2014/02/09(日)「麦子さんと」

 同じ吉田恵輔監督作品で麻生久美子主演の「ばしゃ馬さんとビッグマウス」も良かったが、この映画にも感心させられた。微細な感情の動きを表現した脚本がうまい。繊細だ。普通なら、登場人物の気持ちを説明するために、あと一押しのセリフを言わせたくなるところを吉田恵輔と仁志原了の脚本は踏みとどまり、リアリティーのある細やかな表現を選んでいる。言葉ですべてを説明しない。描写で語っている。それは映画の本来的な在り方だろう。おかしくて、やがて感動的な母と娘の物語という、かつての日本映画が得意だった家族の物語を吉田恵輔は見事に受け継いでいる。小品だけれど、ハートウォーミングにしっかりと作られていて、見ていてとても心地よかった。見終わった後、「赤いスイートピー」を口ずさみたくなる。

 父親が死んで3年後、兄(松田龍平)と麦子(堀北真希)が暮らすアパートに突然、母親(余貴美子)が訪ねてくる。麦子は幼い頃に離婚して家を出た母親のことをまったく覚えていない。母は最近、収入が少なくなったので一緒に暮らせば、お互いに助かるという理由で来たのだった。いったんは追い返したが、ひょんなことから母親と同居することに。兄は恋人と同棲するために出て行き、麦子は反発しながら母親と二人で暮らし始めるが、「あんたなんか母親とは思っていないから」と厳しい言葉を投げつけた後、和解する間もなく、母親はあっけなく死んでてしまう。末期の肝臓がんだった。だから母親は一緒に暮らしたかったのか? 麦子は納骨のため母の故郷の町に行き、死んだ母の思いを知ることになる。

 脚本がうまいと思うのは例えば、トンカツのシーン。麦子はいつも手料理を作ってくれる母親のためにトンカツを作る。スナックのバイトで疲れ切って遅く帰ってきた母親にぶっきらぼうに「トンカツ好き?」と聞くと、母親は「最近、脂っこいもの苦手で」と答えるが、冷蔵庫にトンカツがあるのを見つけて「私のために作ってくれたの?」と喜んで食べる。しかし、その後にやっぱり気分が悪くなり、トイレで吐いてしまうのだ。このシーンの前にスーパーで麦子が外国産の豚肉を手に取った後、思い直して国産の高い豚肉を買う場面を入れているのが芸が細かい。こういう細部で場面に登場人物の微妙な気持ちが出てくる。

 吉田監督は堀北真希のファンで、主人公の麦子は堀北真希にあて書きに近い形だったそうだ。そのためか堀北真希はとてもかわいく撮られており、母親への相反する思いを表現した演技と相まって代表作になったと思う。吉田監督にはぜひぜひ、堀北真希主演でまた映画を撮ってほしい。松田龍平も余貴美子も麻生祐未も温水洋一もことごとく良かった。

2014/02/08(土)一太郎2014

 例年、予約でパッケージ版を購入しているが、今年はダウンロード版を購入した。DVDドライブのないSurface Pro2にインストールするためだ(一太郎は個人が使用するパソコン3台にインストールできる→ご購入前のQ&A)。ジャストシステムはUSBメディア版も販売しているが、価格が高い上にUSBの容量が少ない。それならダウンロードして自分でUSBにコピーした方がいい。

 バージョンアップのダウンロード版通常価格は6300円。ジャスト・マイショップのプラチナ会員10%値引きとポイントを使って4670円で購入できた。パッケージ版買うより随分安い。ダウンロードファイルは2.26GBほどあった。

 新バージョンの機能は付属するATOKも含めてそんなに進歩はしていない。日本語ワープロ、日本語入力システムとして、もはや十分に完成しているので新機能を付けるのもなかなか難しいのだろう。僕は習慣みたいなもので毎年バージョンアップしているが、これなら2、3年に一度のバージョンアップでもかまわないと思う。

 ちなみにジャストシステムの株価は一昨年まで200円前後だったが、今は800円台。アベノミクスの効果に加えて、一太郎にEPUB保存機能が付いたためか電子書籍関連株と見られて4倍ほどに上昇した。配当がないので株価が安い時にも購入する気にはならなかったが、会社四季報を見ると、「主力の一太郎、日本語入力システムは法人、個人向け伸長が想定超」で順調だそうだ。

 マイクロソフトのOfficeに張り合ったかつてのような面影はないし、株価が今後2倍、3倍になる可能性も薄いとは思うが、AndroidでもATOKは伸びているようだし、ソフトウェア会社としては堅実なのではないか。株価が今の半分ぐらいになったら、単元株ぐらい買ってもいいかなと思う。ただ、せめて株主優待は始めてほしいところ。SONYのように自社のオンラインショップで株主優待価格を設けることぐらいはできそうな気がする。

2014/02/03(月)庭のサクラ

庭のサクラ

 ここ数日の暖かさで一気に開花した。現在、6分咲きぐらいか。明日から寒くなるようなので、散るのも早いかもしれない。

 昨日は宮崎市赤江で25度を記録したそうだが、そんなに暑さは感じなかった。湿度が50%以下だったからだろう。宮崎の夏も湿気が低ければ、過ごしやすいんですけどね。

2014/01/31(金)1月に読んだ本

 1月に読んだのは8冊。以下の通り。★は5個が最高。

「弱くても勝てます 開成高校野球部のセオリー」(新潮社 高橋秀実)★★★★
「世界にひとつのプレイブック」(集英社文庫 マシュー・クイック)★★★★
「叫びと祈り」(創元文庫 梓崎優)★★★★
「ドゥームズデイ・ブック」(ハヤカワ文庫・コニー・ウィリス)★★★★
「アル中病棟 失踪日記2」(イースト・プレス 吾妻ひでお)★★★★
「死なないやつら」(講談社ブルーバックス 長沼毅)★★★★1/2
「桶川ストーカー殺人事件 遺言」(新潮文庫 清水潔)★★★★★
「小さいおうち」(文春文庫 中島京子)★★★1/2

 ノンフィクション3冊、小説4冊(ミステリ1、SF1、ドラマ2)、コミック1冊。ミステリが少ないが、「桶川ストーカー殺人事件」は非常に優れたミステリのように読める。事件の特異性、まるで海外ミステリのような犯人像、探偵のような記者、逃走する主犯などなど小説以上にドラマティック。もちろん前面には卑劣な犯人と警察への強い怒りがあるが、読み物として一級品だ。記者らしく短い文を重ねた文体が効果的だと思う。記者の教科書であり、「事件ノンフィクションの金字塔」というコピーは嘘じゃない。

 現在読んでいるのは清水潔「殺人犯はそこにいる」(面白すぎる)とマンジット・クマール「量子革命」(手ごわい)で、どちらもノンフィクション。どうも最近、HONZの影響があるようだ。

2014/01/29(水)「小さいおうち」

 黒木華はそれほど美人じゃないなと思いながら見ていたら、「ちっともべっぴんさんではなかった」から芸者や女郎に売られることはなかった、というセリフがあった。そういう意味も含めてのキャスティングなのか? しかし、黒木華はいい。クライマックス、意を決して「奥様、行ってはなりません」と松たか子を引き留める場面など、それまでに黒木華の役柄が寡黙で控えめで誠実に描かれているからこそグッとくる。行かせてしまえば、人の噂にのぼって平井家の穏やかな生活は壊れてしまうのだ。

 中島京子の直木賞受賞作を山田洋次監督が映画化。昭和11年、東京オリンピックの開催が決まりそうな景気の良かった日本が戦争に傾斜していく時代を背景に、ある一家の恋愛事件を描いている。山田監督が戦前を今の日本に重ね合わせていることは明らかだが、それを声高に主張しているわけではない。ノスタルジーが前面に出ているわけでもないけれど、その時代に慎ましく生きる人々への愛おしい思いは感じられ、次第に息苦しくなっていく時代の空気もまた端々に描かれている。1931年生まれの山田洋次はこの時代の雰囲気を肌で知っており、それをフィルムに刻みたかったのだろう。

 主人公のタキ(黒木華)は山形から奉公のために東京に出てきた。女中として仕えたのは赤い瓦屋根の小さな家に住む平井家。玩具会社常務の雅樹(片岡孝太郎)と時子(松たか子)、一人息子の恭一の3人家族だ。美しい時子はタキに優しく、タキも「一生この家で勤めさせていただきます」と考えるほど平穏な生活が続いていたが、夫の会社の部下・板倉(吉岡秀隆)の出現で時子の心が揺れ動き始める。

 映画は現在のタキ(倍賞千恵子)が遺した自叙伝の大学ノートを親類の健史(妻夫木聡)が読む形で進む。少し気になったのは美人の時子が惹かれていく存在として、どうも吉岡秀隆には説得力が欠けること。時子が惹かれた理由は美大出身の板倉が夫の会社の他の社員にはない雰囲気を持っており、クラシック音楽の趣味が合ったかららしい。映画を見た後に原作を読んだら、時子は恭一を連れての再婚で夫とは十数歳の年の差があり、性的関係はないらしいことが示唆されていた。

 パンフレットの監督インタビューを読むと、山田監督の主眼が小市民的な幸せにあることが分かる。60年安保から70年安保の時代、小市民という言葉は蔑称的な意味合いでしか使われなかった。小さい家で幸せに暮らすという憧れは口にできなかったそうだ。この映画では小さな幸せこそが重要だということをはっきりと言いたかったのだろう。だからタキが必死に時子を押しとどめる場面が心に響く。

 時子の姉を演じる室井滋がなんだか小津安二郎映画の杉村春子を思わせておかしかった。医者役の林家正蔵やタキの見合い相手・笹野高史ら脇役のコミカルな扱いが山田監督らしい。山田監督の傑作群の中で、この映画は特別な存在ではないけれども、良い映画を見たなという満足感が残った。