかと思われますが、実はミンに取り憑いたのは女神ではなく、悪霊だったことが分かります。ニムは悪霊払いをしようとしますが、という展開。
モキュメンタリーは撮影クルーも犠牲になるのが常で、この映画もそうなっていきますが、この形式は不要だったと思います。「哭声 コクソン」に及ばなかったのはこの形式も影響しているでしょう。映画はR18+指定になっていますが、性描写も暴力描写もそれほどではありません。IMDb6.5、ロッテントマト78%。
「雨を告げる漂流団地」
「ペンギン・ハイウェイ」(2018年)の石田祐康監督のアニメで、劇場公開と同時にNetflixでの配信が始まりました。廃墟となった団地で遊んでいた小学生たちが不思議な現象に巻き込まれ、気づくと団地の周囲は海だった。子供たちは元の世界に戻ろうとするが、という話。評判が良くないのは団地がなぜ海に浮かぶのかという疑問を含めて、物語の作り込みが浅いためでしょう。
「映画はアリスから始まった」
映画草創期に史上初の女性映画監督として多数の作品を残しながら、ほとんど知られていないアリス・ギイ=ブラシェに迫るドキュメンタリー。アリスは世界初の劇映画「キャベツ畑の妖精」や超大作「キリストの誕生」などを監督しましたが、男性優位社会の弊害から作品にクレジットされず、映画史でも無視されてきました。パメラ・B・グリーン監督は記録フィルムや関係者のインタビューを通してアリスの功績を詳しく紹介しています。高い評価を受けている作品で確かにアリスの功績はよく分かりますが、映画としてはちょっと構成が単調でポイントを絞り切れていない印象があります。IMDb7.7、メタスコア76点、ロッテントマト96%。