2006/03/17(金)「シリアナ」

 「シリアナ」パンフレット「トラフィック」の脚本家スティーブン・ギャガンが中東とアメリカの石油コネクションをえぐるジャーナリスティックなサスペンス。アメリカの石油資本が中東にどうかかわり、CIAがどんなことをしているかを「トラフィック」同様に多数の登場人物のさまざまな視点から描く。シリアナとはイラン、イラク、シリアからなる、アメリカの利益にかなう新しい国を指す業界用語だそうだ。話が見えない前半は決してうまくいっているとは言えないのだが、後半、話がつながり、全体が見えてくると、面白くなる。少なくとも今に通用する内容なので、「ミュンヘン」や「ジャーヘッド」に感じたジャーナリスティックな側面の欠落という不満はない。問題は題材を面白く見せる技術がギャガンにはまだ不足していることだろう。面白さにおいて同じ手法の「トラフィック」に及ばないのはスティーブン・ソダーバーグとギャガンの演出力の差と言える。

 イラク戦争がアメリカの石油利権のためだったということがはっきりした現在では、映画の内容そのものに目新しい部分がそれほどあるわけではないが、こういう社会派的スタンスの映画が作れるアメリカ映画はまだ捨てたものではないと思う。少なくとも社会派映画が撮れなくなった(撮れる才能がいなくなった)日本映画よりは数倍ましだろう。ただし、これはメジャーの映画会社(ワーナー・ブラザース)が作った点で、内容が本当に米政府に差し障りのあるものではないということも分かる。マイケル・ムーア「華氏911」のようにブッシュ大統領を具体的に批判する映画だったら、メジャーではとても作れないだろう。それでもなおこうした映画には大いに価値があり、リサーチを重ねて脚本を書くギャガンの姿勢はとても好ましい。

 登場人物は多いが、物語の中心となるのは4人の視点である。CIA工作員のボブ・バーンズ(ジョージ・クルーニー)、エネルギー・アナリストのブライアン・ウッドマン(マット・デイモン)、大手法律事務所の弁護士ベネット・ホリデイ(ジェフリー・ライト)、パキスタンからの出稼ぎ労働者ワシーム(マザール・ムニール)の4人。舞台となる中東の産油国はサウジアラビアがモデルという。物語はこの国が採油権をアメリカのコネックス社から中国企業に変更したことが発端。民主化を目指すナシール王子(アレクサンダー・シディグ)が行ったことで、ナシール王子の民主化路線は親米路線とは異なったことからコネックス社とCIAが動き出す。CIAはナシールの暗殺を計画。それを命令されたのが中東で長年、潜入工作を続けているバーンズだった。コネックス社は利権を求めて新興の石油会社キリーン社との合併に乗り出す。有利な条件で合併を果たすため、ベネットにキリーン社の不正を探すよう指示する。ウッドマンは国王の催したパーティーに呼ばれ、息子をプールの事故で亡くす。責任を感じたナシール王子と親しくなり、コンサルタントに取り立てられる。ワシームはコネックス社の油田で働いていたが、採油権が移ったことで解雇され、イスラムの神学校に入る。それはテロリストを養成する学校だった。

 物語の骨格はナシール王子の動向にある。親米路線を続けていたなら、命を狙われることもなかっただろう。物語全体から見えてくるのは米政府が資本の言いなりであること。「華氏911」でブッシュは「富める者とさらに富める者の味方」であることを明言していたが、その内容通りの映画なわけである。物語でこうしたことが言いたかったのならば、話の構成はもっとシンプルにできたはずで、視点がたくさんあるために分かりにくいわけだから、バーンズかウッドマンにもっと比重を置いて、どちらかをしっかりした主人公にした方がすっきりしたと思う。物語のうねりや強いエモーションが加われば、この映画は最強になっていただろう。

 ジョージ・クルーニーは長年、CIAのために尽くしながら、まずいことが起きると、簡単に切り捨てられる男を好演していて、アカデミー助演男優賞受賞も納得できる。ついでに言えば、授賞式で感謝の言葉を並べ立てるだけのスピーチをしなかったクルーニーのあいさつは受賞者の中では一番良かった。

 イラクはごたごたしているとはいえ、何とか親米路線の政権は樹立できた。アメリカの次の標的はイランらしい。イラクにイランからの武器が流れていたというブッシュの発言を見ると、また数年以内にイランとの戦争を始めるのではないかと思えてくる。アメリカ政府は本気でシリアナを作ろうとしているのではないか。