メッセージ

2025年02月02日の記事

2025/02/02(日)「リアル・ペイン 心の旅」ほか(1月第5週のレビュー)

 週刊文春のミステリーレビューで書評家の池上冬樹さんが「少年の君」(2019年、デレク・ツァン監督)の原作を高く評価(★4.5個)しています。昨年11月、新潮文庫から出た本。レビューを引用すると、「ミステリ色も強く、映画よりもはるかに複雑で面白い。結末が違うのだ。独自のサスペンスが横溢していて、刑事と少年と少女の息詰まる対決は、一体どこに転がるのかとはらはらする。(中略)何と激しく美しい恋愛ミステリだろう。充分に抑制がきいてるがゆえに、思いが行間から溢れてくる」。

 気になったので書店で買ってきました。カバーにある著者(玖月晞=ジウ・ユエシー)の写真を見て、女性だったのかとびっくり。映画はデレク・ツァン監督の男視線で描かれていましたからね。それと巻末の解説に「中国語の『少年』は少女の意味も含む」とあって、なるほどと思いました。少年よりも少女(チョウ・ドンユイ)の方がメインと思えましたから。

「リアル・ペイン 心の旅」

「リアル・ペイン 心の旅」パンフレット
「リアル・ペイン 心の旅」パンフレット
 俳優ジェシー・アイゼンバーグの監督第2作。監督に専念した前作「僕らの世界が交わるまで」(2022年)より内容も演出も深化した感があり、アカデミー賞で助演男優賞(キーラン・カルキン)と脚本賞(ジェシー・アイゼンバーグ)の2部門にノミネートされています。

 ニューヨークに住むデヴィッド(ジェシー・アイゼンバーグ)とベンジー(キーラン・カルキン)は誕生日が2週間違いのいとこ同士。デヴィッドはIT業界で働き、ブルックリンの自宅に妻と子供がいる。ベンジーは情熱的でチャーミング、自由奔放で人を魅了するが、どこか危うさを持ち合わせていた。兄弟同然に育ち、近年は疎遠になっていたが、数年ぶりに再会。亡くなった祖母の遺言で、彼女の故郷ポーランドのツアー旅行に参加することになる。ユニークなツアー参加者と交流するなか、正反対の性格であるデヴィッドとベンジーは騒動を起こしながらも、彼ら自身の“生きるシンドさ”に向き合う。

 パンフレットによると、原題の「A Real Pain」には「本当の痛み」のほかに「困ったやつ」という意味があり、「自分を困らせる人に使う表現」とのこと。明らかにベンジーを指しているわけですが、誰とでも親しくなる半面、他人の迷惑を顧みないベンジーは心に傷を抱えて不安定な精神状態にあることが徐々に分かってきます。それをキーラン・カルキンは陰影豊かに演じています。

 精神的に不安定なのはデヴィッドも同じようなのですが、デヴィッドには妻子がいることが大きな違いになっているのでしょう。2人は兄弟同然に育ったから親しいのではなく、ともに不安定な状態にあることを含めて相手のことがよく分かっているから親しいのでしょうね。

 結果がどうなるかは分かりませんが、キーラン・カルキンもジェシー・アイゼンバーグも賞に値する力を見せていると思います。
IMDb7.1、メタスコア86点、ロッテントマト96%。
▼観客9人(公開初日の午後)1時間30分。

「お坊さまと鉄砲」

「お坊さまと鉄砲」パンフレット
「お坊さまと鉄砲」パンフレット
 「ブータン 山の教室」(2019年)のパオ・チョニン・ドルジ監督が初めての選挙に戸惑う人々を描いた監督第2作。お坊様が鉄砲をいったいどうするんだという興味が物語を引っ張りますが、その理由が分かるラストはメルヘンチックだなと微笑ましくなる一方で、純朴で真っ当な考え方との思いも強くします。こういう考え方であれば、戦争は避けられるはずなのです。

 2006年のブータン。国王の退位によって民主化への転換を図るため、選挙の実施を目指して模擬選挙が行われることになる。周囲を山に囲まれたウラの村の高僧ラマ(ケルサン・チョジェ)はこの報を聞くと、次の満月までに銃を二丁用意するよう、若い僧タシ(タンディン・ワンチュク)に指示する。そのころ、“幻の銃”を探しに銃コレクターのロン(ハリー・アインホーン)がアメリカからやって来て、村人から古い銃を購入しようとしていた。

 ブータンはかつて国民の幸福度が高い国として知られていましたが、2019年のランキングでは156カ国中95位にとどまり、それ以来、ランキングに登場していないそうです。幸福度は他者との比較で左右されることが多く、素朴なブータンの人たちも外国の豊かな情報に触れると、自分の今の環境と比較してしまうのかもしれません。

 ドルジ監督はパンフレットでこの映画のテーマを「無垢」の価値としています。「残念なことに私たちがより近代的で教育水準の高い国へと変化し移行するにつれ、この美しい価値は失われ、捨て去られつつあります。現代人には『無垢』と『無知』の違いを区別できないのでしょう」

 監督の父親は外交官で監督自身も外国に住むことが多かったそうです。ブータンに対して第三者的視点を持ち、その価値をよく知っているからこそ、前作や本作のような寓話的側面を持った作品が生まれるのでしょう。ブータンの実情に沿わない面もあるのかもしれませんが、「無垢の価値」の訴えには十分に共感できました。
IMDb7.2、メタスコア74点、ロッテントマト94%。
▼観客11人(公開5日目の午後)1時間52分。

「嗤う蟲」

「嗤う蟲」パンフレット
「嗤う蟲」パンフレット
 田舎の村に移住した若い夫婦が村の秘密に触れて恐怖にさらされるスリラー。宇田川寧プロデューサーと脚本の内藤瑛亮(「ミスミソウ」「毒娘」)が2019年頃から企画し、脚本には城定秀夫監督も加わっています。移住者を最初は歓迎しますが、村の掟に従わないと、すぐさま排斥=村八分するというのは実際にありそうです。問題は村の秘密がリアリティーを欠くこと。それに関連するクライマックスも屋内ならともかく、屋外でこれは無理だろうと思えました。

 イラストレーターの杏奈(深川麻衣)は脱サラした夫・輝道(若葉竜也)と共に都会を離れ、麻宮村に移住する。自治会長の田久保(田口トモロヲ)を過剰なまでに信奉する村民たちの度を越えたおせっかいに辟易しながらも、新天地でのスローライフを満喫する。杏奈は村民の中に田久保を畏怖する者たちがいることに気づく。輝道は田久保の仕事を手伝うことになり、麻宮村の隠された掟を知ってしまう。

 この題材なら「理想郷」(2022年、ロドリゴ・ソロゴイェン監督)の方がリアルに振って、というか実話の映画化ですが、よく出来ていました。城定秀夫監督はパンフレットで「村八分に遭うが、村から逃げない」展開にリアリティを持たせることが難しく、夫が心理的に村に取り込まれていく展開にしたと述べています。「理想郷」のように逃げたくても全財産はたいて移住したので無理という展開でも良かったのではないでしょうかね。
▼観客2人(公開6日目の午前)1時間39分。

「怪獣ヤロウ!」

 岐阜県関市のご当地映画。市役所の観光課に勤め、何をやってもうまくいかない山田一郎(ぐんぴぃ)は、市長(清水ミチコ)から市を盛り上げるためのご当地映画の製作を命じられる。凡庸なご当地映画の製作に疑問を持った山田は、子供の頃からの夢だった怪獣映画の製作を思いつく。

 Wikipediaによれば、ご当地映画は「ある特定の地域を主要な舞台にしてドラマが展開していく映画作品を指す」。ただ、最近は地元の自治体が中心となって地域のPRのために作る場合が多いようです。ご当地映画=自己満足なだけでつまらん、という場合が多く、つまらない映画を作ってもPRにはならないんじゃないかと思います。

 この映画は頑張ってる方で、手塚とおる、菅井友香、三戸なつめ、麿赤兒らキャストもそろえてますが、特に褒めるところはなく、フツーの出来でした。監督・脚本は岐阜県出身で、「実りゆく」(2020年)の八木順一朗。
▼観客6人(公開初日の午前)1時間20分。

「ナイト・オブ・アルカディアン」

 ヒューマントラストシネマ渋谷で先月から特集している「未体験ゾーンの映画たち2025」で上映した作品をU-NEXTで配信しています。これはその1本。ニコラス・ケイジ主演で予告編に少し興味を引かれたので見ました(U-NEXTでは2月23日まで有料配信)。

 夜に現れる謎の生物が跋扈する世界で生きる父子のサバイバルを描くサスペンスホラー。謎の生物とはモンスターですが、これが何なのか劇中で詳しい説明はありません。「奴らは地球が汚染された後に出現した。今、地球は随分きれいになった」とケイジが言いますが、それならモンスター、いなくなってもいいんじゃない? で、このモンスター、夜になると、多数の群れとなって襲ってきます。モンスターの造型は悪くないと思いますが、口を高速にパクパク、ガクガクするのが安っぽいです。

 ニコラス・ケイジは序盤で重傷を負って、寝たきりとなり、クライマックスに回復してモンスターを撃退します。若い俳優たちばかりだと、映画に重みがないので重し代わりに登場させたような扱いですね。モンスターと物語の背景をもう少し練った方が良かったと思います。監督は「ダーティー・コップ」(2016年)でもケイジと組んだベンジャミン・ブリューワー。
IMDb5.5、メタスコア57点、ロッテントマト78%。1時間32分。