2025/11/16(日)「平場の月」ほか(11月第2週のレビュー)
原作コミックの作者・真造圭伍さんの奥さんはドラマ「じゃあ、あんたが作ってみろよ」(TBS)原作の谷口菜津子さんだそうです。夫婦それぞれの作品が同時期にテレビドラマ化され、ともに好評なのは珍しいんじゃないでしょうか。
「平場の月」

原作で心に残るのは「ちょうどよく幸せなんだ」とか「夢みたいなことだよ。夢みたいなことをね、ちょっと」と言う須藤の慎ましい姿でした。脚本の向井康介はそこをうまくすくい上げて脚色しています。ある事情で「一人で生きていく」と決意した須藤(一色香澄)は中学時代、青砥健将(坂元愛登)の告白を断ります。しかし大学卒業後、一流企業に就職するも結婚退社。夫がDV男だったため離婚。その後、若い美容師(成田凌)に貢いで貯金を失います。2年前に地元に戻り、病院のコンビニで働いていたところで、青砥(堺雅人)に再会するわけです。
青砥もまた妻(吉瀬美智子)と離婚して実家に一人暮らしでした。中学時代同様に「青砥」「須藤」と呼び合う2人は何度か一緒に飲みに行き、仲を深めていきます。そんな時、須藤に大腸がんが見つかり、須藤は肛門を切除して人工肛門(ストーマ)を付ける手術を受けることになります。
「私はね、青砥が一緒にいたいと思うような奴じゃないんだよ」。須藤がそう言うのは2度の失敗をしていることと、好きな青砥に迷惑を掛けたくない思いからでしょう。「おれはお前と一緒に生きていきたいんだよ」と返す青砥は病気の須藤の支えになりたいと思っているからにほかなりません。好きな女性が困っていれば助けたいと思うのはたいていの男には当然なことだと思います。
映画はそうした中年男女の機微を切なく描いています。土井監督は「この作品は基本的に、とても魅力的だけど簡単にはその内側に入らせてくれない女性を、なんとかこじ開けようとする男性の物語」としていますが、青砥目線で語られる原作に加えて須藤目線も入れたことで物語がより立体的になったと思います。
2人の関係を見守る居酒屋の大将役の塩見三省が実に良い味わいの演技でした。須藤の中学時代を演じる一色香澄は宮崎県出身だそうです。
▼観客15人ぐらい(公開初日の午後)1時間58分。
「トリツカレ男」

何かに夢中になると、ほかのことが目に入らなくなるジュゼッペ(声:佐野晶哉)はトリツカレ男と呼ばれている。三段跳びや探偵、歌、サングラス集めなどジュゼッペがとりつかれるものは予想ができないものばかり。行き場のないハツカネズミのシエロ(声:柿澤勇人)に話しかけるうちに、ジュゼッペはネズミ語をマスターする。そんなジュゼッペは公園で風船売りをしているペチカ(声:上白石萌歌)に一目惚れし、今度はペチカに夢中になる。ジュゼッペは勇気を出してペチカに話しかけるが、ペチカの心には悲しみがあった。大好きなペチカのため、シエロとともに、彼女が抱える心配事を、これまでとりつかれた数々の技を使ってこっそり解決していく。
原作を僕はKindle版で読んだのでページ数が分からないんですが、1時間余りで読み終えました(amazonには文庫版が176ページとあります。文字サイズが大きいんじゃないしょうかね)。映画は原作に忠実で、しかもうまいアニメ化だと思いました。ペチカを笑顔にするために全力を傾けるトリツカレ男の姿が感動的です。子どもに見せたい、読ませたい作品ですね。監督は「映画クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園」(2021年)などの髙橋渉。
▼観客20人ぐらい(公開6日目の午後)1時間38分。
「揺さぶられる正義」

乳幼児に3つの症状(硬膜下血腫、眼底出血、脳浮腫)があれば、揺さぶりが原因と考えられ、それは虐待が原因の可能性があるとして、2010年代には両親や祖父母などの逮捕・起訴のケースが相次ぎました。SBSは厚労省のマニュアルや診断ガイドに掲載され、それを遵守した医師が検察側証人として出廷していました。判決文は医師の証言の要約のような内容で、裁判官といえども専門知識のある医師の証言に大きく影響されることが分かります。
映画はいくつかのケースを取り上げていますが、そのうちのひとつで、ある脳神経外科医が弁護側につき、無罪を勝ち取ります。これ以降、SBS関連の裁判では無罪になるケースが相次いだそうです。ところが、その医師が別の事件では検察側につくというまるでドラマのような展開があります。もちろん、医師は自分の信念に従って証言しているわけですが、判決が医師の証言に左右されることが多い以上、なかなかに難しい問題を孕んでいます。
厚労省はその後、マニュアルを改訂し、最近ではSBSでの立件は少なくなっているそうです。それにしても冤罪で世間にさらされた家族のことを思うと、胸が痛みます。
▼観客3人(公開4日目の午後)2時間9分。
「君の顔では泣けない」

30歳の陸(実はまなみ)が高橋海人、まなみ(実は陸)が芳根京子。この2人が愛し合って結ばれれば、話は簡単(元に戻っても大きな支障はない)ですが、友情はあっても愛情はないようで、それぞれの道を生きていき、ややこしくなります。
話に無理があると感じるのは15年間も入れ替わった体で暮らしていれば、それが普通の状態になるのではと思えるからです。いや、トランスジェンダーの人は生まれた時から違和感が消えないじゃないかと言われれば、それもそうかと思いますが、まなみ(実は陸)は結婚して子どもも産んじゃうわけで、それはその性を受け入れていることなのではないかと思えるわけです。
どうもこの映画、そのあたりの掘り下げ方が浅くて物足りません。タイトルは他人の顔のままでは自分の親の死で涙を流せないという意味を表していますが、この程度の映画では泣けない、と言いたくなります。テーマを掘り下げるとともに、もっとテンポを速く、ダラダラ描かずにもっと簡潔な表現を。坂下雄一郎監督にはそれが必要だと思います。
▼観客10人ぐらい(公開初日の午前)2時間3分。
「白の花実」
東京国際映画祭で上映した作品で坂本悠花里監督の長編デビュー作。会場は角川シネマ有楽町(237席)でしたが、平日午前中のためもあって半分も埋まっていなかったです。転校を繰り返してきた少女・杏菜(美絽)は森の奥にある全寮制の女子校に転校する。寄宿舎のルームメイト莉花(蒼戸虹子)は美しく、誰からも好かれる少女だった。ところが、莉花は屋上から身を投げ、命を絶ってしまう。残された日記には莉花の苦悩や怒り、幼なじみの栞(池端杏慈)との記憶、ある想いが綴られていた。
上映後の質疑応答によると、坂本監督が意識したのは「ピクニックatハンギング・ロック」(1975年、ピーター・ウィアー監督)だったそうです。女子ばかりの高校が舞台なので言われてみれば、分かる気もしますが、脚本の説得力が今一つでした。脚本協力に大江崇允(「ドライブ・マイ・カー」)がクレジットされていますが、協力の仕方が足りなかったようです。「ストロベリームーン 余命半年の恋」の池端杏慈はここでも好演していました。
12月26日公開予定。1時間50分。
「M3GAN ミーガン2.0」
AIロボットの恐怖を描いた「M3GAN ミーガン」(2022年、ジェラルド・ジョンストン監督)の続編。アメリカでの興行収入が振るわず、日本では劇場公開が見送られました。amazonプライムビデオで見ました。人工知能を持つM3GAN(ミーガン)が暴走し、破壊されてから2年。ミーガンの生みの親であるジェマ(アリソン・ウィリアムズ)はAI技術の政府監視を提唱する著名な作家となっていた。ジェマの姪で14歳のケイディ(ヴァイオレット・マッグロウ)は反抗期の真っ只中。ある日、ジェマはミーガンの技術を基に作られた究極の殺人兵器アメリアの誕生を知る。やがてアメリアは暴走を始め、人々を次々に殺害、世界を危機に陥れてゆく。
そのアメリアに対抗するため、ミーガンの出番となるわけです。悪役が2作目では善玉になるというよくあるパターンではあります(完全な善玉ではありませんが)。IMDbによると、2500万ドルの製作費に対してアメリカ・カナダの興行収入は約2400万ドル、全世界では約3900万ドルで、製作費の2倍が採算ラインとすると、かなりの赤字ではありますね。出来の方は壊滅的にダメではなく、1作目よりは落ちるものの、テレビで見る分には十分楽しめました。監督は1作目と同じジェラルド・ジョンストン。
IMDb6.0、メタスコア54点、ロッテントマト58%。2時間。