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2022年08月21日の記事

2022/08/21(日)「サバカン SABAKAN」ほか(8月第3週のレビュー)

「サバカン SABAKAN」は1986年の長崎を舞台にした少年のひと夏の冒険と友情の物語。「スタンド・バイ・ミー」や「泥の河」に比肩する、とまでは言いませんが、それらに連なるタイプの良質の作品であることは確かです。

長崎県長与町に住む小学5年生の久田孝明(番家一路)は両親、弟と暮らしている。同じクラスの竹本健次(原田琥之佑、原田芳雄の孫だそうです!)は家が貧しく、クラスメートから避けられている。夏休みのある日、そのタケちゃんが「イルカを見にブーメラン島へ行こう」と久ちゃんを誘う。ブーメラン島は遠いので久ちゃんの自転車で2人乗りして行こうという計画だった。2人は島へ渡る海で溺れかけたり、ヤンキーに絡まれたり、散々な目に遭うが、この冒険をきっかけに友情を深める。しかし、夏休み最後の日、ある悲劇がタケちゃんの家を襲う。

この作品で長編映画監督デビューの金沢知樹は長崎県出身の48歳。芸人、構成作家、脚本家とキャリアを積み、故郷の長与町を舞台にした物語を作りたいという思いから、映画の元になる話をmixiやラジオドラマに書いてきたことが映画化につながったそうです。

監督はパンフレットで、1986年当時の自分と周囲の貧しさについて語っています。漁師だった父親が死んでスーパーで働く母親(貫地谷しほり)が5人の子供を育てるタケちゃんの家はボロボロで確かに貧しいんですが、1980年代の日本は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」のむちゃくちゃ豊かな時代でしたから、今のシングルマザーの経済状況よりは良かったのかもしれません。この映画のちょうど30年前を舞台にした「泥の河」の1956年よりもはるかにましではないかと思います。

何よりも田舎の町なので例えば、ミカン畑のおじさん(長崎出身の岩松了が絶妙)や、タケちゃんに「おい、負けんなよ」と声をかける青年(八村倫太郎)のように地域で子供を見守り育てる意識が出来上がっているのが良いところですし、久ちゃんの両親(竹原ピストル、尾野真千子が絶妙)もよく喧嘩してますが、基本的に温かく、善良な人たちです。

スーパーで子供が欲しがっていたカップケーキ数個入りのビニール袋を手に取った貫地谷しほりが価格を見て「300円かぁ」とためらっていると、同僚の店員が半額セールのシールを貼ってくれるのも良いシーンでした。

脚本の芸が細かいのは久ちゃんがタケちゃんから誘われる前に、宿題しながらアニメ「海のトリトン」を見ていること。シロイルカのルカーが活躍するこの名作アニメを見ていなかったら、タケちゃんがイルカを見に行こうと提案することも、久ちゃんが賛同することもなかったかもしれません。

同じような先行作品を思い起こさせるドラマであるにもかかわらず、この映画が優れているのはそうした細部のエピソードと登場人物のキャラをしっかり描きこんでいるからでしょう。長崎弁も耳に心地良く響き、エヴァーグリーンな作品になっていると思います。現在の久ちゃん(草彅剛)の回想で始まる映画ですが、同じ構成で個人的にはベタベタなノスタルジー気分に嫌気がさした「スタンド・バイ・ミー」のようなことにはなっていません。

こんなに良い映画なのに、公開初日1回目の上映で観客は3人だけ。タイトルから内容が分かりにくいのが難で、僕はコメディーかと思ってました。口コミ、ネットのレビューなどで良さが広まり、観客が増えてくれることを祈ります。

パンフレット(28ページ、880円)は劇場では販売されず、「スシロー」で販売(6600冊予定)。映画に出てくるサバ缶ずしも販売とのこと。完売次第終了だそうですが、おとり商法が問題となったスシローだけに今回は各店舗での販売状況の一覧がホームページに掲載されています。パンフレットの電子版(40ページ、1000円)は各電子書店で販売中。パンフの電子版は初めてだったのでamazonで購入しました。

「スープとイデオロギー」

この映画も観客3人でした。こちらはドキュメンタリーなのでそんなに多くの観客は望めないかもしれません。「かぞくのくに」のヤン・ヨンヒ監督が1948年、韓国・済州島で起きた虐殺事件(済州4・3事件)を体験した母親を描いた作品。

パンフレットによると、済州4・3事件は1948年4月、島民の武装蜂起に端を発し、3万人近くが犠牲になった事件。武装蜂起の理由は南の単独選挙、南北分断につながるこの選挙に対する抗議で、主体となったのは山部隊と呼ばれた共産主義政党の若手党員たちだったそうです。

母親は当時18歳。婚約者の医師も山部隊に参加し、その後、亡くなったことが分かっています。虐殺から逃れるため、母親は弟妹を連れて30キロを歩いて逃げました。

この記憶を母親は長く封印していましたが、大動脈瘤で入院した病院のベッドで娘である監督に語り始めます。済州島は韓国の領土内にありますが、この悲惨な体験から母親は韓国政府を信用せず、北朝鮮国籍を選択し、「帰国事業」で息子3人を北朝鮮に送り、借金してでも仕送りを続けることになりました。

母を連れて済州島の「済州4・3研究所」を訪ねた監督は研究員に対して「私は心の中で母を責めてきました。なぜ3人の兄を行かせるほど“北”を信じたのかと。でも4・3を知ったら母を責められなくて……」と涙を流して語ります。母親は事件について語り始めたころから認知症が進行し、映画では触れていませんが、今年1月に亡くなったそうです。

「ぼけますから、よろしくお願いします。」と同様に家族にカメラを向け、普遍性を持ち得た傑作だと思います。

「息子の面影」

メキシコのアメリカ国境付近の暴力を描いたメキシコ=スペイン合作映画。貧しい村で暮らすマグダレーナ(メルセデス・エルナンデス)の息子ヘスス(ファン・ヘスス・バレラ)は夢を求めて友人とアメリカを目指すが、2カ月たっても連絡がない。マグダレーナは息子を探して国境近くを探し始め、息子と友人の乗ったバスが何者かに襲撃されて、友人は殺されたことを知る。しかし息子の遺体はない。マグダレーナは息子を求めて1人で探し始める。

1時間39分の上映時間のうち1時間20分ぐらいは音楽も少なく、展開に起伏もなく、寝落ちしそうになりましたが、終盤に衝撃的な展開が待ってました。このエピソード、テーマの悲劇性をより強調し、極めて効果的なものになっています。

邦題はマグダレーナが途中で会う青年ミゲル(ダビッド・イジェスカス)が息子のヘススに似ていたことを指します。見つからない息子の代わりにこの青年と暮らすことになるのだな、というこちらの予想を軽く覆す展開でした。

サンダンス映画祭ワールドシネマドラマティックコンペティション部門審査員特別賞および観客賞、ロカルノ国際映画祭観客賞など受賞。IMDb7.3、メタスコア85点、ロッテントマト99%。

「蟻の兵隊」

旧日本軍の中国山西省残留問題の真相解明を追求するドキュメンタリーで2006年度キネマ旬報ベストテン15位。終戦75年の2020年から全国の劇場での再公開が始まりました。

主人公となる奥村和一さんは2011年に死去したそうです。池谷薫監督による「蟻の兵隊―日本兵2600人山西省残留の真相」(新潮文庫)は既に絶版。こういう本こそ電子書籍化してほしいものです。それと再公開にあたって、パンフレットも新しくしてくれると、良かったと思います。