2003/11/14(金)「g@me.」

 「ストックホルム症候群って聞いたことあるか。…じゃあ、吊り橋の恋って知っているか」。キスを迫る葛城樹理(仲間由紀恵)にたじたじとなって佐久間俊介(藤木直人)がこう話す。ストックホルム症候群とは言うまでもなく、人質と犯人(誘拐犯、立てこもり犯など)が長時間一緒にいるうちに親密な関係になることだ。

 この映画では、ふとしたことから狂言誘拐をする羽目になった男女がだんだん愛し合うようになる。このセリフの前に佐久間は病気の父親が自分を預かっている親戚に「すみません、すみません」と言いながら死んだ過去を話している。樹理もまた母親が亡くなったために母の愛人だった父親の家に居候している。樹理がキスを迫るのはどちらも同じような境遇にあり、共犯者意識が愛情に変わり、共感も加わってという単純なことでは実はないのだが、こういう背景をチラリと紹介してキャラクターに厚みを与えているのがうまいところで、この全編ゲームのような映画の中に一片の真実が立ち上がってくる。

 ストーリーが二転三転するという邦画では珍しく都会的なミステリで、それが必ずしもうまくいっていず、2時間ドラマ並みの描写に陥る部分があるにせよ、まず楽しめる作品に仕上がっている。仲間由紀恵の情感たっぷりの演技がとても良く、大女優になる素質ありと再確認した。

 佐久間は広告代理店のやり手のクリエイター。ミカドビールの新商品キャンペーンで30億円を投じるコンサートを企画したが、ミカドビール副社長・葛城(石橋凌)の反対でキャンペーンは潰される。その夜、怒りにまかせて葛城邸に行った佐久間は塀から女が飛び降りるのを見る。女は葛城の娘樹理だった。樹理の母親は葛城の愛人で、樹理は母親が死んだために葛城に引き取られていた。義理の母も妹も樹理とは仲が悪く、樹理は家を出たいと考えていた。樹理は佐久間に「私を誘拐しない」と持ちかける。狂言誘拐で身代金3億円を要求しようというのだ。佐久間は誘拐計画を練り、フリーメールで脅迫状を出す。計画はうまくいき、3億円は手に入ったが、2人はいつの間にか恋に落ちていた。

 ここから映画は二転三転していくが、基本にあるのは佐久間と樹理の関係である。「なぜ、一緒に逃げようって言ってくれないの」という樹理の願いに佐久間はこたえられない。若い男と駆け落ちした母親とみじめな父親を見て育った佐久間は、人生は勝つか負けるかのゲームだと考えており、誘拐計画を成功させるために私情を挟むわけにはいかないのだ。だから身代金を手に入れたら、樹理とは別れるしかない。という風な部分を映画は深くは描いていないが、そういう背景はあり、ここを描き込んだらもっと見応えのある映画になっていたのではないかと思う。ただ、観客を気持ちよく騙してくれて、ラブストーリーとしてもうまくまとめているところは評価できる。決着の付け方には異論もあるが、この映画の軽いタッチからすれば、まあ仕方ないだろう。

 原作は東野圭吾「ゲームの名は誘拐」。監督は昨年、キワモノ的な題材「ミスター・ルーキー」を手堅くまとめた井坂聡。傑作と言い切れないもどかしさがあるけれど、まったく期待していなかった分、面白く見た。