2025/11/16(日)「平場の月」ほか(11月第2週のレビュー)
原作コミックの作者・真造圭伍さんの奥さんはドラマ「じゃあ、あんたが作ってみろよ」(TBS)原作の谷口菜津子さんだそうです。夫婦それぞれの作品が同時期にテレビドラマ化され、ともに好評なのは珍しいんじゃないでしょうか。
「平場の月」

原作で心に残るのは「ちょうどよく幸せなんだ」とか「夢みたいなことだよ。夢みたいなことをね、ちょっと」と言う須藤の慎ましい姿でした。脚本の向井康介はそこをうまくすくい上げて脚色しています。ある事情で「一人で生きていく」と決意した須藤(一色香澄)は中学時代、青砥健将(坂元愛登)の告白を断ります。しかし大学卒業後、一流企業に就職するも結婚退社。夫がDV男だったため離婚。その後、若い美容師(成田凌)に貢いで貯金を失います。2年前に地元に戻り、病院のコンビニで働いていたところで、青砥(堺雅人)に再会するわけです。
青砥もまた妻(吉瀬美智子)と離婚して実家に一人暮らしでした。中学時代同様に「青砥」「須藤」と呼び合う2人は何度か一緒に飲みに行き、仲を深めていきます。そんな時、須藤に大腸がんが見つかり、須藤は肛門を切除して人工肛門(ストーマ)を付ける手術を受けることになります。
「私はね、青砥が一緒にいたいと思うような奴じゃないんだよ」。須藤がそう言うのは2度の失敗をしていることと、好きな青砥に迷惑を掛けたくない思いからでしょう。「おれはお前と一緒に生きていきたいんだよ」と返す青砥は病気の須藤の支えになりたいと思っているからにほかなりません。好きな女性が困っていれば助けたいと思うのはたいていの男には当然なことだと思います。
映画はそうした中年男女の機微を切なく描いています。土井監督は「この作品は基本的に、とても魅力的だけど簡単にはその内側に入らせてくれない女性を、なんとかこじ開けようとする男性の物語」としていますが、青砥目線で語られる原作に対して、映画は須藤目線も入れたことで物語がより立体的になったと思います。
2人の関係を見守る居酒屋の大将役の塩見三省が実に良い味わいの演技でした。須藤の中学時代を演じる一色香澄は宮崎県出身だそうです。
▼観客15人ぐらい(公開初日の午後)1時間58分。
「トリツカレ男」

何かに夢中になると、ほかのことが目に入らなくなるジュゼッペ(声:佐野晶哉)はトリツカレ男と呼ばれている。三段跳びや探偵、歌、サングラス集めなどジュゼッペがとりつかれるものは予想ができないものばかり。行き場のないハツカネズミのシエロ(声:柿澤勇人)に話しかけるうちに、ジュゼッペはネズミ語をマスターする。そんなジュゼッペは公園で風船売りをしているペチカ(声:上白石萌歌)に一目惚れし、今度はペチカに夢中になる。ジュゼッペは勇気を出してペチカに話しかけるが、ペチカの心には悲しみがあった。大好きなペチカのため、シエロとともに、彼女が抱える心配事を、これまでとりつかれた数々の技を使ってこっそり解決していく。
原作を僕はKindle版で読んだのでページ数が分からないんですが、1時間余りで読み終えました(amazonには文庫版が176ページとあります。文字サイズが大きいんじゃないでしょうかね)。映画は原作に忠実で、しかもうまいアニメ化だと思いました。ペチカを笑顔にするために全力を傾けるトリツカレ男の姿が感動的です。子どもに見せたい、読ませたい作品ですね。監督は「映画クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園」(2021年)などの髙橋渉。
▼観客20人ぐらい(公開6日目の午後)1時間38分。
「揺さぶられる正義」

乳幼児に3つの症状(硬膜下血腫、眼底出血、脳浮腫)があれば、揺さぶりが原因と考えられ、それは虐待が原因の可能性があるとして、2010年代には両親や祖父母などの逮捕・起訴のケースが相次ぎました。SBSは厚労省のマニュアルや診断ガイドに掲載され、それを遵守した医師が検察側証人として出廷していました。判決文は医師の証言の要約のような内容で、裁判官といえども専門知識のある医師の証言に大きく影響されることが分かります。
映画はいくつかのケースを取り上げていますが、そのうちのひとつで、ある脳神経外科医が弁護側につき、無罪を勝ち取ります。これ以降、SBS関連の裁判では無罪になるケースが相次いだそうです。ところが、その医師が別の事件では検察側につくというまるでドラマのような展開があります。もちろん、医師は自分の信念に従って証言しているわけですが、判決が医師の証言に左右されることが多い以上、なかなかに難しい問題を孕んでいます。
厚労省はその後、マニュアルを改訂し、最近ではSBSでの立件は少なくなっているそうです。それにしても冤罪で世間にさらされた家族のことを思うと、胸が痛みます。
▼観客3人(公開4日目の午後)2時間9分。
「君の顔では泣けない」

30歳の陸(実はまなみ)が高橋海人、まなみ(実は陸)が芳根京子。この2人が愛し合って結ばれれば、話は簡単(元に戻っても大きな支障はない)ですが、友情はあっても愛情はないようで、それぞれの道を生きていき、ややこしくなります。
話に無理があると感じるのは15年間も入れ替わった体で暮らしていれば、それが普通の状態になるのではと思えるからです。いや、トランスジェンダーの人は生まれた時から違和感が消えないじゃないかと言われれば、それもそうかと思いますが、まなみ(実は陸)は結婚して子どもも産んじゃうわけで、それはその性を受け入れていることなのではないかと思えるわけです。
どうもこの映画、そのあたりの掘り下げ方が浅くて物足りません。タイトルは他人の顔のままでは自分の親の死で涙を流せないという意味を表していますが、この程度の映画では泣けない、と言いたくなります。テーマを掘り下げるとともに、もっとテンポを速く、ダラダラ描かずにもっと簡潔な表現を。坂下雄一郎監督にはそれが必要だと思います。
▼観客10人ぐらい(公開初日の午前)2時間3分。
「白の花実」
東京国際映画祭で上映した作品で坂本悠花里監督の長編デビュー作。会場は角川シネマ有楽町(237席)でしたが、平日午前中のためもあって半分も埋まっていなかったです。転校を繰り返してきた少女・杏菜(美絽)は森の奥にある全寮制の女子校に転校する。寄宿舎のルームメイト莉花(蒼戸虹子)は美しく、誰からも好かれる少女だった。ところが、莉花は屋上から身を投げ、命を絶ってしまう。残された日記には莉花の苦悩や怒り、幼なじみの栞(池端杏慈)との記憶、ある想いが綴られていた。
上映後の質疑応答によると、坂本監督が意識したのは「ピクニックatハンギング・ロック」(1975年、ピーター・ウィアー監督)だったそうです。女子ばかりの高校が舞台なので言われてみれば、分かる気もしますが、脚本の説得力が今一つでした。脚本協力に大江崇允(「ドライブ・マイ・カー」)がクレジットされていますが、協力の仕方が足りなかったようです。「ストロベリームーン 余命半年の恋」の池端杏慈はここでも好演していました。
12月26日公開予定。1時間50分。
「M3GAN ミーガン2.0」
AIロボットの恐怖を描いた「M3GAN ミーガン」(2022年、ジェラルド・ジョンストン監督)の続編。アメリカでの興行収入が振るわず、日本では劇場公開が見送られました。amazonプライムビデオで見ました。人工知能を持つM3GAN(ミーガン)が暴走し、破壊されてから2年。ミーガンの生みの親であるジェマ(アリソン・ウィリアムズ)はAI技術の政府監視を提唱する著名な作家となっていた。ジェマの姪で14歳のケイディ(ヴァイオレット・マッグロウ)は反抗期の真っ只中。ある日、ジェマはミーガンの技術を基に作られた究極の殺人兵器アメリアの誕生を知る。やがてアメリアは暴走を始め、人々を次々に殺害、世界を危機に陥れてゆく。
そのアメリアに対抗するため、ミーガンの出番となるわけです。悪役が2作目では善玉になるというよくあるパターンではあります(完全な善玉ではありませんが)。IMDbによると、2500万ドルの製作費に対してアメリカ・カナダの興行収入は約2400万ドル、全世界では約3900万ドルで、製作費の2倍が採算ラインとすると、かなりの赤字ではありますね。出来の方は壊滅的にダメではなく、1作目よりは落ちるものの、テレビで見る分には十分楽しめました。監督は1作目と同じジェラルド・ジョンストン。
IMDb6.0、メタスコア54点、ロッテントマト58%。2時間。
2025/11/09(日)「プレデター バッドランド」ほか(11月第1週のレビュー)
その時は3カ月先まで既に撮っているからとの理由で「ゴジュウジャー」降板はありませんでしたが、子ども向け番組に不倫女優の出演が許されるはずもなく、テレ朝と東映は密かに準備していたのでしょう。準備が整ったので飲酒を理由に降板発表という流れなのではないかと思います。今日の放送はゆっくり配信で見ようと思ったら、まだ配信に出てません(仮面ライダーはあるのに)。Yahoo!ニュースによると、オープニングから今森茉耶の姿は消されてたとか。残念です。
「プレデター バッドランド」

ヤウージャ族(プレデター族)の若き戦士デク(ディミトリアス・シュスター=コローマタンギ)は一族の落ちこぼれと見なされ、父親は兄クウェイにデクの処刑を命じる。それに応じなかったクウェイを父は殺し、デクは間一髪、難を逃れて最悪の土地ゲンナ星へ向かう。そこに住む怪物カリスクを倒し、持ち帰れば、父を見返すことができる。ゲンナ星は凶悪な生物が跋扈する世界。そこでデクは地球から来てカリスクに襲われ下半身を失ったアンドロイドのティア(エル・ファニング)と出合う。ティアは同じくアンドロイドのテッサ(エル・ファニングの二役)らとカリスクを狙っていたのだった。デクとティアは協力し合うが、テッサの一行と対立することになる。
このストーリーならプレデターである必要はなかったような気もします。トラクテンバーグ監督も「純然たる『アドベンチャー映画』」と言っていますが、まず面白いです。殺伐としたストーリーにユーモアの潤いをもたらすエル・ファニングを出したのが大きなポイントですね。続編作るなら、ファニングも出して欲しいです。
IMDb7.6、メタスコア71点、ロッテントマト85%。
▼観客多数(公開初日の午前)1時間46分。
「旅と日々」

前半はある島の夏の海が舞台。海岸でぼんやりしていた夏男(高田万作)はよそから来た渚(河合優実)と出会う。なんとなく一緒に島を散策して気のあった2人は翌日も会うことを約束する。台風が近づく中、翌日は雨。2人は強い波の中、海で泳ぐ。なんてことはない話ですが、映画を見た大学教授の魚沼(佐野史郎)が「セクシーで官能的」と感想を述べるのに納得します。河合優実が意外なことに水着姿も見せて確かにセクシーでした。この前半も良いのですが、メインはやっぱり後半のユーモア。
冬。急逝した魚沼教授から生前、「気晴らしに旅行にもで行くと良いですよ」とアドバイスを受けた李(シム・ウンギョン)は東北へ旅立つ。宿の予約もしていなかったので、ホテルは満室で泊まれず、ホテルの人に紹介されて大雪の中、古びた宿にたどり着く。その宿を営むべん造(堤真一)はものぐさで、まともな食事も出ない。布団も自分で敷かなければならない。べん造は「錦鯉のいる池に行くか」と李を連れ出す。
三宅監督はつげ義春作品の中でこの2作が特に好きだそうです。べん造を演じた東北弁の堤真一が出色のおかしさでした。大きなドラマはありませんが、主人公にとっては非日常の中での出来事がいちいち面白いです。シム・ウンギョンも好演しています。
▼観客6人(公開初日の午後)1時間29分。
「フランケンシュタイン」
Netflixで見ました。モンスターが好きなギレルモ・デル・トロ監督が最初のSFとされるモンスター小説の名作を映画化。北極でのプロローグに始まって、第1部「ヴィクターの話」、第2部「怪物の話」で構成してあり、第1部はヴィクター・フランケンシュタイン(オスカー・アイザック)の回想、第2部はヴィクターが創ったモンスター(ジェイコブ・エロルディ)の回想となっています。ヴィクターはマッド・サイエンティストの始祖でもあり、前半、死体をツギハギしてモンスターを創る過程はサイコパスの様相です。ただ、その前にいくつかの実験で死体を電流で動かしており、科学的であったりします。このあたり、デル・トロ監督はしっかり作っていて、原作を正攻法で描いていると思いました。特徴的なのはモンスターに傷の再生能力があることで、モンスターは撃たれても斬られても死にません。フランケンシュタインのモンスターが登場する作品は多いですが、これは初めて見る設定でした。
モンスター役のエロルディは「プリシラ」(2023年、ソフィア・コッポラ監督)でエルヴィス・プレスリーを演じた俳優。身長196センチで、アイザックとは22センチ差なのでモンスター感がありますね(小説のモンスターは8フィート=約244センチ)。ヴィクターの弟と結婚するエリザベスを「X エックス」三部作のミア・ゴス、その父親をクリストフ・ヴァルツが演じています。
IMDb7.7、メタスコア78点、ロッテントマト86%。2時間29分。
「盤上の向日葵」
柚月裕子の原作を熊澤尚人監督が映画化。話が古く、演出も古く、現代の将棋を知らない人が作った映画としか思えませんでした。将棋の真剣師って、昭和初期の設定ならリアリティーがあったのでしょうが、映画の舞台となった昭和から平成にかけての時代にはもはや存在していなかったでしょう。山中で身元不明の白骨死体が発見される。遺体には7組しか現存しない希少な将棋駒があったこと。駒の持ち主は将棋界で頭角を現した棋士・上条桂(坂口健太郎)だった。桂介を巡る捜査線上に、賭け将棋で裏社会を生きた伝説の真剣師、東明重慶(渡辺謙)が浮かぶ。桂介と東明の間に何があったのか?
一手指すたびに相手をにらむ、判で押したように毎回にらむ演出は対局を見たことがないんじゃないかと思える撮り方。将棋が一番強いのは10代から20代にかけてということが通説で、東明が苦戦する相手の老真剣師・兼埼(柄本明)が強さを保つのはほとんど無理な状況になっています。まあ、プロじゃないからあり得るのかもしれませんが。
▼観客6人(公開7日目の午後)2時間3分。
「恒星の向こう側」
東京国際映画祭で福地桃子と河瀨直美が最優秀女優賞を受賞した中川龍太郎監督作品。会場のヒューリックホール東京は900席近い広さですが、ほぼ満席でした。これは映画の人気というよりゲストだった久保史緒里の人気が影響したのかもしれません。映画祭の公式サイトから紹介記事を引用すると、「母の余命を知り故郷に戻った娘・未知は、寄り添おうとしながらも拒絶する母・可那子と衝突を重ねる。夫・登志蔵との間に子を宿しながらも、亡き親友への想いに揺れる彼の姿に不安を募らせる未知。母の遺したテープから“もうひとつの愛”を知ったとき、彼女は初めて母を理解し、母から託された愛を胸に進んでいく」ということになります。
母が河瀬直美で娘が福地桃子。特に河瀬直美が怖い母親を演じていて女優賞にも納得します(この人、普段から怖そうです)。福地桃子は本来はユーモアのある役柄が似合う女優と思いますが、この映画でも好演しています。この母娘の確執に絞れば良かったのに、映画は他の要素が入ってきて話を分かりにくくしています。
一つは冒頭、福地桃子が勤める養護施設での騒動。騒ぎを起こした外国人の少年アントニオをかばう久保史緒里の姿を描いていて、ここは久保史緒里の少しヒステリックな演技が良いのですが、映画全体とのかかわりが今一つ見えません。スタッフからも「このシーンがなぜあるのか分からない」という意見が出たそうです。終盤にもう一度、エピソードの続きを描いた方が良かったんじゃないですかね。
もう一つは福地桃子の夫・寛一郎が演出する舞台のシーン。その舞台に出ているのが朝倉あきと南沙良なんですが、これは現実を題材にした内容で、舞台のシーンから現実の過去に話が移っていきます。説明が何もないので最初は戸惑いました。
上映後の舞台あいさつと質疑応答には久保史緒里のほか、中川監督と朝倉あきが登壇しました。中川監督の発言は明快だったんですが、物語の狙いを脚本に落とし込む段階でうまくいってない印象を受けました。
タイトルは母娘の距離の遠さを表しているようです。英語タイトルは“Echoes of Motherhood”(母性のエコー)。1時間31分。
2025/11/02(日)「爆弾」ほか(10月第5週のレビュー)
「爆弾」

ただ、爆弾犯スズキタゴサクを演じる佐藤二朗はいつものような演技で、クセが強すぎる感じがしました。原作のタゴサクもクセ強な人物ではありますが、少し方向が異なります。飄々とのらりくらりと取り調べの刑事を煙に巻くタゴサクが本心を言い当てられて、思わず素を見せてしまう場面などもなかったですね。
原作を読み終えたのが映画を見る45分前だったこともあって、取り調べシーンに意外性は皆無でしたが、爆発シーンの迫力には感心しました。動きの少ない取調室とは対照的で、VFX班が良い仕事をしています。タゴサクを取り調べる刑事は野方署の等々力(染谷将太)から始まって、警視庁の清宮(渡部篤郎)、類家(山田裕貴)と代わります。特に山田裕貴が良かったですが、事件の背景の推理で優秀すぎる感じがしました。タゴサクの動機も原作では納得しましたが、映画は少し説得力を欠きます。
交番の警官に坂東龍汰と伊藤沙莉。この先輩後輩コンビは良かったです。原作は「このミステリーがすごい!2023年版」で1位。続編の「法廷占拠 爆弾2」は2025年版7位でした。今、読んでます。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午後)2時間17分。
「Mr.ノーバディ2」

クライマックスではハッチの妻ベッカ(コニー・ニールセン)と父親デヴィッド(クリストファー・ロイド)も活躍します。組織の女ボス・レンディーナ役にシャロン・ストーン。監督はインドネシア出身のティモ・ジャヤント。
IMDb6.3、メタスコア59点、ロッテントマト77%。
▼観客20人ぐらい(公開7日目の午後)1時間30分。
「ミーツ・ザ・ワールド」
金原ひとみの原作を松居大悟監督が映画化。擬人化焼肉漫画「ミート・イズ・マイン」を愛する27歳の女性会社員が歌舞伎町のキャバ嬢に出会い、新たな生き方に踏み出す話。女性会社員の由嘉里を杉咲花、美しく虚無的なキャバ嬢ライを南琴奈が演じています。杉咲花の圧倒的なリアリティーに支えられた映画で、饒舌な文体の原作同様、杉咲花は早口でセリフをしゃべりまくります。由嘉里と同じか少し上の年齢の女性のように思えるライ役の南琴奈は「実際には24、5歳か」と思ったら、19歳。オーディション時には高校2年生だったそうで、10歳ぐらい上の役を演じることを考えると、松居監督、よくキャスティングしましたね。フィルモグラフィーを見ると、映画「アイスクリームフィーバー」「水は海に向かって流れる」「花まんま」のほか、ドラマ「僕達はまだその星の校則を知らない」などの出演作がありますが、今回がもっとも印象的でした。
エンドクレジットに菅田将暉の名前がありました。これは電話の声だけで登場するライの元カレ役なのでしょう。脚本は演劇ユニットを主宰する國吉咲貴。
▼観客10人ぐらい(公開6日目の午後)2時間6分。
「てっぺんの向こうにあなたがいる」

多部純子のモデルは女性で初めてエベレストに登頂した田部井淳子さん。田部井さんがエベレスト登頂に成功したのは50年前の1975年で、阪本順治監督は当時の風俗を盛り込みながら、まだまだ女性蔑視が多い中、パンに塗るジャムの量まで減らすなど節約に努めて登山の準備を進める女性たちを描いていきます。登頂には成功したものの、純子一人が世間の脚光を浴びたこともあって、グループはギクシャクして瓦解。家庭でも長男の真太郎(若葉竜也)が純子に反発を感じて家を出てしまいます。
吉永小百合の近年の主演作品にはあまり面白いものがありませんでしたが、これはそうした先入観を払拭する出来になっていると思いました。阪本監督は細かい描写がいちいちうまいです。終盤をもう少し刈り込んだ方が良かったかなとは思います。
純子の若い頃を演じるのがのん。親友で新聞記者の北山悦子(天海祐希)の若い頃を茅島みずきが演じています。脚本は「銀河鉄道の父」(2023年、成島出監督)などの坂口理子。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午前)2時間10分。
「やがて海になる」

映画は広島県江田島市が舞台。うだつの上がらない生活を送っている修司(三浦貴大)と東京で映画監督として活躍する和也(武田航平)、呉市のスナックで働く幸恵(咲妃みゆ)の3人の関係を描いています。幸恵は高校時代、和也と付き合っていましたが、修司も密かに思いを寄せていました。今は水産会社社長と不倫関係を続けているという設定。江田島市は沖正人監督の故郷だそうですが、どうも話の内容は今一つ。脚本をもっと練って欲しかったところです。
上映後のQ&Aで質問した観客が4人いましたが、いずれも宝塚時代からのファンという女性でした。県外からわざわざ来たのでしょうかね。咲妃みゆは普段は舞台が中心とのこと。あいさつでの好感度が高かったので映画でも良い作品に出会ってほしいと思いました。
▼観客多数(公開4日目の午後)1時間30分。
「ファイナル・デッドブラッド」
一時は劇場公開が危ぶまれた映画ですが、一部の劇場で10月10日に公開後、22日から配信も始まりました。というわけでU-NEXTで見ました。傑作とは呼べないまでも、「ファイナル・デスティネーション」(2000年、ジェームズ・ウォン監督)に始まる「ファイナル」シリーズ6作の中で一番面白いという評価には頷けて、これならもっと拡大公開しても良かったのではないかと思います。冒頭、1960年代にスカイビュータワーが倒壊し、多数の犠牲者が出るシーンが迫力たっぷりで見せます。ここでプロポーズを受けるはずだったアイリス(ブレック・バッシンジャー)も事故に巻き込まれて死にますが、これはアイリスが予見した内容で、実際にはアイリスの機転で多くの人が救われました。アイリスの孫娘ステファニー(ケイトリン・サンタ・フアナ)は毎晩そのタワーが倒壊する夢を見て不審に思い、実家から離れて1人で暮らす祖母アイリス(ガブリエル・ローズ)を訪ねます。そこで分かったのはあの日、タワーにいて生き残った人たちとその家族・子孫が次々に亡くなっていること。死の運命には逆らえなかったわけです。このままではステファニーと両親、兄弟たちも死んでしまいます。
死を回避するには2つの方法があります。一つはいったん死んで復活すること、もう一つは誰かを殺してその余命を受け継ぐこと。年長者から順番に死んでいくルールもあり、これはつまり誰かがこの2つの方法のどちらかで死を回避できれば、それより若い世代は死を免れるということです。ステファニーは死の運命を変えるために奔走しますが…。
本作は14年ぶりのシリーズ作品。全体的にグシャッ、ベチョッという風な死に方が多いですが、R-18指定になるほど残酷ではありません。監督はアダム・スタインとザック・リポフスキー。
IMDb6.7、メタスコア73点、ロッテントマト92%。
2025/10/26(日)「愚か者の身分」ほか(10月第4週のレビュー)
「愚か者の身分」

あまりの面白さに驚いて、急いで原作を読みました。第一章「柿崎護」が大藪春彦賞を受賞した短編で、二章「槇原希沙良」、三章「江川春翔」、四章「仲道博史」(私立探偵で映画には登場しません)、五章「梶谷剣士」と5人の視点で描かれています。これについて、脚本の向井康介は「登場人物が多すぎる」と当初、難色を示したそうですが、永田監督がマモル(林裕太)、タクヤ(北村匠海)、梶谷(綾野剛)の3人に絞ることを提案。原作にはないタクヤの章を設け、主人公としました。これが奏功して、映画は謎をはらんだ一直線の面白さを備えることになったと思います。
永田監督の演出は重厚なアクションシーンも良いですが、タクヤがアジの煮付けを作ってマモルに食べさせるシーンや逃走中の梶谷がタクヤの髪を洗ってやるシーンなど普通の場面での情感の盛り上げ方に優れています。タクヤとマモルの関係は「傷だらけの天使」(1974年のドラマ)の萩原健一と水谷豊を思わせました。出番の少ない山下美月と木南晴夏の女優2人の魅力を引き出した描き方もさすがです。なお、山下美月が演じた希沙良は原作の第二章で格闘場面があり、これは映画でも見たいシーンではありました(ここを入れると、登場人物とエピソードが増えて上映時間が長くなるので、カットしたのは仕方ありません)。
永田監督は多くのテレビドラマのほか、これまでに10本の映画を撮っていますが、高い評価を受けてきたわけではありません。しかし、そうした多数の演出経験が無駄になるはずはなく、確実に力をつけてきたのでしょう。だから、優れた脚本とスタッフと俳優に恵まれたこの作品で大きな飛躍を果たし得たのだと思います。この作品を「再デビュー作」と位置づけているそうで、今後が楽しみです。
僕が見た時は観客10人ぐらいで、僕以外は北村匠海のファンとおぼしき女性ばかり。「匠海くん主演だ、キャー」と思って見に来た女性ファンは中盤のあのショッキングな場面で「ギャーッ、た、匠海くん…」と卒倒しそうになったんじゃないでしょうかね。そんな場面がありながら、見終わってほっこりした気分になるのがこの作品の美点です。
この小説には続編「愚か者の疾走」があり、11月11日発売予定です。映画も同じスタッフ・キャストで続編をぜひ作ってほしいと思います。
▼観客10人ぐらい(公開初日の午後)2時間10分。
「ファンファーレ!ふたつの音」

兄のティボをバンジャマン・ラヴェルネ、弟ジミーをピエール・ロッタンが演じています。特にユーモアを交えたロッタンの好感度が高いです。
ジミーは炭鉱町の楽団に所属しています。映画はオリジナルストーリーですが、その基になったのはクールコル監督がフランス北部の大衆的なブラスバンドに出合ったことだったそうです。映画は有名なオーケストラ指揮者と地方の楽団を描いて、途中までは素晴らしい出来なのですが、劇中に提起された問題がラストで何も解決しないのがちょっと残念でした。
IMDb7.4、ロッテントマト95%。
▼観客15人ぐらい(公開5日目の午後)1時間43分。
「ストロベリームーン 余命半年の恋」

映画の中ではっきり病名は明かされませんが、主人公の桜井萌(當真あみ)の生まれつきの病気は心臓に関するものなのでしょう。学校に通えなくなったため、自宅学習を続けてきましたが、病院で余命半年を宣告された帰り、ある男子生徒が幼い少女を助ける光景を見て、高校に通うことを決意します。入学式の当日、教室でその男子生徒・佐藤日向(齋藤潤)に出会い、告白。萌は自分が余命わずかであることを隠して日向との交際を深めていきます。
脚本はベテランの岡田惠和。語り手を原作の日向から萌に変更するなど手を尽くしているようですが、ゴールの見えた話なので限界はあります。
當真あみの親友役・高遠麗(うらら)を演じる池端杏慈が良いです。声優を務めたアニメ「かがみの孤城」(2022年、原恵一監督)を除けば、映画はこれが「矢野くんの普通の日々」(2024年、新城毅彦監督)に続いて2本目。年末公開の「白の花実」(坂本悠花里監督)にも出ています。広瀬すずや清原果耶などが務めた全国高校選手権の応援マネージャーに選ばれたそうで、一気にブレイクしそうです。
原作の続編「コールドムーン」はその高遠麗が主人公だそうですが、10年後の設定なので池端杏慈の主演は残念ながら無理筋。映画で言えば、杉野遥亮と中条あやみの話になりますね。
▼観客6人(公開7日目の午後)2時間7分。
「おいしい給食 炎の修学旅行」

市原隼人は相変わらずおかしいんですが、タイトルの修学旅行以外の部分が多く、上映時間を持て余している感じ。大きな話ではないので、80分から90分程度にまとめた方が良かったと思います。短くまとめるのも見識です。脚本は永森裕二、監督は綾部真弥。映画の終わり方からすると、またテレビシリーズをやるのでしょう。そっちの方が楽しみかも。
▼観客6人(公開初日の午前)1時間54分。
2025/10/19(日)「DREAMS」ほか(10月第3週のレビュー)
コンペティション部門はさすがに競争が激しいなと思ったんですが、映画祭のサイトをよく見たら、僕が買った回は舞台あいさつとQ&Aコーナーが予定され、監督のほかに女優の朝倉あき、久保史緒里(乃木坂46)が登壇するのでした(主演は福地桃子なんですけど)。なるほど、アクセスが殺到するわけです。買えたのはかなり後ろの席。久保史緒里、豆粒ぐらいにしか見えないでしょうねえ。
「DREAMS」「SEX」

17歳の高校生ヨハンネ(エラ・オーヴァービー)は新任の女性教師ヨハンナ(セロメ・エムネトゥ)に恋をする。手編みを習う名目でヨハンナのアパートに通うようになるが、やがてヨハンナには女性の恋人がいることが分かる。失恋したヨハンネは1年後、ヨハンナとの付き合いを手記にまとめる。手記を読んだヨハンナの祖母(アンネ・マリット・ヤコブセン)と母(アネ・ダール・トルプ)は2人の生々しい性的描写にショックを受け、波紋を引き起こす。
母親がヨハンナの思いを「同性愛の始まり」と言ったことにヨハンナは不服そうな顔をします。ヨハンナにとっては単なる愛する心であり、異性愛との区別はないのでしょう。10代の女の子の初恋を描いていて、30代・40代の愛を描いた他の2作より若い世代に受ける映画なのではないかと思います。
IMDb7.3、メタスコア81点、ロッテントマト92%。
▼観客3人(公開初日の午後)1時間50分。
三部作のもう1本「SEX」は前日に見ました。意図せずに男とのセックスを経験した夫が妻にそのことを話したことで、夫婦間にひずみが起こる展開。夫は罪悪感が全くなかったことから、妻に正直に打ち明けたんですが、妻は夫の行為を浮気と断定し、大きく傷つきます。
ハウルゲード監督の三部作に共通するのはディスカッションドラマの様相があることですが、これはほぼ全編ディスカッションという感じ。エモーショナルな部分が少なかったことで、評価も他の2作ほど高くなっていません。
観客が僕だけでしたけど、これはこのタイトルの影響もありそうです。原題がそうなので難しいんですが、女性が窓口ではなかなか言いにくいタイトルだと思います。
この三作、同性愛を含めた愛のトリロジーになっていて、僕は「LOVE」「DREAMS」「SEX」の順で良かったと思いました。
IMDb6.6、メタスコア69点、ロッテントマト82%。
▼観客1人(公開7日目の午後)1時間58分。
「ハウス・オブ・ダイナマイト」
核戦争の危機を描き、「未知への飛行」(1964年、シドニー・ルメット監督)を思わせるサスペンス。アメリカに向かってくるICBMが確認される。国内のどこかの都市に着弾するのは確実で、それまでの時間はわずか18分。映画はこの18分間を3人の登場人物の視点で繰り返します。
ミサイルはどこから発射されたのか分かりませんが、軌道から見て恐らく北朝鮮と推測されます。米軍は迎撃ミサイルを2発発射しますが、1発は軌道を外れ、もう1発も迎撃に失敗。秒速6キロで進むミサイルをミサイルで撃ち落とすのは「弾丸を弾丸で撃つようなもの」であり、「迎撃できる確率は61%」というセリフが出てきます。
大統領はこれ以上の攻撃を防ぐため、相手国への報復攻撃を迫られます。3レベルの攻撃をレア、ミディアム、ウェルダンと例えるのが怖いです。キャスリン・ビグロー監督はいつものように骨太の演出で見せますが、別の視点とはいっても18分を3度繰り返す脚本(ノア・オッペンハイム)には一考の余地があると思いました。
出演は米軍大佐にレベッカ・ファーガソン、大統領副補佐官にガブリエル・バッソ、大統領にイドリス・エルバ。
タイトルは爆薬がいっぱいに詰まったような状態で一触即発の現在の世界を意味しています。どこかの国が核ミサイルを発射したらそれで世界は終わりなわけです。24日からNetflixで配信されます。
IMDb7.4、メタスコア80点、ロッテントマト84%。
▼観客10人ぐらい(公開4日目の午後)1時間52分。
「風のマジム」

気になった部分を具体的に書くと、派遣社員である主人公の伊波まじむ(伊藤沙莉)は南大東島のサトウキビを材料に沖縄の醸造家・瀬名波(滝藤賢一)に依頼してアグリコール・ラムを作る企画で社内コンペに応募します。それをサポートする正社員の先輩・糸数啓子(シシド・カフカ)は醸造家として有名な東京の朱鷺岡(眞島秀和)を提案、まじむもいったんはこれに納得します。しかし、朱鷺岡の横柄な人柄と言動に反発を覚えたまじむは純沖縄のラム酒にしたいと、醸造家を瀬名波に替えたプレゼン資料を内緒で用意し、役員にそれを配って説明します。同じチームの先輩に無断でこれをやるのはどう考えてもおかしいです。だまし討ちのようなやり方をせず、先輩の説得を試みるのが先でしょう。
原作でもこの流れではあるんですが、先輩のキャラが映画より意地悪になっていて、啓子は本音ではこう思ってます。
「沖縄産ラム酒製造なんて面倒くさいだけさ。こんな事業やられたらうちもたまったもんじゃないよ。さっさとつぶして、次いかなくちゃでしょ」
だから、まじむが啓子の意図に反した資料を用意するのもまあ納得できるわけです。映画も啓子のキャラをもっと意地悪く描いた方が良かったのでしょう。
まじむのモデルとなったのは南大東島に本社があるグレイスラム株式会社の代表取締役・金城祐子さん。原田マハは作家になる前に取材し、いつか小説に書くことの了承を得ていたそうです。
「まじむ」は沖縄ことばで「真心」の意味。監督の芳賀薫はCMディレクターなどを経て、これが映画監督デビュー。
▼観客20人ぐらい(公開5日目の午後)1時間45分。
「おーい、応為」

北斎から「応為(おうい)」の雅号を与えられるお栄を演じるのは長澤まさみ。男勝りのお栄を魅力的に演じていますが、それでも魅力の引き出し方がまだ足りないと思えるのは大森監督の「MOTHER マザー」(2020年)でも感じたことではありました。
北斎を演じるのは永瀬正敏、絵師の善治郎に高橋海人。出演者は良く、セットにも問題ないのに今一つ焦点が絞り切れていません。絵師としてのお栄をもっと見たかったです。
杉浦日向子原作をアニメ化した原恵一監督の「百日紅 Miss HOKUSAI」(2015年)は公開時に見ましたが、それほど面白くなかった記憶があります。見直してみようと配信を探しましたが、ありません。録画もしていませんでした。ふとWOWOWオンデマンドを見たら、あるんですね、これが。WOWOWでは11月20日に再放送しますので、録画しておこうと思います。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午前)2時間2分。