2022/09/11(日)「マルケータ・ラザロヴァー」ほか(9月第2週のレビュー)

「マルケータ・ラザロヴァー」は1967年、チェコのフランチシェク・ヴラーチル監督作品で今回が日本初公開。公式サイトには「『アンドレイ・ルブリョフ』(’71年/アンドレイ・タルコフスキー監督)、『七人の侍』(‘54年/黒沢明監督)などと並び評され」とあります。

これから見る人にお勧めするのはどういうストーリーかを事前に頭に入れておくことです。チェコでは広く知られた原作らしいですが、登場人物が多く、劇中での説明も十分とは言えないので予備知識がないと理解しにくくなっています。

13世紀のボヘミア王国が舞台。ロハーチェックの領主で残虐な盗賊でもあるコズリークの息子ミコラーシュとアダムは凍てつく冬の日、遠征中の伯爵一行を襲撃、伯爵の息子クリスティアンを捕虜にする。王は捕虜奪還とロハーチェック討伐を試み、元商人のピヴォを指揮官とする精鋭部隊を送る。オボジシュテェの領主ラザルには修道女になる予定の娘マルケータがいた。ミコラーシュは王に対抗するため同盟を組むことをラザルに持ちかけるが、ラザルはそれを拒否。ラザル一門に袋叩きにされたミコラーシュは報復のためマルケータを誘拐し、陵辱する。部族間の争いに巻き込まれ、過酷な状況下におかれたマルケータは次第にミコラーシュを愛し始める。

2章構成の2時間46分。キリスト教と異教、人間と野生、愛と暴力に翻弄される人々を描いた叙事詩と言われますが、その本領は第2章の方です。愛と暴力、特に暴力がたっぷり。ただし、アクション描写で言えば、黒澤明と比較するのは無茶でしょう。矢が刺さるシーンだけ取っても、「蜘蛛巣城」のクライマックスには及ぶべくもありません。

黒澤の「七人の侍」はシンプルな物語をエンタメ方向に突き詰めることで芸術の域にまで昇華しましたが、「マルケータ・ラザロヴァー」はそれに至ってはいません。また、この映画以上に登場人物が多く、愛と暴力、人間と野性の描写も圧倒的に多いドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」のような作品を見てきた今の観客にとって、この映画がアピールする部分は多くはないと思います。あくまでも55年前に絶賛されたクラシック作品として見るのが良いのでしょう。IMDb7.9、ロッテントマト100%。

「三姉妹」

韓国ソウルに暮らす三姉妹の物語。3人の現在の生活を代わる代わる描いていく構成は単純ですが、3人はいずれも小さくはない問題を抱えています。

長女ヒスク(キム・ソニョン)は別れた夫の借金を返しながら、小さな花屋を営んでいますが、最近、一人娘がバンドに入れあげて反抗期。自身もガンに侵されていることが分かります。次女ミヨン(ムン・ソリ)は熱心に教会に通う信徒ですが、大学教授の夫(チョ・ハンチョル)が若い女と浮気していることを知ります。劇作家の三女ミオク(チャン・ユンジュ)はスランプで脚本が書けず、酒浸りで夫に当たり散らす毎日。

音楽もなく、3人の日常を綴る中盤までは硬質の手ざわりで、同じく三姉妹の葛藤を描いたウディ・アレンの「インテリア」(1978年)を思わせました。父親の誕生日を祝うため三姉妹は久しぶりに実家で顔を合わせ、そこで現在の不幸の原因となるものが明らかになります。珍しくはない理由ではあるものの、イ・スンウォン監督の演出は的確で、見応えのある傑作となっています。

深刻なだけではなく、三女の人の良い夫を巡る描写などユーモアのある場面もあり、通俗的大衆的な面を備えています。僕が見た時は中高年女性客でいっぱいでした。女性を描いた韓国映画は受けるんでしょうか。

「こちらあみ子」

今村夏子の原作を第1回監督作品となる森井勇佑監督が映画化。原作のあみ子は軽い知的障害がある女の子のようですが、オーディションで選ばれた大沢一菜(かな)はまったく自然にあみ子役を演じきっています。

広島に暮らす小学5年生のあみ子は少し風変わり。優しいお父さん(井浦新)、一緒に遊んでくれるお兄ちゃん(奥村天晴)、書道教室の先生で妊娠しているお母さん(尾野真千子)、憧れの同級生のり君(大関悠士)など、たくさんの人に見守られながら元気いっぱいに過ごしていた。しかし、あみ子の悪気のない行動が不幸な事態を引き起こしてしまう。

タイトルはあみ子がおもちゃのトランシーバーで「こちらあみ子、こちらあみ子、応答せよ」と話すシーンに由来します。映画独自のエピソードもありますが、物語の流れは原作に忠実で、これができたのは大沢一菜の存在が大きいでしょう。尾野真千子は「サバカン SABAKAN」とは違ったタイプの母親(継母)を演じ、中盤、深くショッキングな悲しみから崩折れるシーンでさすがの演技を見せています。大沢一菜はその姿を間近で見て「演技って本当に泣くんだ」と思ったそうです。

「百花」

東宝のプロデューサーで作家の川村元気による初監督作品。自身の小説を自身で脚本化(平瀬謙太朗と共同)しています。認知症にかかった母親(原田美枝子)と息子(菅田将暉)を巡る物語。話自体は良いのだと思いますが、映画としては焦点が定まらず、画面構成にも難があり、平凡な出来に終わっています。

作家として、プロデューサーとしての力に比べると、監督としての力量はまだ不足気味です。だいたい、原田美枝子よりも菅田将暉よりも、物語の中心から少し離れた位置にある役柄の長澤まさみが一番魅力的なのは困ったものです。2作目で捲土重来を果たして欲しいところ。