2006/08/16(水)「扉は閉ざされたまま」
昨年の「このミス」2位。1位の「容疑者Xの献身」論争時によく引き合いに出されていたので興味を持っていた。新書で200ページほどなのでスラスラ読める。「X」同様、犯人側から描いた倒叙ミステリーなので叙述トリックがあるのではと疑ったが、違った。犯人が構築した密室完全殺人を名探偵役の女が緻密で鋭い推理によって突き崩していくシャープな本格もの。「刑事コロンボ」のようだと思ったら、二階堂黎人も日記にそう書いていた。
名探偵対名犯人という構図は「X」に共通するけれど、探偵役の碓氷優佳がとても魅力的なのが作品を支えている。犯人の伏見亮輔とは学生時代に恋仲になりそうになったが、伏見は「冷静で熱い」自分と「冷静で冷たい」優佳とが基本的に合わないことを悟り、その後、距離を置くようになった。優佳はどんな状況でも自分を見失わない理性的な人間なのである。この2人の関係がラストまで続いているのがいい。
この作品で問題になるのは動機の弱さだろう。「X」が切実な動機であったのを考えると、そこが「このミス」で1位にならなかった要因のように思える。(僕には不要に思えたけれど)「X」のように泣かせの部分もない。しかし、すっきりとした本格ミステリを読みたい人にはお勧め。
書評家の杉江松恋は「杉江松恋は反省しる!」で、amazonのユーザーレビューに「デスノートの模倣」と書かれていることを紹介している(正確にこのレビューを引用すれば、「犯人像や、犯人vs探偵の心理戦は漫画『デスノート』の安易な模倣としか思えない」)。
杉江松恋はこれについて「犯人と探偵の対決という趣向がミステリーファンには見慣れたものであるという常識が共有されていないから、こういう頓珍漢なことが起きるのでしょうね」と書いている。漫画を基準に置いちゃいけませんよねえ。
2006/08/13(日)「ハチミツとクローバー」
羽海野チカの原作コミックをCMディレクターの高田雅博監督が映画化。美大に通う5人の男女のそれぞれの片思いを描く。といっても切ないだけではなく、意外にクスクス笑える場面が多くて面白かった。篠原哲雄監督の傑作「深呼吸の必要」によく似た爽やかさを感じたが、それは恋が成就しないことと無関係ではないだろう。登場人物たちにとっての事件は一様に失恋であり、それ以外のことはほとんど描かれない。淡い人間関係、淡い物語の映画である。この淡さが良くも悪くもこの映画の特徴になっている。原作もアニメも見たことがないが、心地よさを感じさせる映画に仕上げた高田雅博は監督デビュー作を無難にまとめたと思う。大学生の飲み会など日常を描いた場面や芸術に打ち込む場面になんだか懐かしさを覚えた。
浜美大の5人が主要キャラクター。絵の天才少女はぐみ(蒼井優)、彼女を見た途端に恋に落ちる主人公の竹本(櫻井翔)、友人の真山(加瀬亮)、真山を好きな山田(関めぐみ)、大学に何年も通っている森田(伊勢谷友介)の5人である。蒼井優は天才少女を無理なく演じており、主人公の竹本のいかにも青春映画風のキャラクターも悪くないけれど、個人的には真山と山田の関係が良かった。真山はバイト先の建築事務所の理花(西田尚美)に思いを寄せている。同時に山田が自分に好意を持っていることも知っている。その山田に「俺を見るのはやめてくれ。俺、たぶん、変わらないから」と言う。「わたし、今、ふられた?」と呆然とする山田。しかし、その後で、真山は理花に事務所を辞めてくれと言われる。「狭い事務所でそういう関係は良くないから」。ほぼ同時に失恋した2人はそれでも相手への思いをあきらめない。終盤、奈良漬けみたいに酔っぱらった山田が背負ってもらった真山の耳元で「好きだよ」とつぶやくシーンがいい。関めぐみはこのほか、再び事務所に勤めることになった真山と別れた後で、歩きながら泣き顔を見せるシーンも良く、昨年の「8月のクリスマス」よりもうまくなったと思う。
少女漫画によくある狭い人間関係そのまんまの映画だが、それでも映画らしい雰囲気を備えたのは高田雅博監督の演出に破綻がないからだろう。悪意を持つ人間が一人も出てこないのも心地よさの要因だが、登場人物を魅力的に撮ることに高田監督は力を尽くしているように思える。難を言えば、語り手が統一していないのが惜しい。もう単純に主人公の見た物語として構築した方が良かったのではないか。そうすると、はぐみに一目惚れするシーンの処理を考えなくてはいけないが、「人が恋に落ちる瞬間を初めて見た」という真山のナレーションはなくてもかまわなかったし、むしろ、人が恋に落ちる瞬間を描写として描いた方が良かったと思う。
分からないのは時々登場する黒猫(エンドクレジットにも出てくる)。体がぼけて、はっきりとは見えないこの黒猫に、監督はどういう意味を持たせたかったのだろう。
2006/08/12(土)「吸血鬼ゴケミドロ」
1968年の松竹映画。小学生のころ、この映画の看板が凄く怖かった。額が割れた人間の大きな顔だったのである。車で映画館の前を通る時は目を閉じた。もちろん、今となってはまったく怖くない。
飛行機が赤く光る物体に遭遇して不時着する。飛行機には時限爆弾を持った男と外国の要人を暗殺した狙撃犯が乗り合わせていた。乗客9人が助かるが、水も食糧もなく、極限状況となる。という設定は「マタンゴ」みたいだが、別に島に不時着したわけでもないので、どうとでもなりそうな感じはある。狙撃犯はスチュワーデスを人質にして外へ逃げ、そこで円盤に遭遇。額がぱっくり割れてアメーバ状の宇宙生物ゴケミドロが中に入り込み、血を吸うために他の人間を襲い始める。
たしか、これ「黒蜥蜴」(深作欣二監督)と2本立てだったと思う。上映時間が1時間24分と短いのはそのためだろう。昔の日本映画はこれぐらいの長さでちょうど良かった。VFXは当時としてはよくできている方で、ペシミスティックなラストも悪くない。カルト的な映画で、タランティーノはこの映画のファンなのだそうだ。脚本は高久進と作家の小林久三。監督は佐藤肇(なんと、映画用に再編集した「未来少年コナン」の監督だ)。出演は吉田輝雄、佐藤友美、高英男、高橋昌也、金子信雄など。
ゴケミドロが「われわれは地球を征服に来た」なんてメッセージを出すのが、いかにもB級SF。SF感覚が少し狂っているのは仕方がないか。これに比べれば、「マタンゴ」は良くできていたなと思う。
2006/08/09(水)「スキャナーズ2」
クローネンバーグの傑作の設定を凡庸な監督が引き継ぐと、これぐらいの映画にしかならないのか。といっても、GyaOなので腹は立たない。GyaOはB、C級映画を見るにはいいと思う。ついでに「スキャナーズ3」も見始めたが、IMDBによると、これは「2」以上に評判が悪い。監督はどちらもクリスチャン・デゲイ。
クローネンバーグの「スキャナーズ」はフィリップ・K・ディック「暗闇のスキャナー」の影響を受けていると言われる(といってもタイトルだけだろう)。この原作は学生時代に読んだが、もはやすっかり忘れている。これをリチャード・リンクレイター(「恋人たちの距離」「スクール・オブ・ロック」)が映画化した「スキャナー・ダークリー」は評判がいい。キアヌ・リーブス主演。
原作はかつてサンリオSF文庫から出ていて、その後、創元推理文庫に移り、去年、早川書房が改訳版を再刊した。そんなに出版社を変えて何度も出すほどの作品ではないと思うが、映画の公開前にもう一度、読んでみようかと思っている。
2006/08/06(日)キネ旬8月下旬号
「紙屋悦子の青春」公開に合わせた黒木和雄監督の追悼特集がある。作品特集と合わせて27ページ。これだけのページを割かれるということは一流監督だった証だろう。
昨年11月のインタビューが掲載されていて、最後の言葉は「この作品が終わったら、何とか、山中貞雄(を映画化する企画)を実現させたいんですがね」で終わっている。無念だっただろうと思う。ぜひ見たかった作品だった。
特集記事の中では佐藤忠男の評論「挫折にこだわり続けた映画作家」が読ませる。最後の3本「美しい夏キリシマ」「父と暮せば」「紙屋悦子の青春」の脚本家・松田正隆は黒木監督の「TOMORROW 明日」を見て劇作家を志したのだという。その松田正隆に黒木監督が「キリシマ」の脚本を依頼したのは「紙屋悦子の青春」の舞台を見て感動したから。必然的な出会いだったのではないか。
原田芳雄のインタビューも面白かった。「浪人街」から「スリ」まで10年間のブランクの間に黒木和雄は大病をするが、そのことで「自分には時間がない」と思い始めたのではないか、という推測はなるほどと思う。自伝的な「キリシマ」を撮った後に脚本が完成している戯曲の「父と暮せば」「紙屋悦子の青春」を選んだのはそのためだろうと、原田芳雄は語っている。