2012/10/23(火)「アウトレイジ ビヨンド」

 「山守さん……まだ弾は残っとるがよう…」。

 名作中の名作である「仁義なき戦い」シリーズと比較するのが無茶なのは分かっているが、同じヤクザ映画でも「アウトレイジ ビヨンド」、僕には大きく見劣りがした。KINENOTEを見てみたら、やっぱり「仁義なき戦い」と比較しているレビューがあった。裏切りに次ぐ裏切りという展開が似ているのである。だがしかし、両者を大きく分けるのはキャラクターの造型とプロットの深みにある。

 北野武映画のキャラクターが書き割りみたいに薄っぺらなのは今に始まったことではない。それにしても、この映画のヤクザたちは判で押したようにどれもこれも同じだ。やさ男の加瀬亮がドスのきいた声で話す場面に最初はおっと思ったけれど、その後に登場する三浦友和も中尾彬も西田敏行も塩見三省も大声で怒鳴り散らす同じパターン、同じ演技で、やれやれと思った。唯一違うのは刑事役の小日向文世ぐらいだ。キャラクターの背景も描かれないので、誰が殺されようが、誰に殺されようが、気持ちが動いていかない。一本調子のキャラクター、一本調子の映画であり、これは頭で作ったヤクザ映画、バイオレンス映画に過ぎない。笠原和夫が丹念な取材を重ね、猥雑なエネルギーに満ちた「仁義なき戦い」にはとても及ばない。

 プロットはキャラクターの造型ほど悪くはない。前作から5年後の設定。東京の山王会は兄貴分や親分を出し抜いて加藤(三浦友和)が会長の座に就き、政界へも影響力を持っていた。若頭は大友組の金庫番だった石原(加瀬亮)。警視庁の刑事・片岡(小日向文世)は勢力を伸ばす山王会をたたくため、不満を募らせる古参の組幹部たちをそそのかし、関西の花菱組に接近させる。同時に刑務所で服役中の大友(ビートたけし)に加藤を会長の座から引きずり下ろそうとそそのかす。そこから、先の見えないヤクザの抗争が始まっていく。山王会内部の分裂は定石通りと言える。惜しいのは花菱組が一枚岩であること。ここはやっぱり、花菱組内部にも分裂を起こさせ、敵か味方かをとことん分からないようにしたいところだった。

 だからといって、この映画つまらないわけではない。そこそこ楽しめる映画になってはいる。キャラクターの簡単さや、あまり凝らないプロットはよく言えば、贅肉をそぎ落とした結果と言えるかもしれない。しかし、僕が求める映画とは異なる。はっきり分かったのは北野武に「仁義なき戦い」をビヨンドするような映画は撮れないだろうということだ。映画は細部に豊穣さが必要なのである。

2012/09/08(土)「夢売るふたり」

 西川美和が女性を主人公にするのは初めて。ということは言われて初めて気づいた。そしてやっぱり女性監督が女性を描くと、生々しいなと思った。この生々しさというのは色っぽさも含めての生々しさで、一見無造作な細部の普通の描写に女性監督でなければ描けないなと思えるものがある。話題になっている松たか子の自慰シーンの後に、指を拭いたティッシュで鼻をかむという描写を入れるあたり、男の監督にはまず思いつかないだろう。被害者となる女性たちもすべてキャラが立っていて奥が深い。文学的な深さがあると感じるのは、小説を書かせても一流の西川美和だからか。主演の松たか子にとっても、西川美和にとってもこれまでのベストの作品だと思う。

 結婚詐欺を描いた映画というと、軽妙な作品を思い浮かべる。確かにこの映画にもそんな風な展開が前半にあるのだけれど、後半のウェイトリフティングに打ち込むひとみ(江原由夏)と風俗嬢の紀代(安藤玉恵)のエピソードでグッとリアリティーが増し、重くなる。胸にグサグサ突き刺さるセリフが要所にあるのだ。コンゲームの映画は「スティング」をはじめ金持ちや悪人を標的にするのが普通で、金持ちではない善良な人を騙すと、映画が重くなり、エンタテインメントとして成立していかない。この映画は構想の発端に名作「夫婦善哉」(1955年、豊田四郎監督)があり、結婚詐欺は夫婦を効果的に語るための手段として取り入れられたそうだから、重くなるのはむしろ狙い通りだ。

 キネ旬の西川美和と芝山幹郎の対談で、芝山幹郎が「主旋律と伴奏が交互に入れ替わる」とうまい表現をしている。主旋律である松たか子と同じレベルで、騙される女性の生き方、境遇がクローズアップされているのだ。そして西川美和はそうした女性たちを、共感を込めて愛おしく描き出している。

 前作「ディア・ドクター」から派生した小説「きのうの神さま」を読んだ際、人生の断面を切り取る手腕の鮮やかさに驚嘆させられた。西川美和は描写の人だなと思った。きちんとした細部の描写を積み重ねれば、作品全体の説得力が増す。この映画の手法も「きのうの神さま」と同じで、ひとみと紀代のエピソードはそれで1本の映画ができるぐらいの内容がある。

 もちろん、メインの阿部サダヲ、松たか子夫婦の描写も抜かりがない。2人が詐欺を働くのは火事でなくした店の再建のためという理由があるのだが、そのきっかけがひょんなことから起きた夫の不実であり、洗濯した服のにおいで松たか子がそれに気づく描写が鋭い。結婚詐欺は再建のためであると同時に裏切った夫への報復の意味合いもある。そして実行犯である夫ばかりか、詐欺を主導する妻もまたそれによって傷つくことになるのだ。

 松たか子は「ヴィヨンの妻」の時もすごかったが、今回はそれを上回る。「自分がきれいに見えるように」なんてことは監督が「心配になるぐらい考えてない」女優なのだそうだ。今年の主演女優賞は決まりだ。

2012/08/26(日)「るろうに剣心」

 相楽左之助(青木崇高)と戌亥番神(須藤元気)が台所で延々と殴り合うシーンで、途中、相楽がそばにあった肉を食い、酒を飲む。「菜食主義だから」と肉を断った戌亥は酒だけ飲んだ後に再び殴り合う。アクションの途中に一休み入るこの流れは香港映画を思わせる。アクション監督の谷垣健治はドニー・イェンに師事したそうだから、その影響なのだろう。

 「るろうに剣心」は戦前から綿々と作られ、近年は少なくなった時代劇の中でエポックメイキングな作品と言って差し支えないと思う。三池崇史「十三人の刺客」の中で一瞬きらめき、目を見張らざるを得なかった松方弘樹の殺陣の凄まじいスピードがこの作品の殺陣にはあふれている。実は予告編を見たときには「亀梨に殺陣ができるのかよー」と思ったのだが、主演は亀梨和也ではなく、佐藤健であり、佐藤健は撮影開始前に3カ月、撮影中の4カ月にも殺陣の練習に打ち込んだのだそうだ。殺陣の練習で軽いけがをした時に「けがをしたのは練習が足りないから」と言って練習量を増やしたという。だからこそ、時代劇アクションの可能性を新たに切り開く作品が生まれたのだろう。大友啓史監督らスタッフには惜しみない拍手を送りたい。

 もちろん、ドラマ的にはもっと盛り上げるべき部分があるし、描写が足りないと思える部分もあるのだけれど、それが些末なことに思えるほどアクションが素晴らしい。加えて、佐藤健、武井咲のコンビに蒼井優、青木崇高らの若い俳優たちがどれもこれも良い。特に武井咲は声が良く、たたずまいが良く、必死さが良い。剣心と鵜堂刃衛(吉川晃司)が闘うクライマックス、鵜堂の術にかけられて身動きできない場面の演技など見ると、武井咲、将来の日本映画を支える女優の一人になるのではないかとさえ思わせる。若い俳優たちの可能性を感じさせる映画としてこれは、園子温「ヒミズ」と双璧ではないか。さらに吉川晃司のドスのきいた役柄と香川照之のずるがしこい悪人ぶりが映画に幅を与えている。佐藤直紀のドラマティックな音楽も素晴らしいの一言だ。

 ジャッキー・チェンが「プロジェクトA」に始まる作品群で志向したのはサイレント時代のハロルド・ロイドやバスター・キートンであったのは周知のことだが、大友啓史が目指したのはサイレント時代の時代劇のアクションだったという。キネ旬9月上旬号(1619号)で大友啓史はこう言っている。「ぼくは『るろうに剣心』最終日前日に大河内(伝次郎)の作品を見たの。なんとなく『るろうに剣心』では大河内に勝ったと思ってた。でも、まだ負けてると思って。だから、やっぱり続篇をやらなきゃいけないなと」。歓迎すべきことだ。この映画、ぜひシリーズ化してほしい。そして、時代劇アクションを極めてほしいと思う。

2012/08/12(日)「狂った果実」

 WOWOWが「日活100周年!日活ロマンポルノ特集」と題してロマンポルノ6作品を放映中だ。その1本目が根岸吉太郎の「狂った果実」(1981年)。劇場公開時にも見ているが、今回の放映版(R指定版)を録画してあのラストシーンだけを見て感激を新たにした。

 スナックでの主人公の怒りの爆発と暴力の場面から、傷だらけになりながら部屋に帰って母親に電話をするシーン、そして翌朝ジョギングをする姿。アリスの「狂った果実」が流れるこのラストシークェンス(ストップモーションで終わる)は何度見ても傑作だと思う。主演の本間優二は前作「19歳の地図」(柳町光男監督)を引きずった20歳の青年役を演じて確かな実在感がある。鬱屈した青春を描いた鋭い傑作。蜷川有紀の代表作でもあるだろう。根岸吉太郎はこの頃、絶好調だったなとあらためて思う。

 WOWOWの特集は東陽一「ラブレター」、相米慎二「ラブホテル」、浦山桐郎「暗室」、高林陽一「赤いスキャンダル 情事」のメジャーな監督作品に加えて上垣保朗「ピンクのカーテン」が入っている。ま、これは美保純が出ているからだろう。美保純はあの外見からはちょっと想像がつかない文学少女っぽい側面があって好きだった。

2012/04/11(水)「博奕打ち 総長賭博」

 公開当時は映画評論家から黙殺されたが、1年後に三島由紀夫が絶賛して評価が高まった。というのはよく知られた話。山下耕作監督の代表作であり、任侠映画を代表する作品でもある。笠原和夫の脚本の力も大きい。

 有名なのは和田誠「お楽しみはこれからだ」でも取り上げられた以下のセリフだ。主人公の中井信次郎(鶴田浩二)が、叔父貴分の仙波多三郎(金子信雄)を殺そうとする場面。仙波が天竜一家の解散を画策したために跡目争いが起こり、多くの人間が死ぬことになったのだ。

「仙波、こいつからなにもかも聞いたぜ。てめえのためにみんな死んだ。今度はてめえの番だっ」
「中井、てめえ、叔父貴分の俺に向かってドスを向けるのかよ。てめえの任侠道ってのはそんなもんなのかっ」
「任侠道? そんなものは俺にはねえ。おらあ、ただのケチな人殺しだ。そう思ってもらおう」

 任侠映画のパターンを壊すこのセリフが後の「仁義なき戦い」に発展していったのだろう。金子信雄の役柄も「仁義なき戦い」の“山守のおやっさん”を彷彿させる。

 「博奕打ち」シリーズは鶴田浩二主演という点は共通しているが、主人公の名前はすべて異なる。こういうシリーズも珍しい。WOWOWが「鶴田浩二特集」の枠で取り上げたシリーズは以下の通り。かっこの後にあるのは主人公の名前。

 第1作「博奕打ち」(1967年 監督:小沢茂弘 脚本:小沢茂弘、村尾昭、高田宏治)海津銀次郎
 第2作「博奕打ち 一匹竜」(1967年 監督:小沢茂弘 脚本:小沢茂弘、高田宏治)相生宇之吉
 第3作「博奕打ち 不死身の勝負」(1967年 監督:小沢茂弘 脚本:小沢茂弘、高田宏治)朝倉常太郎
 第4作「博奕打ち 総長賭博」(1968年 監督:山下耕作 脚本:笠原和夫)中井信次郎
 第5作「博奕打ち 殴り込み」(1968年 監督:小沢茂弘 脚本:笠原和夫)小嵐幸次郎
 第6作「いかさま博奕」(1968年 監督:小沢茂弘 脚本:村尾昭、高田宏治)明石常次郎
 第7作「必殺博奕打ち」(1969年 監督:佐伯清 脚本:棚田吾郎)保科金次郎
 第8作「博奕打ち 流れ者」(1970年 監督:山下耕作 脚本:鳥居元宏、志村正浩)舟木栄次郎
 第9作「札つき博徒」(1970年 監督:小沢茂弘 脚本:笠原和夫、志村正浩)柏木竜次/大島良平
 第10作「博奕打ち いのち札」(1971年 監督:山下耕作 脚本:笠原和夫)相川清次郎
 第11作「博奕打ち外伝」(1972年 監督:山下耕作 脚本:野上龍雄)江川周吉

 キネ旬の「日本映画作品全集」やWikipediaにはシリーズは10作と書いてあるが、これは間違いのようだ。「博奕打ち」がタイトルに含まれない「札つき博徒」をシリーズに入れるかどうかの違いで、キネマ旬報映画データベースや東映チャンネルでは「札つき博徒」が9作目と明記してある。