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TBSラジオ「アフター6ジャンクション2」で毎年恒例のシネマランキングを特集していました。「チャレンジャーズ」(ルカ・グァダニーノ監督)を1位に推すゲストが何人かいて、お気に入りに入れっぱなしだったのを思い出し、配信で見ました。
テニス選手タシ・ダンカン(ゼンデイヤ)が親友同士の男子テニス選手2人(ジョシュ・オコナー、マイク・フェイスト)を愛するという女1男2のラブストーリー。ゼンデイヤはテニス選手としてはスリムすぎる感じもありますが、ひ弱さはなく、抜群のスタイルの良さと相まって有無を言わさない魅力がありますね。男2人が同性愛的な関係なのがグァダニーノの映画らしいところです。アングルとカメラワーク、音楽の使い方が斬新で、グァダニーノのセンスの良さを感じさせる作品になっています。amazonプライムビデオで見放題配信しています。
IMDb7.1、メタスコア82点、ロッテントマト88%。
統合失調症を発症した姉と、姉を病気と認めず、自宅に閉じ込めた両親を息子(藤野知明監督)が20年間にわたって撮影したドキュメンタリー。タイトルの答えは「十分な治療を受けさせた方が良かった」だと思いますが、息子の問いに対して老いた父親はそうは答えません。自分が行ってきたことを晩年になって間違いだと認めることは自分の人生を否定するようなものなので考えを改めることは難しいでしょう。撮影期間が長期に及んだため、映画は統合失調症よりも家族がテーマの中心になったように思えました。ある家族の不幸な選択とその後を詳細に追った映画と言えます。
精神障害者などを自宅の座敷牢や蔵の中に閉じ込める行為は小説や映画で(特にホラーで)描かれてきました(私宅監置と言い、1950年に廃止されるまで精神病者監護法で合法だったそうです)。それができるのは裕福な家でしょう。この映画に登場する北海道の家族は両親とも医師で研究者、姉も医学部に4年かけて合格した優秀な一家(監督は北大農学部)。家自体も大きくて立派です。姉は座敷牢のような部屋に監禁されていたわけではなく、自宅から出られない状態に置かれていただけですが、それでも適切な治療を受けていれば、違った人生があったのではないかと想像できます。
才媛という言葉がふさわしい容姿だったのに、意味不明のことをしゃべり、怒鳴り、両親が対応に苦慮する様子は見ていてつらいです。母親に認知症の症状が現れた後、父親はようやく娘を入院させますが、最初の症状から25年もたっていました。退院して自宅に帰った後、50歳を過ぎた姉の頭には白髪が目立つようになります。長い時の流れを感じさせ、蕭然とした気持ちにならざるを得ません。
親に子供の人生を奪う権利はありませんし、生き方を決める権利もありません。一般的に子供のためを思って行うことが、本当に子供のためになっているかと言えば、そうではないケースも多いでしょう。両親は娘を病気と思っていませんが、パンフレットによると、姉自身、自分を病気と認めていなかったそうです。監督が両親を厳しく責めているわけではないことが、この映画をつらいだけではなく、時折ユーモアを感じる温かさを持った作品にしています。
常時カメラを向けられることで家族が撮影されることに慣れてくるのは「ぼけますから、よろしくお願いします。」(2018年、信友直子監督)と同じで、カメラの前で本音を話すことができるのもこのためでしょう。家族でなければできない撮影の仕方です。監督は「統合失調症の対応の仕方としては失敗例」としていますが、だからこそフィルムに閉じ込めたままではなく、広く公開した意義は大きいと思います。
▼観客15人ぐらい(公開初日の午後)1時間41分。
東京の児童養護施設で暮らす子どもたちに密着したドキュメンタリー。この作品もまた撮影対象から信頼を得ないと、成立しないでしょう。
入所者は18歳になり、自立のめどがつくと、施設を退所しなければいけません。撮影対象が幼児から徐々に上がっていく構成は自立の時期が近づくにつれて子供たちがどう変わっていくかを見せることになります。映画はそうした子供たちの生活と考え方を見せますが、なぜ施設に入ることになったのかなど身の上には一切触れていません。「大きな家」のタイトルとは裏腹に、子供たちは施設を家とも家族とも思っていません。会いに来ない母親を慕う子供が多いことに胸が痛みます。
日本には親と離れて社会的養護の下で暮らす子供たちが4万2000人いるそうです。親と会えない寂しさの代わりにはなりませんが、せめて経済的な支援はもっと必要なのではないかと思います。見ていてほっとしたのは退所する女性の中に明るく朗らかな子がいたこと。一人暮らしになると、大変なことも多いでしょうが、明るさを失わずに頑張ってほしいと思います。
監督は「14歳の栞」(2021年)、「MONDAYS このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない」(2022年)の竹林亮。この映画も「14歳の栞」同様、パッケージ化と配信はしない方針だそうです。
▼観客10人ぐらい(公開2日目の午前)2時間3分。
平凡な大学教授ポール・マシューズ(ニコラス・ケイジ)が何百万人もの人の夢に現れるようになり、悪夢のような事態に巻き込まれる姿を描いた作品。
夢の中にはただ現れるだけで何もしないので、当初はメディアに取り上げられ、一躍有名になりますが、そのうち夢の中で人を襲うようになり、一気に嫌われてしまいます。なぜ夢に出てくるのか一切説明がないのが不条理的な面白さでもあり、物足りなさでもあるなと思います。
知らない人にまで自分のことが知られているという序盤は筒井康隆「おれに関する噂」を彷彿させる部分もありました。監督は「シック・オブ・マイセルフ」(2022年)のクリストファー・ボルグリ。この映画でニコラス・ケイジはゴールデングローブ賞コメディ・ミュージカル部門の主演男優賞にノミネートされました。
IMDb6.9、メタスコア74点、ロッテントマト91%。
▼観客6人(公開7日目の午後)1時間41分。
柚木麻子の同名小説を堤幸彦監督が映画化。大御所作家・東十条宗典(滝藤賢一)の酷評により、本が出せなくなり、不遇な日々を送っている新人作家・相田大樹こと中島加代子(のん)。文豪に愛された「山の上ホテル」に自腹で宿泊した際、東十条が泊まっていることを知り、復讐を兼ねて東十条を策略に陥れ、文壇でのし上がろうとする、というコメディ。
のんがおかしくて良いですし、クスクス笑える演出にも不備はないと思いますが、堤幸彦監督作品なら今年は「夏目アラタの結婚」の方が強力に好きです。東十条の娘役で髙石あかり、書店員で橋本愛が出演。
エンドクレジットの後に橋本愛主演「早乙女カナコの場合は」という作品の速報が流れます。これ、のんが同じ役で出てくるのでスピンオフかと思ったんですが、原作(「早稲女、女、男」)は同じ柚木麻子であっても本作と直接の関係はなく、監督も矢崎仁司でした。2025年3月14日公開だそうです。
▼観客10人ぐらい(公開初日の午後)1時間39分。
NHK-BSで再放送している朝ドラ「カーネーション」(2011年)を予約録画して毎日見てます。昨日はなぜか2話連続放送で、たまたまリアルタイムで見ていたら、いきなり2話目が始まり、慌てて録画ボタンを押しました。本放送時の放送日程がちょうど年末年始にかかったところで、前週分は3話、今週分は4話しかなく、調整のためだったのでしょう。
その「カーネーション」の主人公・小原糸子(尾野真千子)が終戦後の混乱期に「うちは負けへんでっ」と空に向かって叫ぶのを見て、「あ、スカーレット・オハラだ」と思いました。検索してみたら、この場面に限らず、糸子とスカーレットの類似性を指摘している人は多かったです。脚本の渡辺あやが糸子にスカーレット・オハラを投影しているのは間違いないんじゃないかな。なんせ、小原=オハラですからね。
赤坂アカ×横槍メンゴのコミックを映画化。表示されたタイトルは「【推しの子】」だけで、「The Final Act」の文字はありませんでした。amazonプライムビデオで配信したドラマシリーズ全8話が傑作だったので期待しましたが、端的に言って失敗してます。足りなかったのは演技力か演出力か予算か…。いや、覚悟が足りませんでした。何の覚悟か。映画で配信ドラマの続きを作る覚悟です。
劇場版がドラマの完結編であるなら、すぐにドラマの続きが始まると思ってしまいますが、1時間近くは原作第1巻の語り直しでした。高千穂の病院で密かに双子を産んだアイドルの星野アイ(齋藤飛鳥)が数年後、ファンに殺され、成長した子供のアクア(櫻井海音)が犯人を操った黒幕への復讐を誓うところまで。確かにこの部分、ドラマ版ではサラッとダイジェスト的に描かれただけで、原作・アニメファンはここで離脱した人もいたのではと思わせたんですが、それにしたって今さら感がありありで、「早くドラマの続き見せろ」という気分になってきます。
製作・配給の東映は劇場での興行がメインですから、劇場版をないがしろにするわけにはいかないのでしょう。ドラマを見ていない観客のためにこういう全方位外交的作りになったのだと思います。
しかし、ここに時間をかけてしまったことで続きの部分を十分に描く時間がなくなってしまい、案の定、後半もダイジェスト的描き方に終わっています。重要なキャラである有馬かな(原菜乃華)も黒川あかね(茅島みずき)もMEMちょ(あの)もほとんど書き割りのように薄っぺらな扱い。
原作もアニメもドラマも知らない観客はこの映画を見て、話題の「【推しの子】」はこんなものか、と思うかもしれません。冗談じゃない。全11章のうち2章から8章までがこの映画にはないんです。序盤と終盤だけをつないだ中抜きの作り。中抜きの中の部分はドラマで描いたんですが、初見の観客にそんなことは分かりません。いったい、こういう作りで誰が得するんでしょう。
ドラマを見ていることを前提にした劇場版を製作委員会が許さなかったということなのでしょう。最近の例で言えば、「劇場版『進撃の巨人』完結編THE LAST ATTACK 」は初見の観客のことなど微塵も考えていない潔い作りをしていました。あれで良いのだと思います。配信の視聴者は少ないでしょうから、確かに配信ドラマ前提の劇場版は難しいとは思いますが、それなら、ドラマは地上波でやった方が良く、そもそもの企画の立て方に誤りがあったということになります。監督にも俳優にも十分な実力があり、傑作になるポテンシャルを秘めていたのに、この作り方が台無しにしてしまったわけです
こんなことなら、ドラマで最後まで作った方が良かったです。いや、今からでも作ってほしいです。amazonプライムビデオは「デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション」のシリーズ版を配信していますが、これは前章・後章の映画版を分割してシリーズ化したのだろうと思ったら、実は全18話のシリーズを先に作り、劇場版はそれを再編集したもので、シリーズの6話分が劇場版にはないそうです。ドラマ「【推しの子】」もあと3話ぐらいで完結させられるでしょう。ドラマ版での完結をぜひ。
若い俳優たちの好演を映画で十分に生かせなかったのはかえすがえすも残念です(齋藤飛鳥だけはドラマより映画の方が出番が多かったですけど)。原作のラストは論議を呼びましたが、映画版は状況的には同じであるものの、少し変えてありました。監督はスミス、脚本は北川亜矢子。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午前)2時間9分。
クリント・イーストウッド監督作品ですが、劇場公開はなく、配信スルー。独占配信のU-NEXTで見ました。
陪審員に任命されたジャスティン・ケンプ(ニコラス・ホルト)は担当する事件を知って愕然とする。事件があったのは昨年10月。酒場で恋人同士が言い争い、怒った女は雨の中を歩いて帰り、男は車で帰った。翌朝、女は橋の下で死体となっていた。恋人の男が殴り、橋から投げ落として殺したとして警察は男を逮捕した。ちょうど事件の夜、ジャスティンは車を運転中に事件現場で何かをはねた。鹿かと思ったが、周囲は暗く、確認はできなかった。もしかしたら、自分がはねたのは女だったのではないか。男は無実なのではないか。告白できないまま、ジャスティンは被告の無罪を主張する。陪審員で元警官のハロルド(J・K・シモンズ)も事件に不審な点を感じ、ジャスティンに賛同する。
12人の陪審員のうち、主人公だけが被告の無罪を主張し、それが広がっていくあたり、「十二人の怒れる男」(1957年、シドニー・ルメット監督)を思わせますが、大きな違いは主人公が真犯人であるかもしれないことです。ジャスティンには飲酒運転で有罪となった前科があり、今回の事件を起こしたことが分かれば、終身刑の可能性があると、相談した弁護士は忠告します。妻は妊娠中(やがて出産)。自分が終身刑になれば、妻と子供はどうなるのか。
大傑作ではありませんが、イーストウッドは的確かつコンパクトな演出に努めていて、描写に無駄な部分がありません。出来は前作「クライ・マッチョ」(2021年)より格段に良く、94歳でこの演出手腕は立派です。裁判を担当する女性検事に「アバウト・ア・ボーイ」(2002年)、「ヘレディタリー 継承」(2018年)のトニ・コレット、被害者の女性役をイーストウッドの娘のフランチェスカ・イーストウッドが演じています。
IMDb7.1、メタスコア72点、ロッテントマト93%。1時間54分。
1960年代から70年代にかけてのバイク集団の隆盛と衰退を描いたドラマ。監督のジェフ・ニコルズはダニー・ライオンの写真集「The Bikeriders」にインスパイアされ、実在のアウトローズ・モーターサイクル・クラブをモデルにして物語を作ったそうです。
語り手となるのはバイク乗りのベニー(オースティン・バトラー)の妻キャシー(ジョディ・カマー)。映画はキャシーへのインタビューの形で、ベニーが入ったバイク集団ヴァンダルズを描いています。ヴァンダルズのリーダーはジョニー(トム・ハーディ)で、ベニーはその信頼を得ていきます。ヴァンダルズは各地に支部ができるほど拡大しますが、やがて敵対するクラブが現れ、最悪の事態を招いてしまいます。
グループのメンバーではなく、妻の視点から描いたことで第三者的な視点を入れられて良いです。というか、ジョディ・カマーが良いです。ジェフ・ニコルズ監督は1978年生まれですが、ザラついた画面の効果もあってノスタルジーを感じさせる映画に仕上げています。
IMDb6.7、メタスコア70点、ロッテントマト80%。
▼観客6人(公開4日目の午後)1時間56分。
タイトルからスパイ映画かと思ったら、1992年の釜山を舞台に土地の利権を巡る政治家とヤクザと闇の権力者の争いでした。裏切り裏切られの展開が「仁義なき戦い」を思わせます。
面白さも「仁義なき戦い」風で、話がどこに転がっていくのか分かりません。監督は「悪人伝」(2019年)のイ・ウォンテ。国政選挙の投票箱と投票用紙をそっくり偽造して選挙に勝つなど信じがたい描写があって、何かモデルになった事件があったのかと思いましたが、特にないようです。当時の韓国がけっこう無茶苦茶だったということはあるんでしょうかね。
IMDb6.3、メタスコア、ロッテントマト評価なし(アメリカでも公開しているようですが、規模は小さかったのでしょう)
▼観客7人(公開6日目の午後)1時間56分。
体内の白血球や赤血球、ナチュラルキラー細胞などを擬人化して描いたコミックの実写化。ダブル主演の永野芽郁が赤血球、佐藤健が白血球を演じています。アニメを何話か見た程度の知識ですが、アニメでは気にならなかったのに、役者が演じると学芸会に見えてしまって、やや興ざめでした。
描かれるのは漆崎茂(阿部サダヲ)と日胡(にこ=芦田愛菜)親子の体内の様子。主に急性骨髄性白血病にかかった日胡の病状変化から回復までをメインに描いていますが、抗がん剤の使用や骨髄移植などの描き方がやや安易に感じました。免疫の働きなどを描くのであれば、単なる風邪でも良かったんじゃないでしょうかね。
本筋にはあまり関係のないウンチの下ネタ入れているのは子供が喜ぶからなのでしょう。監督は「翔んで埼玉」(2019年)などの武内英樹。原作者として清水茜、原田重光、初嘉屋一生の3人クレジットされています。
▼観客17人(公開4日目の午後)1時間50分。
「スパイダーマン」のヴィランであるクレイヴン・ザ・ハンターをフィーチャーしたスーパーヒーロー・アクション。ライオンの血とアフリカの部族の秘薬で超能力を得た名家クラヴィノフ家の跡取りセルゲイ(アーロン・テイラー・ジョンソン)がクレイヴンを名乗り、裏社会の悪人たちを狩っていく話です。
セルゲイの父親(ラッセル・クロウ)も悪人で、クレイヴンと対立していくことになります。アメリカでは酷評されていますが、退屈な前半はともかく、後半はまずまずと思いました。マーベル作品が飽きられていることも低評価の要因なのでしょう。監督は「アメリカン・ドリーマー 理想の代償」(2014年)のJ・C・チャンダー
IMDb5.5、メタスコア35点、ロッテントマト14%。
▼観客4人(公開7日目の午後)2時間7分。
劇団牧羊犬を主宰する渋谷悠の初長編映画。オンライン試写で見ました。自閉症の美晴とその家族の再生の物語です。
息子の光雄(和田聰宏)をがんで亡くした漁師・善次(升毅)の元に光雄の妻・透子(田中美里)が娘の美晴(日高麻鈴)と凛(宮本凜音)を連れて訪ねてくる。透子は聴覚過敏を持つ美晴を守るのに必死で、光雄が亡くなってから娘を守る決意を強くしている。美晴は守られてきた世界から一歩でも外に踏み出したいと願うものの、失敗したり不安を感じたりすると、布団を被り夢の中に逃げ込む。そこは父の光雄が生前病床で書いた「美晴に傘を」という絵本の世界だった。
日高麻鈴は悪くないんですが、同じ自閉スペクトラム症の演技ではドラマ「ライオンの隠れ家」(TBS)の坂東龍汰のとことんリアルなセリフ回しと身振りを見た後では見劣りがします。坂東龍汰がうますぎるので、仕方ないんですけどね。物語も演出も特に際立ったところはないように思えました。
劇場公開は2025年1月24日の予定です。
「このミステリーがすごい!」2025年版に「【推しの子】」原作者の赤坂アカのインタビューが掲載されています。「【推しの子】」はミステリー要素が強いからという理由のようです。インタビューによると、幼少期のアクアが京極夏彦「絡新婦の理」(1996年)を読んでいるのは作画の横槍メンゴのアイデアだそうです。「多分メンゴ先生の方で『【推しの子】』の構造が『絡新婦の理』と重なるというのを考えて入れ込んだのかもしれませんね」。もはや28年前の「絡新婦の理」の内容はすっかり忘れました。そんな部分がありましたっけ?
1980年代のニューヨークを舞台にドッグとロボットの関係を描いたアニメーション。ドッグとロボットの関係は予告編では“友情”“友だち”となっていますが、終盤の切ない展開を見ると、むしろこれは強い愛情だろうと思います。ロボットに性別はありませんから、男女の愛とも同性の愛とも言えないんですが、両者が深く結びついたパートナーだったことは確か。この一匹と一体の不運で哀しい別れを経た後に描かれるエピソードは「パスト ライブス 再会」(2023年、セリーヌ・ソン監督)の主人公たちのような人生のままならなさ、厳しさを感じさせました。このあたりの深みが広く評価されている要因だと思います。
ニューヨークで孤独に暮らすドッグはテレビCMに心を動かされ、友達ロボットを注文する。届いたロボットを組み立て、ドッグとロボットはセントラルパークやエンパイア・ステート・ビルなどニューヨークの名所を巡りながら絆を深めていく。しかし夏の終わり、海水浴を楽しんだ際にロボットは砂浜で錆びて動けなくなる。ロボットはとても重いので、ドッグだけでは運ぶことさえできない。しかもビーチは翌年まで閉鎖されてしまう。ドッグとロボットは離ればなれになり、翌年6月の海開きでの再会を心待ちにしながらそれぞれの時間を過ごすことになる。
原作はサラ・バロンのグラフィック・ノベル。これを基にスペインのパブロ・ベルヘル監督が映画化しました。絵自体は素朴な2Dですが、映画にはセリフが一切ないにもかかわらず、情感がこもっています(原作にもセリフはないそうです)。パンフレットによると、この映画の視覚スタイルは「リーニュ・クレール」という技法を取り入れており、このスタイルは「大きさが均一でシンプルな輪郭線と陰影を排した均一でフラットな色使い」を特徴としているそうです。
初めてアニメを監督したベルヘルが成功を収めたのは実写で培ったストーリーテリングと描写の技術が生きたからなのでしょう。ベルヘル監督はこの映画について「愛する人々を失うことへの葛藤、そしてそれを受け入れ、乗り越える過程を描いて」いると話しています。
アース・ウインド&ファイアーの名曲「セプテンバー」(1978年)は「最強のふたり」(2011年、エリック・トレダノ、オリヴィエ・ナカシュ監督)では気分を上げる曲として流れて印象的でしたが、この映画では切ない気分も増幅しています。「9月21日の夜を覚えているかい?」という歌詞が、「幸福に過ごしたあの夏を覚えているかい?」という意味に通じるからです。
映画で描かれるニューヨークには擬人化した動物たちだけが住んでいて、テレビアニメ「オッドタクシー」(2021年)を思わせる設定でした。ベルヘル監督はニューヨーク大学映画学科修士課程で学び、ニューヨーク・フィルム・アカデミーで教鞭を執っていたそうです。ニューヨークは思い入れのある街なのでしょう。
IMDb7.6、メタスコア87点、ロッテントマト98%。
▼観客15人ぐらい(公開初日の午後)1時間42分。
つげ義春の短編漫画を「岬の兄妹」(2018年)「さがす」(2022年)の片山慎三監督が映画化。公式サイトによると、表題作のほか、「夏の思いで」「池袋百点会」「隣りの女」の要素も入っているそうです。この4編を収録したちくま文庫の「つげ義春コレクション」2冊(「ねじ式/夜が掴む」「大場電気鍍金工業所/やもり」)を買って読んでみました。
表題作は映画の冒頭にあるシーンで、どしゃ降りの雨の中、バス停で出会った男女の泥まみれの交わりをほぼ原作通りに描いています。他の3編も映画は原作通りに描いていますが、全体の構成が面白く、現実と夢、回想、妄想を組み合わせたような作りになっています。後半に戦場シーンが出てくると聞いていたので、どう繋ぐのかと思ったら、なるほどと思いました。ダルトン・トランボ「ジョニーは戦場へ行った」(1971年)のようなシチュエーションに主人公はいるのでした。
ただ、現実と回想が明確に分かれた「ジョニー…」ほどシンプルな作りではなく、各エピソードが絡まり合って迷宮のような雰囲気を醸しています。こうした作り、かなり好みです。主人公の義男(成田凌)がたどるのは福子(中村映里子)という女性との性愛が絡んでいますが、死に瀕した若い男の意識にそうしたエロスが出てくるのは不自然ではないでしょう。
撮影は台湾で行ったとのこと。戦場シーンを除いて舞台は日本の設定ですが、無国籍な雰囲気が漂うのは台湾の風景が影響しているためでしょう。
▼観客4人(公開13日目の午前)2時間12分。
さまざまな動物に変異する奇病が蔓延している近未来を描くフランス映画。設定はSFなんですが、サスペンスやスリラータッチの内容になっています。SFファンとしてはそのあたりが不満で、こういう病気が蔓延する大きな理由が欲しいところです。
完全に動物に変異してしまえば、本人も周囲もなんてことはないんですが、半分人間で半分動物という途中の形態が化け物じみているのがやっかいです。彼らは“新生物”として人間から差別・迫害・拘束されることになります。こうした描写で、脅威なのは新生物ではなく人間の方であるということを言いたいのは明らか。このシチュエーションはさまざまな比喩になっていますが、分かりやすすぎるきらいがありますね。監督・脚本はトマ・カイエ。
IMDb6.7、メタスコア69点、ロッテントマト83%。
▼観客4人(公開5日目の午後)2時間8分。
「ワンダー 君は太陽」(2017年、スティーブン・チョボスキー監督)の問題児ジュリアン(ブライス・ガイザー)の祖母サラ(ヘレン・ミレン)がナチス占領下のフランスで体験した出来事を描くドラマ。原作はR・J・パラシオがジュリアンの救済を主軸に書いた小説で、児童文学「ワンダー」のアナザーストーリーだそうです。
1942年、ナチス占領下のフランスでユダヤ人のサラ(アリエラ・グレイザー)と彼女の両親に危険が近づいていた。サラの学校にナチスが来てユダヤ人生徒を連行するが、サラは同じクラスのジュリアン(オーランド・シュワート)に助けられ、彼の家の納屋に匿われる。ジュリアンはポリオに罹って、足が不自由なためクラスでいじめられていた。サラはそれまでジュリアンに関心がなく、名前すら知らなかったが、ジュリアンと彼の両親は危険を承知の上でサラを守る。サラとジュリアンの絆が深まる中、終戦が近いというニュースが流れる。
序盤の緊迫した展開に比べて、納屋に隠れて過ごすシーンが長すぎるように思えました。ただ、不当な迫害に立ち向かう勇気と優しさの重要性はいつの時代にも通用するものです。主人公の年齢から見ても、基本的には15、6歳までが対象の作品と思いますが、大人が見ても面白いです。監督は「オットーという男」(2022年)のマーク・フォースター。
IMDb7.3、メタスコア54点、ロッテントマト74%。
▼観客4人(公開7日目の午後)2時間1分。
テレビアニメにもなっている廣嶋玲子の児童小説の映画化。「ホワイトバード はじまりのワンダー」よりさらに低い年齢層を主な対象にした作品ですが、劇場に子供を連れて来た親が見ても楽しめる作品になっています。
さまざまな願いを叶える銭天堂の駄菓子は「ドラえもん」の四次元ポケットから出てくる道具みたいなものですね。その銭天堂の女主人・紅子役に頬と体を膨らませた天海祐希、紅子を敵視する「たたりめ堂」の主人よどみ役を青い髪の上白石萌音が上目がちに「ひひひ」と不気味に演じています。「ドラえもん」同様にシリーズ化できる内容だと思いました。続編は「ふしぎ駄菓子屋 銭天堂 よどみの逆襲」とかになるはず?
共演は大橋和也、伊原六花、伊礼姫奈ら。監督は「リング」シリーズなどホラーが多い中田秀夫。脚本は「デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション」「ブルーピリオド」「きみの色」に続いて今年4作目となる吉田玲子。
▼観客15人ぐらい(公開初日の午前)1時間44分。
6年ぶりにテレビを買い換えたんですが、前々から調子が悪かったホームシアターシステム(なんて大袈裟なものではなくテレビ台に付いたスピーカーです)も壊れたのでサウンドバーを買うことにしました。いろいろ調べた結果、購入対象に決めた海外製サウンドバーにテレビの主音声・副音声の切り替え機能がないことが分かりました。NHKニュースは副音声で英語放送していますが、切り替え機能がないと、日本語・英語両方の音声が聞こえてしまいます。
テレビ側で切り替えても、それはテレビのスピーカーの制御だけなんです。テレビのHDMI出力をPCMにすれば対応できるそうですが、音質を下げることになり、サウンドバーの意味がありません。いちいち切り替えるのも面倒です。米JBL製品を買う直前にこれを知ってデノン製品に変更しました。ソニーやヤマハなど他の日本製品も対応しています。海外製品が対応していないのは音声多重放送が一般的ではないからなのでしょうかね。
ちなみにデノンのサウンドバーのリモコンに音声切り替えボタンはなく、ミュートボタンの5秒押しで切り替えるようになっています。隠し機能みたいな扱いですが、海外では不要なボタンだからなのでしょう。
amazonプライムビデオで配信中の実写版「【推しの子】」(全8話)が面白いです。第1話前半はほぼダイジェストで、原作・アニメを見ている場合、ここで離脱する人もいたのではないかと思います。劇場公開もされたアニメ第1話「Mother and Children」(2023年、平牧大輔監督)は84分かけてじっくり描いた傑作(IMDbの評価9.5)でしたが、これを半分以下の40分で描くわけですから、ダイジェストになるのは当たり前。
しかし1話終盤、人気アイドルのアイ(齋藤飛鳥)が見舞われる突然の悲劇から面白さのスイッチが入ります。第2話で「重曹をなめる天才子役」、じゃなくて「10秒で泣ける天才子役」と言われ、成長した今は低迷している有馬かなが登場します。演じる原菜乃華が実にぴったりのキャスティングな上、硬軟織り交ぜた細やかな演技を見せ、ドラマを支える存在になってます。原菜乃華、すごすぎです。主役の星野アクアを演じる櫻井海音、ルビー役の齊藤なぎさ、MEMちょ役のあの、そして有馬かなのライバルでアクアに思いを寄せる黒川あかね役の茅島みずきら若い俳優たちが魅力を発散させています。
北川亜矢子の脚本は原作のエピソードを大幅に省略しながら、恋愛リアリティーショーのキャストに対する視聴者の激しいバッシングや、なぜ原作を踏みにじるような脚本が出来てしまうのかなど芸能界の裏側を描く原作のポイントを外していません。多くのMVとドラマの演出経験を持つ映像監督スミスと、子役出身の女優・監督である松本花奈の演出も水準以上。こうして製作発表の際に多くのファンが抱いたであろう危惧を完全に振り払い、漫画の実写化としてはかなり成功した作品になりました。
赤坂アカ×横槍メンゴの原作は先月完結したばかりですが、ドラマは既にアニメ2期のストーリーを追い越して第8章「スキャンダル編」まで描いており、残すは第9章「映画編」と第10章「終劇によせて」、最終章「星に夢に」のみ。20日公開の映画「【推しの子】 The Final Act」はこの最後の3章を描いているのでしょう(プロデューサーは2年前に原作終盤の流れを聞いていたそうです)。もちろん、配信で見る人は限られるので映画冒頭にはこれまでのストーリーのダイジェストが付くはず。予想以上にドラマの出来が良かったことで、映画が俄然楽しみになってきました。
テレビドラマ「ドクターX 外科医・大門未知子」は第7期まで全話見てます。シリーズのファンと言って良いですが、いくらなんでも、この映画のクライマックスの手術には問題がありすぎでしょう。植物状態の患者の臓器を、もちろん本人の同意なしに他の人に移植するというのは傷害罪、この臓器の重要さを考慮すれば殺人未遂罪が成立するんじゃないですかね。これ、何かほかのシチュエーションにできなかったんでしょうか。
ブラックジャックのような卓越した技術を持つ外科医・大門未知子(米倉涼子)と名医紹介所のアキラさんこと神原晶(岸部一徳)の過去は初めて描かれるものの、この作品で完結するのであれば、もっと集大成的な意味合いを持たせた作品になってほしかったところでした。
内田有紀、遠藤憲一、勝村政信、鈴木浩介、そして亡くなった西田敏行さんらドラマでおなじみの面々のほか、未知子と対立する東帝大学病院の新院長に染谷将太、若い頃の未知子を八木莉可子、未知子の過去を知る医師を綾野剛が演じてます。脚本の中園ミホ、監督の田村直己ともドラマ版と同じです。
▼観客多数(公開初日の午前)2時間8分。
1978年に起きたイタリアの元首相アルド・モーロ誘拐事件を関係者の多角的な視点を交えた6話構成で描いたドラマ。6話で5時間40分もあるので劇場公開は前編・後編形式で、それぞれ3話で構成しています。タイトルの「夜」とは極左テロ組織「赤い旅団」による事件そのものを指し、その周辺にいた関係者を外側としているわけです。マルコ・ベロッキオ監督は「夜よ、こんにちは」(2003年)で赤い旅団の内側を描いていますので、それと対になった作品と言えます。
僕はリアルタイムでこの事件を知っています(当時、日本のメディアはアルド・モロと表記していました)が、46年前の事件なのでイタリア本国でも知らない人が増えているのではないかと思います。しかし、この作品、事件を知っていても驚く展開が終盤にありました(えっ、えっ、えっ? と思いましたね、このシーン)。クエンティン・タランティーノは「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」(2019年)でシャロン・テート事件(1969年)を知っている人ほど驚くような展開を終盤に用意していましたが、あんな感じの描き方。ベロッキオ監督は「ワンス…」を参考にしたのかもしれません。
IMDbの6話の評価は7.9、7.5、7.4、7.4、7.6、7.7となっています。赤い旅団のメンバーを描いた第4話と最終話が特に面白かったです。
IMDb7.7、ロッテントマト86%。
▼前編=観客1人(公開6日目の午後)、後編=観客3人(公開7日目の午後)5時間40分。
江戸時代前期の北海道を舞台に、アイヌと和人の争いを描くドラマ。重傷を負った松前藩の藩士がアイヌに助けられ、その実態をよく知ることで争いを止めようとするという物語の骨格は「ダンス・ウィズ・ウルブズ」(1990年、ケヴィン・コスナー監督・主演)と似ていますが、先住民族とのファーストコンタクトはどこも同じような経過をたどるのかもしれません。
北海道の南西部にある松前藩はアイヌとの交易品を主な収入源としていた。松前藩藩士の家に生まれた孝二郎(寛一郎)は兄・栄之助(三浦貴大)とともにアイヌとの交易で得た品を他藩に売る仕事をしていた。ある夜、使用人の善助(和田正人)の不審な行動を目にした栄之助が善助に殺害される。孝二郎は敵討ちを誓い、善助を追って蝦夷地へ向かう。蝦夷地では不公平な交易により和人に対する反発の動きが強まっていた。
タイトルの「シサム」はアイヌ語で「よき隣人」を意味するそうです。製作規模の大きな作品とは思えないにもかかわらず、戦闘シーンをしっかり作っていることに感心しました。飛んでくる矢と銃弾の恐怖がCGによって十分に表現されています。「憎しみを持っても死んだ人は帰ってこない」という憎しみの連鎖を断ちきる主張も真っ当。監督は「劇場版タイムスクープハンター 安土城 最後の1日」(2013年)の中尾浩之、脚本は尾崎将也のオリジナル。
パンフレットによると、プロデューサーの嘉山健一が映画をプロデュースするのは初めて。元々はアイヌを題材にした漫画の映画化を考えたそうですが、映画化の許可をもらえず、オリジナルのストーリーでの映画製作となったそうです。キャストも含めて隅々まで手を抜かない姿勢が伝わってきます。
▼観客20人ぐらい(公開2日目の午前)1時間54分。
偶然出会った3人の若者たちを叙情的に描く中国=シンガポール合作映画。中身がありそうで大したものはなく、叙情性だけが美点ですが、「少年の君」(2019年、デレク・ツァン監督)のチョウ・ドンユイが出ている(ラブシーンもある)のでファンなら一見の価値はあるでしょう。
舞台となる延吉(えんきつ)は北朝鮮と国境を接する延辺朝鮮民族自治州の中にある市。アンソニー・チェン監督。
IMDb6.5、メタスコア71点、ロッテントマト91%。
▼観客4人(公開4日目の午後)1時間40分。
「ミステリマガジン」1月号が今年のミステリーランキングを掲載しています。国内篇1位は直木賞候補にもなった青崎有吾「地雷グリコ」、海外篇は常連のアンソニー・ホロヴィッツ「死はすぐそばに」でした。
「地雷グリコ」は昨年12月、「Web本の雑誌」でミステリ評論家の杉江松恋が「令和一おもしろい」と激賞していたので読みました。青崎有吾の名前はWOWOWのドラマ「早朝始発の殺風景」(2022年、プライムビデオでも配信してます)が面白かったので記憶してました。「地雷グリコ」は女子高生の射守矢真兎(いもりや・まと)を主人公にしたゲーム小説の連作短編集で、白熱した展開と逆転のストーリーがかなり面白いです。本格ミステリ大賞、日本推理作家協会賞、山本周五郎賞も受賞しており、1位は当然なのでしょう。若い俳優たちを使った実写にしても良いですが、アニメに向いているような気がします。
ダブルスコア近い差を付けられての2位は米澤穂信「冬季限定ボンボンショコラ事件」。今年アニメ化された小市民シリーズの4作目にして完結編です。これもそのうちアニメになるのかもしれません。
海外篇2位はスティーブン・キング「ビリー・サマーズ」。上下巻で6000円近くするので躊躇していましたが、近年のキング作品の中では最も良い評判なので、Yahoo!ショッピングに注文しました。amazonはブラックフライデーセールやってますが、値下げできない本に関してはポイントがたくさん付く日曜日のYahoo!の方がお得です。
染井為人(そめい・ためひと)の原作を藤井道人監督が映画化。一家3人を惨殺した容疑で逮捕され、死刑判決を受けた高校生が拘置所から移送中に逃亡、名前を変え、別人になりすまして逃げ続けるという物語です。警察の捜査がかなり杜撰でリアリティーを欠く描き方なのが難点ですが、藤井監督は主人公が行く先々で出会う人々とのエピソードを情感たっぷりに描き、映画的に完璧な構図の絵作りと相まって作品の格を大きく上げています。いや、ホントにうまい作りです。映画公開前に発表された報知映画賞で作品賞、主演男優賞(横浜流星)、助演女優賞(吉岡里帆)を受賞しました。
原作と映画のラストは違うと聞いたので、書店で文庫版を手に取りました。巻末のあとがきで作者がそれをばらしています(ご注意です)。原作のラストに関しては異論の声も寄せられたそうですが、それがなくても映画の改変はとても好ましいものになっています。原作のラストは社会派映画であるなら良いのですが、藤井監督は「新聞記者」(2019年)が高い評価を受けたにしても、社会派監督ではなく、「余命10年」(2022年)のようなロマンティシズムに本領を発揮するタイプの監督であると思います。だからこの改変は当然であり、観客の期待する物語の結末としてふさわしいものだと思います。
映画の根底にあるのは「人を信じる」ということ。吉岡里帆演じるネットニュースの記者・安藤沙耶香が那須(横浜流星)に対して「あなたがやっていないと信じています」と言う場面には胸が熱くなります。工事現場で知り合ったベンゾー(横浜流星)に対して和也(森本慎太郎)が「俺が最初の友だちになってやるよ」と言うのも足をけがした自分に対するベンゾーの親切を信じたからでしょう。
吉岡里帆は主人公をかくまう動機が最初の脚本では見当たらなかったため藤井監督に相談したそうです。それが痴漢の冤罪事件に見舞われた父親(田中哲司)を信じて裁判を争う設定になったとのこと。原作では8年間不倫を続けていた女性ですが、その設定もなくなり、この変更は理にかなったものだと思います。吉岡里帆は映画の情感の多くを引き受けているほか、ラスト、裁判の判決で無音となるシーンでの表情の変化の演技が素晴らしく、助演賞にも納得します。主演の横浜流星の好演はもちろんですが、この映画、介護施設で同僚の桜井(横浜流星)に惹かれる山田杏奈や鏑木を追う刑事を演じる山田孝之ら出演者がみな良いです。そうした俳優の演技を引き出すのも監督の手腕に入るのでしょう。
予告編を見た時に主人公が変装して逃げ続けるという設定から「リンゼイ・アン・ホーカー殺害事件」(2007年)の容疑者をモデルにしているのかと思いましたが、作者インタビューによると、「書くきっかけになったのは、未成年でも死刑になることがあると知ったこと」で、「イメージを膨らませるきっかけになったのは、警察署から逃走して自転車で日本一周を目指した容疑者」なのだそうです。
▼観客多数(公開初日の午前)2時間。
まったく内容を知らずに見ました。見始めてインド映画かと勘違いしましたが、パキスタン映画でした。
パキスタン2番目の大都市ラホールが舞台。保守的な中流家庭ラナ家の次男ハイダル(アリ・ジュネージョー)は失業中で、家父長制の伝統を重んじる父は「早く仕事を見つけて男児をもうけなさい」とプレッシャーをかけてくる。妻ムムターズ(ラスティ・ファルーク)はメイクアップアーティストの仕事にやりがいを感じており、家計を支えている。ハイダルは就職先として紹介されたダンスシアターでトランスジェンダー女性ビバ(アリーナ・ハーン)と出会う。彼女のパワフルな生き方に惹かれていくが、その恋心が夫婦とラナ家の平穏な日常に波紋を広げていく。
LGBTQの問題を扱っていることから、国内では上映中止となったそうですが、その後、ノーベル平和賞受賞のマララ・ユスフザイらの支援で禁止は撤回。パキスタン映画として初めてカンヌ映画祭でプレミア上映され、「ある視点」審査員賞とクィア・パルム賞を受賞しました。
映画はトランスジェンダーのほか、女性の抑圧された現状も描いています。主人公の妻のラストの選択は唐突にも思えますが、抑圧が積み重なった結果でもあるのでしょう。監督のサーイム・サーディクはラホール出身の33歳。これが初めての長編映画だそうです。
トランスジェンダーの女性はヒジュラ(第3の性)と字幕で出ます。インド文化圏で特有のジェンダーで、デヴ・パテル監督・主演の「モンキーマン」(2024年)でも描かれていました。パンフレットによると、パキスタンでは2018年に「トランスジェンダー権利保護法」が成立し、権利が法的に認められ、IDカードやパスポートで「X」という性別表記が選択できるそうです。日本よりよほど進んでますね。
IMDb7.6、メタスコア82点、ロッテントマト98%。
▼観客2人(公開2日目の午後)2時間7分。
小さな田舎町を舞台に悪ガキ3人組の1日の冒険を16ミリフィルムで撮影したレトロフューチャーな「新たなこども映画」。ザラザラした感触の外見的な作りは悪くないですが、話が今一つ。魔法が出てくるのだから、もう少しファンタジー寄りにした方が良かったかもしれません。
アリス(フィービー・フェロ)、ヘイゼル(チャーリー・ストーバー)、ジョディ(スカイラー・ピーターズ)は大の仲良し。ある日、ゲームで遊ぶ代わりとして、ママの大好きなブルーベリーパイを作るためスーパーに行くが、材料の卵を謎の男(チャールズ・ハルフォード)に横取りされる。卵を奪い返すために男を追いかけた3人は、魔女(リオ・ティプトン)が率いる謎の集団“魔法の剣一味”に遭遇、森の中で怪しい企みに巻き込まれてしまう。3人は魔女の娘ペタル(ローレライ・モート)を仲間にして、卵を手に入れようとする。
監督はこれが長編デビューのウェストン・ラズーリ。フランソワ・トリュフォー「大人は判ってくれない」(1959年)の自分版を作りたかったそうで、黒澤明「隠し砦の三悪人」(1958年)のような要素も欲しかったそうですが、目指しても力が足りなかったのは明らかです。
IMDb6.6、メタスコア58点、ロッテントマト79%。
▼観客2人(公開7日目の午後)1時間54分。
あまり評判良くないようですが、僕は面白く見ました。朝倉秋成の原作は「このミステリーがすごい!」2022年版8位にランクされています。
エンタテインメント企業スピラリンクスの新卒採用で最終選考に進んだ6人の就活生。全員そろっての内定獲得を目指して選考を迎えるが、勝ち残るのは1人だけであり、その1人は6人で決めるよう伝えられる。1つの席を奪い合うライバルになった6人に追い打ちをかけるかのように6通の謎の封筒が見つかる。そこには6人の嘘と罪が書かれていた。
6人を演じるのは浜辺美波、赤楚衛二、佐野勇斗、山下美月、倉悠貴、西垣匠。浜辺美波のファンは見るべし。監督は「キサラギ」(2007年)、「シティハンター」(2024年)の佐藤祐市。
▼観客20人ぐらい(公開5日目の午後)1時間53分。
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