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2023年05月21日の記事

2023/05/21(日)「劇場版PSYCHO-PASS サイコパス PROVIDENCE」ほか(5月第3週のレビュー)

 「劇場版PSYCHO-PASS サイコパス PROVIDENCE」は2019年の劇場版3部作とテレビアニメ第3期の間をつなぐ作品。「PSYCHO-PASS サイコパス」シリーズはテレビアニメ3期と、劇場版が今回を含めて6本ありますが、時系列を前後して作られていて、主人公も異なります。

 僕はテレビシリーズを少しと劇場版を5本を見ているだけで、熱心なファンではありません。シリーズをよく知らない人には敷居が高く思えますが、今回の作品は独立して見てもそれなりに面白い仕上がりだと思いました。

 ただ、シリーズの設定ぐらいは予備知識として持っておいた方が理解はしやすいです。公式サイトを引用すると、「人間のあらゆる心理状態を数値化し管理する巨大監視ネットワーク〈シビュラシステム〉が人々の治安を維持している近未来。あらゆる心理傾向が全て記録・管理される中、個人の魂の判定基準となったこの計測値を人々は『サイコパス(PSYCHO-PASS)』の俗称で呼び習わした」。ここで言うサイコパスとは反社会的人格ではなく、「精神の証明書」を指します。

 物語は2118年が舞台。テロリストが神奈川県沖で輸送船を襲撃し、乗船していたミリシア・ストロンスカヤ博士を殺害する。テロリストの正体は外務省の秘密部隊として結成され、解体後に行方不明になった部隊「ピースブレイカー」だった。ピースブレイカーは博士が確立した研究、通称ストロンスカヤ文書を狙っていた。刑事課は行動課との共同捜査としてチームを編成。かつて公安局から逃亡した狡噛慎也(こうがみしんや=関智一)と主人公の公安局統括監視官・常守朱(つねもりあかね=花澤香菜)は事件の謎を追う。

 SF作家の冲方丁が構成を担当し、脚本を作家の深見真とともに書いています。法律とシビュラシステムのどちらを優先するのかというテーマが物語の本質的な部分とリンクしているのが良く、意外なラストが作品の完成度を高めた印象があります。といっても、このラストを描くことがシリーズの欠落部分を埋めるためには必要だったわけです。

 人を撃ってもシビュラシステムが犯罪者と認めない事態はアイザック・アシモフのロボット工学三原則に矛盾する事例を描いた小説(「夜明けのロボット」など)を連想しました。塩谷直義監督、2時間。
▼観客14人(公開6日目の午後)

「最後まで行く」

 2014年の同名韓国映画を藤井道人監督が岡田准一主演でリメイク。先日、オリジナルを見た時に韓国の土葬を日本の火葬に置き換えるのにはどうするのだろうと気になりました。土葬なら2人の死体を一緒に埋めて隠蔽工作が可能ですが、火葬だと、焼いても2人分の骨が残るので犯行が露見してしまいます。

 主人公の刑事は母親危篤の知らせを受けて車で病院に向かう途中、飛び出してきた男をはねて死なせてしまいます。男の死を隠すためにトランクに乗せた死体を母親の棺桶の中に入れ、ともに火葬しようとしますが、ある事情で男の死体が必要になり、火葬には至りません。

 主人公は警察署の裏金作りにかかわっていて、善良な警官ではありません。追い詰められてジタバタドタバタする姿は、演出が狙ったのかどうか分かりませんが、つい笑ってしまいます。緊張と笑いは紙一重ですね。この主人公を追い詰めるのが県警本部の監察官(綾野剛)。こちらも悪徳警官で上司から悪巧みの片棒をかつがされ、やはり追い詰められていることが分かってきます。

 綾野剛がターミネーター並みに不死身すぎるとか、警察は年末の御用納めの後にガサ入れなんて普通はしないとか、リアリティーに欠ける部分があるのは残念。演出のテンポは良いのに、脚本の詰めが甘いと感じました。

 キム・ソンフン監督のオリジナルはこの映画のほか、中国、フランス、フィリピンでもリメイクされています。IMDbによると、どれもオリジナルには及ばない出来のようです。1時間58分。
▼観客6人(公開初日の午前)

「聖地には蜘蛛が巣を張る」

 2000年から2001年にかけてイラン最大の宗教都市マシュハドで起きた16人の娼婦連続殺人事件描いた作品。「ボーダー 二つの世界」(2018年)で注目を集めたイラン出身で北欧在住のアリ・アッバシが監督しています。

 犯人のサイード・ハナイは映画では娼婦を自宅に招き入れた後すぐに絞殺していますが、パンフレットによると、実際には殺す前に13人と性交渉を持ったそうです。それを考えると、「街の浄化のため」という理由は単なる建て前に過ぎず、こいつは快楽殺人に自分勝手な理屈を付けただけのサイテーなサイコ野郎としか思えません。メディアや住民がサイードを擁護する場面も描かれていますが、実情を知らなかった可能性があるんじゃないでしょうかね。映画はそこも描いた方が良かったと思います。

 主人公の女性記者を演じるザーラ・アミール・エブラヒミは当初、キャスティングディレクターとしてこの映画に参加しましたが、主演を予定していた女優がクランクイン直前に出演を辞退したため演じることになったそうです。インタビューで「この映画がイランで上映される可能性はあるか」との問いに「ないです」と即答しています。1時間58分。

 アリ・アッバシ監督の作品は「マザーズ」(2016年)がamazonプライムビデオで、「ボーダー 二つの世界」はU-NEXTで見られます。また、U-NEXTで配信しているドラマ「THE LAST OF US」の8話と9話の監督もしています。これ、ゲームのドラマ化なんですが、この2話はどちらもIMDbで9点以上の高い評価になっています。
IMDb7.3、メタスコア66点、ロッテントマト83%。
▼観客5人(公開5日目の午後)

「幻滅」

 オノレ・ド・バルザック原作「幻滅 メディア戦記」(1843年)の映画化。原作は単行本全2巻で計952ページありますから、2時間29分の上映時間も納得です。というか、原作はまだ長く、映画は3部構成の原作のうち第2部までを映画化しているのだそうです。

 19世紀前半、詩人を夢見る田舎の青年リュシアン(バンジャマン・ヴォワザン)は名門貴族の人妻ルイーズ(セシル・ド・フランス)と駆け落ち同然にパリに行く。新聞記者の仕事に就いたリュシアンは世渡りのうまいルストー(ヴァンサン・ラコスト)に「金のためなら魂を売らないといけない」と言われる。王政を支持する王党派に対抗するため、自由派の新聞編集者は広告主にへつらい、世間の注目を煽ることしか頭になかった。リュシアンは大衆劇に出演していた十代の女優コラリー(サロメ・ドゥワルス)に惹かれる。

 欲望と陰謀が渦巻く社会の中で、リュシアンはいったん成功を収めますが、罠にかかって転落していきます。その中でコラリーだけはリュシアンを一途に愛し、胸を打ちます。

 最初はとっつきにくいかなと思えましたが、グザヴィエ・ジャノリ監督の演出は王道を行くもので見応えのある作品になっていました。
IMDb7.4、メタスコア81点、ロッテントマト93%。
▼観客4人(公開7日目の午前)