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2021年11月28日の記事

2021/11/28(日)「tick,tick…BOOM!:チック、チック…ブーン!」ほか(11月第4週のレビュー)

12日に一部劇場で公開され、Netflixで配信中の「tick, tick...BOOM!:チック、チック…ブーン!」はアンドリュー・ガーフィールドのアカデミー主演男優賞ノミネートが有力視されているそうです。ミュージカル「RENT」を作ったジョナサン・ラーソンによる同名の自伝ミュージカルをもとにした映画で1990年のニューヨークが舞台。

主人公のラーソンは30歳の誕生日を目前に控え、週末にダイナーで働きながら、ミュージカルの音楽作りに打ち込んでいます。タイトルは時限爆弾が時を刻む「チクタク、チクタク、バーン」という意味で、30歳になるのに自分がまだ何も成し遂げていないことを焦るラーソンの心情を表したもの。

1990年と言えば、ゲイの間でHIVが猛威を振るっていた時代。ラーソンの知人もHIVに倒れます。ラーソンは恋人スーザン(アレクサンドラ・シップ)との関係に悩み、料金滞納でアパートの電気を止められながらも、新作ミュージカル「スーパービア」の試聴会(ワークショップ)にこぎ着けます。

ここで披露される歌「Come to Your Senses」(ヴァネッサ・ハッジェンズ、アレクサンドラ・シップ)のパフォーマンスが素晴らしく、さらにその後にドラマティックな展開があって、終盤の大きな感動を生んでいます。



ジョナサン・ラーソンはミュージカル「tick, tick...BOOM!」の後、大成功を収めて映画化もされた「RENT」を作りますが、その成功を目にすることはできませんでした。公演初日の未明に35歳の若さで急死したからです。
30歳なんてまだ若い、時間は十分にあると、思ってしまいますが、ラーソンには自分が短命であることの予感があったのかもしれません。

監督は作曲家・作詞家・劇作家・歌手・俳優で「ハミルトン」「イン・ザ・ハイツ」などのリン=マニュエル・ミランダ。ミランダほどこの映画を撮るのにふさわしい監督はいないでしょう。主演男優賞だけではなく、作品賞ノミネートも有力じゃないかと思えました。
IMDb7.8、ロッテントマト88%(ユーザーは95%)。

「ひらいて」

綿矢りさの同名原作を商業映画デビューの首藤凜監督が映画化。サンデー毎日は「邦画の青春映画では今年NO.1の出来栄え」と絶賛、週刊文春は星2個から4個まで評価が割れていました。
高校生の三角関係を描いた映画で、なかなか予測不能の展開をします。
プラトニックな純愛の男女に悪魔的な少女が強引に割り込んでいくというプロット。その悪魔的な少女・木村愛が主人公で、演じるのは山田杏奈。純愛男女の西村たとえと新藤美雪を演じるのはHiHi Jetsの作間龍斗と「ソワレ」「ある用務員」の芋生悠。
3人それぞれに好演していて、特に目力のある山田杏奈が良いです。
木村愛は一見、成績優秀で明るくて人気者というキャラですが、心に闇を持っていることが徐々に分かってきます。たとえは強権的で横暴な父親(萩原聖人)から離れるため大学に合格し、東京に行く計画を持っています。美雪はI型糖尿病の持病があり、体が弱いんですが、たとえに毎日手紙を書き、一緒に東京に行くことを夢見ています。
たとえを好きになった愛は手紙の存在を知り、2人の中を裂くために美雪に接近。友人のいない美雪は愛にされるがままレズ行為を許してしまう、という展開。
高校3年の時に原作を読んで映画化を夢見ていたという首藤監督は3人のキャラを明確に描き分け、官能的・印象的なシーンとともに、愛のヒリヒリした狂おしい感情を織り込みながら3人の物語を語っています。

「かそけきサンカヨウ」

今泉力哉監督が窪美澄の短編を映画化。同名短編と「ノーチェ・ブエナのポインセチア」(いずれも短編集「水やりはいつも深夜だけど」に収録)を組み合わせて脚本化してあります。
高校生の陽(志田紗良)は父親(井浦新)と2人暮らしだったが、父親が再婚することになり、その相手美子(菊池亜希子)と4歳の娘ひなた(鈴木咲)がやってくる、というのが「かそけきサンカヨウ」。陽と同級生の陸(鈴鹿央士)との関係を描くのが「ノーチェ・ブエナのポインセチア」。
大きなドラマがあるわけではありませんが、描写の繊細さ、優雅さ、情感の豊かさに惚れ惚れしてしまう映画でした。
例えば、陽が幼い頃に出て行った実の母親の三島佐千代(石田ひかり)に会ってきた陽が美子に対して「美子さん、これからは美子さんのことをお母さんって呼んでいい?」と聞くシーン。菊池亜希子はパンフレットで「脚本を読むたびに気持が溢れてしまいました」と語っていますが、胸が熱くなる素晴らしいシーンになっています。
今泉監督の言葉によると、志田彩良は監督の指示に対して「それはできないかもしれません」「多分こうなると思います」と自分の意見を言うことができる女優だそうで、演技の確かさはそういうところに起因しているんだなと思います。
だから「パンとバスと2度目のハツコイ」「mellow」に続く3本目にして今泉作品の主演を務めることになったのでしょう。

「THE MOLE」

デンマークの元料理人が北朝鮮の武器輸出の中核に潜入するドキュメンタリー。10年間にわたって命の危険を伴うスパイ行為をしたというのが驚きで、まるでフィクションのようなドラマがあります。
彼らは北朝鮮関係者から命を狙われているはずで、危害が及ばないことを祈ります。
映画に出てきた北朝鮮高官も何らかの処分を受けているかもしれません。
監督は「誰がハマーショルドを殺したか」のマッツ・ブリュガー。