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2024年09月01日の記事

2024/09/01(日)「愛に乱暴」ほか(8月第5週のレビュー)

 4年前からNetflixで配信している映画「ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌」(2020年、ロン・ハワード監督)をニューズウィーク日本版が取り上げています。今頃なぜだ、と思ったら、この映画の原作は共和党の副大統領候補J・D・ヴァンスの自伝的小説なんだそうです。映画はグレン・クローズがアカデミー助演女優賞にノミネートされましたが、内容自体は“貧困ポルノ”と酷評されるほどつまらなかったです。

自分だけ経済的に成功していい気になってるヴァンスのキャラは最低でした。記事には「自分は貧困を抜け出したのだから誰でもできるはずで弁解は通用しない。それがバンスの言い分なのだ」とあります。そういう人物が副大統領候補というのは共和党は地に落ちたなと思います。

「愛に乱暴」

 吉田修一の原作を「おじいちゃん死んじゃったって。」(2017年)、「さんかく窓の外側は夜」(2021年)の森ガキ侑大(ゆきひろ)監督が映画化。

 夫(小泉孝太郎)の実家の敷地内に建つ“はなれ”で暮らす桃子(江口のりこ)は結婚して8年。義母(風吹ジュン)から受ける微量のストレスや夫の無関心を振り払うように、センスのある装い、手の込んだ献立などいわゆる「丁寧な暮らし」で毎日を充実させていた。そんな桃子の周囲で不穏な出来事が起こり始める。近隣のゴミ捨て場で相次ぐ不審火、愛猫の失踪、桃子がたびたび見ているSNSの不倫妊活コメント…。平穏だったはずの日常は少しずつ乱れ始め、八方塞がりに追い詰められた桃子は床下への異常な執着を募らせていく。

 公式サイトのこのストーリー要約では何も分からないので、付け加えておくと、夫は突然、「彼女に会って欲しいんだ」と打ち明けます。夫は若い女(馬場ふみか)と不倫していて、桃子も夫の不倫をうすうす疑っていました。ですから、香港に出張する夫に「誰と行くの?」と聞いたり、帰ってきた夫のスーツケースの中身を確かめたりします。

 原作を読み始めたところですが、原作では主人公視点で語られる各章に別視点のエピソードが付加されています。映画がこれをSNSコメントに変えたのは脚色のうまいところ。ただし、このSNS、はっきり誰が書いたかを描いていないので、中には誤解したままの観客もいるのではないでしょうかね。

 夫の不倫が分かったばかりか、細々と収入を得ていた石けん教室講師の職もなくなってしまい、主人公には鬱な展開。同情もしにくいキャラクターなので、映画の評価もそれに引きずられてしまった部分があるようです。
▼観客4人(公開初日の午前)1時間45分。

「サユリ」

 押切蓮介の原作コミックを白石晃士監督が映画化。原作が全1巻だったので映画を見る前にKindle版を読みました。原作にはない「元気ハツラツ、お○○○マンマン」のNGワード(3回出てきます)があるので地上波テレビで完全な形での放映は無理(配信は大丈夫かな)。不幸な過去と引きこもりにより巨大に太ったサユリの姿も原作にはなく、映画のアレンジです。

 前半は中古住宅に引っ越してきた家族7人(祖父母、両親、子ども3人)が家に潜む何者かによって次々に死んでいく過程を描く普通のホラー。後半は生き残った祖母(根岸季衣)と長男・則雄(南出凌嘉)の反撃を描いています。

 家に潜んでいるのがサユリの霊で、引っ越してきた一家が悪いわけではないので殺していくのは理不尽なんですが、幽霊屋敷ものでは「来た奴が悪い」というのが通常進行。認知症が進んでいた祖母が家族を殺された怒りに燃え、自分を取り戻して戦う姿がおかしくて面白く、根岸季衣が乗りまくりの演技を見せています。そこが見どころと言えば見どころ。則雄の同級生で霊感を持つ少女役をドラマ「ばらかもん」(2023年、フジテレビ)、「アンチヒーロー」(2024年、TBS)で注目を集めた近藤華が演じています。
▼観客30人ぐらい(公開5日目の午前)1時間48分。

「めくらやなぎと眠る女」

 村上春樹の短編6本をフランスのピエール・フォルデス監督がアニメ化。見る前は6作品をそれぞれアニメ化したオムニバスかと思っていましたが、内容を再構成して2人の主人公の話にまとめてありました。この脚色は悪くないのですが、日本のアニメを見慣れた者からすると、キャラクターデザインに魅力がなく、「個性的」とか「変わった味がある」とかの形容しか思いつきません。

 もっとも、東日本大震災後(原作では阪神・淡路大震災後)に家を出て行く主人公の妻は原作(「UFOが釧路に降りる」)によると、「容貌はまったく十人並み」で「性格もとくに魅力的とは言えなかった。口数は少なく、いつも不機嫌そうにしていた。小柄で、腕が太く、いかにも鈍重そうに見えた」とあるので、このキャラに関しては原作通りとも言えます。

 原作をまとめておくと、以下の通りです。
「かえるくん、東京を救う」(「神の子どもたちはみな踊る」新潮文庫)
「UFOが釧路に降りる」(同)
「バースデイ・ガール」(「バースデイ・ガール」新潮社、「バースデイ・ストーリーズ」中央公論新社)
「かいつぶり」(「カンガルー日和」講談社文庫)
「ねじまき鳥と火曜日の女たち」(「新装版 パン屋再襲撃」文春文庫)
「めくらやなぎと眠る女」(「螢・納屋を焼く・その他の短編」新潮文庫)
 この6本を選んだ理由を知りたいところですが、公式サイトでは特に言及されていません。フォルデス監督は「史上最も偉大で最もインスピレーションに溢れた作家の作品から得たひらめきと、アニメーションにおいてテクニックだけではなく語り方をも一新しようとした野心の産物なのです。(中略)私にとってこの映画は、控えめに言っても近年作られた最も革新的な長編アニメーションなのです」と自画自賛気味にコメントしています。

 日本語吹き替え版は磯村勇斗、玄理、塚本晋也、古舘寛治らが声を演じており、深田晃司監督が演出しています。
▼観客4人(公開初日の午後)1時間49分。

「マミー」

 1998年7月に起きた「和歌山毒物カレー事件」を検証したドキュメンタリー。無実を訴え続ける林眞須美死刑囚の家族(夫と長男)のインタビューと再審を訴える市民団体の動き、当時の警察・検察・マスコミ・裁判関係者、現場周辺住民の取材・インタビューで構成しています。

 重点となるのは目撃証言の信憑性とヒ素の鑑定結果で、どちらにも疑問が残されていることが分かります。当時のマスコミの過熱報道で犯人は林眞須美と、ほとんどの人は思っていたでしょう。警察の捜査もそれに影響されたのではとの疑いが浮上してきます。林眞須美死刑囚への疑いを濃くした詐欺事件に関しては夫主導の犯行であり、ヒ素を呑まされた被害者とされた夫が実は保険金詐欺のために自分で舐めたことをインタビューで答えています。当時、これが分かっていたら、林眞須美逮捕には至らなかった可能性もあるでしょう。

 ドキュメンタリー「正義の行方」(2024年、小寺一孝監督)で描かれた飯塚事件のように警察がDNA検体を捨てるという、スットコドッコイなことにはなっていないのでまだましですが、再審を認めないようではどうしようもないですね。カレーに入っていたヒ素が林家にあったものと同じかどうかを現代の技術で再度調べないと、警察が証拠隠滅を図ったとしか思えない飯塚事件と同じことになってしまいます。

 ドキュメンタリーの作りとしてはあまりうまくありませんし、二村真弘監督が関係者宅への不法侵入で警察沙汰になるのはやり過ぎでしょうが、冤罪の可能性を検証したことは有用だと思います。
▼観客7人(公開2日目の午後)1時間59分。