2025/06/01(日)『か「」く「」し「」ご「」と「』ほか(5月第5週のレビュー)
それならこの価格も仕方ないか、と簡単には納得できないんですけどね。売れないから価格を上げないと赤字になるのでしょうが、こうなるともう「買えない」レベルで、文庫になるまで待つ人もいるでしょう。ただし、文庫も昨今は軽く1000円を超えるのが当たり前になっていて、昨年出版された同じくキングの「死者は嘘をつかない」は1,650円でした。「フェアリー・テイル」の場合、上下で4,000円以上になるんじゃないでしょうかね。
『か「」く「」し「」ご「」と「』

物語は大塚京(奥平大兼)の視点で始まり、京が思いを寄せるミッキーこと三木直子(出口夏希)、ミッキーの友人のパラこと黒田文(菊池日菜子)、幼なじみのヅカこと高崎博文(佐野晶哉)、ふとしたことで不登校になったエルこと宮里望愛(早瀬憩)へと視点を変えて描いていきます。
タイトルに「」が含まれるのは連作短編である原作の各章のタイトルが「か、く。し!ご?と」「か/く\し=ご*と」「か1く2し3ご4と」などとなっているのを総称するためでしょう。これは5人のそれぞれの能力を表していて、京は他人の頭の上に「?」や「!」が見える力、ミッキーは胸の前のプラスとマイナスの棒が上下に振れるのが見える力を持っています(気分の上下を表します)。そんな力がなくても、たいていの人は相手の微表情(マイクロエクスプレッション)で本心が分かってしまうもので、だから5人の能力は微表情を明確に視覚化するものと言えるでしょう。
時間的に一番長いのはパラのパート。人の鼓動の速さが数字で見えるパラは普段からミッキーを守るためにある行動を取っていて、それを菊池日菜子が感受性豊かに演じています。こうした演技ができるのなら、8月に公開が控える主演作「長崎 閃光の影で」(松本准平監督)も期待できそうです。
中川監督は映画化を引き受けた理由として「心=本性という考え方」への疑問を挙げています。「心で感じ、理性で判断して行動するのが人間だ。(中略)『何をして、何をしなかったか』という行動の結果にこそ、その人の本性が表れるのではないか」(キネマ旬報2025年6月号)。原作の登場人物は能力を隠し、自分の心の内に悩んでいますが、その姿を描くことで同じように悩む少年少女たちの不安を少しだけ軽くするのではないか、と思ったのだそうです。軽くするかどうかはともかく、若い世代の共感を得ることはできるのではないでしょうか。
出口夏希は昨年の「赤羽骨子のボディガード」(石川淳一監督)でも良かったんですが、この映画で演じた自由奔放で明るいミッキーのキャラは素の本人に近いそうです。パンフレットのインタビューで「今まで演じた役の中でも自分とすごく似ていて、撮影期間中も日常を過ごしているような気分でした」と話しています。永瀬廉とダブル主演したNetflixの「余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。」(三木孝洋監督)は難病ものノーサンキューなのでこれまで見ていませんでした。出口夏希の過去作を追っかけたくて見たら、三木監督だけに水準を十分にクリアした仕上がりでした。好感度120%の出口夏希は既に一定の人気がありますが、地上波のドラマに主役・準主役級で出演すれば、河合優実のようにブレイクするのは必至でしょうね。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午前)1時間55分。
「新世紀ロマンティクス」

物語は別であっても、黄色いシャツに白いズボン、リュックを前がけにした「長江哀歌」のチャオ・タオの姿を見ると、「帰れない二人」に続いて「またか」と思わざるを得ず、字幕を利用したサイレント映画のような手法もオリジナルとは別のセリフにするための手段としか思えません。
こと映画に限って言えば、リサイクル品より新品が好ましいです。もっとも初めてジャ・ジャンクー作品を見る人に、この感想は通じないので、そういう人の感想を聞いてみたいものです。
IMDb6.6、メタスコア88点、ロッテントマト98%。
▼観客7人(公開初日の午後)1時間51分。
「けものがいる」

原作にクレジットされているのは「ねじの回転」で有名なヘンリー・ジェイムズの「密林の獣」。これは原案と言うべきで、脚本・監督のベルトラン・ボネロはこれをヒントにオリジナルの物語を作っています。ただ、年代さえ表示されないので物語が分かりにくく、もう少し観客フレンドリーな作りにした方が良かったと思います。
映画の最後にQRコードが表示され、エンドクレジットの表示を省略しています(QRコードのジャンプ先では8分余りのクレジットが流れます)。
IMDb6.5、メタスコア80点、ロッテントマト86%。
▼観客6人(公開2日目の午後)2時間26分。
「ゲッベルス ヒトラーをプロデュースした男」

ゲッベルスと妻の確執など私生活を長々と描く必要はなかったんじゃないでしょうかね。ゲッベルスを演じるロベルト・シュタットローバーにも魅力が乏しいです(魅力的に描くとまずいのでしょうが)。脚本・監督はヨアヒム・A・ラング。
IMDb6.7(アメリカでは限定公開)
▼観客3人(公開12日目の午後)2時間8分。