2022/08/07(日)「ナワリヌイ」ほか(8月第1週のレビュー)
ナワリヌイと妻ユリヤは美男美女の夫婦で映画のビジュアルとして満点。ロシアで人気があるのは、2人の容姿も影響してるんじゃないかと思えました。プーチン側は明らかに悪役の人相ですからね。
社会派の内容というよりエンタメ方向に振った映画ですが、内容と出演者のビジュアルからそうならざるを得なかったのかもしれません。危険を覚悟の上でロシアに帰国するナワリヌイを描く終盤は感動的で、収監されたナワリヌイの無事を祈らずにはいられません。監督は「ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった」(2019年)のダニエル・ロアー。IMDb7.4、メタスコア82点、ロッテントマト99%。
「私のはなし 部落のはなし」
「部落差別」の歴史と現状に迫るドキュメンタリーで3時間25分の作品。監督の満若勇咲は大阪芸大時代、兵庫県内の食肉センターを題材にしたドキュメンタリー「にくのひと」(2007年)を撮り、都内のミニシアターでの公開が決まりましたが、部落解放同盟からの中止要請で上映を断念した経験があります。それがこの映画を作る動機にもなっています。被差別部落とされた地区は全国に約5400カ所あり、全人口の1.5%が部落民とされるそうです。映画は被差別の当事者に「私のはなし」として部落差別の現状を話してもらい、静岡大の黒川みどり教授に部落問題の歴史を解説してもらう構成を取っています。もう少し短くした方がより多くの人に見てもらえそうですが、部落問題を正しく知る映画としては十分に機能しています。
映画の中で「寝た子を起こすな」という議論が取り上げられます。何も知らなければ、差別意識は生まれず、知ったことで差別が生まれるとの恐れからです。かつて、水道もゴミ収集も汲み取りもないバラックが立ち並んだ被差別地区は同和対策事業によって外観は他の地区と変わらなくなり、境界線もあいまいになりました。それでも差別が残るのは以前の姿を知っていたり、親などから教えられたからでしょう。
その意味でこの映画にも「寝た子を起こす」副作用があることは避けられません。一方で全国の被差別部落の地名を記載し、就職差別の要因となった「部落地名総鑑」は1975年に回収・焼却処分され、その復刻版をめぐっても裁判でプライバシーの侵害に当たるとして出版差し止めとネット上での公開禁止処分が下されました。これは憲法が明記する「知る権利」との絡みでどうなのかとも思います。
アメリカの黒人差別とは違って、民族的な差異が要因ではないので同和地区が同質化していけば、差別も解消されていくのではないかと思いますが、部落差別を身近に感じてこなかった人間の浅い考えなのかもしれません。
「あなたの顔の前に」
ホン・サンス監督の長編26作目。アメリカで暮らしていた元女優のサンオク(イ・ヘヨン)が韓国に帰国する。母親が亡くなって以来、久しぶりに妹と再会を果たすが、帰国の理由を明らかにしようとしない。映画への出演を依頼した映画監督との会話で その理由が明らかになっていく、という展開。登場人物の会話をフィックスの長回しで撮影するのは前作「逃げた女」も同じでしたが、今回はイ・ヘヨンの名演に加えて脚本が良く、ホン・サンス作品の中でも高い評価を得ています。理由が明らかになった後の監督の申し出も、会話の中で徐々にそうなんじゃないかと思えるもので、納得できました。その後の展開もうまいです。IMDb7.0、メタスコア87点、ロッテントマト92%。