2023/01/22(日)「光復」ほか(1月第3週のレビュー)

 「光復」は深川栄洋監督が新しい自主映画の取り組み「return to mYselF」として製作した作品。「42-50 火光(かぎろい)」が「sideA」で、これが「sideB」としています。

 生活保護を受けながら認知症の母親の介護をする大島圭子(宮澤美保)、42歳が主人公。圭子は脳梗塞で倒れた父親の介護のため、28歳の時に東京から長野に帰ってきた。父親は死んだが、今度は母親の介護をすることになる。手づかみでガツガツと食事する母親とは意思疎通ができない。ある日、圭子は高校時代に付き合っていた賢治(永栄正顕)と再会する。

 パンフレットには「『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(00)に臨むような覚悟をもっての鑑賞をお勧めする」という昨年10月下旬号のキネ旬の特集記事からの引用がありますが、ヒロインが不幸と不運と悪意の総攻撃を、絶え間ない連続攻撃を受けて肉体的にも精神的にも完膚なきまでに破壊される中盤で、僕もあの悲惨な映画を想起しました。ここまで理不尽な目に遭うヒロインは珍しく、やり過ぎじゃないか、と思えるほどです。

 もっと驚くのはラスト近い場面。極めて唐突で唖然とするようなこの描写があるからR-18になったのではないかと思うほどの衝撃があります。しかも、終盤に感じたいくつかの疑問がこの描写で氷解するという優れた効果を上げています。

 深川監督は世間の単純な善意なんて微塵も信じていないですね。ネタバレで話したくなること請け合いの、裏の意味が込められた描写であり、僕は絶賛はしませんが、結果的に面白い映画になっていると思いました。ここが、ただただ悲惨でヒロインが救われなかった「ダンサー・イン・ザ・ダーク」とは違うところでしょう。

 商業映画にはできない物語、自主映画だからできた展開と思いますが、この映画全体が好評であるなら、商業映画で作ったって別にかまわないわけです。製作委員会方式が主流の今の日本映画では準備段階で反対が出る可能性はありますけどね。

 宮澤美保は深川監督の奥さん。「櫻の園」(1990年、中原俊監督)に出演後、映画やドラマなどさまざまな作品に出ているそうですが、今回初めて顔と名前が一致しました。製作費は一部をクラウドファンディングで賄ったとのこと。3作目の予定もあるそうです。2時間9分。
▼観客6人(公開初日の午後)

「そして僕は途方に暮れる」

 「何者」「娼年」の三浦大輔作・演出で、Kis-My-Ft2の藤ヶ谷太輔主演の同名舞台を同じコンビで映画化。

 フリーターの菅原裕一(藤ヶ谷太輔)は5年間同棲している恋人・里美(前田敦子)に浮気がばれ、問い詰められたことから家を飛び出す。幼なじみで親友の伸二(中尾明慶)のアパートに転がり込むが、自堕落な態度に愛想を尽かされ、大学の先輩でバイト仲間の田村(毎熊克哉)ともささいなことから喧嘩して飛び出す。大学の後輩で映画の助監督をしている加藤(野村周平)には泊めてくれとは言い出せず、東京で暮らす姉・香(香里奈)にも責められて、母・智子(原田美枝子)が1人で暮らす苫小牧の実家へ帰る。リウマチでも懸命に働く母親の元でしばらくいようと考えたが、母が新興宗教に嵌まっていることを知って出ていく。途方に暮れた裕一は、家族から逃げて行った父・浩二(豊川悦司)と偶然再会する。

 フランク・キャプラの「素晴らしき哉、人生!」(1946年)とヒッチコック「逃走迷路」(1942年)を上映している映画館の前で「ハッピーエンドの映画なんてくだらない」と父親が言う場面があるぐらいですから、この映画もハッピーエンドに向かいそうでそうはなりません。前半は面白かったんですが、終盤がどうも今一つの出来。ひねり方がうまいとは言えません。

 最近、ダメ親父を演じることが多い豊川悦司はダメっぷりが板に付いてきてうまいです。藤ヶ谷太輔の申し分のないクズ演技を見ているので豊川悦司の登場はこの子供にしてこの親あり、という感じ。言うことにもそれなりの説得力があるのが凄いところです。

 三浦大輔の作品では、監督は違いますが、クズの男女しか出てこない「恋の渦」(2013年、大根仁監督)に感心しました。そういう男女を描くのが三浦大輔、うまいです。前田敦子の役柄もやっぱりそうかというぐらいのクズキャラでした。2時間2分。
▼観客6人(公開7日目の午後)

「ノースマン 導かれし復讐者」

 シェイクスピア「ハムレット」に影響を与えたヴァイキング伝説をベースにした復讐譚。

 9世紀、スカンジナビア地域の島国で、10歳の王子アムレート(オスカー・ノヴァク)と旅から帰還した父オーヴァンディル王(イーサン・ホーク)は宮廷の道化ヘイミル(ウィレム・デフォー)の立ち会いのもと、成人の儀式を執り行う。儀式の直後、叔父フィヨルニル(クレス・バング)がオーヴァンディルを殺害し、母グートルン王妃(ニコール・キッドマン)を連れ去る。アムレートはボートに乗り島を脱出。復讐と母の奪還を誓う。数年後、ヴァイキング戦士の一員となっていたアムレート(アレクサンダー・スカルスガルド)はスラブ族の預言者(ビョーク)と出会い、フィヨルニルがアイスランドで農場を営んでいることを知る。奴隷船に乗り込み、親しくなったオルガ(アニャ・テイラー=ジョイ)の助けで叔父の農場に潜入する。

 「アムレート」はWikipediaに項目があるぐらい有名なようですが、話は随分違います。脚本・監督のロバート・エガースは神話的要素を取り入れ、暴力描写を強調して映画を構成しています。ただ、物語の膨らみと映画のスケールがいま一歩。スペクタクル面でも物足りません。

 シェイクスピアを好きだった黒澤明監督なら、アニャ・テイラー=ジョイのほかにもう一人、主人公を助けるキャラを用意したんじゃないかと思います。2時間17分。
IMDb7.1、メタスコア82点、ロッテントマト89%。
▼観客7人(公開初日の午前)

「JUNG_E ジョンイ」

 20日から配信しているNetflixのSFアクション。監督は「新感染 ファイナル・エクスプレス」「地獄が呼んでいる」(Netflixのドラマ)のヨン・サンホです。

 急激な気候変動で人類は地球と月の軌道面の間に80個のシェルターを作って移住。シェルターの一部が「アドリアン自治国」と名乗り、地球と他のシェルターを攻撃するという「ガンダム」を思わせる設定。40年以上も続く戦争を終わらせるため、AI研究所の研究員(カン・スヨン)が自分の母親である伝説的な傭兵ユン・ジョンイ(キム・ヒョンジュ)の脳データを複製し、戦闘指揮AIを作ろうとする。

 アメリカでは芳しくない評価ですが、日本のYahoo!映画では3.8、Filmarksは3.3となってます。冒頭のCGがチャチなんですが、その後はそれほど悪くない展開だと思いました。クライマックスは「アイ,ロボット」(2004年、アレックス・プロヤス監督)の影響が濃厚。もう少しSF的な展開があると良かったんですけどね。

 昨年5月に脳出血で急死したカン・スヨンの遺作になりました。1時間38分。
IMDb5.4、メタスコア53点、ロッテントマト60%。