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2024年09月15日の記事

2024/09/15(日)「侍タイムスリッパー」ほか(9月第2週のレビュー)

 宮崎ロケの「ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ」が20日から先行公開されますが、もう1本、宮崎が出てくる作品に「推しの子」があります。原作の第1話は宮崎県北部にある病院が重要な舞台になってます。

 「推しの子」は実写版が制作中で、11月28日からamazonプライムビデオでドラマを配信した後、続きとなる映画を12月20日から劇場公開する予定です。監督は映像作家スミスと松本花奈。スミスって誰だと思って、経歴を調べると、ミュージックビデオのほか、テレビドラマの演出も多い監督でした。楽しく見ていた「アンラッキーガール!」(2021年・日テレ、福原遥主演)がフィルモグラフィーにあったので少し安心しました。

 宮崎ロケをしたという話は聞かないので、実写版に宮崎は出てこないのでしょうが、齋藤飛鳥や原菜乃華などのキャストは原作のイメージに合った人選なので楽しみに待ちたいと思います。

「侍タイムスリッパー」

 幕末の侍が現代にタイムスリップして、時代劇の斬られ役になる笑いと涙のドラマ。SF部分は設定にとどまり、内容は時代劇とその制作に携わる人たちへの愛情あふれる作品になっています。終盤にもう一つSF的展開があるかと期待していたので、少し肩透かしの気分にはなりましたが、時代劇への愛情はたっぷり伝わりました。

 幕末の京都、会津藩士高坂新左衛門(山口馬木也)は「長州藩士を討て」との密命を受ける。屋敷から出てきた山形彦九郎(庄野崎謙)と刃を交えた時、雷がとどろく。気を失った高坂が眼を覚ますと、そこは現代の時代劇撮影所だった。高坂は撮影所の助監督・山本優子(沙倉ゆうの)に助けられ、戸惑いながらも寺の仕事を手伝って暮らし始める。高坂が守ろうとした江戸幕府は140年前に滅んだと知り愕然となるが、撮影所で斬られ役をやることになり、生きがいを見いだしていく。

 自主制作映画なので安田淳一監督は脚本・撮影・編集・照明なども担当しています(米農家でもあるそうです)。脚本の出来が良かったため東映京都撮影所が全面協力し、キャストに有名な俳優はいませんが、自主映画とは思えない仕上がりになっています。

 映画を見ながら温かい気持ちになるのは撮影現場を支える多数の人たちが描かれているからです。時代劇に限らず、映画やドラマは無名のキャストやスタッフの隠れた努力で出来上がっているんだなと改めて感じさせます。

 少し気になったのは音響の品質と、クライマックスの展開。特に後者は過去に同じような事例で重傷者(後に死亡)を出して大きな問題になったことと、必然性に欠ける面があり、一工夫したいところでした。

 映画史・時代劇研究家で映画評論家の春日太一が、時代劇への愛情を込めた「時代劇は死なず! 京都太秦の『職人』たち」(集英社新書→河出文庫に完全版)を書いたのは2008年でした。製作本数が激減した時代劇の瀕死の状況は今も変わらず、これが今後、大きな変化を迎えることも難しいように思います。それでも時代劇作りを愛する人たちがいて、見たい観客はいます。この映画のような優れた作品を増やしていくことが存続への力になるのは確かでしょう。

 劇場の説明によると、パンフレットは制作中だそうですが、公開終了までに間に合わない恐れもあるとか。8月中旬に東京の1館で始まった劇場公開は内容の良さが伝わって全国に広がり、現在、122館まで拡大されました。
IMDb7.9、ロッテントマト100%(英語タイトルはA Samurai in Time)。
▼観客13人(公開初日の午後)2時間11分。

「ソウルの春」

 1979年12月、韓国の朴正熙(パク・チョンヒ)大統領暗殺後の軍事クーデターを基にしたサスペンス。全斗煥(チョン・ドゥファン)→チョン・ドゥグァンとか、盧泰愚(ノ・テウ)→ノ・テゴンとか、読み方が変わったのかと思ってしまいますが、フィクションなので少し違う名前にしているわけです。となると、気になるのはどこまで史実に忠実かということ。パンフレットに2ページの実録(著者は秋月望・明治学院大学名誉教授)が掲載されていますが、もっと詳細な書籍が読みたくなります。

 大統領暗殺の混乱に乗じて軍内部の悪のグループが台頭し、国を牛耳るという悪夢のようなストーリー。勝利を握った悪のボス、チョン・ドゥグァンが大笑するシーンもあります。普通なら絶望的な気分になるところですが、その後の経過が分かっているのが救いではありますね(全斗煥、盧泰愚とも1996年に内乱罪で死刑判決。その後、減刑、特赦)。

 クーデターの中心になったのは全斗煥率いるハナ会。これは陸士11期生の慶尚北道出身者が軍内の人事・処遇での相互扶助を目的に結成した組織が拡大してできたもので、朴大統領も後押ししたそうです。身分的には少将で保安司令官兼大統領暗殺事件合同捜査本部長だった全斗煥がクーデター後に大統領に上り詰めたのはハナ会のリーダーだったからなのでしょう。

 映画はチョン・ドゥグァンとクーデター阻止を図る首都警備司令官イ・テシン少将(チョン・ウソン)の対決に絞られていき、軍隊の駆け引きを伴った緊迫の展開が続きます。「失敗すれば反乱、成功すれば革命だ」とうそぶくチョン・ドゥグァンを演じるのは名優ファン・ジョンミン。前髪を抜いて全斗煥に似せ、実に憎々しく演じています。「アシュラ」(2016年)のキム・ソンス監督は全編に緊張感をみなぎらせ、一級の演出を見せています。

 パンフレットによると、イ・テシンのモデルになった張泰玩(チャン・テワン)は首都警備司令官を退役させられ、2年間自宅に軟禁。その間に父親は憤死(Wikipediaによると、断食で死去)、ソウル大生だった息子は自殺したそうです。
IMDb7.6(アメリカでは映画祭での上映のみ)。
▼観客20人ぐらい(公開2日目の午後)2時間22分。

「ストレンジ・ウェイ・オブ・ライフ」

 U-NEXTで見ました。昨年のカンヌ映画祭でプレミア上映されたペドロ・アルモドバル監督の短編西部劇。若い頃に愛し合った中年男2人のゲイのドラマです。

 旧友の保安官ジェイク(イーサン・ホーク)を訪ねるため、シルバ(ペドロ・パスカル)がやってくる。メキシコ出身のシルバはつかみどころがないが温かい心の持ち主。アメリカ出身のジェイクは厳格な性格で冷淡で不可解、シルバとは正反対。出会ってから25年がたつ2人は酒を酌み交わし、愛し合うが、翌朝ジェイクが豹変する。

 映画製作に参入したイヴ・サンローランの子会社「サンローラン・プロダクションズ」とアルモドバルがタッグを組み製作されたとのことですが、短編を製作する意味がよく分かりません。長編を作る前のテストケースだったんでしょうかね。出来は普通です。
IMDb6.2、ロッテントマト77%。31分。

「夏の終わりに願うこと」

 7歳の少女ソル(ナイマ・センティエス)の父親で病気療養中のトナ(マテオ・ガルシア・エリソンド)の誕生パーティーに集まってきた家族・親族の1日を描くドラマ。メキシコの女性監督リラ・アビレスの長編2作目で、昨年のベルリン国際映画祭でエキュメニカル審査員賞(キリスト教関連の団体から贈られる賞)を受賞しました。

 トナはがんがかなり進行した様子で、実家で療養しています。母親と暮らすソルがトナと会うのも久しぶりですが、大きなドラマがあるわけではなく、ソルの目から見た大人たちの様子がドキュメントタッチで淡々と描かれていきます。退屈はしなかったんですが、もう少しドラマに起伏が欲しいところではありました。

 アビレス監督の娘の父親(夫ではない?)の死がこの映画の発想のきっかけになったそうです。ソルの両親が離れて暮らしているのも監督の体験に基づいているのでしょう。

 原題は「Totem(トーテム)」。このタイトルについて監督は「トーテムはさまざまなものをつなぐ存在」とした上で「家族は小宇宙のようなものです。そのなかには人間のほか、昆虫などの小さな生物も含まれていて、誕生日などの儀式もあり、生と死がある。それらすべてをつなぐものという意味でこのタイトルを付けました」とインタビューで説明しています。
IMDb7.1、メタスコア91点、ロッテントマト97%。
▼観客7人(公開5日目の午後)1時間35分。

「スオミの話をしよう」

 英語タイトルは「All About Suomi」。「イヴの総て(All Abour Eve)」(1950年、ジョセフ・L・マンキーウィッツ監督)を思わせる英題ですが、映画マニアの三谷幸喜監督なので、内容的には多重人格の女性を描いた「イブの三つの顔」(1957年、ナナリー・ジョンソン監督)を混ぜているのかもしれません。主人公のスオミを演じる長澤まさみが七変化(実際には五変化ですが)の芝居を見せるクライマックスが多重人格を連想する内容だからです。このシーンは長澤まさみの魅力がいっぱいでファンとしては満足したんですが、映画全体の出来は今一つでした。

 有名な詩人の寒川(坂東彌十郎)の妻スオミがいなくなって、元夫の刑事草野(西島秀俊)と相棒の小磯(瀬戸康史)が寒川宅にやってきます。ここで刑事が「犯人に見られているかもしれないから」とカーテンを閉めるよう指示するあたり、黒澤明「天国と地獄」(1963年)を思わせましたが、分かってやってるにしても今時、電話の録音にオープンリールのテープレコーダーを使ったり、逆探知云々のセリフがあるのは誘拐の雰囲気づくりや笑いのくすぐり以上の意味はありません。

 邸宅内でほとんどの話が進行する演劇的作りは良いとしても、話が弾んでいかないのが残念なところ。これは何よりもミステリーとしてきっちり作る必要があったのだと思います。話の構造をしっかりさせた上で笑いをまぶした方が良かったでしょうね。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午前)1時間54分。