メッセージ

2001年05月08日の記事

2001/05/08(火)「スターリングラード」

 スターリングラード攻防戦をスナイパーの立場から描いた戦争映画。主演のスナイパーをジュード・ロウ、敵対するドイツ軍の凄腕スナイパーをエド・ハリスが演じる。戦闘場面は「プライベート・ライアン」に負けない迫力。荒廃したスターリングラードでの銃撃戦、空襲シーン、無謀な突撃作戦、退避する兵士を容赦なく撃ち殺すロシア兵などなど戦争の惨禍が描かれる。突撃作戦で2人に一丁の銃しか渡さないというのは無茶苦茶である。

 しかし本筋はスナイパー同士の対決で、冒険小説ファンとしては、こういう展開は好みである。好みではあるけれど、それだけ点は厳しくなる。ロウとハリスは数度、スコープを向け合うが、クライマックスの対決はもう少し長く見たいし、工夫がほしい。こういう対決でギャビン・ライアル「もっとも危険なゲーム」あたりを思い浮かべるこちらが悪いのか。

 映画では例えば、「フルメタル・ジャケット」で女狙撃兵の恐怖が描かれていたし、「プライベート・ライアン」にもそれを引用したような描写があった。「山猫は眠らない」というスナイパーそのものを描いた傑作もある。こういう前例がある場合、描写にオリジナリティーがないと苦しいことになる。

 ジャン・ジャック=アノーはあまりこういうジャンルに関心がないのではないかと思う。その代わり、ジュード・ロウと恋に落ちるレイチェル・ワイズの描写はよく、2人が秘かに愛を交わすシーンには切なさがあふれる。

 全体的に悲惨な場面はあるものの、切実さや悲壮感は意外に希薄である。これはスターリングラード攻防戦の位置づけがフランス人のアノーにはそれほど切実なものではないからだろう。ロシアの監督が担当していれば、もっと違った視点になったにちがいない。自分の国で起こったことか、他の国の出来事かで描写の重みも変わってくるのだと思う。