2025/10/05(日)「ワン・バトル・アフター・アナザー」ほか(10月第1週のレビュー)

 東京国際映画祭(10月27日~11月5日)の上映作品が発表されました。日本からコンペティション部門に選出されたのは坂下雄一郎監督「金髪」と中川龍太郎監督「恒星の向こう側」の2本。このうち「金髪」は11月28日から公開予定です。

 「恒星の向こう側」は公式サイトがまだありませんし、公開日程は決まっていないようです。福地桃子主演なので、これは映画祭で見たいと思ってます(チケットが買えるかどうか)。同じく福地桃子主演で11月28日公開の「そこに君はいて」(竹馬靖具監督)は中川監督が原案を担当、出演もしています。

「ワン・バトル・アフター・アナザー」

「ワン・バトル・アフター・アナザー」パンフレット
パンフレットの表紙
 ポール・トーマス・アンダーソン監督が初めて撮ったアクション映画で、タイトルは「戦いまた戦い」の意味。前半は革命を目指す左翼組織「フレンチ75」が警察に追われて、主人公ボブが赤ん坊の娘ウィラを連れて逃走するまで。後半はその16年後で、右翼組織に入った警察官が過去の汚点を消すため、ボブたちに迫ってきます。

 主人公のボブを演じるのはレオナルド・ディカプリオ、警察官ロックジョーにショーン・ペン、成長した娘ウィラにチェイス・インフィニティ。ボブは逃亡生活に慣れきって、すっかり自堕落な生活を送るようになっていて、ダメ男・ダメ父とウィラからバカにされてます。そんな父と娘ですが、母親のペルフィディア(テヤナ・テイラー)不在のためもあってお互いに強い愛情に結ばれていて、ロックジョーに拉致されたウィラをボブは必死に探し求めます。組織の合い言葉も忘れるダメな父親と、バカにしながらも父親の教えには従っているしっかりした娘の関係が微笑ましいです。

 父と娘、そして不在の母との家族の絆が後半のメインになっています。極めてハッピーな終盤の展開がとても良く、歓喜のラストには拍手を送りたい気分になりました。近年のアンダーソン監督の映画では最も大衆的なそして好感の持てる作品だと思います。

 チェイス・インフィニティはテレビドラマには出ていますが、映画はこれがデビュー作。映画の魅力の一つが彼女であることは間違いありません。拉致されても決して諦めず、隙あらば逃げようとするのがおかしくて良いです。これから売れるんじゃないですかね。ショーン・ペンも執拗でサイコ的な警官をさすがの演技で見せています。

 パンフレットのインタビューによると、アンダーソン監督は20年前からカーアクションの映画を撮りたかったそうです。なるほど、前半の街中を猛スピードで走る車も後半、荒野の一本道でのカーチェイスも迫力満点なのはその狙いがあったためでしょう。カーアクション、特に後半の描写に関しては「バニシング・ポイント」(1971年、リチャード・C・サラフィアン監督)などのアメリカン・ニューシネマを思わせました。
IMDb8.4、メタスコア95点、ロッテントマト96%。
▼観客30人ぐらい(公開初日の午前)2時間42分。

「LOVE」

「オスロ、3つの愛の風景」パンフレット
「オスロ、3つの愛の風景」パンフレット
 ノルウェー出身のダーグ・ヨハン・ハウゲルード監督による3部作「オスロ、3つの愛の風景」の1本。本命はベルリン映画祭金熊賞の「DREAMS」ですが、これもなかなかの出来でした。愛に関する会話劇と思いましたが、内容はほとんどディスカッションの様相。そんな中、終盤に情感あふれるシーンがあり、魅了されます。

 泌尿器科に勤める医師マリアンヌ(アンドレア・ブレイン・ホヴィグ)と看護師トール(タヨ・チッタデッラ・ヤコブセン)が主人公。ある晩、マリアンヌは友人から紹介された地質学者のオーレ(トーマス・グルスタッド)と会うが、子どもがいる彼との恋愛に前向きになれなかった。その後、たまたま乗ったフェリーでトールに遭遇。出会い系アプリで始まるカジュアルな恋愛を語るトールに勧められ、興味を持ったマリアンヌは自らの恋愛の可能性を探る。一方、トールはフェリーで知り合った精神科医のビョルン(ラース・ヤコブ・ホルム)を勤務先の病院で見かける。ビョルンは前立腺の病気を患っていた。

 オーレと会った後に出会い系アプリである男と出会い、その夜のうちにセックスをしたマリアンヌはその男に「出会い系アプリは無料の売春宿」という言葉を聞かされます。男の友人の言葉なのですが、男には妻がいることも分かり、「ホントの僕はいいやつなんだ」と話す男にうんざり。この男との会話がほぼディスカッションで面白かったです。

 ゲイのトールはビョルンを気遣い、手術後のビョルンの世話をします。トールの優しさに触れて、ビョルンは愛のない孤独で臆病な身の上とその理由を話し始めます。この描写がとても良いです。映画は異性愛と同性愛の両方について過不足のない描き方をしています。

 ハウゲルード監督は1964年12月生まれ。2012年の長編デビュー作「I Belong」で国内の賞を総なめにしたそうです。2024年から「SEX」「LOVE」「DREAMS」の順番でこの3部作を撮りました。作家でもあり、小説4本を発表しています。
IMDb7.3、メタスコア83点、ロッテントマト96%。
▼観客5人(公開2日目の午後)2時間。

「海辺へ行く道」

「海辺へ行く道」パンフレット
「海辺へ行く道」パンフレット
 三好銀の原作コミック(全3巻)を横浜聡子監督が映画化。横浜監督は原作の帯を書くほど好きな作品だそうですが、端正でクールな原作の雰囲気とは異なり、ユニークな登場人物によるほんわかしたユーモアをまぶして映画化しています。監督は原作をこういう風に読んだのでしょう。ストーリーは原作通りなんですが、タッチの違いで印象はかなり変わりますね。

 芸術家が多い海辺の町を舞台にした物語。連作短編の原作からエピソードをピックアップして描いています。出演は原田琥之佑、麻生久美子、唐田えりか、高良健吾ら。

 エンドクレジットに松山ケンイチと駒井蓮の名前がありました。横浜監督の「ウルトラミラクルラブストーリー」(2009年)に主演した松山ケンイチが声だけの出演なのは気づきましたが、同じく監督の「いとみち」(2021年)の主演・駒井蓮はどこに出てきたか分かりませんでした。調べたら、予告編の最後のタイトルコールをしてるんだそうです。うーん、それ、本編のクレジットに入れるかなあ。予告編や公式サイトの作成者もクレジットに入れるからおかしくはないですかね。
▼観客4人(公開初日の午後)2時間20分。

「沈黙の艦隊 北極海大海戦」

「沈黙の艦隊 北極海大海戦」パンフレット
「沈黙の艦隊 北極海大海戦」パンフレット
 評判良いようですが、物語の設定も潜水艦の戦い方もリアリティーを欠いているように思えました。原作が連載されたのは1988年から96年まで。かなり話題になったコミックであり、僕も当時読んでいましたが、途中からついて行けなくなるような展開で読了はしませんでした。

 映画は2023年のドラマ再編集の劇場版に続く2作目ですが、時代に合わせたアップデートをする必要があったんじゃないですかね。アクティブソナーを打っただけで、敵がひるむ描写にもリアリティーが感じられませんでした。アメリカから見れば、自分の考えを押し通す海江田艦長(大沢たかお)の言動はテロリスト以外の何ものでもないです。
▼観客10人ぐらい(公開7日目の午後)2時間12分。

「ザ・ザ・コルダのフェニキア計画」

「ザ・ザ・コルダのフェニキア計画」パンフレット
パンフレットの表紙
 人工的なセットで繰り広げる人工的なコメディー。ウェス・アンダーソン監督らしくセットは面白いんですが、内容があまり笑えないのが辛いところ。キャラクターも書き割りみたいなもので、感情が乗っていかないのが面白くならない理由でしょう。

 主人公のザ・ザ・コルダ(劇中ではジャー・ジャー・コルダと言ってます)をベニチオ・デル・トロがバスター・キートンのように無表情で演じ、マイケル・セラ、リズ・アーメド、スカーレット・ヨハンソン、ジェフリー・ライト、トム・ハンクス、ベネディクト・カンバーバッチらがそろってキャストは豪華です。IMDb6.7、メタスコア70点、ロッテントマト77%。
▼観客10人ぐらい(公開6日目の午後)1時間42分。

「俺ではない炎上」

「俺ではない炎上」パンフレット
「俺ではない炎上」パンフレット
 浅倉秋成の原作を「AWAKE」(2019年)の山田篤宏監督が映画化。SNSで“殺人事件の犯人”として個人情報を晒されてしまった主人公の困惑と逃走、犯人探しを描いています。

 予告編では身に覚えのない炎上に巻き込まれた主人公を描くコメディーと思えましたが、骨格はしっかりしたミステリー。主演が阿部寛なので確かにコメディータッチの部分は多いんですが、ミステリーとしての基本は外していませんでした。観客に向けたトリックが良いです。

 このトリック自体は特に珍しいものではありません。それをうまく使っていることに好感を持ちました。謎の大学生に芦田愛菜、阿部寛の取引先の社員に長尾謙杜、部下に板倉俊之、浜野謙太ら。脚本は「ディア・ファミリー」「少年と犬」の林民夫。

 それにしても最近のネットでの個人情報暴露と追跡は筒井康隆の傑作「おれに関する噂」(1974年初版)の世界を思わせます。あの小説は先駆的・預言的だったわけですね。
▼観客8人(公開初日の午前)2時間5分。

「火喰鳥を、喰う」

「火喰鳥を、喰う」パンフレット
「火喰鳥を、喰う」パンフレット
 横溝正史ミステリ&ホラー大賞を受賞した原浩の原作の映画化。終盤の展開を見ると、ミステリーではなく、ホラーファンタジーあるいはSFホラーのように思えました。その終盤の展開に無理があるのは、現実改変の力があの人物にあると思わせる説得力がないからです。ここはもう一つ、超常現象を操れる存在や設定を作った方が良かったのではないかと思いました。

 ホラーなので主人公にとってのバッドエンドでも良かったんですが、映画は「時をかける少女」(1983年、大林宣彦監督)のようなエピローグを用意しています。この部分は原作にはないそうです。主演の水上恒司、山下美月、宮舘涼太はそれぞれ悪くない演技でした。監督は「シャイロックの子供たち」(2023年)などの本木克英、脚本は「俺ではない炎上」の林民夫。
▼観客30人ぐらい(公開初日の午後)1時間48分。