2011/08/28(日)「犯罪」

 ドイツの作家フェルディナント・フォン・シーラッハのデビュー作で短編集。聞きしに勝る凄さ、面白さだ。ミステリマガジンの書評には倒叙ミステリとあったが、弁護士の「私」が担当した事件ファイルといった趣である。作者自身、刑事弁護士だそうで、実際の事件から取り入れた題材もあるのだろう。

11の短編が収められており、最初の「フェーナー氏」でノックアウトされる。72歳の医師が犯した殺人。その殺害シーンはこんな風に描写される。

 最初の一撃で頭蓋骨がぱっくりひらいた。致命傷だった。斧は頭蓋骨の破片とともに脳みそに食い込み、刃が顔をまっぷたつに割っていた。イングリットは地面に倒れる前に死んでいた。斧が頭蓋骨からうまく抜けず、フェーナーは彼女の首に足をかけた。それから斧を二回大きく振り下ろして首を落とした。監察医は事件後、フェーナーが腕と足を切断するため、斧を十七回振り下ろしたことを確認した。

 この小説の魅力はこうした簡潔で怜悧な刃物のような文体だ。シーラッハは短い文で描写を重ね、独特のリズムで物語を構築している。わずか14ページの短編だが、密度が濃いのはこの文体の効果でもあるだろう。フェーナーという男の性格と、その性格が要因となる同情すべき悲惨な人生を浮き彫りにする手腕は見事。

 この短編集で描かれるのは犯罪に手を染めた人たちの人生であり、その複雑な理由であり、不可解さだ。そこに魅了される。読者は描かれる犯罪に驚愕し、共感し、同情し、恐怖し、怒りを覚えることになるだろう。さまざまな情動を引き起こすからこそ、この短編集は傑作なのだ。

 三つの文学賞を得たそうだが、そんなことには関係なく、小説好きには必読。ドーリス・デリエ監督によって映画化が予定されているという。

2011/07/25(月)「『踊る大捜査線』あの名台詞が書けたわけ」

 「踊る」の名前があった方が売れるのだろうし、出版社が考えたタイトルなのだろうが、これほど中身を表していないタイトルも珍しい。脚本家・君塚良一がこれまでに出会った人々の言葉を収録した本。登場するのは大学卒業後に師事した萩本欽一をはじめ明石家さんま、いかりや長介、亀山千広などなど。中でも大将こと萩本欽一の言葉が多く、どのエピソードにも君塚良一の大将への敬愛が感じられる。

 収録された言葉はどれも含蓄に富んでいる。一つ挙げれば、「本当のチャンスは小さな仕事としてやって来る」。これも大将の言った言葉である。

 「どうしてチャンスを見逃してしまうんですか?」

 大将は子どもに教えるように、柔らかい言葉を選んでくれた。

 「……わかりやすく大きな仕事としてチャンスはやって来ないんだよ。だから、ややこしいんだ。小さな仕事の小さな成果を見た人が、次にチャンスをもたらしてくれることがあるわけね」

 著者はこの言葉を裏付けるものとして出世作となったテレビドラマ「ずっとあなたが好きだった」の脚本を依頼された時のエピソードを披露する。当時、著者は単発ものや深夜ドラマの脚本を書いていた。後に「ずっとあなたが好きだった」のプロデューサーを務めるスタッフがある夜、酒に酔って帰宅し、深夜ドラマを見ていたら、台詞が突飛で面白いドラマが放送されていた。プロデューサーはエンドロールに目をこらし、君塚良一の名前を見つけて、「この人に賭けてみよう」と思い、依頼したのだそうだ。

 著者はドラマの脚本を書くのが夢で小さな仕事にも精いっぱいの力を尽くしていた。それがなかったら、目を留められることもなかっただろう。「チャンスは直接的には来ない。違う顔をして目の前に現れる」。日々のルーティンワークや小さな仕事について「自分にはもっと大きな仕事ができるのに」などと不平不満を言い続けていると、大きな仕事が来ることなど望み薄なのだ。

 200ページほどの新書なのでスラッと読めて、しかも面白い本。「踊る」や君塚良一のファンでない人にもお勧めしたい。

2011/07/21(木)「荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論」

 「ジョジョの奇妙な冒険」の作者による、映画論というよりもホラー映画のエッセイという感じの新書。読んでいて、ハタと膝を打つ部分はないが、作者のホラー映画への愛着がにじみ出ていて好ましい読み物になっている。荒木飛呂彦と僕はほぼ同年代で、取り上げられている映画もリアルタイムで見てきた映画が多い。70年代以降の映画に限っているので、僕のトラウマになっている「マタンゴ」とか「世にも怪奇な物語」の3話目「悪魔の首飾り」(フェリーニ)のような強烈な作品はないのが残念だが、それでもホラーをあまり見ていない人には良いガイドブックになるのではないか。冒頭には作者のホラー映画ベスト20があり、1位には「ゾンビ完全版」が挙げられている。

2011/06/22(水)「Excel VBA ハンドブック」

 入門書だけでは物足りないので買った。ハンドブックやポケットリファレンスなど書店にはいろいろ並んでいたが、これは今年2月に出た本で見た中では一番新しかった。せっかくなら、Excel2010にも対応していた方がいい。著者は田中敦基。29章に分かれていて、解説と簡単な例文がある。たいていのことはこれで事足りそうだ。

2011/06/22(水)「Excel VBAのプログラミングのツボとコツがゼッタイに分かる本」

 仕事でExcelのマクロを書く必要があって読んだ。ネットで調べてもたいていのことは分かるが、系統的にVBAの書き方を教えてくれるサイトはなかなかない。この本はVBAどころか、プログラムを一切書いたことがない人を対象に書いてある。初心者がゼッタイに分かるかどうかはともかく、この本より平易に書くことは難しいだろう。難しいことをやさしく書くのは難しいのだ。

 この本を読めば、オブジェクト指向のプログラミングについて知らないうちに理解できるようになる。というか、オブジェクト指向という言葉は出てこないから、プログラムとはすべてこういうものだと思うかもしれない。今のプログラムはほとんどオブジェクト指向になってきているから、それでも問題は少ないと思う。良書。著者は立山秀利。この本は中国でも翻訳されるほど評判が良く、続編も出ている。