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2024年07月14日の記事

2024/07/14(日)「辰巳」ほか(7月第2週のレビュー)

 宮藤官九郎脚本のドラマ「新宿野戦病院」(フジ)で元軍医の日系アメリカ人を演じる小池栄子の英語が下手だという記事がネットニュースにありました。コメディーなんだから、らしく聞こえれば十分と思うんですが、ユーモアを解さない人は意外に多いようです。日活アクション映画などで片言の日本語をしゃべる怪しい中国人を演じていた藤村有弘や小沢昭一の昔からこういう役柄はありますね。

 「新宿野戦病院」を含む夏ドラマの中で大本命とみられるのは「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」(NHK、全10話)。昨年、BSプレミアムで放送されて評判を呼び、今月9日から地上波での放送が始まりました。演出は「勝手にふるえてろ」(2017年)などの大九明子監督。ただ、BS版より5分短いバージョンだそうです。大九監督が時間をかけて再編集したそうですが、5分ぐらい時間延長したらどうだ、NHKっ。

「辰巳」

 遠くで「レオン」(1994年、リュック・ベッソン監督)が反響している、と見ながら思いました。パンフレットを開いたら、小路紘史監督によるオマージュ作品18本が記載されていて、「レオン」もその1本でした。監督のコメントを引用しておきます。
 「マチルダとレオンの関係性は、辰巳と葵の関係性そのもの。廃工場で竜二が山岡を殺すシーンは、ゲイリー・オールドマン扮するスタンがマチルダ一家を襲撃するシーンの分数に近づけています。京子が死んだ後、葵が泣きながら辰巳と話すシーンも、レオンとマチルダが最初に話すシーンのセリフの構成などを参考にしました」
 血まみれの描写は北野武監督作品の影響もあるかと思ったら、それはオマージュ作品の番外編に挙げてありました。凶暴な沢村兄弟の名前(武と竜二)は北野武と映画「竜二」(1983年、川島透監督)からのものだそうです。もう1本の番外編は意外なことに「リング」(1998年、中田秀夫監督)。辰巳の車(コロナ エクシブ)は「リング」で松嶋菜々子が乗っていた車と同じなんだとか。エクシブ(初代は1989年発売)は当時のマーク2などと同じくスタイル優先の天上の低い車で、「間違いだらけのクルマ選び」の徳大寺有恒さんは後部座席の狭さを批判してました。

 ほかのオマージュ作品は「ブレイキング・バッド」「レヴェナント 蘇りし者」「ダークナイト」「イングロリアス・バスターズ」など。小路監督はノワール作品が相当に好きなようです。

 「辰巳」が良いのはそうした過去の作品を真似たツギハギのパッチワークで終わることなく、1本のハードなノワールとしてとても面白く仕上がっていることです。

 ヤクザの世界で死体解体の仕事を請け負っている辰巳(遠藤雄弥)は恋人・京子(龜田七海)の殺害現場に遭遇する。一緒にいた京子の妹・葵(森田想)を連れて命からがら逃げるが、復讐を誓う葵は京子殺害の犯人を追う。辰巳は勝ち気で生意気な葵と反目し合いながらも同行することになる、というストーリー。

 京子が殺されたのは組の金を仲間とともに横領していたからですが、唯一の肉親を殺された葵に、そんなことは関係ありません。復讐に燃える葵を辰巳はなだめながら、組の要求も聞きつつ、ぎりぎりの打開策を探っていくことになります。

 竜二役の倉本朋幸は「レオン」のゲイリー・オールドマンと同様に狂気と変態性を醸しています(倉本朋幸は舞台演出家とのこと)。葵役の森田想も「わたしの見ている世界が全て」(2023年、左近圭太郎監督)「朽ちないサクラ」(2024年、原廣利監督)と出演作が続いていて、好調さを感じさせます(といっても、撮影は5年前、19歳の時だそうです)。しかし、一番の好演はやはり主演の遠藤雄弥で、ニコリともしない顔つきが良く、ハードな役回りにリアリティーを持たせる演技だと思いました。

 唯一の小さな不満は辰巳と葵の関係性の変化があまり感じられないこと。なぜ辰巳は葵を守ることにしたのか、そういう部分の描写が足りないです。レオンとマチルダの関係がエモーショナルに十分に描かれていたように、そうした描写を補強すれば、小路監督の映画はさらに強度が増すのではないかと思います。

 「最強殺し屋伝説国岡 完全版」(2021年、阪元裕吾監督)などで主演している伊能昌幸がセリフなしアップなしのチョイ役で出てきます。せっかく出すならアクションの見せ場も欲しかったところですけどね。というか、藤原季節もチョイ役に近いのは5年前に撮られた作品だからなのでしょう。こういう優れた作品はできる限り早く公開できるようになれば、と思います。
▼観客8人(公開2日目の午後)1時間48分。

「キングダム 大将軍の帰還」

 シリーズ4作目。前作は圧倒的に強い趙の武神・ほう煖(ほうけん=吉川晃司)が現れ、信(山崎賢人)率いる飛信隊の面々がまるで歯が立たないシーンで終わりました。当然のことながら、今回はその続きで始まり、信は重傷を負い、仲間も次々にやられて敗走する姿が前半で描かれます。後半は趙の大軍勢に立ち向かう秦の王騎将軍(大沢たかお)率いる軍勢の戦闘シーンと、王騎将軍とほう煖の過去の因縁を描き、2人の対決がクライマックスとなります。今回のメインは王騎将軍です。

 エキストラも多数使っているようですが、大軍勢のCGは不満のない出来。ストーリー自体は簡単で、佐藤信介監督は見せる演出に徹しています。重要人物が死ぬので泣いてる人もいましたが、僕には情緒過剰、感傷過多のきらいがあるな、と思えました。もっと抑えた表現が望ましいです。

 楊端和(長澤まさみ)の見せ場がなかったのは残念。
▼観客25人ぐらい(公開初日の午前)2時間26分。

「罪深き少年たち」

 韓国で実際に起きた少年3人の冤罪事件を基にしたフィクション。こう称する作品で気になるのはどこまで事実かということですが、個人的に一番興味深かった主人公の刑事のキャラクターは完全なフィクションとのこと。うーん。

 この映画の一番の見どころは腐りきった警察上層部と検察に主人公たちが勝利していくところです。主人公の再捜査を徹底的に妨害し、左遷し、自分たちの誤りを隠蔽しようとする上層部と検察に主人公たちは粘り強く、行動していくんですが、主人公が架空の存在だと、そうした諸々もフィクションということになり、興味が削がれてしまいます。「事実を基にしたフィクション」とは断り書きを入れない方が良いレベルでした。

 主演は「ペパーミント・キャンディー」(1999年)「1987、ある闘いの真実」(2017年)などの名優ソル・ギョング。監督は「権力に告ぐ」(2019年)など実際の事件の映画化が多いチョン・ジヨン。
IMDb6.7(アメリカでは未公開)
▼観客10人(公開4日目の午後)2時間4分。

「かくしごと」

 認知症の父(奥田瑛二)を介護するため、田舎の実家に戻った絵本作家の千紗子(杏)は友人の久江(佐津川愛美)が運転する車で居酒屋から帰宅途中、少年(中須翔真)をはねてしまう。久江が飲酒運転だったことから、警察には届けず、少年を千紗子の家に連れて帰る。翌朝、目覚めた少年は記憶を失っていた。少年の体に虐待の痕を見つけた千紗子は少年を守るため自分を母親と偽り、少年と父親の3人で暮らし始める。

 原作(北國浩二「嘘」)があるだけに意外な事実が明らかになるラストはおっと思いましたが、そこまでの語り方がうまくありません。というか、主人公の行動に無理を感じました。監督・脚本は「生きてるだけで、愛。」の関根光才。
▼観客6人(公開6日目の午前)

「フェラーリ」

 イタリアの自動車メーカーの創始者エンツォ・フェラーリを描くマイケル・マン監督作品。フェラーリを演じるのはアダム・ドライバーですが、いつもの長髪を切り、銀髪に染めているので別人に見えました。

 物語はエンツォの長男ディーノが病死した翌年の1957年を描いています。妻ラウラ(ペネロペ・クルス)との仲はそのことで冷え切っていますが、エンツォは密かに愛人リナ(シャイリーン・ウッドリー)との間にピエロと名づけた男の子がいました。会社はフィアットやフォードからの買収工作があり、危機に陥っています。フェラーリはイタリア全土1000マイルを縦断する公道レース「ミッレミリア」での優勝に起死回生を懸けますが、沿道の観衆を巻き込んだ大事故が起きてしまいます。

 中盤のサーキットで車が飛ぶ事故が、クライマックスの大事故の伏線になっています。公道を猛スピードで走るレースは危険そのものですし、よくこんなレースを許可していたなと思いますが、それ以前に当時の安全装備ゼロの車には乗りたくないですね。

 マイケル・マン監督の演出は悪くありませんが、エンツォの私生活のことが多すぎる気がしました。人間フェラーリを描く意図は分かるんですけどね。
IMDb6.4、メタスコア73点、ロッテントマト72%。
▼観客5人(公開5日目の午後)