2025/07/27(日)「木の上の軍隊」ほか(7月第4週のレビュー)

 「夜明けまでバス停で」「『桐島です』」の脚本家・梶原阿貴の自伝的エッセイ「爆弾犯の娘」(ブックマン社、1980円)が抜群に面白かったです。クリスマスツリー爆弾事件の犯人で指名手配された父親との関係から始まり、芸能界に入り、女優として映画・テレビに出た後、脚本家になるまで。父親の影は薄いんですが、著者自身はもちろん、母親や祖母のキャラが立っていて、何より著者の視点の明るさが良いです。すぐにでも映画やドラマになりそうな内容ですが、映画では時間が足りなさそうなので、1クールのドラマでじっくり描いてほしいところです。

「木の上の軍隊」

「木の上の軍隊」パンフレット
「木の上の軍隊」パンフレット
 沖縄県の伊江島で終戦を知らずに2年間、ガジュマルの木の上を拠点に生きた2人の日本兵の実話を基にした作品。井上ひさし原案による同名舞台劇を映画化したもので、沖縄出身の平一紘(「ミラクルシティコザ」)が監督し、脚本も書いています。沖縄戦を描いた映画を沖縄出身者が監督するのは初めてとのこと。

 1945年、宮崎出身の少尉・山下一雄(堤真一)と沖縄出身の新兵・安慶名(あげな)セイジュン(山田裕貴)は米軍の激しい銃撃を受け、大きなガジュマルの木の上へ身を潜める。太い枝に葉が生い茂るガジュマルの木は隠れ場所として最適だったが、木の下では仲間の死体が増え続け、敵は迫ってくる。2人には連絡手段もなく、援軍が現れるまでこのまま耐えようとする。終戦を知らないまま、彼らは木の上で“孤独な戦争”を続けるが、やがて食料が尽きる。2人は米軍の残飯で生き延びていくことになる。

 伊江島は沖縄本島北部から北西9キロにある面積23平方キロの島。序盤、日本軍の命令で建設したばかりの飛行場を今度は壊すよう命令された住民たちが作業中に米軍の爆撃に倒れるシーンは広い絵も含めて大がかりに描かれます。殺されていく民間人の姿には心が痛みますし、沖縄戦の映画でよく描かれる、ガマ(自然洞窟)に入れてくれと兵士に頼む親子の場面も出てきます。本土防衛の捨て石にされた沖縄戦の悲劇は鉄の暴風雨と言われた米軍艦砲射撃の苛烈さとともに、住民を守らない日本兵が多かったことにあります。平監督はそうしたことをてきぱきと描いた後、難を逃れた2人の日本兵のサバイバルを描いていきます。

 横井庄一さん(終戦後28年)や小野田寛郎さん(同29年)ほどの長年月ではありませんが、島のジャングルにいたため終戦を知らなかったという状況は同じでしょう。ただ、日本国内でなぜ終戦に気づかなかったのかと思ったら、伊江島の住民約2100人は米軍に収容され、慶良間諸島に移送されていたそうです。住民が島に戻ってきたのは終戦後2年近くたってからで、そこで2人はようやく終戦を知ることになったというわけです。

 平監督は題材を正攻法に描いていて、堤真一と山田裕貴も頬がこけるほど体重を落としてリアルに演じています。悲惨なだけではないユーモアが滲むのはこの2人の好演によるところが大きいでしょう。終盤にセイジュンが見る夢(幻覚)のシーンも秀逸でした。惜しむらくは、米軍支配下の島の全体的な状況を含めてサバイバルの詳細な状況をもっと知りたいところではありました。

 パンフレットによると、山下少尉のモデルとなった山口静雄さんは小林市出身、セイジュンのモデルの佐次田秀順さんは沖縄県うるま市出身だそうです。主題歌「ニヌファブシ」(北極星)を伊江島出身のシンガーソングライターAnlyが歌ってます。
▼観客4人(公開初日の午後)2時間4分。

「年少日記」

「年少日記」パンフレット
「年少日記」パンフレット
 学校でのいじめと厳格な父親を描いた香港映画ですが、語り方に大きな仕掛けがあります。果たしてそれがテーマと合っているかとも思いますが、観客を楽しませようとする姿勢の表れなのは確かでしょう。始まって3分の2のあたりで明かされる真実に驚くこと請け合いです。監督はこれが第一作のニック・チェク。

 高校教師のチェン(ロー・ジャンイップ)が勤める学校で自殺をほのめかす遺書が見つかる。私はどうでもいい存在だ……幼少期の日記に綴られた言葉と同じだった。彼は遺書を書いた生徒を捜索するうちに、閉じていた日記をめくりながら自身の幼少期の辛い記憶をよみがえらせていく。弁護士で厳格な父(ロナルド・チェン)のもとで育った兄弟の記憶だ。勉強もピアノも何ひとつできない兄と優秀な弟。親の期待に応える弟とは違い、出来の悪い兄は家ではいつも叱られていた。しつけという体罰を受ける兄は家族から疎外感を感じていた。

 監督インタビューによると、物語は大学時代に監督が体験した出来事(仲間の死)を投影しているそうです。体験の直接的な描き方ではなく、子供への抑圧に転化した脚本は見事と言って良いと思いました。兄弟の描き方は立場が逆ではありますが、「エデンの東」(1955年、エリア・カザン監督)をなんとなく想起しました。
IMDb7.7、ロッテントマト100%(観客スコア。アメリカでは限定公開)
▼観客3人(公開5日目の午後)1時間35分。

「ファンタスティック4 ファースト・ステップ」

「ファンタスティック4 ファースト・ステップ」パンフレット
パンフレットの表紙
 2005年、2015年に続いてマーベルコミック「ファンタスティック4」の3度目の映画化(映画としては4本目)。これまでは20世紀フォックスが映画化してきましたが、今回は満を持してのマーベル(MCU)作品となっています。

 それもあってか、4人が宇宙放射線を浴びて超能力を得るシーンは省略。1960年代に考えられた未来のデザインはレトロフューチャーなもので悪くありませんが、敵のギャラクタス、シルバーサーファーの有り様は新味に乏しく感じました。

 スー・ストームの役は「ファンタスティック・フォー 超能力ユニット」(2005年、ティム・ストーリー監督)のジェシカ・アルバ(公開当時24歳)に比べると、今回のヴァネッサ・カービーは年齢が上過ぎるのではと思いましたが、これは母親になる展開を考慮してのキャスティングなのかもしれません。ファンタスティック4のリーダーであるリード・リチャーズを演じるペドロ・パスカルともどもスター性には欠けるのが少し残念。

 監督はディズニープラスの傑作ドラマ「ワンダヴィジョン」(2021年、全9話)のマット・シャクマン。考えてみると、「ワンダヴィジョン」もレトロなドラマを思わせる作りになってました。

 今後のMCU作品は来年夏に「スパイダーマン ブランド・ニュー・デイ」、同年末に「アベンジャーズ ドゥームズデイ」、その1年後に「アベンジャーズ シークレット・ウォーズ」が予定されています。
IMDb7.5、メタスコア64点、ロッテントマト88%。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午前)1時間55分。

「ラ・コシーナ 厨房」

「ラ・コシーナ 厨房」パンフレット
「ラ・コシーナ 厨房」パンフレット
 イギリスの劇作家アーノルド・ウェスカーが25歳の時に書いた戯曲「調理場」(1959年初演)の2度目の映画化。ニューヨークのレストランの調理場に舞台を変え、移民問題を絡めたドラマにしています。一部青っぽい場面はありましたが、モノクロ、スタンダードサイズの映画です。

 ニューヨークにある観光客向けの大型レストラン「ザ・グリル」の厨房は目の回るような忙しさ。店の売り上げ800ドル余りが消えていることが分かり、従業員に盗みの疑いがかけられる。さらに次々とトラブルが起こり、調理人のペドロ(ラウル・ブリオネス)と密かに愛し合うウエイトレスのジュリア(ルーニー・マーラ)らスタッフのストレスは最高潮に達する。

 移民の多い調理場はアメリカの縮図と言え、怒りが爆発するクライマックスは不安定な移民の立場を象徴しているのでしょう。それは分かるんですが、もう少しコンパクトな作りにした方が良かったかなと思いました。監督はメキシコ出身のアロンソ・ルイスパラシオス。
IMDb7.1、メタスコア75点、ロッテントマト71%。
▼観客3人(公開7日目の午後)2時間19分。

2025/07/20(日)「劇場版 鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座再来」ほか(7月第3週のレビュー)

 大型書店のアプリやホームページにある在庫検索をよく利用してます。先日、未来屋書店で「愛されなくても別に」(武田綾乃)の原作を検索したら「在庫僅少」の表示。行ってみたら、1冊しかありませんでした。「夜明けまでバス停で」「『桐島です』」の脚本家・梶原阿貴の自伝「爆弾犯の娘」(ブックマン社、1980円)も在庫僅少だったので急いで買いに行ったら、やはり1冊だけ。僅少とは1冊のことですかそうですか。

 この本、初版が少なかったらしく、ネット書店でも「注文不可」「お取り寄せ」のところが多いです。amazonの転売ヤーは3000円~6000円ぐらいで売ってますが、もう再版がかかってるんじゃないでしょうかね。
 と思ったら、amazonなど各サイトで通常価格で購入できるようになってました。

「劇場版 鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座再来」

「鬼滅の刃 無限城編第一章 猗窩座再来」の入場者プレゼント
入場者プレゼント
 全23巻の原作のうち、16巻の途中から18巻の途中までをアニメ化。鬼舞辻無惨(きぶつじ・むざん)によって鬼の本拠地・無限城に送られた鬼殺隊の面々と鬼たちとの戦いを描いています。具体的には胡蝶しのぶVS.童磨(上弦の弐)、我妻善逸VS.獪岳(かいがく=上弦の陸)、竈門炭治郎・冨岡義勇VS.猗窩座(あかざ=上弦の参)の戦い。プロットは原作通り、映像は原作のコマの間を埋め、戦いの場面に圧倒的なスピード感を加えていて、作画の丁寧さと美しさに定評のあるufotableの仕事だけに文句の付けようがありません。映画を見た後に原作を読み直すと、原作が絵コンテに見えてしまいます。

 ただし、どの戦いも途中で回想を入れる構成になっていて、これは原作では少しも気にならないんですが、映画は3番目の戦いともなると、さすがにちょっと工夫がほしくなりました。それぞれの戦いの迫力とキャラの運命に感情を揺さぶられ、クライマックスが連続すると感嘆させられる構成ながらも、やや飽きてくる部分があります。これが、読むペースを変えられ、いつでも休むことができる原作と、同じ上映時間を(劇場の)すべての観客に強いる映画の違いです。だから映画の場合、原作に忠実なだけでは足りず、テンポと構成が重要になるわけです。

 かといって、どこかを端折れば、原作ファンから罵詈雑言が飛んでくるのは必至。なかなか難しい問題ではあります。「無限列車編」(2020年)が作品的にも大成功を収めたのは原作が短かった(1巻半ぐらい)ことと、話が完結していたことが大きいでしょう。

 原作未読の人、「無限列車編」しか見ていない人、初めて「鬼滅の刃」を体験する人にはまた異なる感想があると思います。いきなりこれを見ても、この部分だけの話は分かる作りにはなっています。

 3つの戦いの中で、童磨との戦いは決着がつかず、第2章に持ち越されました。胡蝶しのぶの後を受けた栗花落(つゆり)カナオ、童磨との意外な因縁が分かる嘴平(はしびら)伊之助の戦いをどう見せてくれるのか楽しみです。しのぶが仕掛けていた秘密の作戦も明らかにされ、その悲しい覚悟に胸を打たれることになるのでしょう。

 気になるのは第2章の公開が来年か再来年かということ。年1作のペースでこの高いレベルを維持するのは難しいでしょうから、早くても1年半後の来年末、普通に考えれば、2年後になるんじゃないでしょうか。全部終わってからか、1章終わるごとかは分かりませんが、「無限列車編」のようにテレビアニメ化は必ずあるだろうなと思います。連続アニメの語り方に向いている面もあるからです。

 監督はシリーズを一貫して担当している外崎春雄。
▼観客多数(公開初日の午前)2時間35分。

「かたつむりのメモワール」

「かたつむりのメモワール」パンフレット
「パンフレットの表紙
 大人向けのクレイアニメ。オーストラリアのアダム・エリオット監督が8年かけて製作し、アカデミー長編アニメ賞ノミネートされました。

 幼い頃から周囲になじめず、孤独を抱えて生きてきた女性グレース。かたつむりを集めて寂しさを埋める日々を送っていたが、個性豊かな人たちとの出会いと絆を通して、少しずつ生きる希望を見出していく、という物語。

 クレイアニメというと、「ウォレスとグルミット」や「ひつじのショーン」が思い浮かびますが、キャラクターがあそこまでかわいくありませんし、内容も小さな子供向けではありません。人生の光と影について語っているので大人の観客に響くものは少なからずあると思います。

 エリオット監督は哲学者セーレン・キルケゴールの「人生は後ろ向きにしか理解できないが、前を向いてしか生きられない」という言葉が好きで、「前にしか進まず、後ろに進めない」カタツムリをモチーフにしたそうです。

 長編アニメはあと2本作る予定があるとか。また8年かかると大変ですが、次作も楽しみに待ちたいと思います。
IMDb7.8、メタスコア81点、ロッテントマト95%。
▼観客6人(公開2日目の午前)1時間34分。

「能登デモクラシー」

 「はりぼて」(2020年)、「裸のムラ」(2022年)の五百旗頭(いおきべ)幸男監督が石川県穴水町の町政を見つめたドキュメンタリー。

 穴水町に住む元中学校教諭の滝井元之さんが発行する手書き印刷新聞「紡ぐ」は、町の出来事や課題、議会のやりとりを掲載し、未来に向けて提言してきた。テレビ局がほぼ取材に入らない過疎の町で権力監視の役割を担う。映画はその新聞の力と町の行く末を見つめるが、そこに能登半島地震が起き、穴水町も大きな被害を受ける。

 序盤に、初当選したある町議が選挙事務所で町長と前町長から何かを受け取るシーンがあります。これは何だ、公選法違反かと引っかかりつつ、その後に地震被害からの復興に注力する滝井さんはじめ町の人々を描くため、忘れてしまいます。しかし、映画は終盤にこの場面を問題にします。町長に映像を見せ、追及します。さすが五百旗頭監督と言うべきか。同時に行政を監視するメディア、監視する人は必要だなとの思いを強くします。権力は監視しておかないと、何をやるか分かったものではないからです。

 その意味でこの映画はどの自治体にもあり得る問題を提起しています。公正な民主主義は自分たちで守っていかなくてはいけないわけです。
▼観客5人(公開7日目の午前)1時間41分。

「海がきこえる」

 1993年にスタジオジブリの若手スタッフが製作したテレビ用アニメ(テレ朝系列で放送)。同年12月に劇場公開もされていますが、宮崎ではこれまで未公開だったようです。

 原作は氷室冴子。この名前も懐かしいですね。作品は僕とは接点がありませんでしたが、ヤングアドルト向けの小説(今ならライトノベル?)のベストセラー作家でした(2008年、51歳で死去)。

 高知から東京の大学に進学した杜崎拓は街中で武藤里伽子の姿を目撃。それを機に、拓は里伽子と出会った頃を思い出す。里伽子は家庭の事情で東京から高知に転校してきた。成績優秀、スポーツ万能の里伽子は編入と同時に一躍有名人となった。だが彼女はクラスメートに馴染もうとせず、目立つだけに女子からは反感を買い、男子からは敬遠され、クラスでは浮いた存在となっていた。

 拓の親友の豊は里伽子に好意を寄せており、拓も次第に里伽子に惹かれ、三角関係の様相を呈してきます。これに里伽子の家庭の事情が絡んでくるのがポイントで、青春映画としてよくまとまっていると思いました。監督は望月智充。
 IMDb6.6、メタスコア73点、ロッテントマト89%。
▼観客6人(公開5日目の午後)1時間12分。

2025/07/13(日)「スーパーマン」ほか(7月第2週のレビュー)

 全編ワンカットで撮影した「三谷幸喜『おい、太宰』」のWOWOW版を見ました。劇場版はWOWOW版に「もう一つのエンディング」を付け加えているそうです。上映時間は劇場版が1時間41分に対してWOWOW版は1時間37分。本編がかなり面白ければともかく、これぐらいの出来だと、確認のためだけに劇場版を見る気にはなりません。

 太宰治ファンの小室健作(田中圭)が妻の美代子(宮澤エマ)とともに結婚式の帰り、太宰治が心中未遂事件を起こした海岸に迷い込む。海岸の洞窟を抜けると、そこには太宰治(松山ケンイチ)と愛人のトミ子(小池栄子)がいた。タイムスリップしたらしい。心中未遂で太宰は助かるが、トミ子は死んだ史実がある。トミ子にひと目ぼれした健作はトミ子を救おうと奔走する。

 三谷幸喜が全編ワンカットの映画を撮るのは「short cut」(2011年)、「大空港2013」(2013年)に続いて3作目。最初の「short cut」はただワンカットで撮っているだけという作品でしたが、それに比べれば面白くなってはいます。ただ、最近は「ソフト クワイエット」(2022年、ヘス・デ・アラウージョ監督)、「ボイリング・ポイント 沸騰」(2021年、フィリップ・バランティーニ監督)など技巧を凝らした全編ワンカット撮影の作品が多く、そうした作品に比べると分が悪くなりますね。

「スーパーマン」

「スーパーマン」パンフレット
「スーパーマン」パンフレット
 いったい何作作れば気が済むんだと思えるほど、何度も映画化されている「スーパーマン」ですが、ジェームズ・ガンがDCスタジオの共同代表になったからにはDCにとって最も重要なキャラの映画を撮るのは必然だったのでしょう。その期待を裏切らない出来になっています。

 映画は3分前に初めてスーパーマン(デイビッド・コレンスウェット)が敵の「ボラビアのハンマー」(ウルトラマン)に敗れ、雪原に落ちてくる場面から始まります。予告編で流れたように傷だらけのスーパーマンを救うのは愛犬のクリプト。クリプトはマントを噛んでスーパーマンを引きずり孤独の要塞まで連れて行きます。孤独の要塞の場所はリチャード・ドナー監督版「スーパーマン」(1978年)では北極でしたが、この映画では南極になってます。この映画の要塞は地下に潜るので北極では都合が悪いからでしょうか?

 要塞で回復したスーパーマンはハンマーの背後にいるレックス・ルーサー(ニコラス・ホルト)の組織と対決することになる、という展開。ハンマーがスーパーマンに勝てた理由はルーサーがスーパーマンの戦い方を研究したことと、もう一つ大きな理由がクライマックスに分かります。これは納得できる理由なんですが、そんなに簡単にそれができれば、いくらでもスーパーマンの強敵を作れてしまいますね。

 スーパーマンと共闘するのはグリーンランタン(ネイサン・フィリオン)、ミスター・テリフィック(エディ・ガテキ)、ホークガール(イザベラ・メルセド)のジャスティス・ギャング。巨大な怪獣など敵のヴィランも多数出てきて、このあたりはジェームズ・ガンのサービス精神の表れなのでしょう。途中、演出が少し緩むところもありますが、僕は全体的に楽しく見ました。ドナー監督版の音楽(ジョン・ウィリアムズ)がフィーチャーされてるのも良いです。あの音楽の素晴らしさは無視できないものなのでしょう

 ロイス・レーンを演じるのは今年公開された「アマチュア」(ジェームズ・ホーズ監督)のレイチェル・ブロズナハン。間もなくシーズン2が始まるピースメイカーがちらりと出てきます。

 それにしても、スーパーマンの父親ジョー=エル(ブラッドリー・クーパー)の真意は少し衝撃でした。映画のオリジナル設定なんでしょうか?
IMDb7.7、メタスコア68点、ロッテントマト82%。
▼観客多数(公開初日の午前)2時間9分。

「ストレンジ・ダーリン」

「ストレンジ・ダーリン」パンフレット
「ストレンジ・ダーリン」パンフレット
 時制をシャッフルしたサスペンス。物語に意外性を持たせるためにきちんと考えられた構成で、3章→5章→1章→4章→2章→6章→エピローグの順番で描かれます。実際には3章の前に1章が部分的に描かれ、これが観客をミスリードする内容になってます。

 というわけで予備知識なしで見た方が良い映画。詳しい紹介を省略して冒頭の字幕をパンフレットから引用しておきます。

 「2018年から2020年にかけてシリアルキラーが全米を震撼させた――。コロラドを皮切りにワイオミング、アイダホへと広がり、オレゴンの山奥にて終幕を迎えた。この物語は、警察や目撃者の証言などをもとに、一連の殺人事件を映画化したものである」。

 意外性といっても、登場人物が少ないので、すれた観客なら予想はつくでしょう。監督・脚本のJ.T・モルナーは長編2作目。僕は特に前半が良い出来と思いましたが、物語の構造が分かった後も、面白さを持続させる技術がありますね。主演の“レディ”をウィラ・フィッツジェラルド、“デーモン”をカイル・ガルナーが演じています。
IMDb7.0、メタスコア80点、ロッテントマト96%。
▼観客6人(公開初日の午後)1時間37分。

「夏の砂の上」

 オダギリジョー、松たか子、髙石あかりら出演者はすべて悪くないのに盛り上がりに欠ける作品。このストーリーだと、単なるついてない男の話でしかなく、特にラスト前、主人公がけがをするエピソードなどはまるで不要だと思えました。

 劇作家・演出家の松田正隆の原作戯曲を「そばかす」(2022年)の玉田真也監督が映画化。長崎で幼い息子を亡くした小浦治(オダギリジョー)はその喪失感から、妻の恵子(松たか子)と別居中だった。勤めていた造船所の下請け企業が倒産した後、再就職せずにふらふらしている治の元へ、妹の阿佐子(満島ひかり)が17歳の娘・優子(髙石あかり)を連れてやってくる。阿佐子は1人で博多の男の元へ行くので、しばらく優子を預かってほしいという。治と優子の同居生活が始まる。高校に行かず、コンビニのアルバイトを始めた優子はそこで働く先輩の立山(高橋文哉)と親しくなる。

 長崎の方言は心地良かったんですが、長崎はあんなにすぐに断水するのかとか、大昔じゃあるまいし雨が降ったら鍋に水をためるのか、など疑問を感じる描写があります。松田正隆は「美しい夏キリシマ」(2002年、黒木和雄監督)の脚本や「紙屋悦子の青春」(2006年、同監督)の原作を書いた人。この傑作2本に比べると、「夏の砂の上」の完成度は大きく劣った印象です。原作戯曲は読売文学賞を受賞していますので、優れた作品なのでしょうけどね
▼観客2人(公開7日目の午後)1時間41分。

「東京予報 映画監督外山文治短編作品集」

「東京予報」入場者プレゼント
入場者プレゼント
 「はるうらら」(20分)「forget-me-not」(15分)「名前、呼んでほしい」(26分)の3本。この順番で上映され、この順番で面白かったです。ヒッチコックは「ある監督は、人生の断面を映画に撮る。私はケーキの断面を映画に撮るのだ」という名言を残していますが、外山(そとやま)監督は人生の断面を描きたかったそうです。

 「はるうらら」は中学生の二宮春(星乃あんな)と水原麗(河村ここあ)が、母親と離婚して以来会っていない春の父親(吉沢悠)に会いに行く話。春は麗の顔にほくろを描き、春のふりをさせて父親に会うが…。星乃あんなは「ゴールド・ボーイ」(2023年、金子修介監督)の時より大きく背が伸びてましたが、演技の輝きは変わっていません。河村ここあはアイドル的に売れそうなルックスですね。
外山文治監督と田中麗奈さん(宮崎キネマ館)
外山文治監督と田中麗奈さん
 上映前に外山監督と「名前、呼んでほしい」主演の田中麗奈さんのあいさつがありました。

 田中さんの第一印象は「顔ちっちゃ」。映画ではそんなこと感じませんが、実物は小さい小さい(はい、美人の条件です)。約30分の受け答えには聡明さと落ち着きを感じさせ、まじめに映画に向き合っている人だなと思えました。外山監督によると、田中さんは本当に映画が好きなのだそう。

 外山監督は福岡生まれの宮崎育ち。田中麗奈さんの主演作では「東京マリーゴールド」(2001年、市川準監督)が好きだそうです。僕もこの映画の田中麗奈さんの演技には感心しまくりました。今後もたくさんの映画に出てほしいです。
▼観客多数(公開2日目の午後)

「映画 おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!」

「映画おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!」パンフレット
パンフレットの表紙
 練馬ジム原作のコミックを基にしたテレビドラマ(略称おっパン)の劇場版。評判の良かったドラマ版(全11話)は3話まで後追いで見ました。特にLGBTQへの偏見に凝り固まった昭和生まれのおやじをアップデートしていく内容で、そのおやじ、沖田誠を演じるのが原田泰造。引きこもりの息子(城桧吏)、BL漫画の同人活動をしている娘(大原梓)、妻の美香(富田靖子)、息子の友人でゲイの大地(中島颯太)らとのユーモアを絡めたドラマが展開されました。

 映画はドラマの後を受けた展開ですが、特にドラマの知識がなくても分かる内容になってます。テーマも真っ当ですし、よく出来た劇場版と思います。監督は「晩酌の流儀」「ゆるキャン△」など多くのテレビドラマを演出している二宮崇。脚本は「るろうに剣心」(2012年)や「鳩の撃退法」(2021年)などの藤井清美。
▼観客7人(公開5日目の午後)1時間54分。

2025/07/06(日)「愛されなくても別に」ほか(7月第1週のレビュー)

 ニューズウィーク日本版の「28年後…」評によると、この映画は新たな三部作の第1弾なのだそうです。IMDbを見たら、「28 Years Later: The Bone Temple」が本国イギリスで2026年1月公開予定となっており、これが第2弾になるのでしょう。タイトルは「29年後…」ではなく、「28年後…」にサブタイトルを付けていくわけですね。脚本は引き続きアレックス・ガーランドですが、監督は「キャンディマン」(2021年)のニア・ダコスタに代わってます。

 SF映画「プロジェクト・ヘイル・メアリー」の予告編が公開されました。映画化の予定は4年前に出た原作(アンディ・ウィアー)のあとがきにも書かれていましたが、情報がなかなか更新されないのでポシャったのかと思ってました。アメリカでの公開は2026年3月の予定。監督は「スパイダーマン スパイダーバース」シリーズのクリストファー・ミラーとフィル・ロードです。

「愛されなくても別に」

「愛されなくても別に」パンフレット
「愛されなくても別に」パンフレット
 武田綾乃の吉川英治文学新人賞受賞作を井樫彩監督が映画化。毒親の呪縛から逃れた、同じような境遇の女性たちのシスターフッドを描いています。まず原作が良く、イ・ナウォンと井樫彩による脚色が良く、演出も良く、主演2人の好演が加わった結果の良作で、女性スタッフ・キャストの力の結集が実を結んだと言えるでしょう。

 19歳の宮田陽彩(ひいろ=南沙良)は浪費家の母(河井青葉)とふたり暮らし。大学に通い、それ以外の時間のほとんどを母に変わっての家事とコンビニのアルバイトに費やしている。バイト代は学費と家に入れる8万でほぼ消える。ある日、陽彩は同じバイト先の同級生・江永雅(馬場ふみか)の父親が殺人犯だという噂を耳にする。金髪、メイク、ピアス姿の雅は地味な陽彩とは正反対だった。そんなふたりの出会いがそれぞれの人生を変えてゆく。

 陽彩にとって、母親の言う「愛してるよ」は呪いの言葉と同義です。父親と離婚した後、母親が一人で育ててくれた恩義もあって、陽彩は母親の要求通り、家から近い私大に通い、学費を稼ぐためにバイトに明け暮れて、母親にバイト代の半分を渡しています。母親は収入以上の浪費を続け、若い男を連れ込んでいます。陽彩にはトイレの芳香剤の匂いをかぐ癖がありますが、これは原作によると、母親と連れ込んだ男のセックスを小学生時代に見てトイレに逃げたことが原因のようです。

 江永は親から受けた性暴力の壮絶な過去があり、家を出た陽彩に「うちに来れば?」と誘います。同じ大学に通う木村水宝石(あくあ=本田望結)は2時間おきに電話してくる母親(池津祥子)の過保護・過干渉に辟易し、新興宗教に走っています。

 映画は原作のプロットに忠実ですが、映画的なアレンジも効果を上げています。例えば、母親に裏切られていたことを知った陽彩が激怒して家を出ると告げる場面。原作では電話で告げますが、映画は家を出ようとしたところに母親が帰宅します。陽彩は包丁を握りしめた手を緩め、「このまま一緒にいると、お母さんを殺してしまう」と告げます。

 南沙良と馬場ふみかは井樫監督の要請で個別に演技指導のレッスンを受けたそうで、馬場ふみかは「すごく実になる時間」だったと語っています。二人の個性以上のものが発揮できたのはそうした努力があったからでしょう。

 陽彩が母親の部屋で預金通帳を確かめる場面で、奨学金の項目がありますが、映画では説明されていませんでした。原作から補足しておくと、陽彩は奨学金(年間100万円)を借りているのはもちろん承知していますが、万一のためのものとして手をつけず、卒業したら一括返済するつもりでした。それを母親が使い込んでいたのが発覚したわけです。父親が支払っていた養育費を知らされていなかったことと合わせて、陽彩が怒りを爆発させたのもよく分かります。
▼観客1人(公開初日の午前)1時間49分。

「We Live in Time この時を生きて」

「We Live in Time この時を生きて」パンフレット
パンフレットの表紙
 離婚したばかりの男性と一流シェフの女性との出会いから死別するまでを描くラブストーリー。といっても、時系列に沿った普通の描き方ではなく、過去から現在までのエピソードを時間軸をシャッフルして描いています。こうした描き方で思い出すのはクエンティン・タランティーノ監督の「パルプ・フィクション」(1994年)ですが、あそこまでうまくなく、こうした描き方の必然性も感じられませんでした。

 脚本のニック・ペインは「死について、悲惨でない形で描きたかった」と語っていますので、意図としてはタランティーノと同じなのでしょう。

 離婚して失意のどん底にいたトビアス(アンドリュー・ガーフィールド)が車にはねられる。その車を運転していたのは新進気鋭のシェフ、アルムート(フローレンス・ピュー)。二人は恋に落ちて結婚。アルムートは卵巣ガンにかかるが、それを克服してやがて娘が生まれる。しかし、ガンが再発。アルムートは苦しい治療の中、料理のオリンピック「ボキューズ・ドール」出場を目指す。

 日本では「ささやかな、しかし珠玉のような佳作」(日経電子版)とまずまず良い評価ですが、アメリカでは「末期的に時代錯誤な異性恋愛映画」(ニューズウィーク日本版)と散々な評価も見られます。フローレンス・ピューとアンドリュー・ガーフィールドの良さがなんとか、映画を救ってます。監督は「ブルックリン」(2015年)のジョン・クローリー。
IMDb7.0、メタスコア59点、ロッテントマト79%。
▼観客15人ぐらい(公開2日目の午後)1時間48分。

「ババンババンバンバンパイア」

「ババンババンバンバンパイア」パンフレット
パンフレットの表紙
 奥嶋ひろまさの同名コミックの実写映画化。450年生きているバンパイアの森蘭丸(吉沢亮)と、蘭丸が住み込みで働く銭湯の一人息子で15歳の李仁(板垣李光人)をめぐるミュージカルタッチのコメディーです。18歳の童貞の血を楽しみにしている蘭丸は、好きな女の子ができた李仁の「童貞喪失絶対阻止」を図ろうとします。

 共演は原菜乃華、関口メンディー、満島真之介、眞栄田郷敦ら。吉沢亮がコメディーに全力投球し、共演者もまじめに笑いに取り組んでいるのがおかしさを倍増させています。こうしたコメディーでは成功の部類だと思います。

 蘭丸に十字架は効かないんですが、その兄の森長可(もり・ながよし=眞栄田郷敦)は十字架を恐れます。その理由は「禁断の書」(?)を読んでバンパイアは十字架が弱点であることを知っためというのがおかしかったです。

 監督は「一度死んでみた」(2020年)の浜崎慎治。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午後)1時間45分。

「中山教頭の人生テスト」

「中山教頭の人生テスト」パンフレット
「中山教頭の人生テスト」パンフレット
 「教誨師」(2018年)、「夜を走る」(2021年)の佐向大監督作品。山梨県内の小学校で5年生のクラスの臨時担任をすることになった教頭(渋川清彦)がさまざまな問題に直面する姿を描いたドラマです。学校内に複数の問題が生じる前半はそれにかかわる人物たちも含めて描写のうまさに感心しましたが、問題を解決していく後半には脚本の詰めの甘さを感じました。

 例えば、学校で起こった横領事件で警察がいきなり家宅捜索に来る場面などリアリティーを欠いています。こういう事件の場合、使途不明金の発覚→内部調査→犯人の特定→被害届の提出、というプロセスを踏むのが普通です。事件化するには被害届の提出が必須で、それを教頭が知らないわけがありません。

 いくつかの問題の黒幕となる人物を処分せずに放置したり、ある試験でのカンニングをする意味やそれがその後に何ら影響しないことも釈然としません。

 企画・原案はプロデューサーの小池和洋。既に出来上がっていた脚本がありましたが、佐向監督が監督を引き受けるにあたって原案をベースに「イチから作り直した」そうです。
▼観客2人(公開5日目の午前)2時間5分。

「Mr.ノボカイン」

 先天性無痛無汗症(CIPA)の主人公によるアクションコメディー。痛みを感じないキャラクターはミレニアムシリーズの第2作「ミレニアム2 火と戯れる女」にも出てきましたが、痛みがないのでけがしたかどうかも分からず、命にかかわる体質なわけです。主人公は痛くなくても、けがの描写がリアルなので見ている観客は痛さを想像してしまい、きついです。

 主人公ネイトを演じるのはamazonビデオのドラマ「ザ・ボーイズ」に出ているジャック・クエイド。銀行の副支店長のネイトは部下のシェリー(アンバー・ミッドサンダー)と仲良くなりますが、ある日、銀行に強盗が押し入り、金庫の金を奪った後、シェリーを人質に連れ去ってしまいます。ネイトはシェリーを助けるため必死に犯人たちの後を追うことになります。

 監督はダン・バークとロバート・オルセン。
IMDb6.5、メタスコア58点、ロッテントマト81%。
▼観客6人(公開13日目の午後)1時間50分。

2025/06/29(日)「JUNK WORLD」ほか(6月第4週のレビュー)

 昨年1年間に買った映画のパンフレットは70冊でした。意外に少ないなと思い、今年は意識的に買うようにしています。現在72冊で、昨年の2倍ぐらいのペース。1冊1000円前後ですが、一番高かったのは先日買った「JUNK WORLD」(堀貴秀監督)の2500円でした。これは150ページもあるムックで写真が多数掲載され、映画の内容も詳しく解説されていて高い値段の価値は十分にありました。日本映画の場合、パンフの売り上げが製作資金の一部にもなるでしょうから、特にマイナーな映画のパンフは積極的に買おうと思っています。数が多くなると、置き場所に困るんですがね。

「JUNK WORLD」

「JUNK WORLD」パンフレット
「JUNK WORLD」パンフレット
 堀貴秀監督によるストップモーションアニメのJUNKシリーズ第2弾。日本語字幕版(ゴニョゴニョ版)を見ました。ゴニョゴニョした言葉の中に時折「キンヨーロードショースイヨードーデショー」とか「ガッテンショー」とか「シンカイマコトッ」とか「ドギャン」とか「ネーポッポンチョ」(ポッポンチョはどうやら大使という意味のようです)など日本語の音が聞き取れるのが爆笑もので、画面の作りはもちろん、ゴニョゴニョに関しても前作よりパワーアップしています。

 ただ、奇怪な生物が跋扈する地下世界巡りの分かりやすいプロットだった前作に対して、今回はタイムリープとマルチバースを絡めたストーリーがかなり複雑。細かい理解のためには日本語吹き替え版の方が良いかもしれません。3部作の最終作「JUNK END」の製作費に協力するつもりで両方見るのが良いのでしょう。

 前作「JUNK HEAD」(2021年)の1042年前が舞台(なので前作見ていなくても大丈夫です)。人工生命体マリガンは地球規模に広がった地下世界を支配していた。ある日、地下世界に異変が起き、人間とマリガンによる調査チームが結成される。女性隊長トリス率いる人間チームとクローンのオリジナルであるダンテ率いるマリガンチームは地下都市カープバールを目指す。しかし、調査チームはカルト教団「ギュラ教」に襲撃される。標的は希少種とされる人間の女性であるトリス。トリスにはロボットのロビンが護衛として同行していた。チームは「ギュラ教」とにらみ合いながら調査を進めるが、圧倒的な戦力の差に苦戦を強いられる。激しい攻防の中で彼らは次元の歪みを発見する。ロビンはトリスを守るために次元を超えた作戦を計画する。

 前作はいかにも手作りアニメという感じでしたが、今回は予算もスタッフもそれなりに増えた(といっても、監督含めて7人らしいのでストップモーションアニメのスタッフ数としては信じられないぐらい少ないです)ためか、CGも使ってスケールアップしています。前作同様とぼけたユーモアが全編にあるのが大きな魅力ですね。
▼観客多数(公開11日目の午前)1時間45分。

「でっちあげ 殺人教師と呼ばれた男」

 2003年、福岡市で起きた事件を基にしたドラマ。原作は福田ますみのノンフィクション『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』。と聞くと、社会派のドラマを想像しますが、監督が三池崇史なのでホラー風味の仕上がりになっています。

「でっちあげ 殺人教師と呼ばれた男」パンフレットの裏表紙
パンフレットの裏表紙
 小学校教諭の薮下誠一(綾野剛)は担当するクラスの児童・氷室拓翔への体罰で母親の氷室律子(柴咲コウ)から告発される。律子の言い分は薮下の体罰は聞くに耐えないいじめで、子供に自殺を強要したという。新聞に薮下を非難する記事が出た後、週刊誌の記者・鳴海(亀梨和也)は実名報道に踏み切る。薮下はマスコミの標的となり、次々と底なしの絶望が薮下を襲う。律子を擁護する声は多く、550人の大弁護団が結成され、前代未聞の損害賠償請求訴訟へと発展。誰もが律子側の勝利を確信していたが、法廷で薮下が口にしたのは、「すべて事実無根の“でっちあげ”」だという完全否認だった。

 冷たい無表情の柴咲コウの演技を見て思うのはこれはモンスターペアレントどころではなく、サイコパスではないかということ。自分の出自も含めて平気で嘘をつき、でっちあげ、相手をとことん攻撃する歪んだ性格。これに事なかれ主義の校長(光石研)と教頭(大倉孝二)が加わって薮下に無理矢理謝罪させたことから問題は大きくなり、取り返しのつかない事態に陥ってしまいます。あっという間に主人公が窮地に陥っていくのが怖いです。

 後半に登場する人権派の弁護士(小林薫)と薮下を支え続ける妻(木村文乃)が主人公の数少ない味方です。綾野剛は気弱な教師をリアルに熱演していて主演男優賞候補になるでしょう。

 それにしても、いくら事態を丸く収めるためであっても、やってないことは絶対に認めてはいけないとあらためて思いました。サイコパス的な人間に弱みにつけ込まれてしまいます。
▼観客10人ぐらい(公開2日目の午前)2時間9分。

「ドールハウス」

「ドールハウス」パンフレット
「ドールハウス」パンフレット
 最後の最後まで気が抜けず、尻尾まであんこが詰まった鯛焼きのようなホラー。ホラーとしての新しいアイデアはそれほど見当たらないにもかかわらず、この密度、この面白さは大したもので、コメディのうまい矢口史靖監督はホラーの演出もうまいのだなと感心しました。底が浅い作品が多い近年のJホラーの中ではもっとも真っ当なホラーの快作だと思います。

 発端は鈴木忠彦(瀬戸康史)・佳恵(長澤まさみ)の一人娘・芽衣が自宅でかくれんぼの途中、ドラム式洗濯機の中で窒息死してしまったこと。失意の佳恵は近所で開かれた骨董市で芽衣にそっくりの人形を手に入れる。人形を娘のようにかわいがることで元気になっていくが、新たな子供を妊娠。その娘真衣が成長し、人形と遊ぶようになった頃、奇妙な出来事が起こり始める。

 人形を題材にしたホラーとしては「チャイルド・プレイ」(1988年、トム・ホランド監督)や「アナベル 死霊館の人形」(2014年、ジョン・R・レオネッティ監督)、「M3GAN ミーガン」(2022年、ジェラルド・ジョンストン監督)などが思い浮かびますが、それらに負けてません。人形の怪異をいかにも日本的な因縁話に落とし込んでいくのがうまいです。
▼観客7人(公開6日目の午後)1時間50分。

「F1 エフワン」

「F1 エフワン」パンフレット
「F1 エフワン」パンフレット
 「トップガン マーヴェリック」の製作チームがF1の世界を舞台にした体感型エンターテインメント。レースシーンの迫力は十分ですが、戦闘機ほどの迫真性も珍しさもないのが「トップガン…」には及ばない点です。過去の事故によりF1レースから離れていた中高年ドライバー(ブラッド・ピット)の再起というドラマもやや新味に欠けます。

 共演はハビエル・バルデム、ケリー・コンドンら。脚本のアーレン・クルーガー、監督のジョセフ・コシンスキーは「トップガン…」のコンビ。
IMDb7.9、メタスコア70点、ロッテントマト84%。
▼観客30人ぐらい(公開初日の午前)2時間35分。

「秋が来るとき」

「秋が来るとき」パンフレット
「秋が来るとき」パンフレット
 高齢の主人公が作業しながら、ふっと物忘れのような状態になるので、認知症に関する映画かなと思いましたが、フランソワ・オゾン監督だけにミステリータッチになっていきます。真相をあいまいなまま終わらせるので、きっちりとしたミステリーではありませんが、ジョルジュ・シムノンを愛読してきたオゾン監督らしい作品だと思いました。

 パンフレットの表紙はキノコ。序盤、主人公で80歳のミシェル(エレーヌ・ヴァンサン)が振る舞ったキノコ料理で娘のヴァレリー(リュディヴィーヌ・サニエ)が食中毒を起こすエピソードを象徴しています。ミシェルとキノコ嫌いの孫は難を逃れるのですが、娘は「殺されかけた」と怒ります。ミシェルは孫を愛していますが、娘との仲はよくありません。その原因はミシェルの過去にあり、それが徐々に分かってきます。ミシェルの親友のマリー=クロード(ジョジアン・バラスコ)もミシェルと同じ過去を持ち、そのためか息子のヴィンセント(ピエール・ロタン)は罪を犯して刑務所に入っていました。

 そうした人間関係を緩やかに紹介した後、ヴァレリーが事故死します。人間関係に怪しいところが散見されるので果たして本当に事故だったのかと、思えてくるわけです。そのあたりの描き方が絶妙だと思いました。白黒はっきりしない思わせぶりなミステリーを僕は嫌いですが、これはこれで納得できました。
IMDb6.9、メタスコア74点、ロッテントマト96%。
▼観客8人(公開6日目の午後)

「ラブ・イン・ザ・ビッグシティ」

「ラブ・イン・ザ・ビッグシティ」パンフレット
パンフレットの表紙
 タイトルと結婚式前の男女を映す冒頭の場面からラブストーリーを予想しましたが、自由奔放な女とゲイであることを隠して生きる男の友情を描いた作品でした。その女性を演じるキム・ゴウンが「破墓 パミョ」(2024年)に続いてかなり魅力的です。際立った美人ではないと思いますが、そんなことは関係なく、曲がったことが嫌いなさっぱりした性格と男に媚びない振る舞いがとても良いです。「あなたの個性(ゲイ)がなぜ弱みになるの?」と聞く場面はそれを端的に表しています。

 原作はパク・サンヨンの連作小説「大都会の愛し方」に収録の「ジェヒ」。監督はイ・オニ。韓国は日本並み(以上?)にLGBTQへの偏見が強いことがよく分かる作品でした。
IMDb7.4(アメリカでは限定公開)
▼観客15人ぐらい(公開5日目の午後)1時間58分。

「おばあちゃんと僕の約束」

 評価の高いタイ映画。それほど泣かせる話でも意外なこともなく、僕にはそこまで評価できなかったです。祖母の遺産が自分には来ないと知って態度を豹変させる主人公は最低じゃないですかね。監督はパット・ブーンニティパット。
IMDb7.9、メタスコア74点、ロッテントマト98%。
▼観客7人(公開7日目の午前)2時間6分。

「28年後…」

「28年後…」パンフレット
「28年後…」パンフレット
 「28週後…」以来18年ぶりのシリーズ第3作。脚本アレックス・ガーランド、監督ダニー・ボイルの第1作コンビに戻り、凶暴化ウィルスが蔓延したイギリスを描いています。

 あくまで凶暴化ウィルスに感染した人間であってゾンビではないのがポイント(同じようなものですが)。全裸の感染者たちの動きと種類は「進撃の巨人」の巨人たちを思わせました。この脚本・監督コンビなら「進撃」見てるんじゃないでしょうかね。

 続きができそうなラストでした。次に作るとしたらタイトルは「280年後…」? それではあんまりなので28を離れて「29年後…」でも良いかなと思います。
IMDb7.2、メタスコア76点、ロッテントマト89%。
▼観客7人(公開初日の午後)1時間55分。

 ここから追記です。これは新たな三部作の第1弾になるそうです。IMDbによると、「28 Years Later: The Bone Temple」が2026年1月公開予定となっており、これが第2弾になるのでしょう。「29年後…」ではなく、「28年後…」にサブタイトルを付けていくわけですね。脚本は引き続きアレックス・ガーランドですが、監督は「キャンディマン」(2021年)のニア・ダコスタが予定されています。

「ルノワール」

 「PLAN75」(2022年)の早川千絵監督作品。11歳の少女沖田フキ(鈴木唯)の夏の日常を描いています。早川監督の体験が含まれたストーリーのようですが、あまりピンときませんでした。これが少年の夏ならよく分かるんですけどね。
▼観客10人ぐらい(公開初日の午前)2時間2分。