2022/09/18(日)「川っぺりムコリッタ」ほか(9月第3週のレビュー)

「川っぺりムコリッタ」は荻上直子監督の「彼らが本気で編むときは、」以来5年ぶりの作品。荻上監督は同じ物語の小説版も出していますが、元々、映画にするつもりで脚本を書き、それを小説化したそうですから、西川美和監督がやってる方式と同じですね。

主人公の山田たけし(松山ケンイチ)は北陸にあるイカの塩辛工場で働き始め、社長(緒形直人)から紹介された「ハイツムコリッタ」という川の近くに立つ平屋の古い安アパートで暮らし始める。無一文に近い状態でやってきた山田のささやかな楽しみは風呂上がりの良く冷えた牛乳。ある日、隣の部屋の島田幸三(ムロツヨシ)が風呂を貸してほしいと上がり込んできた。これまで孤独に生きてきた山田は人と関わらず、ひっそり暮らしたいと思っていたが、夫を亡くした大家の南詩織(満島ひかり)、息子と二人暮らしで墓石を販売する溝口健一(吉岡秀隆)らムコリッタの住人たちと関わりを持つようになる。そして、山田の前歴が明らかになる。

塩辛と味噌汁でご飯を食べていた山田の部屋に、「ご飯ってさあ、一人で食べるより誰かと食べた方が美味しいよね」と言いながら自分で作ったキュウリとトマトを持って島田が押しかけ、一緒に食べるシーンなど荻上映画に重要な食事のシーンがこの映画でも大きな部分を占めます。

「かもめ食堂」(2005年)など初期の荻上映画に僕はあまり興味を持てませんでしたが、この映画はしみじみと良かったです。出てくる人たちは皆裕福ではありません。不遇な育ちをしてきた山田は白米と少しのおかずでご飯が食べられて、孤独ではないことに小さな幸せを感じるようになります。そうした小さな幸せの大切さが今回も綴られていきます。

松山ケンイチもムロツヨシもピッタリの役柄と思わせる好演でした。ムコリッタ(牟呼栗多)は仏教における時間の単位のひとつで、1日の30分の1(約48分)の意味だそうです。

「ヘルドッグス」

ハードな潜入捜査官もので、深町秋生の原作を原田眞人監督が映画化。関東最大のヤクザ組織・東鞘会への潜入を命じられた兼高(岡田准一)は凶暴なサイコボーイ、室岡(坂口健太郎)と狂犬コンビを組み、組織での存在を大きくしていく。会長十朱(MIYAVI)のボディガードとなるが、兼高が潜入捜査官との疑いがかけられる。

岡田准一は「ザ・ファブル」シリーズで見せたように格闘系とアクロバティック系の両方のアクションができますが、今回は格闘系がメイン。格闘デザイン、殺陣も担当しています。ホステスのルカ(中島亜梨沙)が敵対組織から送られた女殺し屋の正体を現す中盤が最高の展開。それ以降のアクションもファンには満足できる内容でした。組織に恨みを持つ人物たちが一斉にそれぞれに攻撃を仕掛けていくクライマックスは感動もの(そういう人物が多すぎるかな、という気もします)。脇を固める北村一輝、金田哲と大竹しのぶ、松岡茉優、木竜麻生の女優陣も良いです。

英語タイトルは「HELL DOGS IN THE HOUSE OF BAMBOO」。原田監督が影響を受けたサミュエル・フラー「東京暗黒街 竹の家」(1955年、原題House of Bamboo)を参照する形になってます。

「HiGH&LOW THE WORST X」

ハイローシリーズと高橋ヒロシ原作の人気コミック「クローズ」「WORST」のクロスオーバー作品の第2弾。高校生が縄張り争いで喧嘩ばかりしている映画です。

過去のハイローシリーズ全部を見ているわけではありませんが、劇場版2作目の「HiGH&LOW THE MOVIE 2 END OF SKY」(2017年)はアクションにキレがあって良い出来でした。今回もアクション目当てに見ましたが、特に目立ったところはなし。アクションが普通なら、話に凝れば良いのに、ありきたりの展開でした。

あまり意味があるとは思えませんが、女性を画面に出さない方針なのか、病院の看護師も声だけで姿を見せませんでした。監督は脚本でシリーズに関わってきた平沼紀久。総監督にクレジットされている二宮“NINO”大輔はミュージックビデオやCM制作の映像作家だそうです。

「プアン 友だちと呼ばせて」

「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」(2017年)のバズ・プーンピリヤ監督作品。ニューヨークでバーを経営するボス(トー・タナポップ)に、バンコクの友人ウード(アイス・ナッタラット)から数年ぶりに電話が入る。ガンで余命宣告を受け、元恋人たちを訪ねる旅の運転手を頼みたい、というのだ。2人は古いBMWで元カノたちを訪ねていく。

予告編では「クライマックスから、もう一つの物語が始まる」と字幕が出ました。その通り、2人の過去に関わる別の話が始まります。このパートが長すぎて、しかも感傷過多で僕はうんざりしました。

字幕ではウードの病気はガンとしか出ませんが、公式サイトによると、白血病となってます。途中で吐血するシーンがあるので胃ガンなど内臓系のガンかと思ったんですけどね。ウードは化学療法を拒否している設定なのに、なぜか毛髪が全部抜けてるというのも疑問でした。そういう細部も含めて脚本に難があり、語り方もうまくありません。

製作はウォン・カーウァイ。元カノの一人を「バッド・ジーニアス」のチュティモン・ジョンジャルーンスックジンが演じてます。IMDb7.3、ロッテントマト67%。

「ビリーバーズ」

山本直樹の原作コミックを城定秀夫監督が映画化。宗教的な団体「ニコニコ人生センター」に所属する2人の男と1人の女が団体のプロジェクトで無人島での共同生活を送っていたが、女をめぐる性的感情や外界からの侵入者らによって乱され、徐々に本能と欲望をあらわにしていく、という物語。主人公のオペレーターに磯村勇斗、議長を宇野祥平、副議長を北村優衣が演じています。

映画を見た後に原作のKindle版を読んだら、驚くほど忠実でした。原作にはこの団体の成り立ちも説明してありますが、なくても支障はありません。低予算の映画かなと思っていたので、クライマックス、多数の信者が登場するモブシーンは意外でした。ここで団体の先生を演じているのは原作者の山本直樹です。

原作は1999年に連載され、上下2巻にまとまっています。宗教的団体として山本直樹がイメージしたのはオウム真理教のほか、連合赤軍とガイアナで信者900人以上が集団自殺した人民寺院だったそうです。

北村優衣は意図しないサークルクラッシャー的役回りになります。DVの夫から逃げて団体に入った設定なので、撮影時21歳の北村優衣は若すぎる感もありますが、男2人の心を乱す存在として十分に魅力的でした。城定監督得意のエロス表現も演じきっています。

原作には続編「安住の地」があるそうですが、絶版で古書しか手に入りません。これも電子書籍化してほしいところです。