2021/05/02(日)人を幸福にする傑作「街の上で」

 城定イハ(中田青渚)は自分の名字を説明するのに城定秀夫監督を例に出す(イハという変わった名前の説明はない。今泉力哉監督によると、スマッシュ・パンプキンズのギタリスト、ジェームス・イハから取ったそうだ)。城定秀夫は昨年7月に公開され、好評を集めた「アルプススタンドのはしの方」の監督だが、「街の上で」が当初予定の昨年5月1日に公開されていたら、「城定秀夫って誰?」状態の観客が多かっただろうし、いくら自主映画を撮っているスタッフ(大学生)であるにしても女の子が城定秀夫の名前を出すのはちょっと考えにくい。
「街の上で」パンフレット

 いや、もちろん城定監督はコアな日本映画ファンの間では以前から有名な監督ではあったのだけれど、「アルプススタンド…」以前だったら、名字の例として一般には通用しなかっただろう。主人公の若葉竜也とそれに絡む4人の女優が公開延期の1年の間に大きく成長して、公開延期が結果的に映画に客を呼ぶ力になったと今泉監督は公開初日の舞台あいさつで話したが、それは城定という名字にも言えることなのだった。何が言いたいかと言えば、この映画、公開延期が少しもマイナスにはならず、プラスになったということだ。本当に優れた映画は1年や2年、5年や10年寝かされても腐ることはない。

 下北沢に住み、古着屋で働く主人公・荒川青(若葉竜也)とその周辺の人たちの日常をユーモラスに描くという映画の作りはジム・ジャームッシュを思わせる。ジャームッシュと違うのは女優が極めて魅力的に撮られていることだ。映画撮影の打ち上げの飲み会で知り合ったその夜に、イハのアパートでイハと青はそれぞれの恋愛経験を話し込む。映画というのはカットを割るものだから、僕は長回しや長いカットをあまり評価しない。だが、この場面の固定カメラによる長いワンカット撮影はとても効果を上げていると思う。2人の話は微笑ましくておかしくて楽しい。話している本人たちの感情が観客に伝わってくるようだ。

 青は初めての恋人の川瀬雪(穂志もえか)に浮気された上に「別れたい」と言われて一方的にふられたばかりだったし、笑顔がキュートで関西弁のイハは過去に3人の男と付き合ったが、今はフリー。2人の間に恋が芽生えるのかと思わせるいい雰囲気で、この雰囲気を断ち切りたくないと思わせるのだ。

 古着屋にTシャツを買いに来たカップルのシーンなど、映画にはクスっと笑えるシーンが散りばめられているが、このアパートのシーンと登場人物の多くがそろい、男女関係の誤解と思いやりが爆笑を生むクライマックスはとても良く、映画の好感度を大いに高めている。脚本は今泉監督と漫画家の大橋裕之の共同。監督はこのクライマックスの削除も考えたが、大橋裕之が止めたそうだ。残して大正解で、こんなに笑ったシーンは最近ない。

 青に卒業制作の映画への出演を依頼する大学生で監督の高橋町子を演じるのは昨年7本の映画に出演し、成長著しい萩原みのり。古書店の店員・田辺冬子役に古川琴音。今泉監督は4人の女優にそれぞれの見せ場を作り、魅力を引き出している。「パンとバスと2度目のハツコイ」の深川麻衣や「mellow」の岡崎紗絵や「his」の松本若菜など監督の過去の映画にもこれは言えることで、女優はみんな今泉監督の映画に出たくなるのではないか。今泉力哉の映画は今、出演者と観客の双方を幸福にする映画になっている。

2021/04/26(月)アカデミー賞授賞式の“最後の一撃”

 驚いた。こんなことがあるのか。こんなに見事に決まった「最後の一撃」はめったにあることではない。第93回アカデミー賞授賞式は最後に発表された主演男優賞で大きな番狂わせが起きた。事前の予想では昨年8月に43歳の若さで亡くなったチャドウィック・ボーズマン(「マ・レイニーのブラックボトム」)の受賞が有力とされていたが、実際に受賞したのはアンソニー・ホプキンス(「ファーザー」)だった。

 インターネット・ムービー・データベース(IMDb)は主要6部門のファン投票による予測を事前に発表したが、主演男優賞はボーズマンが47%の票を集めてトップ。受賞したアンソニー・ホプキンス(「ファーザー」)は25%だった。他の5部門はいずれも予想通りの受賞結果になっている。ゴールデングローブ賞や全米映画俳優組合賞、放送映画批評家協会賞、ロサンゼルス映画批評家協会賞などアカデミー賞の前哨戦と言われる各賞でボーズマンは受賞していて、ボーズマン最有力の見方は動かなかった。

 授賞式で主演男優賞の発表は例年、後ろから数えて3番目に行われる。作品賞、監督賞の前だ。今年は作品賞が主演男女優賞の前に変更された。それだけではない。監督賞は序盤に発表された。おまけにこの1年間の映画関係の物故者をしのぶ「イン・メモリアム」では名優ショーン・コネリーを抑えてボーズマンが最後に紹介された。どう考えても今回の授賞式のメーンイベントは主演男優賞をボーズマンが受賞することだったのである。

 授賞式のプロデュースに加わったスティーブン・ソダーバーグ監督は「今回の授賞式を映画のように演出したい」と事前に話していた。授賞式の発表順変更は「映画のように演出した」結果だ。ボーズマン受賞の想定をメインに持ってこなければ、こんな衝撃はなかっただろう。新型コロナの影響でノミネート作品は地味なものが多かったし、授賞式自体も歌曲賞の披露がないなど、地味な印象だった。しかし、この「最後の一撃」によって今年のアカデミー賞は歴史と記憶に深く刻まれることになるだろう。

 受賞結果は以下の通り。発表順に並べた。
【脚本賞】
 エメラルド・フェネル「プロミシング・ヤング・ウーマン」
【脚色賞】
 クリストファー・ハンプトン、フロリアン・ゼレール「ファーザー」
【国際長編映画賞】
 「アナザーラウンド」(デンマーク)
【助演男優賞】
 ダニエル・カルーヤ「ジューダス・アンド・ザ・ブラック・メサイア(原題)」
【メイクアップ&ヘアスタイリング賞】
 「マ・レイニーのブラックボトム」
【衣装デザイン賞】
 アン・ロス「マ・レイニーのブラックボトム」
【監督賞】
 クロエ・ジャオ「ノマドランド」
【音響賞】
 「サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ」
【短編実写映画賞】
 「隔たる世界の2人」
【短編アニメーション賞】
 「愛してるって言っておくね」
【長編アニメ映画賞】
 「ソウルフル・ワールド」
【短編ドキュメンタリー賞】
 「コレット(原題)」
【長編ドキュメンタリー賞】
 「オクトパスの神秘:海の賢者は語る」
【視覚効果賞】
 「TENET テネット」
【助演女優賞】
 ユン・ヨジョン「ミナリ」
【美術賞】
 ドナルド・グレアム・バート、ジャン・パスカル「Mank マンク」
【撮影賞】
 エリク・メッサーシュミット「Mank マンク」
【編集賞】
 ミッケル・E・G・ニールセン「サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ」
【作曲賞】
 ジョン・バティステ、トレント・レズナー、アッティカス・ロス「ソウルフル・ワールド」
【歌曲賞】
 “Fight For You” 「ジューダス・アンド・ザ・ブラック・メサイア(原題)」
【作品賞】
 「ノマドランド」
【主演女優賞】
 フランシス・マクドーマンド「ノマドランド」
【主演男優賞】
 アンソニー・ホプキンス「ファーザー」

2021/04/24(土)構成が疑問の「るろうに剣心 最終章 The Final」

 「死ねない。死ぬわけにはいかない」

 京都所司代・見廻組の清里明良(窪田正孝)は、“人斬り抜刀斎”の異名を持つ緋村剣心(佐藤健)に斬られた後、必死の抵抗をする。雪代巴との祝言が控えていたからだ。清里は剣心の頬に切り傷を与えるが、とどめを刺されて絶命する。その壮絶な死に方と翌日、巴が清里の亡骸に泣き崩れる姿を見て、剣心は人斬りの仕事に疑問を覚える。「るろうに剣心」シリーズ第1作(2012年)で、剣心の回想として描かれたのが以上のエピソードだ。剣心がこの時受けた傷は縦1本。これがなぜ十字傷になったのかを描くのが今回の最終章2部作、「The Final」と「The Beginning」になる。
「るろうに剣心 最終章 The Final」パンフレット
 しかし「The Final」を見ただけではなぜ十字傷になったのかよく分からない。いや、巴がつけた傷であることは分かったが、経緯の説明が不足しているのだ。剣心が巴を斬殺するシーンもなぜこうなったのかが分からない。原作は巴の弟・縁(新田真剣佑)が剣心への復讐を図る「人誅(じんちゅう)編」とその中の「追憶編」に分かれているそうだ。これはうなずける構成で、要するに「追憶編」は回想なのである。「追憶編」の内容は次作で詳しく描くそうなので、今回は簡単に済ませたらしい。剣心に姉を殺された縁の復讐の動機が分かればいいという判断だろうが、これが「ドラマが希薄」という印象につながっている。

 アクションはいいけれども、ドラマが弱いというレビューが散見するのはそのためだ。話の時系列からすれば、「The Beginning」を先に見ておいた方がいいのだが、公開をあえて逆の順番にしたことに奇をてらう以上の理由があるとは思えない。撮影は時系列に沿って行ったそうだ。役者の演技を考えれば、過去を演じた上で現在を演じた方が感情を込めやすいから当然の措置と言えるだろう。だからこそこの2部作の構成には疑問を持たざるを得ない。脚本は監督の大友啓史が書いている。だれか、うまい脚本家の協力を得て、構成を練った方が良かったと思う。

 第1作の公開から9年だが、映画の中では1年後の明治12年(1879年)の東京が舞台。剣心たちがよく行く牛鍋屋「赤べこ」を何者かが砲撃し、町が炎上する。犯人は剣心に復讐心を燃やし、今は上海マフィアの頭目になった雪代縁の一味だった。薫(武井咲)のいる神谷道場や警察署長の自宅など剣心の仲間たちは次々に襲われる。そして気球を使った東京への総攻撃が始まる。

 アクション監督は今回も谷垣健治。佐藤健の走る、跳ぶ、斬るのアクションはスピードとダイナミズムにあふれる。新田真剣佑の筋肉質の体と動きの速さは見事だし、土屋太鳳に思う存分アクションをやらせているのもいい。日本のアクション映画として最高峰の位置をキープしているのは間違いないだろう。

 青木崇高や蒼井優、江口洋介らおなじみの俳優が集結したのも良かった。四乃森蒼紫役で伊勢谷友介が登場したのは意外だったが、撮影は2018年から始まったそうなので昨年秋の逮捕時点で撮影済みだったのだろうし、何も問題はないと思う。「The Beginning」ではこうしたキャストは出てこないだろう。ドラマ性を重視したという内容を楽しみに待ちたい。
 

2021/04/17(土)「彼女」と10年前のレシート

 バーのカウンターに1人でいた男にあとから来た女が酒を奢る。男の家に連れて行ってと頼んだ女はベッドで全裸になり、上に乗った男の首にいきなりメスを突き刺す。なんだこの女、サイコパスか。と思ったら、男は女が高校時代に思いを寄せた女の夫で、妻に異常な暴力を振るっていた。男を殺した女は同性愛者で、思いを寄せた女の全身あざだらけの無残な姿を見て男を殺すことを決意したのだ。

 中村珍(中村キヨ)の原作コミック「羣青」(ぐんじょう)を「彼女の人生は間違いじゃない」の廣木隆一が監督したNetflixオリジナル作品。殺した女・永澤レイを水原希子、頼んだ女・篠田七恵をさとうほなみ(「ゲスの極み乙女。」のドラムス担当ほな・いこか)が演じる。2人の女優の演技の熱量がただ事ではなく、印象的なショットを織り交ぜた廣木監督の的確な演出と相俟って見応えのある作品に仕上がった。



 高校時代、レイは陸上部の七恵に引かれながらも遠くから見るだけだったが、ある日、一緒に帰ることになる。スポーツショップに立ち寄った七恵はランニングシューズを万引き。店員に追われ、走って逃げる途中で転倒する。追いついたレイは店員に代金を渡して警察への届け出を止めたが、七恵は足にけがをして陸上部を退部する。同時に家が貧しく授業料が払えないため高校も辞めることになる。裕福な家のレイは七恵の学費を払うことで退学を思いとどまらせる。七恵は高校卒業後に金持ちの男と結婚し、レイをカフェに呼び出して借金の300万円を返す。「もう会うことはないから」。そう言った七恵はカフェの2人分の代金1100円を払おうとするレイを止め、割り勘分だけをもらう。

 それから10年。整形外科医として働き、別の女(真木よう子)と同棲しているレイに七恵から「会いたい」と電話がかかってくる。そして七恵の夫がひどいDV男であることを知るのだ。

 「これからどうしたい? 一緒に死ぬでもいいし、警察に行くでもいいよ」。事件後、レイと七恵はBMWの赤いオープンカーで逃走する。女2人がオープンカーで逃走と来れば、「テルマ&ルイーズ」(1991年)を想起せずにはいられない。「テルマ&ルイーズ」同様、この映画も女同士が連帯するシスターフッド映画なのだと思う(水原希子にとっては「あのこは貴族」に続いてのシスターフッド映画だ)。

 レイはレズビアンだが、七恵はそうではない。原作には七恵がレイのことを「バカなレズ女」とつぶやく場面があるが、映画ではレイが自分を卑下してそう言う。この変更は重要だ。七恵は自分を好きなのをいいことに、レイを利用したわけでない。映画の終盤、レイは七恵のタバコケースの中にレシートと550円があるのを見つける。それは10年前、2人が最後に会ったカフェのレシートとレイが渡した割り勘のお金だった。七恵はレイとの思い出を大切にしていたのだ。

 吉川菜美の脚本はごちゃごちゃした印象の原作をすっきりとまとめているほか、男っぽいキャラを原作とは逆のレイに割り当てた。見事といって良い脚色だと思う。真木よう子と母親役の烏丸せつこが同性愛について語る場面など本筋とはあまり関係ないのだが、同性愛の娘を深く理解する母親がいい感じで魅力的な場面になっている。水原希子とさとうほなみには最大限の拍手を送りたい。高校時代の2人を演じた南沙良と植村友結も好演している。

 あんな激しい暴力に10年も耐えているのはおかしいとか、普通に警察に届けたり、離婚すれば殺さなくてもすむことではないかという原作由来の疑問点はあるが、女2人の関係の切実さは原作を大きく上回っていて良い出来だと思う。「待っているから」と叫ばずにはいられなかった七恵の姿には胸が熱くなる。

 Filmarksの評価は3.3。Netflixなので当然、世界に配信されていて英語タイトルは“Ride or Die”となっている。IMDbの評価は5.5、メタスコアは64点と低いが、ロッテントマトは71%(ユーザー評価67%)とまずまずだった。

2021/04/10(土)「砕け散るところを見せてあげる」の場違い感

 唖然とした。クライマックスが予想していなかった展開だった。これは褒めているのではなく、悪口だ。そこまで行かなくても良かったんじゃないか。もっと現実的な解にはできなかったのか。

 壮絶ないじめを受けている高校1年の少女と、いじめの現場を偶然見たことから少女にかかわっていく高校3年の男子。徐々に心を通わせていくこの2人の関係が胸を打つものだけに、非現実的なクライマックスが残念すぎる。その非現実から再び元の調子に戻るので、どう考えてもクライマックスの描写が浮いていて、場違いのものが出てきてしまった感じがあるのだ。
「砕け散るところを見せてあげる」パンフレット
パンフレット表紙
 18歳の“真っ赤な嵐”(これが役名。演じるのは北村匠海)の父親は嵐が生まれる前に死んだ。大雨で川に落ちた車の乗員を救うため父親は川に飛び込み、最後の1人を助けたところで力尽きて流された。母(原田知世)にとって父はヒーローで、父の話をする時に今でも母は顔を赤らめる。

 この導入部は嵐の視点で語られるが、ここから映画は父親、濱田清澄(中川大志)の視点とナレーションになる。つまり映画の語り手は死者なのだ。ビリー・ワイルダー「サンセット大通り」など過去にも例はあるが、「サンセット大通り」は死んだ直後の男がどうしてこうなったかを回想する形式だった。この映画の場合、25年前にさかのぼっての死者の回想であり、頻繁にナレーションが入るのでよく考えると変なのである。母親から聞いた話として過去が描かれるのなら話は分かるが、その後の展開を考えると母親視点での物語の構築は難しい。原作ではここに叙述トリックを用いて、語り手が嵐のままのように思わせているそうだ。こんなところにトリックを用いる必要はないように思うが、映画で叙述トリックは不可能なのでこういう変な形になってしまったのだろう。まあ、このあたり、気にしない人は気にしないと思う。

 高校3年の清澄は遅刻し、朝礼をしている体育館にそっと入って最後尾に並ぶ。そこで一人の少女に周囲から紙くずや上履きやさまざまなものが投げつけられているのを見る。あんまりなので上履きを投げようとした男子生徒を止める。朝礼後に少女に声を掛けると、少女は「ワーっ」と叫びだしてしまう。前髪をたらして顔がよく見えない陰気なその少女は蔵本玻璃(石井杏奈)という名前だった。正義感の強い清澄は少女へのいじめを放っておけない。真冬の土曜日、バケツ4杯の水を掛けられて女子トイレの物置に閉じ込められた玻璃を発見して助けたことで玻璃は清澄に心を開いていく。玻璃の母親は4年前に家出して、父親と祖母の3人暮らしという。清澄の家に寄って帰りが遅くなった玻璃は清澄の母(矢田亜希子)から車で送ってもらう。その途中、父親の車が前を走っているのに気づく。車を降りてきた父親(堤真一)はどこか不気味な男だった。

 玻璃のいじめられる要因がこの父親にあることは容易に分かるが、さて父親は何をしていたのか。ある夜、玻璃は清澄の家に来て「父が来るから逃げて」と頼む。その顔は血だらけだった。ああ、父親はDV男だったのかと思うのは早計で映画はそのはるか上を行く。強烈な場違い感を持ってしまうほどのあり得なさなのである。これはいくらなんでも極端ではないか。

 一歩間違えれば珍品になるところを救っているのは前半のいじめの描写と中川大志、石井杏奈の好演、それに途中からいじめに反対するクラスメート清原果耶の存在だ(「うっす」という返事の仕方など実におかしくてうまい)。SABU監督は前半を的確な演出で見せており、前半はつくづく傑作だと思う。それだけにクライマックスが惜しい。父親は普通のDV男のレベルで何も不都合はなかったのに、かえすがえすも惜しい。