2022/09/04(日)「破戒」ほか(9月第1週のレビュー)

「破戒」は島崎藤村原作の60年ぶり、恐らく4回目の映画化。なぜ今ごろ「破戒」を映画化するのか疑問でしたが、全国水平社創立100周年記念なのだそうです。

明治後期、信州の被差別部落に生まれた主人公・瀬川丑松(間宮祥太朗)は父親(田中要次)から、「絶対に身分を明かしてはいけない」と戒めを受けた。小学校教員となった丑松は同じく被差別部落に生まれた運動家・猪子蓮太郎(眞島秀和)の著書を読み、影響を受ける。やがて学校で丑松が被差別部落出身であるとの噂が流れる。さらに猪子が政敵の放った凶刃により壮絶な死を遂げた。丑松は追い詰められ、父の戒めを破り、素性を教室の子供たちに打ち明けてしまう。

原作の忠実な映画化と言って良い作品ですが、部落出身と分かっただけで宿を追い出して畳替えをしたり、職を追われたりする当時の差別の激しさを改めて見せられると、主人公が出自を隠さなければならないことも納得できます。差別する側の俗物ぶりは類型的な悪役に近い描き方で、現代に通じるものになっています。古めかしい内容ではありません。

良かったのは終盤、丑松が同僚の土屋銀之助(矢本悠馬)に自分の出自について語る場面。丑松とは師範学校時代からの親友である銀之助は丑松の前で部落出身者への差別的言動もしてきましたが、親友がそうであると知ってそれまでの言動を詫び、丑松を支えようとします。矢本悠馬の軽さと明るさはこの深刻な映画の息抜きであり、温かさになっています。

低予算の映画かと思ったら、出演者は豪華で、丑松が思いを寄せる下宿先の寺の養女・志保に石井杏奈、住職に竹中直人、校長に本田博太郎、部落出身で事業に成功した男に石橋蓮司。このほか高橋和也、大東駿介、小林綾子らが出演。

KINENOTEで「破戒」を検索すると、7本の映画が出てきますが、このうち1929年版はアメリカ映画、1974年版は韓国映画で藤村とは無関係。1913年版はスタッフ、キャスト等不明で、日活製作ということしか分かりません。もうフィルムは残っていないでしょうし、確認しようがありません。

1946年版は阿部豊監督、池部良主演。1948年版(キネ旬ベストテン6位)は木下恵介監督で、これも池部良主演。1962年版(キネ旬ベストテン4位)は市川崑監督、市川雷蔵主演。KINENOTEの採点は順番に70点、71.2点、73.8点となっています。今回の映画は最も高い78.7点。といっても映画は時代によって評価が異なるものですから、点数評価で過去の映画と単純な比較はできません。監督は前田和男。

「さかなのこ」

自伝的エッセイ「さかなクンの一魚一会 まいにち夢中な人生!」を基に「子供はわかってあげない」「おらおらでひとりいぐも」の沖田修一監督が映画化。主人公のミー坊はさかなクンそのままではありませんが、モデルにはしていて、なぜ男役をのんが演じるのかが最初の疑問でしょう。映画の冒頭には「男か女かはどっちでもいい」とその疑問に答えるような字幕が出ます。

監督はパンフレットに「かなり早い段階で、主役のミー坊を、のんさんにやってもらおうと考えていた。さかなクンを描くのに、性別はそれほど重要ではないと思っていたからだ。むしろ、他の人で、このミー坊役ができそうな人を探すほうが、難しかった」と書いています。なぜかという答にはなっていませんが、シネマトゥデイのインタビューでは「(二人は)不思議と似ている」と答えており、透明感があることと、どこか浮世離れしたところが共通しているからなのではないかと思います。

映画は沖田監督らしいほんわかした雰囲気で、のんにもまったく違和感がありません。監督が言うように、のん以外の誰がこの役をできるか、思いつきません(のん自身も、そう言ってます)。

純粋・一途を絵に描いたような主人公のキャラは「横道世之介」(2012年)に似ているという指摘があり、僕もそう思いました。魚以外に興味を持たず、成績も良くないミー坊を「この子はこのままでいいんです」とかばう母親役の井川遥も最高でした。ただ、上映時間2時間19分はもう少しコンパクトにした方が良かったかなと思います。

「異動辞令は音楽隊!」

「ミッドナイトスワン」の内田英治監督によるオリジナル脚本の作品。タイトル通りの内容で意外性はありませんが、随所に描写のうまさが光る作品になっています。

ただ、説得力が足りないと思える部分もあるのが残念なところ。30年間刑事を務めてきた主人公(阿部寛)が異動先に不満たらたらだったのに、いつの間にか音楽隊の中心的存在になるのは何か決定的なエピソードを用意したいところでした。

もう一つ、警察音楽隊は存在意義が薄いとして廃止されそうになりますが、一転して存続が決まる理由が音楽隊の意義とは関係がなく、こういう理由だと、将来的に廃止の話が再燃してくる可能性大です。

阿部寛は安定した演技を見せているほか、子持ちでバツイチ間近のトランペット奏者役・清野菜名が良いです。

「ブレット・トレイン」

伊坂幸太郎「マリアビートル」の映画化。仕事に復帰した殺し屋レディバグ(ブラッド・ピット)は超高速列車でブリーフケースを奪うという指令を受けるが、列車に乗り込んだ彼に殺し屋たちが次々と襲い掛かってくる、という話。

監督は「ワイルド・スピード スーパーコンボ」「デッドプール2」などユーモラスな作品が得意なデヴィッド・リーチで、今回の映画もコメディタッチのアクション、というよりほとんどスラップスティックになっています。「大陸横断超特急」(1976年、アーサー・ヒラー監督)を思い起こさせる作品ですね。

それにしてもいくらなんでもこの列車、人が乗ってなさすぎだろ、と思ったら、終盤、ある人物が「全席買い取った」と話します。いや、自由席は事前には買えないでしょ。全席指定席の列車なのか。

IMDb7.5とまずまずですが、演出の緩さが目立つためか、メタスコア49点、ロッテントマト54%とプロからは厳しい評価となっています。