2025/03/09(日)「35年目のラブレター」ほか(3月第1週のレビュー)
WOWOWはオンデマンドも充実してきました。もしかしたら、衛星放送をやめて配信専業に移行するのも選択肢としてありじゃないでしょうかね。
「35年目のラブレター」
読み書きができず定年退職してから夜間中学に通って学んだ男性と妻を描く実話ベースのドラマ。脚本、演出とも百点満点の出来とは思いませんが、足りない部分を笑福亭鶴瓶、原田知世、重岡大毅、上白石萌音ら出演者の好演が大きく補っていて、泣かされること必定の展開でした。悲しくて泣かされるのではなく、主人公同様、相手を思いやる登場人物たちの気持ちの温かさが心にしみます。主人公の西畑保(重岡大毅→笑福亭鶴瓶)は貧しい家に生まれ、級友と先生に盗みの疑いをかけられたことから小学2年生で学校に行くのやめた。漢字はまったく読めず、自分の名前も書けないまま成長し、さまざまな職を転々とする。親切な寿司屋の主人に助けられ、寿司職人として働くようになる。35歳の頃、見合いで皎子(上白石萌音→原田知世)と結婚。読み書きができないことを伝えられなかったが、結婚して半年たった頃、自分の署名もできないことを打ち明ける。皎子は「今日から私があんたの手になるわ」と言い、保を支え続ける。
この俳優4人がまず良いのですが、「ちょっと待ってえな」と言いながら、面接の途中で逃げた保を追いかける寿司屋の主人の笹野高史、学校の入り口で保に声をかける夜間中学の教師・安田顕、「よっこい、しょういち」と笑いながら回覧板を渡す隣家のくわばたりえ、弟妹を助けるために大やけどを負った皎子の姉役の江口のりこらが見ていてほっとするような演技をしています。学校や職場でいじめに遭い、騙されそうになった経験もある主人公がこうした人たちに助けられるエピソードが実に良いです。世の中、人の欠点をあげつらい、攻撃し、優越感に浸るような最低の人間ばかりではないわけです。
パンフレットによると、企画の発端は塚本連平監督の妻がテレビで西畑さんを取り上げたドキュメント番組を見たこと。その番組は「ザ・世界仰天ニュース」(日テレ、2020年11月放送)のようです。西畑さんは住友信託銀行(現・三井住友信託銀行)主催の「60歳のラブレター」で2003年に金賞を受賞していますが、新聞社の記者から取材を受けたのは夜間中学に通い、妻にラブレターを渡した頃で、それからテレビなどでも取り上げられ、仰天ニュースに繋がったようです。
塚本監督は西畑さんに取材を重ね、脚本化していきました。講談社から同名の本(小倉孝保著)が出ていますが、原作にクレジットされていないのは別々の取材の結果だからでしょう(タイアップはしているかもしれません)。
それにしても何歳になっても学ぼうと努力する人の姿勢は美しいです。見習いたくなります。
▼観客多数(公開2日目の午前)1時間59分。
「ウィキッド ふたりの魔女」

映画「オズの魔法使」で東の魔女は竜巻で飛んできたドロシー(ジュディ・ガーランド)の家の下敷きになって死亡。西の魔女はドロシーに水をかけられて溶けてしまいました。同じ緑色の肌であっても、「ウィキッド」のエルファバはその肌の色から父親に忌み嫌われ、入学したオズの大学の生徒たちからも差別を受けます。しかし、魔法の能力は際立っていて、大学のマダム・モリブル(ミシェル・ヨー)はエルファバをオズの魔法使いがいるエメラルドシティへ向かわせます。グリンダもそれに同行することになりますが、オズの魔法使いはある陰謀を秘めていました。
監督は「イン・ザ・ハイツ」(2020年)のジョン・M・チュウ。人間と対等に普通に暮らしていた動物たちが突然拘束されたり、肌の色によって差別されたりする描写はテーマとして分かりやすく、歌とダンスも申し分ないですが、物語の構成に目新しさはなく、訴求力には少し欠けるように思いました。シンシア・エリヴォとアリアナ・グランデは素晴らしいです。個人的には特に素直さと善良さを感じさせるグランデの歌と振る舞いに引かれました。魔女の力に目覚めたエルファバがどうなるのかにも興味がありますが、パート2ではグランデにもっと活躍させてほしいです。
IMDb7.5、メタスコア73点、ロッテントマト88%。
作品、主演女優、助演女優賞などアカデミー10部門にノミネートされ、美術賞と衣装デザイン賞を受賞しました。
▼観客多数(公開初日の午前)2時間41分。
「TATAMI」

映画は主人公を女性に変えています。イラン代表の女子柔道選手レイラ・ホセイニ(アリエンヌ・マンディ)とコーチのマルヤム・ガンバリ(ザーラ・アミール)はイラン初の金メダルを目指し、ジョージアの首都トビリシで開かれた女子世界柔道選手権に挑む。レイラは60キロ級のトーナメント戦に出場。順調に勝ち進むが、イラン政府から棄権を命じられる。このままレイラが勝ち進めば、決勝でイスラエルの選手と戦う可能性があるからだ。政府はレイラの両親を拘束して棄権を迫る。夫と子供は国境を目指して逃げた。イラン政府に従うか、戦い続けるか。レイラとマルヤムは決断を迫られる。
試合場面の迫力と追い詰められる2人のサスペンスが効果を上げています。映画の中ではイランがイスラエルを国として認めていないから試合することを認めないという説明ですが、パンフレットによると、試合に負けた場合、最高指導者の面目がつぶれるために避けているのだそうです。監督はガイ・ナッティブとザーラ・アミール。
IMDb7.5、ロッテントマト83%(アメリカでは映画祭での上映)。
▼観客3人(公開5日目の午後)1時間43分。
「小学校 それは小さな社会」
東京都世田谷区の小学校を長期取材したドキュメンタリー。短縮版の「Instruments of a Beating Heart」(23分)はアカデミー短編ドキュメンタリー賞にノミネートされましたが、受賞は逃しました。元の映画は1年以上にわたって取材し、1学期、2学期、3学期を経て新入生の入学式までが描かれています。その意味で、短縮版は全体のクライマックスに相当するものと言えるでしょう。短縮版は入学式で演奏する児童がメインでしたが、長編版は先生たちにもスポットが当てられて興味深かったです。短縮版の主人公と言える1年生のあやめちゃんはアカデミー賞授賞式のレッドカーペットで山崎エマ監督と一緒にNHKのインタビューに答えていました。NHKが共同製作なので、本編はそのうちNHKで放映されるんじゃないでしょうか。
IMDb7.2(アメリカでは映画祭での上映)。
▼観客11人(再公開6日目の午前)1時間39分。
「パピヨン」
胸に蝶の刺青があることからパピヨンと呼ばれた男の監獄島からの脱獄を描いた同名小説の映画化。1931年、無実の罪で終身労働を宣告され、南米の仏領ギアナの刑務所に送られたアンリ・シャリエールが何度も失敗した後に脱獄に成功する、という物語。1973年の作品なので劇場でリアルタイムでは見ていません。テレビでは数回見ていますし、WOWOWから録画したのも持ってますが、劇場で見ておきたかった作品でした。
パピヨンを演じるスティーブ・マックイーンと親友ドガ役のダスティン・ホフマンは良いですが、映画自体はそれほどの傑作ではないと思います。囚人たちの描写が「猿の惑星」(1968年)に似ていると思えるのは監督がフランクリン・J・シャフナーだからでしょう。脚本はダルトン・トランボとロレンツォ・センプル・ジュニア。
脱獄に成功し、椰子の実のイカダにつかまったパピヨンの最後のセリフはテレビでは「俺はくたばらねえぞ!」だったと記憶しています。映画の字幕は「俺は生きてるぜ!」だったかな。英語のセリフは「Hey You, Bastard! I'm Still Here!」でした。
パピヨンが収監されたのは南アメリカの悪魔島(ディアブル島)。ロマン・ポランスキー監督の「オフィサー・アンド・スパイ」(2019年)の主人公ドレフュス大尉が収監されたのもここでした。
IMDb8.0、メタスコア58点、ロッテントマト73%。
2017年のリメイク版(マイケル・ノアー監督)はIMDb7.2、メタスコア51点、ロッテントマト52%。
▼観客11人(公開7日目の午後)2時間31分。
2025/03/02(日)「ANORA アノーラ」ほか(2月第4週のレビュー)
「ANORA アノーラ」

ニューヨークのストリップダンサーでロシア系アメリカ人の“アニー”ことアノーラ(マイキー・マディソン)はロシアの富豪の御曹司イヴァン(マーク・エイデルシュテイン)と出会う。アニーを気に入ったイヴァンは7日間1万5千ドルで専属契約を結ぶ。贅沢三昧の日々を過ごした2人はラスベガスの教会で衝動的に結婚するが、息子がセックスワーカーと結婚したことを知ったロシアの両親は激怒する。結婚を無効にするため屈強な男たち3人を息子の邸宅へと送る。イヴァンは隙を見て逃走。イヴァンの両親が到着し、アニーは逃げたイヴァンを一緒に捜すことになる。
予告編で「『プリティ・ウーマン』がディズニー映画のように見えてくる」との批評が引用されていましたが、その通り、金持ちと結婚するシンデレラストーリーの後の出来事が物語の中心。アニーは気の強い女性で3人の男に負けずに思い切り抵抗するのがおかしくて痛快です。弾けた魅力を見せるマイキー・マディソンがジュリア・ロバーツのように売れっ子になるといいなと思います。
R-18指定。ボカシのかかるシーンはありませんが、セックス描写が多いので一般映画としてはNGとなったようです。アカデミー作品、監督、主演女優賞など6部門ノミネート。助演男優賞にノミネートされたイゴール役の俳優にはユーリー・ボリソフ(Yuriy Borisov)とユーラ・ボリゾフ(Yura Borisov)の2種類の表記があります。ロシア映画「インフル病みのペトロフ家」(2021年、キリル・セレブレニコフ監督)まではユーリーでした。ユーラはアメリカ向けの名前なのでしょう。
IMDb7.7、メタスコア91点、ロッテントマト93%。
▼観客6人(公開初日の午前)2時間19分。
「名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN」

ディランを演じるのはティモシー・シャラメ。ギターと歌を5年かけて練習し、歌い方と佇まいはディランにそっくりです。「風に吹かれて」「時代は変る」「ミスター・タンブリン・マン」「ライク・ア・ローリングストーン」などのヒット曲が次々に披露され、ディランに詳しくない人にもその魅力が伝わる作りになっています。ジョーン・バエズを演じたモニカ・バルバロの澄んだ歌声にも感心。「朝日の当たる家」を歌い上げる場面から引き込まれました。バルバロもまた歌とギターは未経験だったとのこと。
そうした諸々の要素が絡まり合って前半は抜群に面白いです。後半がやや失速するのはエレキギターに変えたディランの変化の理由が今一つ伝わってこないからでしょう。当時の聴衆にも伝わらず、ステージに物を投げられるシーンがあります。
ディランと恋人のシルヴィ・ルッソ(エル・ファニング)が見に行く映画はベティ・デイヴィス主演の「情熱の航路」(1942年、アーヴィング・ラバー監督)でamazonプライムビデオが配信しています。シルヴィ・ルッソのモデルとなったスージー・ロトロは「グリニッチヴィレッジの青春」という回顧録を出していますが、映画「グリニッチ・ビレッジの青春」(1976年、ポール・マザースキー監督)とは関係ありません。
監督はこの映画にも登場するジョニー・キャッシュを描いた「ウォーク・ザ・ライン 君につづく道」(2005年)のほか、「フォードvsフェラーリ」(2019年)「インディ・ジョーンズと運命のダイヤル」(2023年)などのジェームズ・マンゴールド。アカデミー作品、監督、主演男優賞など8部門ノミネート。
IMDb7.5、メタスコア70点、ロッテントマト81%。
▼観客12人(公開2日目の午前)2時間21分。
「劇場版トリリオンゲーム」
無料だった原作2巻までを読み、ドラマを4話まで観たところで劇場版を見ました。ドラマの続きではなく、オリジナルの物語なのでドラマを見ていなくてもだいたいの話は通じます。原作通りのドラマは面白く見ましたが、映画は新鮮味に欠けた脚本(テレビと同じ羽原大介)の出来が芳しくない上に、演出(村尾嘉昭)も手際が悪いです。目黒蓮、佐野勇斗、今田美桜、福本莉子らの出演者は悪くありません。
日本では違法なオンラインカジノが問題となっていますが、映画の舞台は日本初のIR構想で完成したカジノリゾートという設定。オンラインがダメで(特区とはいえ)実物は良いとする政府の考え方には疑問を感じます。実物だとなおさらダメでしょ、普通。
▼観客20人ぐらい(公開14日目の午後)1時間58分。
「ゆきてかへらぬ」

パンフレットによると、脚本の田中陽造は金子光晴と愛人を描いた「ラブレター」(1981年、東陽一監督)の次にこの脚本を書いたそうですが、当時は昭和初期のセットを組む予算がなくて映画化に至らなかったそうです。長谷川泰子は「中原中也との愛 ゆきてかへらぬ」(角川ソフィア文庫)という告白的自伝を残していますが、映画の原作としてはクレジットされていません。これは田中陽造が「女性の告白は信用できない」ことを「ラブレター」の時に痛感したためで、この映画の細部はほとんど創作だそうです。
序盤の広瀬すずと木戸大聖だけのドラマに、中盤から岡田将生が登場してくると、途端に画面が落ち着く感じがありました。広瀬すずは近年、若手女優の中では演技力に信頼がおけるようになりましたが、精神的な弱さも抱える長谷川泰子の役を演じるのは少し難しいように思えました。泰子の母親役で瀧内公美、中原の妻役で藤間爽子。柄本佑がゲスト的な出演をしています。
根岸吉太郎監督が劇場用映画を撮るのは「ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ」(2009年、キネ旬ベストテン2位)以来16年ぶり。KINENOTEによると、2013年に三島由紀夫の戯曲「近代能楽集」を映画化した「葵上」(54分)と「卒塔婆小町」(51分)を監督していますが、どちらもDVDの企画で劇場未公開でした。
▼観客20人ぐらい(公開4日目の午前)2時間8分。
「おんどりの鳴く前に」
ルーマニア・アカデミー賞(GOPO賞)6冠の辺境サスペンス。サム・ペキンパーの某作品を彷彿させるとの批評を聞いていたのを忘れ、クライマックスの展開に驚きました。ここ、コーエン兄弟の作品を連想した人もいたようですが、確かにそんな感じ。ルーマニア・モルドヴァ地方の静かな村で、野心を失い鬱屈とした日々を送る中年警察官イリエ(ユリアン・ポステルニク)。彼は果樹園を営みながらひっそりと第2の人生を送ることを願っていたが、平和なはずの村で惨殺死体が発見された。
序盤の緩やかな展開をもう少し引き締めた方がミステリーらしくなったと思いますが、クライマックスの衝撃度は減じていたかもしれません。監督のパウル・ネゴエスクは1984年生まれの若手。
IMDb7.3、ロッテントマト100%(アメリカでは限定公開)。
▼観客11人(公開6日目の午後)1時間46分。
2025/02/23(日)「ブルータリスト」ほか(2月第3週のレビュー)
「NHK連続テレビ小説『カーネーション』で夏木マリが演じる糸子の登場は、第145話からになります」(Search Labs | AI による概要)

GoogleのAIはBS12トゥエルビのサイトにある各週の概要紹介「145~151話」を見て、早とちりしたようです。当然のことながら、AIが常に100%正しいわけではないのです。それにしても尾野真千子が出ないとなると、「カーネーション」を見る意欲はだだ下がりです。
NHKと言えば、アカデミー賞授賞式生中継の詳細が発表されました。司会は廣瀬智美アナウンサー、ゲストは佐々木蔵之介とトラウデン直美。レッドカーペット中継もやるそうです。良かったです。
「ブルータリスト」

序曲、第一部「到着の謎 1947-1952」、第2部「美の核芯 1953-1960」、エピローグ「第1回建築ビエンナーレ 1980」で構成する3時間35分(インターミッション15分含む)。「序曲」のある映画はかつては「ベン・ハー」や「ウエスト・サイド物語」「2001年宇宙の旅」などありましたが、最近ではあまり見かけません。この映画の序曲は短いものの、こうした立派で本格的なパッケージングにより見応えは十分あります。ただ、大作感はそれほどなく、物語も通俗的と言えるものでした。
大作感に乏しいのは物語の中心が1947年から1960年までの13年しかないためもあるでしょう。前半はペンシルバニアに住む従兄弟を頼って単身渡米したラースロー(エイドリアン・ブロディ)が富豪のハリソン・ヴァン・ビューレン(ガイ・ピアース)と出会い、大規模な礼拝堂とコミュニティセンターの設計と建築に携わるまでの5年間、後半は妻エルジェーベト(フェリシティ・ジョーンズ)と姪ジョーフィア(ラフィー・キャシディ)がペンシルバニアに来て、礼拝堂の建築を進めながらラースローとハリソンの間に確執が生まれる様子を描いていきます。
俳優でもある監督のブラディ・コーベットはこれが監督3作目ですが、過去2作(「シークレット・オブ・モンスター」「ポップスター」)はいずれも低評価に終わっています。
ここでパンフレットを読んで愕然としたのはラースロー・トートが架空の人物であるということ。てっきり実在の人物かと思ってました。功績のダイジェストにせず、時代を絞ったのは賢明な処理とも思ったんですが、なんのことはない。そうなのか、フィクションなのか。それと、製作費が1000万ドル(約15億円)という少なさにも驚きました。5000万ドル以上、もしかしたら1億ドルぐらい掛かってるかと思ってました。大作感がなかったのはこのためなのか。監督として大きな実績もないのに、多額の予算の作品をまかせられたのはおかしいなと思ったんですよね。これぐらいの予算規模なら納得です。いや、コストパフォーマンスは抜群だと思います。
というわけでパッケージングは一流、中身はそこまでではないというのが率直な感想でした。第1部よりもフェリシティ・ジョーンズが(意外な姿で)登場する第2部が面白かったです。
IMDb7.8、メタスコア90点、ロッテントマト94%。ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞。アカデミー賞10部門ノミネート。
▼観客10人ぐらい(公開初日の午前)3時間35分。
「セプテンバー5」
1972年のミュンヘンオリンピック事件を生中継した米国のテレビ局ABCのスポーツ局スタッフを描くドラマ。なぜ今、この映画を作ったのか、その意図が気になります。公式サイトには「報道のあり方を問う、現代へのメッセージ」とありますが、果たしてそうか? 報道の在り方を問うなら、50年以上前の事件ではなく、今の事件に材を求めてはどうか。ガザで多くの子供を含む4万人以上を虐殺し、なおも攻撃をやめようとしないイスラエル擁護のプロパガンダ的意図があったのではないか、と勘ぐりたくなります。ミュンヘンオリンピック事件はパレスチナの武装組織「黒い九月」によって行われたテロ事件。五輪の選手村を襲撃、イスラエル選手2人を殺害し、9人を人質にしてイスラエルと西ドイツに拘束されている328人の解放を要求しました。犯人グループは海外への逃走を図りますが、空港で銃撃戦となり、人質9人含む選手11人、警察官1人、犯人5人が死亡しました。
ABCのスタッフは選手村からの銃声を聞いて事件発生を知り、現地にいる強みを活かして生中継します。緊張感のあるタッチで悪くはないんですが、それだけで終わってます。驚くのは終盤の出来事で、当初、「人質は全員助かった」と発表され、ABCはそれを真っ先に報じ、他社も後追いしますが、後に「全員死亡」の間違いと分かります。この部分はスティーブン・スピルバーグ監督の「ミュンヘン」(2005年)でも冒頭のシーンで描かれていました。
アカデミー長編ドキュメンタリー賞を受賞した「ブラック・セプテンバー 五輪テロの真実」(1999年、ケヴィン・マクドナルド監督。DVDタイトルは「ブラック・セプテンバー ミュンヘン・テロ事件の真実」)も間違いの原因については触れていません。恐らく西ドイツ当局の単純なミスだったのでしょうが、これを未確認でそのまま報じてしまったことは後追いした他社も含めて大きな汚点でしょう。
このドキュメンタリーには事件のその後が描かれています。生き残って逮捕されたテロリスト3人はルフトハンザ機ハイジャック事件の犯人の要求で解放されました。このハイジャック、乗客は12人しかいず、西ドイツ政府が絡んだ茶番だったという説があります。イスラエルは報復作戦を実行し、Wikipediaによると、PLOの基地を空爆して「65人から200人を殺害」し、犯人2人を含む武装組織の20人以上が暗殺されました(「ミュンヘン」はこの報復作戦を描いていました)。残る1人がこの映画のインタビューに顔を隠して登場しています。映画の評価はIMDb7.8、メタスコア82点、ロッテントマト93%。
「セプテンバー5」がダメなのは「報道の在り方を問う」名目で、一連の経過を無視して局所的な場面しか描いていないからです(タイトル通り9月5日の出来事=イスラエル被害の場面だけ)。だから別の意図を勘ぐりたくなるわけです。

ドイツはこの事件の後、五輪を自国開催していませんが、2040年大会の開催に関心があるそうです。
IMDb7.1、メタスコア76点、ロッテントマト93%。アカデミー脚本賞ノミネート。
▼観客9人(公開6日目の午後)1時間31分。
「アプレンティス ドナルド・トランプの創り方」

ロイ・コーンがトランプに教えた勝つための3原則は「攻撃、攻撃、攻撃」「何も認めず、全否定しろ」「勝利宣言をして決して負けを認めるな」。確かに今のトランプはこれを忠実に実行しているように見えます。トランプが負けや誤りを認めた場面など見たことがありませんから。
映画は前半、ロイの忠実な弟子となるトランプを描いていますが、後半は力関係が逆転します。トランプは師匠を超える存在になっていくわけです。落ちぶれていくロイには悪い奴だと分かっていても悲哀を感じざるを得ません。
トランプを演じるのはマーベルファンにはウィンター・ソルジャーとしてお馴染みのセバスチャン・スタン。外見と身振り手振り、喋り方をまねて完璧な演技を見せ、アカデミー主演男優賞にノミネートされました。ロイ・コーン役のジェレミー・ストロングも助演男優賞候補。監督は「ボーダー 二つの世界」(2018年)、「聖地には蜘蛛が巣を張る」(2022年)のイラン出身アリ・アッバシで、今回も的確な演出を見せています。
タイトルはトランプが2004年から2012年まで司会を務めたNBCのテレビ番組「アプレンティス セレブたちのビジネス・バトル」(WOWOWが以前放送したそうです)からきています。
IMDb7.1、メタスコア64点、ロッテントマト83%。
▼観客9人(公開7日目の午後)
「代々木ジョニーの憂鬱な放課後」
「違う惑星の変な恋人」(2023年)の木村聡志監督作品。オンライン試写で見ました。「グリーンバレット」(2022年、阪元裕吾監督)、「さよならエリュマントス」(2023年、大野大輔監督)に続いてミスマガジン受賞者が出演する映画製作プロジェクトによる作品で、2023年の受賞者6人が演じる女の子たちと高校生の代々木ジョニーをめぐる緩い青春群像劇です。ストーリー的にはなんてことないですが、とぼけた会話の微妙なおかしさで好感の持てる作品になっています。ちょっと変わった高校生の代々木ジョニー(日穏=KANON)は気の強い今カノ熱子ちゃん(松田実桜)を怒らせてしまったり、スカッシュ部のバタ子さん(加藤綾乃)、神父さん(高橋璃央)と部室でずっと喋っていたり、引きこもり生活中の幼なじみ神楽さん(一ノ瀬瑠菜)に会ったり、マイペースな放課後を送っている。しかし、名ばかりだったスカッシュ部に熱血部員デコさん(吉井しえる)が入部したことで他の部員ともどもちゃんと練習し、いきなり関東大会に出場することになる(スカッシュ部のある高校は少ないから)。ジョニーは宮崎から東京に来て祖父(マキタスポーツ)の喫茶店でバイトしている出雲さん(今森茉耶)と出会い、惹かれ合うようになるが…。
出演はほかに渡辺歩、前田旺志郎、綱啓永ら。「違う惑星の変な恋人」もそうでしたが、木村監督の作品は会話が秀逸で、元は舞台劇かと思えるぐらいです。ただ、シーンの並列なので物語としてはあと一ひねりあっても良かったかなと思います。
ミスマガジン2023グランプリの今森茉耶は実際に宮崎出身。今週号(2025年3月10日号)の週刊プレイボーイのグラビアに登場しているほか、始まったばかりの戦隊シリーズ第50作「ナンバーワン戦隊ゴジュウジャー」でゴジュウユニコーン=一河角乃を演じています。映画は昨年の「あのコはだぁれ?」(清水崇監督)に続いて2本目。清楚なビジュアルは申し分ないので、戦隊の1年間で演技力を磨きたいところです。目指せ、高石あかり。
映画は3月14日からの大阪アジアン映画祭で上映後、東京で公開、全国順次公開されるようです。1時間48分。
2025/02/16(日)「キャプテン・アメリカ ブレイブ・ニュー・ワールド」ほか(2月第2週のレビュー)
Netflixで今月から配信が始まったタイ映画「邪厄の家」(2023年、ソーポン・サクダピシット監督)は「バーン・クルア 凶愛の家」(全国的には昨年11月公開)と同じものです。劇場公開と配信でタイトルが異なるのは困りものですが、たぶん供給ルートが違い、Netflixの担当者も公開作とは知らなかったんじゃないでしょうか。わざとこうする理由は思いつかないです。
それにしても「邪厄」とはあまり聞き慣れない言葉。一昨年5月に公開された台湾ではこのタイトルだったようで、それを参考にしたんでしょうかね?
「キャプテン・アメリカ ブレイブ・ニュー・ワールド」

アメリカ大統領サディアス・ロス(ハリソン・フォード)がホワイトハウスで複数の人間から銃撃される。その中の1人は元スーパーソルジャーでサムの友人イザイア・ブラッドリー(カール・ランブリー)だった。彼らは何者かに洗脳されていたらしい。さらに希少金属アダマンチウムを巡って日本とアメリカはインド洋で一触即発の危機を迎えていた。キャプテン・アメリカは、ファルコンのウイング・ユニットを受け継がせたホアキン・トレス(ダニー・ラミレス)とともに双方の戦闘機の攻撃を必死に食い止め、陰謀を企む黒幕に迫る。
空中アクションとレッドハルクとの闘いが見どころ。超人血清によってスーパーパワーを持ったスティーブ・ロジャースとは違って、サム・ウィルソンは普通の人間。ウイング・ユニットとスーツを身に着けてもアイアンマンのスーツほどのパワーがあるわけでもなく、普通に考えてハルクに勝てる訳がありません。アンソニー・マッキー自身にスター性が希薄なのもつらいところですが、それはシリーズ第1作のクリス・エヴァンスも同じでした。2作目の「ウインター・ソルジャー」(2014年)が1作目の100倍ぐらい面白かったように、映画の作りと監督次第でどうにでもなるでしょう。次に期待します。
日本の首相に扮するのは「SHOGUN 将軍」(ディズニープラス)や「モナーク レガシー・オブ・モンスターズ」(アップルTVプラス)などの平岳大。この映画での日本の役割は今の情勢で考えれば、本当は中国でしょうが、米中開戦は洒落にならないので日本にしたんじゃないでしょうかね。
監督は「クローバーフィールド パラドックス」(2018年)、「ルース・エドガー」(2019年)のジュリアス・オナー。マーベル映画の常でエンドクレジットの後におまけのシーンがありますが、マルチバースをめぐるもので、これ、今後につながるのですかね? 以前の設定の名残のような気もします。製作が始動したといわれる「アベンジャーズ ドゥームズデイ」(アンソニー&ジョー・ルッソ監督)と「シークレット・ウォーズ」(同)もマルチバースものになるのでしょうか。
「インクレディブル・ハルク」(2008年、ルイ・レテリエ監督)以降、サディアス・ロスを演じていたウィリアム・ハートは2022年に死去。ハリソン・フォードがそれを引き継いだわけですが、82歳のフォードには引退説も流れています。
IMDb6.0、メタスコア43点、ロッテントマト51%。
▼観客多数(公開2日目の午前)1時間58分。
「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城塞」

香港へ密入国したチャン(レイモンド・ラム)は黒社会のルールを拒み、己の道を選んだために組織に目を付けられる。追い詰められたチャンは巨大スラム街・九龍城砦に逃げ込み、そこで3人の仲間と出会い、深い友情を育む。しかし九龍城砦を巻き込む抗争が激化し、チャンたちは命を賭けた戦いに挑んでいく。
アクション監督は谷垣健治、音楽を川井憲次が担当しているのはファンとしてはうれしいです。監督は「ドラゴン×マッハ!」(2015年)などのソイ・チェン。大ヒットしたので前日談や続編の計画もあるそうです。
パンフレットはクリアファイル付きで1200円でした。amazonでは4000円とか5000円とかで売ってますが、バカバカしいので劇場で買った方が良いです。入場者プレゼントのポストカードまで売ってるのがあきれますね。
IMDb7.0、メタスコア77点、ロッテントマト90%。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午後)2時間5分。
「港に灯がともる」
監督の安達もじりは放送中のNHK夜ドラ「バニラな毎日」や再放送中の朝ドラ「カーネーション」(2011年)「カムカムエヴリバディ」(2021年)などの演出家。本作はNHKドラマを再編集した前作「心の傷を癒すということ 劇場版」(2020年)に近い内容です。阪神・淡路大震災の翌月に神戸市長田で生まれた在日韓国人三世の灯(富田望生)は20歳。在日の自覚は薄く、震災の記憶もない灯は父(甲本雅裕)、母(麻生祐未)が語る家族の歴史や震災当時の話が遠いものに感じられ、苛立ちを募らせる。父は家族との衝突が絶えない。結婚間近の姉の美悠(伊藤万理華)が提案した日本への帰化を巡り、父親との対立がさらに深まる。灯は鬱状態になり、勤めていた造船所を退職。小さな建設会社に入る。
と、ここまで書いてパンフレットの「企画の始まり」のページを読んだら、この映画はプロデューサーの安成洋の発案から始まった、とありました。安プロデューサーの兄は「心の傷を癒すということ」(1996年)を書いた精神科医・安克昌。神戸、震災、在日のテーマが共通しているのはそのためなのでした。
異なるのは主人公が震災を経験したか、しなかったかの点。ドラマ「心の傷を癒すということ」(全4話)は震災で深い心の傷を受けた人たちの治療に当たる安医師(柄本佑)を描き、心の傷の苦しさ辛さをよく伝える内容でしたが、この映画はそれが間接的な分、主人公の苦悩が分かりにくくなっています。そして、39歳で亡くなった安医師がこのドラマの中で3人目の子供に付けた名前が灯でした。
この映画の主人公が安医師の娘と同じ名前なのは安達監督(あるいは安プロデューサー)が関連作として意識したからでしょう。灯の苦しみは主に父親との確執が原因となっていますが、父親が経験してきた苦難は娘に実感として伝わっていません。だから最後まで父娘はわかり合えないままになっています。それと同じようなことが主人公と観客の間にもあるようで、富田望生の役に入り込んだ熱演は空回り気味に感じました。これは富田望生が悪いわけではなく、単に脚本(安達もじり、川島天見)の説得力の問題だと思います。
大震災から30年ということもあって、「心の傷を癒すということ」の新増補版(2019年)は先月、NHK「100分de名著」で取り上げていました。
▼観客多数(公開5日目の午前)1時間59分。
「占領都市」

原作の「Atlas of an Occupied City」はマックイーン監督の妻で歴史家のビアンカ・スティグターの著作。マックイーンは2005年に短いバージョンが発表された際に映画化を考えたそうです。アムステルダムには当時、アンネ・フランクをはじめ多くのユダヤ人が住んでいましたが、その多くは収容所に収容の末に殺されたり、病死したりしました。街の至る所でもドイツ兵に殺されていて、スティグターは彼らがどのように死んでいったのかを調査したそうです。
ナレーションで何度も繰り返されるのは“Demolished”という単語。取り壊された、消滅した、解体されたという意味で、建物や場所、人々など多くのものが占領下でなくなってしまったことを象徴しています。撮影はちょうどコロナ禍の時で、善意の“マスク警察”の人たちがマスクを着けるように道行く人たちに注意する場面があり、占領当時にナチスの手先になった人たちと重なります。
4時間11分、退屈はしませんが、当時の映像を一切入れないことにこだわる必要もなかったのではと感じました。
IMDb6.7、メタスコア76点、ロッテントマト72%。
▼観客5人(公開6日目の午後)4時間11分。
2025/02/09(日)「ファーストキス 1ST KISS」ほか(2月第1週のレビュー)
残念ながら本編の方は見逃しましたが、これはその中から入学式の演奏でシンバルを担当することになった1年生の女の子をめぐるエピソードをピックアップしたもの。練習が足りないことを先生に叱られて泣き出してしまった女の子が立派に演奏できるまでのクラスメートや先生とのかかわりを描いています。タイトルの「Instruments of a Beating Heart」(直訳すると、「鼓動する心臓を持つ楽器たち」)の意味は最後の方に出てきます。
「ねえ、私たちって何なんだろうね」これが2年生になったばかりの子供たちの会話です。感心します。「小さな社会」なわけです。
「心臓、の一部? 私たちは心臓のかけらで、みんながそろったら、こんな形(ハート)になる。で、一人、こんな風にずれたら、もう心臓はできないの」
「本当だよ、私たちは過酷な楽器だよ」
同じく短編ドキュメンタリー候補の「ザ・レディ・イン・オーケストラ: NYフィルを変えた風」と短編実写映画賞候補の「アヌージャ」、歌曲賞候補の「6888郵便大隊」はNetflixが配信しています。
「ファーストキス 1ST KISS」
よくあるタイムトラベルもの、ループものなのに主人公2人の会話で構成するクライマックスが見事すぎて参りました。ベテランの力量を徹底的に見せつける脚本(坂元裕二)の説得力。これは海外に通用する高いレベルの脚本だと思います(だから坂元裕二は「怪物」でカンヌの脚本賞取ったのですが)。積極的にループすることを除けば、そのアイデアは普通のものなのに、こんなにオリジナルな映画ができるのが驚きで、中盤の少しの緩みを補って余りあるクライマックスの充実ぶりにひたすら感心しまくりました。結婚して15年になる硯カンナ(松たか子)は夫の駈(松村北斗)を電車事故で失う。駈は線路に落ちたベビーカーの赤ちゃんを助けようとして犠牲になったのだ。夫婦生活は冷え切っていて、駈はその日、離婚届を出す予定だった。数カ月後、カンナは首都高のトンネル内で車の運転を誤る。気がつくと、どこかのリゾート地にいた。そこは15年前、2009年8月1日のリゾートホテル。駈とカンナが出会った場所だった。45歳のカンナはそこで29歳の駈に出会い、かつての恋心を思い出す。駈の事故死を防ぐため、カンナは何度もタイムトラベルし、あらゆる手段を講じて事故当日の駈の行動を変えようとするが、すべて失敗に終わる。そして駈を救う唯一の方法は自分たちが出会わず、結婚しないことしかないと結論する。
「神様どうか私たちが、結ばれませんように」というこの映画のコピーは秀逸ですが、映画はそれ以上に優れたクライマックスを用意しています。坂元裕二はパンフレットのインタビューで「今回描きたいと思ったのは、タイムトラベルをひとつの入り口として、人と人との関係をもう一度やり直すことです」と話していますが、その通りの展開になっていきます。
同じく坂元裕二脚本の「花束みたいな恋をした」(2020年、土井裕泰監督)では絹(有村架純)と麦(菅田将暉)が麦の就職以降、徐々にすれ違っていく様子が描かれていましたが、この映画ではカンナと駈が口げんかの果てにパンとご飯の朝食を別々に作って別の部屋で食べ、それぞれのベッドで寝るようになるという家庭内別居のような状況を描いています。ロマンティックなだけの浅薄なラブストーリーではなく、厳しさを併せ持った心にしみるドラマになっているわけです。
ユーモアを絡めたこういう優れた脚本があれば、ある程度の映画にはなるものですが、塚原あゆ子監督はさらに的確な演出で冒頭の事故のシーンから観客を引き込み、感情を揺さぶる傑作に仕上げました。「中盤の少しの緩み」と書きましたが、脚本を読むと、中盤にダレ場はありません。演出の緩急の付け方にほんの少しの計算違いがあったということなのでしょう。
心に残ったセリフをいくつか上げておきます(シナリオブックから引用)。
ロープウェイの中での駈とカンナの会話。
「恋愛感情がなくなると、結婚に正しさが持ち込まれます。正しさは離婚に繋がります」駈からパーティーに誘われる場面。
「恋愛感情をなくさなければ」
「恋愛感情と靴下の片方はいつかなくなります」
「わたし、45歳です」そしてクライマックス。なぜ2人の仲が悪くなったか説明する場面。
「それが何か?」
「29歳の男性は45歳の女性とはパーティーに行かないものです」
「なんでじゃないの。だからなの。いい? 好きなところを発見し合うのが恋愛でしょ。それはわかるよね。嫌いなところを見つけ合うのが結婚」そうした夫婦の行き着く先を2本のボールペンで説明するカンナ。
「ボールペンが二本あります。お互いに期待しない。感情も動かない。無の状態。これが夫婦の行き着くところです」シニカルでユーモアのあるセリフの数々。坂元裕二、なんでこんなに巧いんだ、分かってるんだと思わざるを得ません。それを活かしているのが松たか子のコメディエンヌとしての資質で、松たか子は若い頃から一流のコメディエンヌの側面を持っていました。おかしさとロマンティシズムがあふれるタイトルのファーストキスの場面にもそれが発揮されています。
カンナの20代の場面は以前の松たか子の輝くような美しさを驚くほど再現していて、これはほうれい線を隠すなどのメイクだけではなく、CGを使っているのかもしれません。
▼観客多数(公開初日の午前)2時間4分。
「フード・インク ポスト・コロナ」

特に警鐘を鳴らしているのは前作以降に急増した超加工食品。「添加物、人工甘味料、合成香料などを化学的に調合した」食品で、健康に影響を及ぼすとされています。フェアな労働による自然農法で生産された食品を加工せずにそのまま調理して食べるのが健康を維持することになるのでしょう。
監督は前作に続いてのロバート・ケナーと前作を共同プロデュースしたメリッサ・ロブレドの共同監督となっています。
IMDb6.8、メタスコア70点、ロッテントマト79%。
▼観客7人(公開6日目の午後)1時間34分。
「366日」
沖縄出身バンドHYの名曲「366日」にインスパイアされた赤楚衛二、上白石萌歌主演のラブストーリー。「ファーストキス 1ST KISS」の見事な脚本に比べると、大きく見劣りがします。一応、つじつまを合わせただけの内容。それだけでいっぱいいっぱいな感じです。脚本家デビューの福田果歩、これがスタート地点で、ここからどう洗練していくか、磨き上げていくかが勝負でしょう。少なくとも、2度も難病を出す設定は回避する手段がいくらでもあったと思います。
共演は中島裕翔(良い役柄です)、玉城ティナら。監督は「矢野くんの普通の日々」(2024年)など青春映画が多い新城毅彦。
▼観客多数(公開28日目の午後)2時間3分。