2004/11/01(月)「華氏911」
ようやく見た。見ている間中、怒りがフツフツとわき上がってくる映画である。ジョージ・W・ブッシュという知性のかけらもない男を大統領にしてしまったためにアメリカはアフガニスタン、イラクと続けて戦争をする羽目になった。「富める者とさらに富める者」の味方であり、自身もその上流クラスにいるブッシュはその層のためだけに政策を展開し、彼らが始めた戦争に貧しい者たちがかり出されて死んでいくことになる。もちろん、これがブッシュ批判を展開した映画であることは承知の上だけれど、それでも怒りは収まらない。
「俺たちより貧しい人たちをなんで殺さなくちゃいけないんだ」という米兵の叫びは真実だろうし、失業率が公称17%、実際は50%のフロリダ州フリントの若者たちには戦争にいくしか生きる道がないのも本当だろう。息子をイラクで戦死させた母親の悲しみも、空爆によって親族の葬式を5回も出さなければならなかったイラク人女性の「アメリカの家が破壊されればいいんだわ。もう神しか頼るものがない」との嘆きも本物だろう。フリントに住む若者は言う。「イラクの破壊された町並みは廃屋の多い俺たちの町と同じだ」。マイケル・ムーアはブッシュがいかにひどい大統領であるか、そのせいでアメリカがどんなことになっているのかを次々に例証していく。内容に偏りがあるという批判は分かるが、主義主張を込めないドキュメンタリーには意味がない。それ以上にリアルタイムな題材を選んでドキュメンタリーを作るムーアの姿勢は尊敬すべきものだ。しかし、映画はこれで完成したとは言えない。2日の大統領選でブッシュが落選して初めてこの映画は本当に完結することになるのだ。
「俺たちは偽の選挙で偽の大統領を持ってしまった」。アカデミー賞授賞式でムーアが指摘したフロリダ州の大統領選で映画は始まる。テレビ局の多くはゴア勝利を報道するが、フォックステレビのブッシュ勝利の報道によって次々に報道が変わっていく。アフリカ系アメリカ人を選挙人から意図的に外したなど選挙に不正があったとする異議申し立ては上院議員が誰一人署名しなかったために無効となる。ブッシュは就任後、休暇の多い大統領として有名になり、その能力の低さと合わせて支持率は下がっていく。そんな時に9.11の同時テロが起こる。そこからビンラディン一族を逃がしたとか、独立調査委員会の設置を妨げたとか、事前にアルカイダによる航空機テロの報告書が出されていたのにブッシュは読まなかったとか、事件を知って7分間も視察先の教室の中にいたとか、ビンラディン一族とブッシュとの親密な関係とか、サウジアラビアの富豪たちとブッシュの結びつきとかが語られていく。ただし、映画の根本的な主張はそんなところにはない。ブッシュという男が自分の利益を守り、上流階級の利益を守ることしか眼中にないことが徐々に分かってくるのだ。テロとは関係なく、大量破壊兵器さえ持っていなかったイラクとの戦争によって、多くの若者たちが死んでいく。米兵の死者は1,100人を越えたが、イラク人の死者は10万人を越えているという。その戦争の裏に石油利権があるのをアメリカの一般市民でさえ、知るようになった。
ムーアが怒るのはこういう部分だ。前作「ボウリング・フォー・コロンバイン」でも描かれたアメリカ人の恐怖心を政府はテロの恐怖を意図的に煽ることで、増幅させていく。騒動にまぎれて個人情報を政府が入手できる愛国者法というとんでもない法律も成立してしまった。日本以上にアメリカの自由は制限されるヒドイ状態になっている。それでもアメリカの起こす戦争は民主主義と自由を守るというのが大義名分だ。こうした矛盾に対してムーアは怒っている。その怒りはこちらに伝染してくる。敵はイラクなんかではない。富を掌握して離さない一部の富裕層にあるということを映画ははっきりと伝えている。