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2024年11月17日の記事

2024/11/17(日)「グラディエーターII 英雄を呼ぶ声」ほか(11月第3週のレビュー)

 テレビアニメ「ダンダダン」の第7話「優しい世界へ」が「涙腺崩壊」「号泣必至」「神回確定」と評判になりました。妖怪アクロバティックさらさら(アクさら)の過去が描かれるエピソード。人間だった頃のアクさらはシングルマザーで、幼い娘のためにバイトを掛け持ちして必死に働きますが、それが報われず、不幸な運命を迎えます。セリフを控えて、描写で見せたサイエンスSARUのアニメーションも相変わらず素晴らしいのひと言。ギャグを交えたスピード感のある話にこうしたじっくり見せるドラマを入れてくるのも、この作品の魅力ですね。

「グラディエーターII 英雄を呼ぶ声」

 リドリー・スコット監督による24年ぶりの続編。アカデミー賞5部門(作品、主演男優、衣装デザイン、録音、視覚効果賞)を制した前作(キネ旬ベストテン8位)のストーリーを僕はそれほど買わないんですが、スコット監督が構築した映像美については世評通りと思いました。今回も美術・視覚系の完成度は高く、技術関係の部門でアカデミー賞候補となるのは確実でしょう。

 単純な復讐譚にしていないところに脚本の工夫があります。主人公のルシアス(ポール・メスカル)は将軍アカシウス(ペドロ・パスカル)率いるローマ帝国軍に故郷を侵攻され、愛する妻を殺される。捕虜として拘束されたルシアスは奴隷商人マクリヌス(デンゼル・ワシントン)に買われ、コロセウム(円形闘技場)で戦う剣闘士(グラディエーター)となる。ローマの人民は双子皇帝ゲタ(ジョセフ・クイン)とカラカラ(フレッド・ヘッキンジャー)の圧政に苦しめられており、アカシウスは妻のルッシラ(コニー・ニールセン)とともに密かに謀反を企てていた。

 なぜ、この物語が続編かというと、ルシアスは前作の主人公マキシマス(ラッセル・クロウ)とルッシラとの間に生まれた子どもだからです。子どもの頃に命を狙われたため、ルッシラが他国へ逃がしていました。ルシアスの直接的な復讐の対象はアカシウスになるんですが、アカシウスは悪人ではなく、他国侵略の決定を下した皇帝たちが根本的な悪であると分かってきます。途中まで善人だか悪人だか分からないマクリヌスの存在も物語に幅を与えています。脚本は「ナポレオン」(2024年)でもリドリー・スコット監督と組んだデヴィッド・スカルパ。

 惜しいのは主演のポール・メスカルが前作のラッセル・クロウのレベルには届いていないこと。「aftersun アフターサン」(2022年)でアカデミー主演男優賞候補となり、演技の面では申し分ない実力がありますが、スター性には乏しいので本作のようなアクション史劇では少し力強さが足りないように思えました。
IMDb7.1、メタスコア66点、ロッテントマト75%。前作はIMDb8.5、メタスコア67点、ロッテントマト87%。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午前)2時間28分。

「本日公休」

 昔ながらの理髪店の女主人を描く台湾映画。フー・ティエンユー監督が自分の母親をモデルにした物語を構築し、実家の理髪店で撮影したそうです。かつての日本映画のような素朴な温かみがあり、そこが大きな魅力になっています。

 理髪店を営みながら女手一つで3人の子供を育てたアールイ(ルー・シャオフェン)は常連客を大切にしながら40年間営業してきた。それぞれの道を歩んでいる子供たちは実家にはなかなか顔を見せず、頼りになるのは近所で自動車修理をしている次女の別れた夫チュアン(フー・モンボー)だけだった。ある日、遠くの町から通ってきていた常連客の歯医者の先生が病床にあると知り、アールイは店に“本日公休”の札を掲げて古びた愛車(ボルボ240GLセダン)に乗り込み、その町に向かう。

 主演のルー・シャオフェンは女優を引退していましたが、監督から送られた脚本を読んで復帰を決め、「こういう脚本に出会うために私はこの20年ずっと待っていたんです。この役をやり遂げたい」と語ったそうです。中国本土の映画より台湾映画により親しみを感じるのは日本と似た部分が多いからじゃないかと思います。
IMDb7.1(アメリカでは未公開)
▼観客15人ぐらい(公開2日目の午後)1時間46分。

「二つの季節しかない村」

 こんなクズ男を主人公にして、なぜこんなに面白い映画になるのかと驚嘆するトルコのヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督作品。3時間18分の上映時間の中盤にある主人公サメット(デニズ・ジェリルオウル)と友人の恋人ヌライ(メルヴェ・ディズダル)との12分間以上の長い対話(議論)のシーンで引き込まれ、その直後の呆気にとられる脱映画的シーンを挟んで納得のラブシーンへとつながる展開が凄すぎました。

 トルコ東部の雪深いインジェス村の学校に赴任して4年が経つ美術教師サメット。何もない村では教師というだけで尊敬される。ある日、学校で荷物検査が行われ、サメットを慕っていた女子生徒セヴィム(エジェ・ヴァージ)はサメットがプレゼントした鏡と共にラブレターを没収された。内容が気になったサメットはそのラブレターを手に入れる。「返してほしい」と訴えるセヴィムに「もう処分したから手元にない」と嘘をつく。その日から、セヴィムの態度は変わる。セヴィムは友人と共謀して、「サメットとケナンに不適切な接触をされた」と虚偽の訴えを起こし、2人は窮地に立たされる。

 サメットがクズなのはこの仕返しにセヴィムを廊下に立たせたり、つらい仕打ちをする偏狭さと友人の恋人と寝てしまう(しかもそれを翌朝、友人に言ってしまう)卑劣な面があるからですが、それでも主人公として成立するのはジェイラン監督の深い洞察と描写力があるからでしょう。中盤の脱映画的シーン(パンフレットではメタシーンと呼んでいます)について監督は「エモーショナルになりすぎるのを避けたかったのと、映画を観ているという習慣を中断させたかったのです。映画の遊戯の一種として。もちろん、こういう手法は他の監督も使用していますが、あのシーンでは入れるのが適切だという確信が持てたのです」と語っています。

 ジェラン監督は「雪の轍」(2014年)でパルムドールを受賞するなど、カンヌ映画祭では毎回高く評価されていて、この映画もメルヴェ・ディズダルが最優秀女優賞を受賞しました。その「雪の轍」が3時間16分、前作「読まれなかった小説」(2019年)が3時間9分と最近の作品はいずれも3時間以上ありますが、こんなに長いと一般観客からは敬遠されがち。2時間半程度に凝縮した方が、その凄さを広く認識させられるのではと思います。
IMDb7.8、メタスコア88点、ロッテントマト91%。
▼観客5人(公開5日目の午後)3時間18分。

「HAPPYEND」

 父である坂本龍一のコンサートドキュメンタリー映画「Ryuichi Sakamoto | Opus」を監督した空音央(そらねお)の長編劇映画初監督作。近未来の日本で高校卒業を控えた幼なじみ2人の友情と葛藤を描いた青春映画で評判良いようですが、僕は物語の鋭さ、深さの点であと一歩と思いました。

 ユウタ(栗原颯人)とコウ(日高由起刀)はある晩、いつものように学校に忍び込む。そこでユウタは校長(佐野史郎)の愛車にとんでもないいたずらを思いつく。翌朝、いたずらを発見した校長は激怒し、学校に生徒を監視するAIシステムを導入する。

 外国人生徒が多いこの学校は社会の縮図と言え、映画は監視社会と多様性を認めない偏狭さの批判も含んでいます。しかし、教師側が外国人生徒に対して明らかな差別的言動をするのはリアリティーを欠くのではないでしょうかね。建て前では差別しないように振る舞うんじゃないかと思います。
IMDb6.9、メタスコア66点、ロッテントマト92%。
▼観客3人(公開7日目の午後)1時間53分。

「本心」

 平野啓一郎の原作を石井裕也監督が映画化。主人公の母親の友人だったミヨシアヤカという名前を聞いて、三吉彩花と同姓同名だと思ったら、三吉彩花がその役をやってました。このキャラクターの漢字は「三好彩花」で一字違いますが、原作でもこの名前で出てきます。作者の平野啓一郎が意図的にこういう名前にしたのかどうかは分かりませんが、石井監督がこの役に三吉彩花をキャスティングしたのは意図的でしょう。三吉彩花自身は「まずこのお話を頂いた時から運命とはこういう事か、と…」とコメントしています。

 「大事な話があるの」と言い残して死んだ母・秋子(田中裕子)は“自由死”を選んでいた。母の本心が知りたい朔也(池松壮亮)は母のデータをAIに集約させ、仮想空間上にVF(ヴァーチャル・フィギュア)を作ってもらうことを決める。VF制作に伴うデータ収集のため母の同僚で友人だったという三好(三吉彩花)に接触。まるで本物のような母のVFは完成、朔也はVFゴーグルを装着すればいつでも母親と会えるようになる。VFは徐々に朔也が知らない母の一面をさらけ出していく。

 物語はこのAIと残酷な格差社会、朔也と彩花の深まる関係を描いて、悪くない出来だと思いました。出演はこのほか水上恒司、仲野太賀、妻夫木聡、綾野剛ら。
▼観客15人ぐらい(公開6日目の午後)2時間2分。