2016/08/23(火)ゴルフ7のエラー
昨日走っていたら、ゴルフ7(ハイライン)のステータスモニターに6個のエラーが出た。ABS/ESP、アイドリングストップ、スタートアシスト、ACC、タイヤ空気圧モニター、コーナリングライトが効かない。実はこれ、6月にも経験済み。4本のタイヤのところにそれぞれセンサーがあって、これが故障すると、すべてダメになるとのこと。走りに影響はないが、ABSが効かないのは不安だ。
部品を交換すれば、すぐに直るが、2カ月足らずで同じ故障というのはねえ。前回とは別のセンサーが故障したらしい(写真は6月に撮っておいたもの)。
フォルクスワーゲンの担当者に電話して、クルマを引き取りにきてもらった。代車はゴルフ6。前回はゴルフ7のトレンドラインだった。ゴルフ6とゴルフ7の乗り味が違うのは当然だが、ゴルフ7の1.4リッター(ハイライン)と1.2リッターでも全然違う。1.2リッターの方はアクセルのレスポンスがダイレクトでキビキビ走る感じ。1.4リッターは走りの高級感を重視しているようだ。
エンジンのチューンのほかに、後輪のサスペンションの違い、トレーリングアームとマルチリンクの違いも乗り味には影響しているのだろう。燃費は1.2リッターの方がリッターあたり2キロぐらい良い。普通に乗るには1.2リッター(トレンドラインよりもコンフォートラインが良いでしょう)を選んで問題ないと思う。ただ、オプションで装備をいろいろ追加していくと、ハイラインと価格がほとんど変わらなくなるんですけどね。
2016/08/16(火)「アイアムアヒーロー」20巻まで
借りてきて読んだ。amazonのレビューで「1巻をまるまる導入部に費やしている」と評価している人がいるが、そうじゃなくて単に進行が遅いだけ。映画化されたのは8巻までのストーリーだが、この原作でよくぞあそこまでスピード感のある映画にしたなと感心してしまう。1冊596円だから8冊で5000円近く。物語の進行に比べてこの価格、コストパフォーマンスが著しく悪い。小説なら2冊は優に読める。細部に違いはあるにしても、大筋は同じだから映画を見たなら原作を読む必要はない。第一、映画の方が数倍面白い。
9巻以降はゾンビ物の側面が小さくなってSFの要素が大きくなる。絵柄を見ると、「AKIRA」を思わせるが、「デビルマン」あたりも入っている感じ。これ、最初から構想にあったのかどうか。なんせゆっくり進む物語なので途中での方針転換はいくらでもできるだろう。
というわけで買ってまで追いかける必要はないと思う。TSUTAYAあたりで借りて読むなら問題ない。借りてきた家内によると、他の漫画も含めて20冊以上借りたら1冊あたり54円だったそうだ。これだと、すごくコストパフォーマンスが良くなる。
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2016/07/31(日)「シン・ゴジラ」 日本映画の総力戦
総監督を務めた庵野秀明の代表作は言うまでもなく「新世紀エヴァンゲリオン」だが、「エヴァ」はこの映画を作るための習作だったのではないかとさえ思えてくる。「シン・ゴジラ」はそれぐらいの傑作だ。第3新東京市に使徒が攻めてくる「エヴァ」に対して、「シン・ゴジラ」では現実の東京をゴジラが襲う。現実の東京にはエヴァのような兵器もNERV(ネルフ)という特務機関もないから、自衛隊と新設された巨大不明生物特設災害対策本部(略称:巨災対)が人知を尽くしてゴジラに対抗することになる。その過程を映画は緊張感たっぷりに描いていく。
鷺巣詩郎の音楽をはじめとして「エヴァ」との類似点・共通点は随所に見られるが、映画を見ながらもう一つ思い浮かべたのは押井守「機動警察パトレイバー2」。“TOKYOウォーズ”がキーワードだったあの傑作にはテロ対策のために警察庁の面々が議論する場面があった。この映画の序盤も内閣の対策会議が中心になる。首都東京壊滅の危機をどう救うのか。早口の大量のセリフと短いカット割りが映画のテンポを速め、緊張感を高めていく。この政府と避難民の描写は巷間よく言われるようにゴジラによる災厄を3.11のような巨大災害になぞらえているのだが、しかし、それ以上に重要なのはゴジラという存在を定義し直したことだ。
庵野秀明は核兵器や放射能というゴジラとは切っても切れない基本ポイントと外見をほぼ受け継ぎながらも、まったく新しいゴジラを定義した。「ゴジラ」第1作のゴジラは水爆実験によって生まれた怪獣だが、「シン・ゴジラ」では放射性廃棄物を食らって誕生した設定になっている。迫り来る核兵器の時代と核エネルギーの時代の違いを踏まえて、これは小さいようで大きな変更点だ。ゴジラに対して通常兵器ではまったく歯が立たないことに加え、その生態を調べた巨災対によって、ゴジラが単為生殖で増殖する可能性があることが分かる。東京という一地域および日本だけの問題ではなく、これは地球全体にとって未曾有の危機だ。怪獣が一地域に被害をもたらしているという単純な状況ではないのである。
だから、後半、ゴジラ殲滅のために国連による核兵器使用のカウントダウンという大きな危機を迎えることになる。「核兵器使用を許せば、廃墟からの復興に各国の支援が得られる」との思惑を持つ政府上層部に対して、「日本で3度目の核兵器を使わせるな」と懸命に作業を進める巨災対メンバー。その思いは声高ではないからこそ、こちらの胸に響く。
中盤にあるゴジラが初めて光線を吐くシーンは見事と言うほかない。「ガメラ2 レギオン襲来」で草体の爆発が仙台市を消滅させたように東京の3区が一瞬にして消滅する。ゴジラの吐く光線のとんでもない破壊力は樋口真嗣が特技監督を務めた平成ガメラ3部作を明らかに継承して発展させたものだ。ギャレス・エドワーズ版「Godzilla ゴジラ」はその平成ガメラの設定を無断借用した映画としか思えず、怪獣映画・SF映画ファンの目から見て新しい部分などほとんどなかった。過去の作品を寄せ集めて攪拌し、VFXで見栄えを良くしただけの作品だった。「シン・ゴジラ」の作りの新しさは今後、怪獣映画に求められる水準を数段階押し上げることになるだろう。
長谷川博己や竹野内豊、石原さとみなどの主要キャストのほかに、多くの名のある俳優たちがセリフを一言吐いてさっと消えてゆく。300人以上に及ぶというキャストの豪華さにも驚く。「シン・ゴジラ」は庵野秀明という一人の作家の創造力だけに依って建つ作品では決してない。日本映画の伝統と現在の技術を結集させた総力戦の結果生まれた作品なのだ。
2016/07/20(水)「HIIT 体脂肪が落ちる最強トレーニング」
暑くなると、筋トレもウォーキングもおろそかになりがち。カツを入れるために筋トレ関係の本を探したら、この本にヒットした。「TBSラジオ『爆笑問題の日曜サンデー』で紹介され、大反響!」と紹介にあるが、個人的にツボなのは著者の岡田隆さんが「石井直方教授に師事」とある点。石井直方さんの本は10年ほど前、ダイエットと筋トレに励んでいる頃、よく読んだ。数ある筋トレ本の中でもっとも論理的かつ明快だったのだ。スロートレーニングのやり方を解説した「体脂肪が落ちるトレーニング」は当時の僕のバイブルだった。
その「体脂肪が落ちるトレーニング」に「最強」の2文字を加えた本書はHIIT(ヒート)について解説している。HIITとはHigh Intensity Interval Trainingの略。20秒間の高強度運動をして10秒間休み、これを8回繰り返す。たった4分間のトレーニングだが、これによって基礎代謝量が増え、その後48時間何もしないでも800キロカロリー消費した報告があるという。基礎代謝量は年齢と体重、筋肉量などに左右されるので800キロカロリーがすべての人にあてはまるわけではないが、燃焼効果が持続するのはメリットだ。
本書にはDVDが付属しているので見ながらやればいい。最初のメニューはリザードウォークとスパイダーウォーク。リザードは腕立て伏せの体勢から右手を前に左足を大きく前に出して体を沈めながら前進する。スパイダーは仰向けで両手両足をついて後ろに進む。どちらも部屋が広くないと、すぐに壁や障害物にぶつかってしまうが、そういう場合はUターンしたり、逆方向に進んだりする。
ベーシックプログラムはスライドスクワット、プッシュアップキック、スーパーマンフライ、シットアップリーチの4種類。いずれも1セットが20秒間なのでそんなにきつくはなく、初心者向けのプログラムだが、繰り返すとけっこうな運動量だ。僕は普段から腕立て伏せと腹筋、ダンベル運動はよくやっているが、これだと動かす筋肉が限られる。ストレッチ効果もあるHIITは全身をくまなく動かす感じがあり、気持が良い。今の時期だと、これだけで汗が噴き出してくる。さらにこれより強度の高いトレーニングも紹介されているが、そっちはまだやってない。
本書の中でおっと思ったのは「脂肪燃焼が始まるのは運動開始20分からというのは誤解」という指摘。糖も脂肪も運動開始直後から消費されるが、20分たつと脂肪燃焼が糖の消費を上回るというのが正しいそうだ。筋トレの後に有酸素運動をすると、脂肪燃焼効果が進むと言われる。HIITをやったらウォーキングをしよう。
ウォーキングと言えば、ポケモンGOがうつ患者を世界中で癒やしている理由という記事があった。「それは歩くことで、うつと関連性が深い脳内ホルモンであるセロトニンの分泌が促され」、うつの緩和に効果があるそうなのだが、うつの人は外に出たがらない。Pokemon GOをやるには外に出て歩かなくてはならない。最初の関門を突破できるので、うつの人には打って付けらしい。崖から落ちたり、交通事故にあったり、危ないと指摘のあるPokemon GOだが、メリットもあるわけだ。
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2016/07/19(火)「FAKE」 事実の幅を広げる手法
ラスト12分間をばらさないことが試写を見る条件だったという。この12分間で描かれるのは本当なのか、やらせなのかよく分からない。題名がFAKEというぐらいだから、ここもフェイクだろうという見方もあるし、いや、フェイクというのは佐村河内守が18年間もゴーストライターを雇っていたことを言うのであり、この12分間は本物だという見方もあるだろう。佐村河内守のゴーストライター疑惑を最初に報道したノンフィクション作家の神山典士はこの映画を評した「残酷なるかな、森達也」の中で、ここが真実であったにしても意味がないというたぐいの指摘をしている(映画のネタバレになっているので未見の人は閲覧注意)。
神山典士はこの文章の中で「この映画は調査報道ではない」という観点からの批判をしているが、そもそも森達也監督に調査報道をしようなんて気はなかっただろう。取材対象の家の中に入るには取材対象から信頼を得る必要がある。世間のほとんどから非難されている(佐村河内には400人の友人がいたが、事件をきっかけに誰もいなくなったそうだ)人間から信頼を得るには自分が味方であること、あるいは中立の立場であることをアピールしなければならないだろう。そうしなければ、取材対象は家の中にまで入ってくることを許さない(それをやるのはバカだ)。自分の不利益になることを進んでやる人はいない。
森達也は本物か偽物かを自分で判断しようとはしていない。このスタンスはオウム真理教を取り上げた「A」「A2」においてもそうなのだろう(未見なので断言はしない)。テレビドキュメンタリーを作る過程をまとめた「職業欄はエスパー (角川文庫)」でもそうだった。スプーン曲げの青年の超能力に関して、森達也は否定も肯定もしていなかった。それが昔からの森達也のスタンスなのだ。
それでは真実かどうかの追求を放棄したドキュメンタリーに意味はあるのか。この映画を見ると、あると言わざるを得ない。少なくともカメラが佐村河内守の自宅に入らなかったら、来客があるたびにショートケーキを出す奥さんの存在は知り得なかったし(あの奥さん、来客の予定があるとケーキを買いに走るに違いない)、インタビュアーの質問を奥さんが手話通訳で佐村河内に伝えていることも分からなかった。見ていて、佐村河内は自宅でも奥さんに対して演技しているのか、それとも本当の姿なのかが分からなくなるし、奥さんは本当に佐村河内の耳が聞こえにくいと思っているのか、それとも本当は聞こえていると思っているのに演技に合わせているのか、あるいは最初は演技だったのにそれがいつの間にか日常に変わってしまったのか分からない。その根底にあるのが佐村河内守への愛なのか、それとも自分が生きていくためなのか、無自覚なのか、そんなことを考えさせられるのがとても面白い。おまけにクスクス笑える場面まである。
とりあえず取材対象に密着すること、そこで知り得たことを公表すること。森達也のそのスタンスは事実の幅を広げることにつながっている。本物と偽物、あるいは善と悪の単純な切り分け方に疑問を呈することが森達也の手法の根底にはある。こうした在り方は一般的な見方を180度反転させることはできなくても、少し傾かせることはできるのだ。