2025/07/13(日)「スーパーマン」ほか(7月第2週のレビュー)

 全編ワンカットで撮影した「三谷幸喜『おい、太宰』」のWOWOW版を見ました。劇場版はWOWOW版に「もう一つのエンディング」を付け加えているそうです。上映時間は劇場版が1時間41分に対してWOWOW版は1時間37分。本編がかなり面白ければともかく、これぐらいの出来だと、確認のためだけに劇場版を見る気にはなりません。

 太宰治ファンの小室健作(田中圭)が妻の美代子(宮澤エマ)とともに結婚式の帰り、太宰治が心中未遂事件を起こした海岸に迷い込む。海岸の洞窟を抜けると、そこには太宰治(松山ケンイチ)と愛人のトミ子(小池栄子)がいた。タイムスリップしたらしい。心中未遂で太宰は助かるが、トミ子は死んだ史実がある。トミ子にひと目ぼれした健作はトミ子を救おうと奔走する。

 三谷幸喜が全編ワンカットの映画を撮るのは「short cut」(2011年)、「大空港2013」(2013年)に続いて3作目。最初の「short cut」はただワンカットで撮っているだけという作品でしたが、それに比べれば面白くなってはいます。ただ、最近は「ソフト クワイエット」(2022年、ヘス・デ・アラウージョ監督)、「ボイリング・ポイント 沸騰」(2021年、フィリップ・バランティーニ監督)など技巧を凝らした全編ワンカット撮影の作品が多く、そうした作品に比べると分が悪くなりますね。

「スーパーマン」

「スーパーマン」パンフレット
「スーパーマン」パンフレット
 いったい何作作れば気が済むんだと思えるほど、何度も映画化されている「スーパーマン」ですが、ジェームズ・ガンがDCスタジオの共同代表になったからにはDCにとって最も重要なキャラの映画を撮るのは必然だったのでしょう。その期待を裏切らない出来になっています。

 映画は3分前に初めてスーパーマン(デイビッド・コレンスウェット)が敵の「ボラビアのハンマー」(ウルトラマン)に敗れ、雪原に落ちてくる場面から始まります。予告編で流れたように傷だらけのスーパーマンを救うのは愛犬のクリプト。クリプトはマントを噛んでスーパーマンを引きずり孤独の要塞まで連れて行きます。孤独の要塞の場所はリチャード・ドナー監督版「スーパーマン」(1978年)では北極でしたが、この映画では南極になってます。この映画の要塞は地下に潜るので北極では都合が悪いからでしょうか?

 要塞で回復したスーパーマンはハンマーの背後にいるレックス・ルーサー(ニコラス・ホルト)の組織と対決することになる、という展開。ハンマーがスーパーマンに勝てた理由はルーサーがスーパーマンの戦い方を研究したことと、もう一つ大きな理由がクライマックスに分かります。これは納得できる理由なんですが、そんなに簡単にそれができれば、いくらでもスーパーマンの強敵を作れてしまいますね。

 スーパーマンと共闘するのはグリーンランタン(ネイサン・フィリオン)、ミスター・テリフィック(エディ・ガテキ)、ホークガール(イザベラ・メルセド)のジャスティス・ギャング。巨大な怪獣など敵のヴィランも多数出てきて、このあたりはジェームズ・ガンのサービス精神の表れなのでしょう。途中、演出が少し緩むところもありますが、僕は全体的に楽しく見ました。ドナー監督版の音楽(ジョン・ウィリアムズ)がフィーチャーされてるのも良いです。あの音楽の素晴らしさは無視できないものなのでしょう

 ロイス・レーンを演じるのは今年公開された「アマチュア」(ジェームズ・ホーズ監督)のレイチェル・ブロズナハン。間もなくシーズン2が始まるピースメイカーがちらりと出てきます。

 それにしても、スーパーマンの父親ジョー=エル(ブラッドリー・クーパー)の真意は少し衝撃でした。映画のオリジナル設定なんでしょうか?
IMDb7.7、メタスコア68点、ロッテントマト82%。
▼観客多数(公開初日の午前)2時間9分。

「ストレンジ・ダーリン」

「ストレンジ・ダーリン」パンフレット
「ストレンジ・ダーリン」パンフレット
 時制をシャッフルしたサスペンス。物語に意外性を持たせるためにきちんと考えられた構成で、3章→5章→1章→4章→2章→6章→エピローグの順番で描かれます。実際には3章の前に1章が部分的に描かれ、これが観客をミスリードする内容になってます。

 というわけで予備知識なしで見た方が良い映画。詳しい紹介を省略して冒頭の字幕をパンフレットから引用しておきます。

 「2018年から2020年にかけてシリアルキラーが全米を震撼させた――。コロラドを皮切りにワイオミング、アイダホへと広がり、オレゴンの山奥にて終幕を迎えた。この物語は、警察や目撃者の証言などをもとに、一連の殺人事件を映画化したものである」。

 意外性といっても、登場人物が少ないので、すれた観客なら予想はつくでしょう。監督・脚本のJ.T・モルナーは長編2作目。僕は特に前半が良い出来と思いましたが、物語の構造が分かった後も、面白さを持続させる技術がありますね。主演の“レディ”をウィラ・フィッツジェラルド、“デーモン”をカイル・ガルナーが演じています。
IMDb7.0、メタスコア80点、ロッテントマト96%。
▼観客6人(公開初日の午後)1時間37分。

「夏の砂の上」

 オダギリジョー、松たか子、髙石あかりら出演者はすべて悪くないのに盛り上がりに欠ける作品。このストーリーだと、単なるついてない男の話でしかなく、特にラスト前、主人公がけがをするエピソードなどはまるで不要だと思えました。

 劇作家・演出家の松田正隆の原作戯曲を「そばかす」(2022年)の玉田真也監督が映画化。長崎で幼い息子を亡くした小浦治(オダギリジョー)はその喪失感から、妻の恵子(松たか子)と別居中だった。勤めていた造船所の下請け企業が倒産した後、再就職せずにふらふらしている治の元へ、妹の阿佐子(満島ひかり)が17歳の娘・優子(髙石あかり)を連れてやってくる。阿佐子は1人で博多の男の元へ行くので、しばらく優子を預かってほしいという。治と優子の同居生活が始まる。高校に行かず、コンビニのアルバイトを始めた優子はそこで働く先輩の立山(高橋文哉)と親しくなる。

 長崎の方言は心地良かったんですが、長崎はあんなにすぐに断水するのかとか、大昔じゃあるまいし雨が降ったら鍋に水をためるのか、など疑問を感じる描写があります。松田正隆は「美しい夏キリシマ」(2002年、黒木和雄監督)の脚本や「紙屋悦子の青春」(2006年、同監督)の原作を書いた人。この傑作2本に比べると、「夏の砂の上」の完成度は大きく劣った印象です。原作戯曲は読売文学賞を受賞していますので、優れた作品なのでしょうけどね
▼観客2人(公開7日目の午後)1時間41分。

「東京予報 映画監督外山文治短編作品集」

「東京予報」入場者プレゼント
入場者プレゼント
 「はるうらら」(20分)「forget-me-not」(15分)「名前、呼んでほしい」(26分)の3本。この順番で上映され、この順番で面白かったです。ヒッチコックは「ある監督は、人生の断面を映画に撮る。私はケーキの断面を映画に撮るのだ」という名言を残していますが、外山(そとやま)監督は人生の断面を描きたかったそうです。

 「はるうらら」は中学生の二宮春(星乃あんな)と水原麗(河村ここあ)が、母親と離婚して以来会っていない春の父親(吉沢悠)に会いに行く話。春は麗の顔にほくろを描き、春のふりをさせて父親に会うが…。星乃あんなは「ゴールド・ボーイ」(2023年、金子修介監督)の時より大きく背が伸びてましたが、演技の輝きは変わっていません。河村ここあはアイドル的に売れそうなルックスですね。
外山文治監督と田中麗奈さん(宮崎キネマ館)
外山文治監督と田中麗奈さん
 上映前に外山監督と「名前、呼んでほしい」主演の田中麗奈さんのあいさつがありました。

 田中さんの第一印象は「顔ちっちゃ」。映画ではそんなこと感じませんが、実物は小さい小さい(はい、美人の条件です)。約30分の受け答えには聡明さと落ち着きを感じさせ、まじめに映画に向き合っている人だなと思えました。外山監督によると、田中さんは本当に映画が好きなのだそう。

 外山監督は福岡生まれの宮崎育ち。田中麗奈さんの主演作では「東京マリーゴールド」(2001年、市川準監督)が好きだそうです。僕もこの映画の田中麗奈さんの演技には感心しまくりました。今後もたくさんの映画に出てほしいです。
▼観客多数(公開2日目の午後)

「映画 おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!」

「映画おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!」パンフレット
パンフレットの表紙
 練馬ジム原作のコミックを基にしたテレビドラマ(略称おっパン)の劇場版。評判の良かったドラマ版(全11話)は3話まで後追いで見ました。特にLGBTQへの偏見に凝り固まった昭和生まれのおやじをアップデートしていく内容で、そのおやじ、沖田誠を演じるのが原田泰造。引きこもりの息子(城桧吏)、BL漫画の同人活動をしている娘(大原梓)、妻の美香(富田靖子)、息子の友人でゲイの大地(中島颯太)らとのユーモアを絡めたドラマが展開されました。

 映画はドラマの後を受けた展開ですが、特にドラマの知識がなくても分かる内容になってます。テーマも真っ当ですし、よく出来た劇場版と思います。監督は「晩酌の流儀」「ゆるキャン△」など多くのテレビドラマを演出している二宮崇。脚本は「るろうに剣心」(2012年)や「鳩の撃退法」(2021年)などの藤井清美。
▼観客7人(公開5日目の午後)1時間54分。

2025/07/06(日)「愛されなくても別に」ほか(7月第1週のレビュー)

 ニューズウィーク日本版の「28年後…」評によると、この映画は新たな三部作の第1弾なのだそうです。IMDbを見たら、「28 Years Later: The Bone Temple」が本国イギリスで2026年1月公開予定となっており、これが第2弾になるのでしょう。タイトルは「29年後…」ではなく、「28年後…」にサブタイトルを付けていくわけですね。脚本は引き続きアレックス・ガーランドですが、監督は「キャンディマン」(2021年)のニア・ダコスタに代わってます。

 SF映画「プロジェクト・ヘイル・メアリー」の予告編が公開されました。映画化の予定は4年前に出た原作(アンディ・ウィアー)のあとがきにも書かれていましたが、情報がなかなか更新されないのでポシャったのかと思ってました。アメリカでの公開は2026年3月の予定。監督は「スパイダーマン スパイダーバース」シリーズのクリストファー・ミラーとフィル・ロードです。

「愛されなくても別に」

「愛されなくても別に」パンフレット
「愛されなくても別に」パンフレット
 武田綾乃の吉川英治文学新人賞受賞作を井樫彩監督が映画化。毒親の呪縛から逃れた、同じような境遇の女性たちのシスターフッドを描いています。まず原作が良く、イ・ナウォンと井樫彩による脚色が良く、演出も良く、主演2人の好演が加わった結果の良作で、女性スタッフ・キャストの力の結集が実を結んだと言えるでしょう。

 19歳の宮田陽彩(ひいろ=南沙良)は浪費家の母(河井青葉)とふたり暮らし。大学に通い、それ以外の時間のほとんどを母に変わっての家事とコンビニのアルバイトに費やしている。バイト代は学費と家に入れる8万でほぼ消える。ある日、陽彩は同じバイト先の同級生・江永雅(馬場ふみか)の父親が殺人犯だという噂を耳にする。金髪、メイク、ピアス姿の雅は地味な陽彩とは正反対だった。そんなふたりの出会いがそれぞれの人生を変えてゆく。

 陽彩にとって、母親の言う「愛してるよ」は呪いの言葉と同義です。父親と離婚した後、母親が一人で育ててくれた恩義もあって、陽彩は母親の要求通り、家から近い私大に通い、学費を稼ぐためにバイトに明け暮れて、母親にバイト代の半分を渡しています。母親は収入以上の浪費を続け、若い男を連れ込んでいます。陽彩にはトイレの芳香剤の匂いをかぐ癖がありますが、これは原作によると、母親と連れ込んだ男のセックスを小学生時代に見てトイレに逃げたことが原因のようです。

 江永は親から受けた性暴力の壮絶な過去があり、家を出た陽彩に「うちに来れば?」と誘います。同じ大学に通う木村水宝石(あくあ=本田望結)は2時間おきに電話してくる母親(池津祥子)の過保護・過干渉に辟易し、新興宗教に走っています。

 映画は原作のプロットに忠実ですが、映画的なアレンジも効果を上げています。例えば、母親に裏切られていたことを知った陽彩が激怒して家を出ると告げる場面。原作では電話で告げますが、映画は家を出ようとしたところに母親が帰宅します。陽彩は包丁を握りしめた手を緩め、「このまま一緒にいると、お母さんを殺してしまう」と告げます。

 南沙良と馬場ふみかは井樫監督の要請で個別に演技指導のレッスンを受けたそうで、馬場ふみかは「すごく実になる時間」だったと語っています。二人の個性以上のものが発揮できたのはそうした努力があったからでしょう。

 陽彩が母親の部屋で預金通帳を確かめる場面で、奨学金の項目がありますが、映画では説明されていませんでした。原作から補足しておくと、陽彩は奨学金(年間100万円)を借りているのはもちろん承知していますが、万一のためのものとして手をつけず、卒業したら一括返済するつもりでした。それを母親が使い込んでいたのが発覚したわけです。父親が支払っていた養育費を知らされていなかったことと合わせて、陽彩が怒りを爆発させたのもよく分かります。
▼観客1人(公開初日の午前)1時間49分。

「We Live in Time この時を生きて」

「We Live in Time この時を生きて」パンフレット
パンフレットの表紙
 離婚したばかりの男性と一流シェフの女性との出会いから死別するまでを描くラブストーリー。といっても、時系列に沿った普通の描き方ではなく、過去から現在までのエピソードを時間軸をシャッフルして描いています。こうした描き方で思い出すのはクエンティン・タランティーノ監督の「パルプ・フィクション」(1994年)ですが、あそこまでうまくなく、こうした描き方の必然性も感じられませんでした。

 脚本のニック・ペインは「死について、悲惨でない形で描きたかった」と語っていますので、意図としてはタランティーノと同じなのでしょう。

 離婚して失意のどん底にいたトビアス(アンドリュー・ガーフィールド)が車にはねられる。その車を運転していたのは新進気鋭のシェフ、アルムート(フローレンス・ピュー)。二人は恋に落ちて結婚。アルムートは卵巣ガンにかかるが、それを克服してやがて娘が生まれる。しかし、ガンが再発。アルムートは苦しい治療の中、料理のオリンピック「ボキューズ・ドール」出場を目指す。

 日本では「ささやかな、しかし珠玉のような佳作」(日経電子版)とまずまず良い評価ですが、アメリカでは「末期的に時代錯誤な異性恋愛映画」(ニューズウィーク日本版)と散々な評価も見られます。フローレンス・ピューとアンドリュー・ガーフィールドの良さがなんとか、映画を救ってます。監督は「ブルックリン」(2015年)のジョン・クローリー。
IMDb7.0、メタスコア59点、ロッテントマト79%。
▼観客15人ぐらい(公開2日目の午後)1時間48分。

「ババンババンバンバンパイア」

「ババンババンバンバンパイア」パンフレット
パンフレットの表紙
 奥嶋ひろまさの同名コミックの実写映画化。450年生きているバンパイアの森蘭丸(吉沢亮)と、蘭丸が住み込みで働く銭湯の一人息子で15歳の李仁(板垣李光人)をめぐるミュージカルタッチのコメディーです。18歳の童貞の血を楽しみにしている蘭丸は、好きな女の子ができた李仁の「童貞喪失絶対阻止」を図ろうとします。

 共演は原菜乃華、関口メンディー、満島真之介、眞栄田郷敦ら。吉沢亮がコメディーに全力投球し、共演者もまじめに笑いに取り組んでいるのがおかしさを倍増させています。こうしたコメディーでは成功の部類だと思います。

 蘭丸に十字架は効かないんですが、その兄の森長可(もり・ながよし=眞栄田郷敦)は十字架を恐れます。その理由は「禁断の書」(?)を読んでバンパイアは十字架が弱点であることを知っためというのがおかしかったです。

 監督は「一度死んでみた」(2020年)の浜崎慎治。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午後)1時間45分。

「中山教頭の人生テスト」

「中山教頭の人生テスト」パンフレット
「中山教頭の人生テスト」パンフレット
 「教誨師」(2018年)、「夜を走る」(2021年)の佐向大監督作品。山梨県内の小学校で5年生のクラスの臨時担任をすることになった教頭(渋川清彦)がさまざまな問題に直面する姿を描いたドラマです。学校内に複数の問題が生じる前半はそれにかかわる人物たちも含めて描写のうまさに感心しましたが、問題を解決していく後半には脚本の詰めの甘さを感じました。

 例えば、学校で起こった横領事件で警察がいきなり家宅捜索に来る場面などリアリティーを欠いています。こういう事件の場合、使途不明金の発覚→内部調査→犯人の特定→被害届の提出、というプロセスを踏むのが普通です。事件化するには被害届の提出が必須で、それを教頭が知らないわけがありません。

 いくつかの問題の黒幕となる人物を処分せずに放置したり、ある試験でのカンニングをする意味やそれがその後に何ら影響しないことも釈然としません。

 企画・原案はプロデューサーの小池和洋。既に出来上がっていた脚本がありましたが、佐向監督が監督を引き受けるにあたって原案をベースに「イチから作り直した」そうです。
▼観客2人(公開5日目の午前)2時間5分。

「Mr.ノボカイン」

 先天性無痛無汗症(CIPA)の主人公によるアクションコメディー。痛みを感じないキャラクターはミレニアムシリーズの第2作「ミレニアム2 火と戯れる女」にも出てきましたが、痛みがないのでけがしたかどうかも分からず、命にかかわる体質なわけです。主人公は痛くなくても、けがの描写がリアルなので見ている観客は痛さを想像してしまい、きついです。

 主人公ネイトを演じるのはamazonビデオのドラマ「ザ・ボーイズ」に出ているジャック・クエイド。銀行の副支店長のネイトは部下のシェリー(アンバー・ミッドサンダー)と仲良くなりますが、ある日、銀行に強盗が押し入り、金庫の金を奪った後、シェリーを人質に連れ去ってしまいます。ネイトはシェリーを助けるため必死に犯人たちの後を追うことになります。

 監督はダン・バークとロバート・オルセン。
IMDb6.5、メタスコア58点、ロッテントマト81%。
▼観客6人(公開13日目の午後)1時間50分。

2025/06/29(日)「JUNK WORLD」ほか(6月第4週のレビュー)

 昨年1年間に買った映画のパンフレットは70冊でした。意外に少ないなと思い、今年は意識的に買うようにしています。現在72冊で、昨年の2倍ぐらいのペース。1冊1000円前後ですが、一番高かったのは先日買った「JUNK WORLD」(堀貴秀監督)の2500円でした。これは150ページもあるムックで写真が多数掲載され、映画の内容も詳しく解説されていて高い値段の価値は十分にありました。日本映画の場合、パンフの売り上げが製作資金の一部にもなるでしょうから、特にマイナーな映画のパンフは積極的に買おうと思っています。数が多くなると、置き場所に困るんですがね。

「JUNK WORLD」

「JUNK WORLD」パンフレット
「JUNK WORLD」パンフレット
 堀貴秀監督によるストップモーションアニメのJUNKシリーズ第2弾。日本語字幕版(ゴニョゴニョ版)を見ました。ゴニョゴニョした言葉の中に時折「キンヨーロードショースイヨードーデショー」とか「ガッテンショー」とか「シンカイマコトッ」とか「ドギャン」とか「ネーポッポンチョ」(ポッポンチョはどうやら大使という意味のようです)など日本語の音が聞き取れるのが爆笑もので、画面の作りはもちろん、ゴニョゴニョに関しても前作よりパワーアップしています。

 ただ、奇怪な生物が跋扈する地下世界巡りの分かりやすいプロットだった前作に対して、今回はタイムリープとマルチバースを絡めたストーリーがかなり複雑。細かい理解のためには日本語吹き替え版の方が良いかもしれません。3部作の最終作「JUNK END」の製作費に協力するつもりで両方見るのが良いのでしょう。

 前作「JUNK HEAD」(2021年)の1042年前が舞台(なので前作見ていなくても大丈夫です)。人工生命体マリガンは地球規模に広がった地下世界を支配していた。ある日、地下世界に異変が起き、人間とマリガンによる調査チームが結成される。女性隊長トリス率いる人間チームとクローンのオリジナルであるダンテ率いるマリガンチームは地下都市カープバールを目指す。しかし、調査チームはカルト教団「ギュラ教」に襲撃される。標的は希少種とされる人間の女性であるトリス。トリスにはロボットのロビンが護衛として同行していた。チームは「ギュラ教」とにらみ合いながら調査を進めるが、圧倒的な戦力の差に苦戦を強いられる。激しい攻防の中で彼らは次元の歪みを発見する。ロビンはトリスを守るために次元を超えた作戦を計画する。

 前作はいかにも手作りアニメという感じでしたが、今回は予算もスタッフもそれなりに増えた(といっても、監督含めて7人らしいのでストップモーションアニメのスタッフ数としては信じられないぐらい少ないです)ためか、CGも使ってスケールアップしています。前作同様とぼけたユーモアが全編にあるのが大きな魅力ですね。
▼観客多数(公開11日目の午前)1時間45分。

「でっちあげ 殺人教師と呼ばれた男」

 2003年、福岡市で起きた事件を基にしたドラマ。原作は福田ますみのノンフィクション『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』。と聞くと、社会派のドラマを想像しますが、監督が三池崇史なのでホラー風味の仕上がりになっています。

「でっちあげ 殺人教師と呼ばれた男」パンフレットの裏表紙
パンフレットの裏表紙
 小学校教諭の薮下誠一(綾野剛)は担当するクラスの児童・氷室拓翔への体罰で母親の氷室律子(柴咲コウ)から告発される。律子の言い分は薮下の体罰は聞くに耐えないいじめで、子供に自殺を強要したという。新聞に薮下を非難する記事が出た後、週刊誌の記者・鳴海(亀梨和也)は実名報道に踏み切る。薮下はマスコミの標的となり、次々と底なしの絶望が薮下を襲う。律子を擁護する声は多く、550人の大弁護団が結成され、前代未聞の損害賠償請求訴訟へと発展。誰もが律子側の勝利を確信していたが、法廷で薮下が口にしたのは、「すべて事実無根の“でっちあげ”」だという完全否認だった。

 冷たい無表情の柴咲コウの演技を見て思うのはこれはモンスターペアレントどころではなく、サイコパスではないかということ。自分の出自も含めて平気で嘘をつき、でっちあげ、相手をとことん攻撃する歪んだ性格。これに事なかれ主義の校長(光石研)と教頭(大倉孝二)が加わって薮下に無理矢理謝罪させたことから問題は大きくなり、取り返しのつかない事態に陥ってしまいます。あっという間に主人公が窮地に陥っていくのが怖いです。

 後半に登場する人権派の弁護士(小林薫)と薮下を支え続ける妻(木村文乃)が主人公の数少ない味方です。綾野剛は気弱な教師をリアルに熱演していて主演男優賞候補になるでしょう。

 それにしても、いくら事態を丸く収めるためであっても、やってないことは絶対に認めてはいけないとあらためて思いました。サイコパス的な人間に弱みにつけ込まれてしまいます。
▼観客10人ぐらい(公開2日目の午前)2時間9分。

「ドールハウス」

「ドールハウス」パンフレット
「ドールハウス」パンフレット
 最後の最後まで気が抜けず、尻尾まであんこが詰まった鯛焼きのようなホラー。ホラーとしての新しいアイデアはそれほど見当たらないにもかかわらず、この密度、この面白さは大したもので、コメディのうまい矢口史靖監督はホラーの演出もうまいのだなと感心しました。底が浅い作品が多い近年のJホラーの中ではもっとも真っ当なホラーの快作だと思います。

 発端は鈴木忠彦(瀬戸康史)・佳恵(長澤まさみ)の一人娘・芽衣が自宅でかくれんぼの途中、ドラム式洗濯機の中で窒息死してしまったこと。失意の佳恵は近所で開かれた骨董市で芽衣にそっくりの人形を手に入れる。人形を娘のようにかわいがることで元気になっていくが、新たな子供を妊娠。その娘真衣が成長し、人形と遊ぶようになった頃、奇妙な出来事が起こり始める。

 人形を題材にしたホラーとしては「チャイルド・プレイ」(1988年、トム・ホランド監督)や「アナベル 死霊館の人形」(2014年、ジョン・R・レオネッティ監督)、「M3GAN ミーガン」(2022年、ジェラルド・ジョンストン監督)などが思い浮かびますが、それらに負けてません。人形の怪異をいかにも日本的な因縁話に落とし込んでいくのがうまいです。
▼観客7人(公開6日目の午後)1時間50分。

「F1 エフワン」

「F1 エフワン」パンフレット
「F1 エフワン」パンフレット
 「トップガン マーヴェリック」の製作チームがF1の世界を舞台にした体感型エンターテインメント。レースシーンの迫力は十分ですが、戦闘機ほどの迫真性も珍しさもないのが「トップガン…」には及ばない点です。過去の事故によりF1レースから離れていた中高年ドライバー(ブラッド・ピット)の再起というドラマもやや新味に欠けます。

 共演はハビエル・バルデム、ケリー・コンドンら。脚本のアーレン・クルーガー、監督のジョセフ・コシンスキーは「トップガン…」のコンビ。
IMDb7.9、メタスコア70点、ロッテントマト84%。
▼観客30人ぐらい(公開初日の午前)2時間35分。

「秋が来るとき」

「秋が来るとき」パンフレット
「秋が来るとき」パンフレット
 高齢の主人公が作業しながら、ふっと物忘れのような状態になるので、認知症に関する映画かなと思いましたが、フランソワ・オゾン監督だけにミステリータッチになっていきます。真相をあいまいなまま終わらせるので、きっちりとしたミステリーではありませんが、ジョルジュ・シムノンを愛読してきたオゾン監督らしい作品だと思いました。

 パンフレットの表紙はキノコ。序盤、主人公で80歳のミシェル(エレーヌ・ヴァンサン)が振る舞ったキノコ料理で娘のヴァレリー(リュディヴィーヌ・サニエ)が食中毒を起こすエピソードを象徴しています。ミシェルとキノコ嫌いの孫は難を逃れるのですが、娘は「殺されかけた」と怒ります。ミシェルは孫を愛していますが、娘との仲はよくありません。その原因はミシェルの過去にあり、それが徐々に分かってきます。ミシェルの親友のマリー=クロード(ジョジアン・バラスコ)もミシェルと同じ過去を持ち、そのためか息子のヴィンセント(ピエール・ロタン)は罪を犯して刑務所に入っていました。

 そうした人間関係を緩やかに紹介した後、ヴァレリーが事故死します。人間関係に怪しいところが散見されるので果たして本当に事故だったのかと、思えてくるわけです。そのあたりの描き方が絶妙だと思いました。白黒はっきりしない思わせぶりなミステリーを僕は嫌いですが、これはこれで納得できました。
IMDb6.9、メタスコア74点、ロッテントマト96%。
▼観客8人(公開6日目の午後)

「ラブ・イン・ザ・ビッグシティ」

「ラブ・イン・ザ・ビッグシティ」パンフレット
パンフレットの表紙
 タイトルと結婚式前の男女を映す冒頭の場面からラブストーリーを予想しましたが、自由奔放な女とゲイであることを隠して生きる男の友情を描いた作品でした。その女性を演じるキム・ゴウンが「破墓 パミョ」(2024年)に続いてかなり魅力的です。際立った美人ではないと思いますが、そんなことは関係なく、曲がったことが嫌いなさっぱりした性格と男に媚びない振る舞いがとても良いです。「あなたの個性(ゲイ)がなぜ弱みになるの?」と聞く場面はそれを端的に表しています。

 原作はパク・サンヨンの連作小説「大都会の愛し方」に収録の「ジェヒ」。監督はイ・オニ。韓国は日本並み(以上?)にLGBTQへの偏見が強いことがよく分かる作品でした。
IMDb7.4(アメリカでは限定公開)
▼観客15人ぐらい(公開5日目の午後)1時間58分。

「おばあちゃんと僕の約束」

 評価の高いタイ映画。それほど泣かせる話でも意外なこともなく、僕にはそこまで評価できなかったです。祖母の遺産が自分には来ないと知って態度を豹変させる主人公は最低じゃないですかね。監督はパット・ブーンニティパット。
IMDb7.9、メタスコア74点、ロッテントマト98%。
▼観客7人(公開7日目の午前)2時間6分。

「28年後…」

「28年後…」パンフレット
「28年後…」パンフレット
 「28週後…」以来18年ぶりのシリーズ第3作。脚本アレックス・ガーランド、監督ダニー・ボイルの第1作コンビに戻り、凶暴化ウィルスが蔓延したイギリスを描いています。

 あくまで凶暴化ウィルスに感染した人間であってゾンビではないのがポイント(同じようなものですが)。全裸の感染者たちの動きと種類は「進撃の巨人」の巨人たちを思わせました。この脚本・監督コンビなら「進撃」見てるんじゃないでしょうかね。

 続きができそうなラストでした。次に作るとしたらタイトルは「280年後…」? それではあんまりなので28を離れて「29年後…」でも良いかなと思います。
IMDb7.2、メタスコア76点、ロッテントマト89%。
▼観客7人(公開初日の午後)1時間55分。

 ここから追記です。これは新たな三部作の第1弾になるそうです。IMDbによると、「28 Years Later: The Bone Temple」が2026年1月公開予定となっており、これが第2弾になるのでしょう。「29年後…」ではなく、「28年後…」にサブタイトルを付けていくわけですね。脚本は引き続きアレックス・ガーランドですが、監督は「キャンディマン」(2021年)のニア・ダコスタが予定されています。

「ルノワール」

 「PLAN75」(2022年)の早川千絵監督作品。11歳の少女沖田フキ(鈴木唯)の夏の日常を描いています。早川監督の体験が含まれたストーリーのようですが、あまりピンときませんでした。これが少年の夏ならよく分かるんですけどね。
▼観客10人ぐらい(公開初日の午前)2時間2分。

2025/06/15(日)「フロントライン」ほか(6月第2週のレビュー)

 ディズニープラスが6日から配信を始めた「プレデター:最凶頂上決戦」(Predator: Killer of Killers、1時間25分)はプレデターの3つの時代の闘いを描いたアニメ。プレデターの相手となるのは北欧のバイキング、日本の忍者、アメリカの戦闘機乗員で、ストーリー的にはそれほどでもないんですが、残虐描写を交えたアクションに見所があります。僕はまずまずの出来と思いましたが、IMDb7.6、メタスコア78点、ロッテントマト95%と意外に良い評価を得ています。監督はこれも好評だった「プレデター:ザ・プレイ」(2022年)のダン・トラクテンバーグとジョシュア・ワスン。

 Netflixのアニメシリーズ「アーケイン」(2021年~)のスタッフが関わっているそうで、確かに絵がそんな感じです。「アーケイン」はIMDb9.0、メタスコア100%と高評価の作品で第2シーズンまで作られています(各9話)。

「フロントライン」

「フロントライン」パンフレット
「フロントライン」パンフレット
 冒頭、患者搬送のため非常出口のハッチを開けた森七菜の横を通ってカメラが海上に出て上昇し、ダイヤモンド・プリンセス号の全体を見せるという秀逸なシーンを見て、よくダイヤモンド・プリンセス(プリンセス・クルーズ社)は撮影に協力したなと思いましたが、実際にはこのシーン、カメラを載せたドローンで撮影した後にVFXで船を追加したのだそうです。考えてみれば、いつもクルーズしている客船を撮影に使用できるわけがありません。しかし、このシーンのほかにも実際の船で撮影したとしか思えない映像が満載で、知らない人は僕と同じように思ってしまうでしょう。

 2020年2月、新型コロナウィルスに感染した乗客を乗せた大型客船が横浜に入港し、大騒ぎになった事件を描いたこの映画、社会派とエンタメのバランスが実に見事です。社会派にもエンタメにも偏らない立ち位置を保ったまま、映画は緊張感にあふれるタッチであの船内で何が起こっていたのか、マスコミ報道の在り方、世間の反応、偏見と差別にさらされるDMAT隊員とその家族の苦悩を描ききっています。DMATの指揮官を演じる小栗旬、同局次長の窪塚洋介、厚生労働省官僚の松坂桃李、DMAT隊員の池松壮亮の4人を中心に客船のフロントデスク・クルーの森七菜、テレビ局ディレクターの桜井ユキらがいずれもリアルな演技を見せていて間然するところがありません。

 この傑出した作品の根幹となったのは企画・製作も担当した増本淳によるオリジナル脚本で、コロナ禍によってNetflixのドラマ「THE DAYS」(2023年)の撮影が中断した際、対応を聞くために訪ねた医者が客船で治療にあたった当事者だったことから、内部の実際を聞き、そこから関係者に1年以上の取材を重ねた結果、取材メモは300ページを超えたそうです。冒頭の字幕「事実に基づく物語」に嘘はないわけです。

 その事実の中から胸が熱くなるエピソードも多数用意されていますが、ヒロイックになりすぎない節度が保たれています。「今、われわれが見放せば、乗客は助かりません」「自分がコロナにかかるのは確かに怖いです。だけどそんなのは大したことありません。自分の家族が差別に遭うことが何より怖いです」。強弱交えた登場人物たちの描写が良いです。

 国内にウィルスを持ち込まないことを第一に事態に当たっていた官僚の松坂桃李は小栗旬との共闘の中で次第に考えを変え、人命第一に変化していきます。政府としての対応よりも現場主義。ラスト、小栗旬から「偉くなれよ」と言われる場面は「踊る大捜査線」の青島と室井の関係を彷彿させました。

 監督は「かくしごと」(2024年)でも評価を集めた関根光才。監督6作目にして初の大作ですが、確かな手腕を発揮しています。
▼観客15人ぐらい(公開初日の午前)2時間10分。

「リライト」

「リライト」パンフレット
「リライト」パンフレット
 300年後の未来から来た高校生をめぐる法条遥の原作を上田誠が脚色、松居大悟が監督した青春SF。「サマータイムマシン・ブルース」(2005年)「リバー、流れないでよ」(2023年)など時間SFに定評のある上田誠の脚色がとても優れていて、原作より良い出来だと思いました。

 「史上最悪のパラドックス」がコピーの原作は、尾道を舞台にした「時をかける少女」(1983年、大林宣彦監督)をモチーフにしたとは思えないほどバッドテイストな小説です。上田誠がこの原作の映画化を望んだのは恐らく、ことの真相がほとんどスラップスティックだからではないかと思います。そこを活かした上でバッドなエンディングを避け、幸福な結末を用意したのがハッピーで明るい作品が多い上田誠らしいところでしょう。原作通りに進む途中まではあまり感心できない出来でしたが、終盤に大きく盛り返しています。原作では悪役というべき橋本愛の役柄に救いを与えているのにも好感。

 主人公を演じる池田エライザをはじめ橋本愛、倉悠貴、森田想、山谷花純らが高校生役を演じるのは少し厳しい部分もありますが、高校時代から10年後を演じるにはぴったりだからこそのキャスティングなのでしょう。

 ちなみに最初の方で池田エライザが図書室に返すよう頼まれる本はジョー・ホールドマンのSF「終りなき戦い」のハードカバーだったと思います。このハードカバーが出たのは1978年。タイムリープに直接関係はありませんが、ウラシマ効果は出てきます。上田誠の趣味なんでしょうかね。
▼観客3人(公開初日の午後)2時間7分。

「ドマーニ! 愛のことづて」

「ドマーニ! 愛のことづて」パンフレット
「ドマーニ!」パンフレット
 戦後間もないローマを舞台に夫の暴力と娘の将来に悩む主婦を描いたイタリア映画。と書くと、深刻な話に思えますが、監督・主演はコメディエンヌのパオラ・コルテッレージで、イタリアらしい笑いを交えた内容になっています。監督デビュー作として上々の出来ですが、主人公の真意をこんなに周到に観客をミスリーディングしてまで隠す必要があったのかは少し疑問。この真意がテーマであるなら、ラストで明かすのではなく、もっと早い段階で明かしてテーマを訴えた方が良かったと思います。

 デリア(パオラ・コルテッレージ)は家族とともに半地下の家で暮らしている。夫イヴァーノ(ヴァレリオ・マスタンドレア)はことあるごとにデリアに手を上げる。意地悪な義父オットリーノ(ジョルジョ・コランジェリ)は寝たきりで介護しなければならない。夫の暴力に悩みながらもデリアは日々家事をこなし、いくつもの仕事を掛け持ちして家計を助けている。多忙で過酷な生活を送る彼女にとって唯一、心休まるのは市場で青果店を営む友人のマリーザ(エマヌエラ・ファネリ)や、デリアに好意を寄せる自動車工のニーノ(ヴィニーチオ・マルキオーニ)と過ごす時間だった。ある日、長女マルチェッラ(ロマーナ・マッジョーラ・ヴェルガーノ)が裕福な家の息子ジュリオ(フランチェスコ・チェントラーメ)からプロポーズされる。やがて、デリアのもとに一通の謎めいた手紙が届き、彼女は新たな旅立ちを決意する。

 原題は「まだ明日がある」(ドマーニは明日の意味)。このタイトルの意味も終盤で分かります。イタリアで離婚が法的に認められたのは1970年。映画が描いた1946年に離婚はできませんでした。だから暴力夫からは逃げるか、あきらめるしかありません。映画はそれ以外の第三の選択肢を描いています。時間はかかりますが、女性の地位向上につながる方法で、これに多数の女性が詰めかけたラストを見ると、それぐらい当時のイタリア女性は不満を持っていたことが分かります。

 白黒映画なのは時代色を出すための手段でしょうが、昔話にしてしまって良いのかという思いもあります。喝采を叫びたくなるラストながら、そうした部分が少し気になりました。
IMDb7.7、メタスコア59点、ロッテントマト89%。
▼観客7人(公開2日目の午後)1時間58分。

「リロ&スティッチ」

 元のアニメ版(2002年)は未見。宇宙から来た生物と少女との交流という内容で「E.T.」(1982年、スティーブン・スピルバーグ監督)と比較したくなりますが、当然のことながらまるで勝負になりません。それでも大ヒットしているそうなので、続編を作るのでしょう。監督は「マルセル 靴をはいた小さな貝」(2021年)のディーン・フライシャー・キャンプ。
IMDb7.0、メタスコア53点、ロッテントマト72%。
▼観客15人ぐらい(公開7日目の午後)1時間48分。

「MaXXXine マキシーン」

 タイ・ウエスト監督による「X エックス」(2022年)「Pearl パール」(2022年)に続く三部作の最終章。直接的には「X エックス」の続きになりますので、「Pearl パール」は見ていなくても話は通じます。1985年のハリウッドを舞台に、本物のスターを目指すポルノ女優マキシーン(ミア・ゴス)の姿を描いています。

 ミア・ゴスは今回も良いんですが、話に新味がなく、意外性に満ちていた「X エックス」に比べると残念な出来でした。映画に出てくるナイト・ストーカーは実在の殺人鬼で1984年から85年にかけて13人を殺害したそうです。
IMDb6.2、メタスコア64点、ロッテントマト72%。
▼観客3人(公開5日目の午後)1時間43分。

2025/06/08(日)「国宝」ほか(6月第1週のレビュー)

 文春文庫が「新・競馬シリーズ」の刊行を始めました。作者はオリジナルの競馬シリーズの作者・故ディック・フランシスの息子フェリックス・フランシス。過去に父親との共作もしていますが、最盛期の競馬シリーズには到底及ばない出来でした。粒ぞろいの傑作が揃い、冒険小説の金字塔でもあるこのシリーズは、実はディックの妻メアリが書いていたという説もあり、2000年にメアリが亡くなった後、数年間、途絶えました。

 その後フェリックスが共作を経て独り立ち。本国では2024年までに既に13作出ています。今回邦訳された「覚悟」(2013年)はシリーズ一番人気のシッド・ハレーが主人公で、シッドじゃなきゃ僕も買わなかったです。価格は1150円。同じ文春文庫でもスティーブン・キングに比べると、随分安いです。キングは版権料が高いんでしょうね。

「国宝」

「国宝」パンフレット
「国宝」パンフレット
 吉田修一の原作を李相日(リ・サンイル)監督が映画化。歌舞伎の世界を舞台に1964年から2014年までの50年に及ぶ波乱万丈の物語で、2時間55分の長さを感じさせない充実度があります。芸に一途に打ち込む2人の若者の姿を描いて、僕は「さらば、わが愛 覇王別姫」(1993年、チェン・カイコー監督)を想起しました。歌舞伎の知識は特に必要ではありませんが、中盤と終盤に形を変えて2度出てくる重要な演目「曽根崎心中」のどちらも圧巻のシーンはストーリーを知っておいた方がより楽しめます(増村保造監督が1978年に傑作を撮ってます)。

 長崎のヤクザの家に生まれた喜久雄(吉沢亮)は抗争によって父親(永瀬正敏)を殺される。喜久雄に女形としての優れた資質を認めた上方歌舞伎の花井半二郎(渡辺謙)は喜久雄を引き取り、厳しい稽古を課す。喜久雄は半二郎の実の息子・俊介(横浜流星)とお互いに研鑽し合う。生い立ちも才能も異なる2人はライバルとして互いに高め合うが、多くの出会いと別れが運命の歯車を狂わせていく。

 吉沢亮と横浜流星は撮影の1年前から稽古に打ち込んだそうで、歌舞伎役者として不自然なところがありません。どころか、喜久雄が「曽根崎心中」のお初を演じるシーンの吉沢亮の凄みは前半の大きな見せ場となっています。そのお初を終盤に俊介が演じ、病を押して舞台に立った俊介を横浜流星が熱く演じています。原作ではこの終盤の演目は「隅田川」だそうですが、「曽根崎心中」にすることで2人のタイプの違いを際立たせることになりました。

 パンフレットのインタビューで渡辺謙は「あのふたりはそれぞれに熱く燃えているんだけど、炎の種類が違う」と指摘しています。横浜流星は「役とはちょっと違う感じで熱を帯びていて、真っ赤に燃えさかる炎」。吉沢亮は「燃えている音もしないんだけど、ものすごく温度と熱量の高い炎をまとっている感じ」なのだそう。吉沢亮は雰囲気が柔らかいのでも女形も容易に演じられそうですが、横浜流星は硬派のタイプなので苦労がうかがえます。

 脚色は奥寺佐渡子。上下2巻で800ページを超える原作なので、序盤、喜久雄が父親の敵討ちに刃物を持って乗り込む場面から一転、大阪に到着した場面に飛ぶなど説明がやや不足気味のところもあり、4時間ぐらいかけて最近流行の前後編にしても良かったのでは、と思いました。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午後)2時間55分。

「ガール・ウィズ・ニードル」

「ガール・ウィズ・ニードル」パンフレット
パンフレットの表紙
 第一次世界大戦後のデンマークで起きた実際の事件を基にしたデンマーク=ポーランド=スウェーデン合作。モノクロの効果を十分に活かしたゴシック・ミステリーですが、虐げられる女性の貧困のテーマは現代に通じています。

 主人公カロリーネ(ヴィク・カーメン・ソネ)の夫は戦争に行って行方不明になり、カロリーネは家賃を滞納して大家からアパートを追い出されてしまう。縫製工場に勤め始めたカロリーネは社長のヤアアン(ヨアキム・フェルストロプ)と愛し合い、妊娠する。そんな時に帰ってきた夫ペーター(ベシーア・セシーリ)は顔に大けがを負い、醜い容貌になっていた。ヤアアンとの結婚を夢みるカロリーネは夫に別れを告げる。しかし、ヤアアンの母親は結婚を認めず、カロリーネを追い出し、仕事も失ってしまう。

 この後、カロリーネは公衆浴場で膣に編み針を刺し、自分で堕胎しようとしますが、そこをダウマ(トリーネ・デュアホルム)に助けられます。「子どもが生まれたら、連れてきて。養子に出すから」と言われたカロリーネはその通りにし、ダウマの店で働くようになります。

 このダウマが事件の中心人物で後に死刑判決を受け、獄中で病死したそうです。デンマークでは有名な事件でネタバレにはならないそうですが、日本では知られていないでしょうから、何も知らずに見た方が良いと思います。

 監督はスウェーデン出身のマグヌス・フォン・ホーン。陰惨なだけで終わらず、ホッとするラストを用意しているのが良いです。
IMDb7.5、メタスコア82点、ロッテントマト93%。
▼観客12人(公開2日目の午後)2時間3分。

「見える子ちゃん」

「見える子ちゃん」パンフレット
「見える子ちゃん」パンフレット
 霊が見えるようになった女子高生が主人公のホラーコメディー。映画を見る前には泉朝樹の原作コミックは未読、アニメ(2021年、12話)は全部見てました。中村義洋脚本・監督による映画は原作1巻に出てくる意外な事実を終盤にうまく使って感動的に仕立てるなど、さすがの工夫があり、しっかり面白い出来になってます。

 女子高生の四谷みこ(原菜乃華)は至るところで霊を見かけるようになってしまう。霊を見えることが分かると、霊が「見えてる」「見えるのー」と言って家まで付いてきてしまった。このため、みこは霊を徹底的に無視することにした。みこは親友の百合川ハナ(久間田琳加)と平穏な学校生活を送ろうとするが、ハナには葬儀場で霊が憑いてしまう。その霊は神社でなんとか払うことができたが、同級生の二暮堂ユリア(なえなの)と生徒会長の権堂昭生(山下幸輝)はみこの霊を見る力に気づく。みこは産休に入る荒井先生(堀田茜)の代わりに赴任した遠野善(京本大我)に邪悪な霊が憑いているのを見てしまう。

 原作の霊は化け物のような姿が多いですが、映画はぼんやりと見える霊が中心。中村監督は「ゴールデンスランバー」(2009年)や「殿、利息でござる」(2016年)などの傑作を取る一方、「ほんとにあった!呪いのビデオ」シリーズに監督やナレーターとして携わっており、こうした題材は手慣れたものなのかもしれません。
▼観客1人(なんと、公開初日の午前なのに)

「Page30」

 DREAMS COME TRUEの中村正人がエグゼクティブプロデューサーを務め、堤幸彦監督が手がけた作品。堤作品としては「truth 姦しき弔いの果て」(2021年)に連なるタッチで、ほとんど劇場内で終始します。

 スタジオに集められた4人の女優たちは、30ページの台本に3日間かけて向き合い、4日目に舞台公演をすることになる。配役は当日まで未定。閉ざされた環境で希望する役を掴むため、4人は稽古に打ち込んでいく。

 4人の女優に扮するのは唐田えりか、林田麻里、広山詞葉、MAAKIII(マーキー)。ホラーにもなりそうな設定ですが、そうはなりません。悪くない出来なんですが、結末が真っ当すぎて少し物足りなさを感じました。
▼観客2人(公開6日目の午前)1時間53分。