2022/08/28(日)「アキラとあきら」ほか(8月第4週のレビュー)

「アキラとあきら」は池井戸潤原作を三木孝浩監督が映画化。同じ名前を持つ同期の銀行員2人の苦闘を熱いタッチで描く感動作となっています。同じ原作で2017年に傑作ドラマ(斎藤工、向井理主演、水谷俊之・鈴木浩介演出)を作ったWOWOWが製作に加わり、ドラマ同様の成功を収めることになりました。全9話トータル約7時間半のドラマ版と同じ感動を受ける映画であり、上映時間2時間8分とドラマより5時間余り短いにもかかわらず、描写不足は感じられません。

山崎瑛(竹内涼真)の父親の町工場は銀行の支援を受けられず倒産。瑛は銀行に憎しみを持っていたが、ある銀行員の真摯な行動を見て考えを改め、志を持ってメガバンクの産業中央銀行に入る。大企業・東海郵船の社長を父に持つ階堂彬(横浜流星)は次期社長の椅子を蹴って同じく産業中央銀行へ。2人は入行研修で頭角を現し、将来を嘱望される。しかし、山崎は融資を担当した町工場を救おうとして損失をもたらしたことが問題視され、地方の支店に飛ばされる。順調に出世していた階堂はリゾートホテルの運営に失敗した東海グループの危機を救うため東海郵船の社長に就任。支店で実績を上げて本店に戻った山崎は東海グループの担当になり、階堂とともにグループの再建に乗り出す。

池井戸潤はパンフレットのインタビューで脚本の良さを指摘しています。「まず、シナリオがとてもよく練られていましたよね。原作では長く書いている主人公ふたりの子ども時代のエピソードを必要最小限に抑えて、そのエピソードを、青年時代を描く中で上手に使っている。ひとつひとつの台詞が生きていて、かつ有機的に結びついている。ここまで完成度の高い脚本には、めったにお目にかかれません」

脚本の池田奈津子は主にテレビドラマで活躍してきた人で映画は3作目ですが、過去2作(「映画 楼蘭高校ホスト部」「4月の君、スピカ。」)で高い評価は得ていません。今回は監督の助言・協力もあったのだと思いますが、物語のエッセンスを漏れなく盛り込んでかなりうまい脚色となっています。

真っ当に真正直に自分の理想を貫く生き方を「青臭い」などと冷笑せず、全力で肯定した作品であり、地道にコツコツと努力を重ねながらも十分に報われていない人を鼓舞する作品でもあります。フランク・キャプラの昔からたいていの人はそういう物語が好きなのであり、そういう物語が好きな人はこの夏、最も見逃してはいけない作品と言えるでしょう。

主演の2人も良いですが、宇野祥平、塚地武雅、杉本哲太、満島真之介らがそれぞれに胸を打つ演技を見せています。朝ドラ「ちむどんどん」であがり症のためうまく歌えない歌手志望の三女を演じる上白石萌歌は颯爽とした女性銀行員を演じて名誉を大きく挽回しました。

三木孝浩監督のこの夏の3本の映画は「TANG タング」がフツーの仕上がりだったものの、「今夜、世界からこの恋が消えても」と「アキラとあきら」は水準を大きく超える出来で、言わば2勝1分け。3本とも違うジャンルの映画を作ってこの打率の高さは大したものだと思います。

「NOPE ノープ」

「ゲット・アウト」「アス」のジョーダン・ピール監督によるSFスリラー。牧場経営で生計を立てる一家の長男OJ(ダニエル・カルーヤ)は家業をサボって市街に繰り出す妹エメラルド(キキ・パーマー)にウンザリしていた。ある日、空から異物が落ちてきて、父親が死ぬ。飛行機からの部品落下と思われたが、OJは父の死の直前、雲に覆われた巨大な飛行物体のようなものを目撃していた。兄妹は飛行物体の証拠を収める動画を撮影しようとする。

という表面的なストーリーはよく分かるんですが、映画は同時に子役出身で今はテーマパークを運営するリッキー・“ジュープ”・パク(スティーヴン・ユァン)の姿を描きます。リッキーは子供の頃、本番中におぞましい体験をします。一緒に出ていたチンパンジーが出演者を惨殺するんです。

これがどういう意味なのか、パンフレットの解説読まないと僕には分かりませんでした。チンパンジーはアジア人(イエロー・モンキー)の比喩なのだそう。加えて史上初の映画に出ていた黒人や映画に貢献した多くの人たちを無視してきた映画史への抗議がこの映画にはあるのだそうです。

そのあたりが分かりにくいのがこの映画の弱さで、メタスコアこそ77点の良好な評価ですが、IMDb7.3、ロッテントマト83%という微妙な評価となっている要因と思えます。こっちの知識が乏しいのも悪いんですけど、解説読まなくても分かる映画を目指してほしいものです。

「ボイリング・ポイント 沸騰」

ロンドンの高級レストランを舞台に、95分間ワンショットで撮影したドラマ。長回しは時に有効な撮影手法ですが、全編をワンショットで撮ることに大きな意味はありません。ヒッチコックが「ロープ」(1948年)を撮った時は10分ぐらいで撮影フィルムの交換が必要でしたから全編ワンショットのような撮影に挑戦することは面白い試みでした。

デジタルカメラの今は2時間でも3時間でも連続撮影できますから、全編ワンショットに監督の自己満足以外の意味を見いだすことが難しくなっています。

というわけでこの映画、カットを何とか続けるために出演者の後をカメラがノコノコ着いていくという無駄で無意味な場面を観客は何度も見せられることになります。さっさとカットを割って話をつないだ方が緊張感は持続するでしょう。

レストランの従業員と客のさまざまなドラマを織り込んだ物語自体は面白く見ましたが、無理の目立つ撮影技法に拘泥するような映画を高く評価する気にはなれません。IMDb7.5、メタスコア73点、ロッテントマト99%。

「バイオレンスアクション」

酷評が多いので期待せずに見ました。そんなに貶すほど悪くない、というのが第一感。もちろん、同じような若い女の子の殺し屋が主人公の「ベイビーわるきゅーれ」のアクションに比べると、話にならないレベルですが、「ベイビーわるきゅーれ」で感じた主役2人の演技の稚拙さが少なくともこの映画にはなかったです。

アクション場面は編集でなんとかするという作りで、橋本環奈にアクションができない以上、きちんとその代わりができるスタント、吹き替え役を用意したいところでした。いや、吹き替え役はいるんですが、あまり効果的に使われてないです。撮り方もうまくありません。

監督の瑠東東一郎は「劇場版 おっさんずラブ ~LOVE or DEAD~」などの作品があります。ドラマの演出も多く、昨年のNHKよるドラ「古見さんは、コミュ症です。」(増田貴久、池田エライザ主演。ああ、そう言えば、これにも城田優が出てました)はおかしくて良い出来でした。コメディが得意な監督なんじゃないかと思います。

「1640日の家族」

1歳半から4年半育てた男の子を実の父親に返すことになった家族の物語。見ながらチャップリンの「キッド」(1921年)を思い出しました。パンフレットを読んだらファビアン・ゴルジュアール監督はプロデューサーから「キッド」「クレイマー、クレイマー」「E.T.」の3本を見るように勧められたそうです。やっぱり。

制度を批判する社会派作品ではなく、情緒的タッチで映画化したのがポイントで、泣かせる力では「キッド」にはかないませんが、良い映画でした。日本の特別養子縁組制度だったら、この映画のような問題は起きないでしょう。しかし本当の親をまったく教えない(里親にも知らされない)のが良いことなのかどうか。フランスの制度は柔軟と言えますが、運用面では硬直化したところもあるようです。里子や養子をめぐる問題はどんな制度も完全ではないな、と思わせます。