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2025年03月30日の記事

2025/03/30(日)「ミッキー17」ほか(3月第4週のレビュー)

 2カ月ほど前にスティーブン・キング「ビリー・サマーズ」を読んで、終盤は小説や映画で過去にもあった趣向の話だなと思いました。悲劇的な現実を登場人物がフィクションの力で幸福なものに置き換える、という趣向です。類似作品があったよなと考えていて、イアン・マキューアンの「贖罪」だと最近思い出しました。といっても、この小説、積ん読のまま読んでいず、映画「つぐない」(2007年、ジョー・ライト監督)からの連想です。

 映画でもう1本、クエンティン・タランティーノ監督の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」(2019年)もそうかなと思います。これは登場人物ではなく、タランティーノ自身が実際に起きた悲劇的な事件(シャロン・テート殺害事件)を回避して、呆気にとられるような展開にしたわけですけどね。

 悪人の抹殺だけを請け負う殺し屋を主人公にした「ビリー・サマーズ」は映画化の計画があるそうですが、IMDbにはまだ詳細がありません。IMDbのリストを見て驚くのはキングがライター(原作や脚本)としてこれまでに関わった作品がテレビ・映画・短編を含めて394本もあること。今後も20本が予定されています。こんなに多くの作品が映像化された作家はほかにいないでしょう。それほどキングは質の高い作品を量産してきたわけです。

「ミッキー17」

「ミッキー17」パンフレット
「ミッキー17」パンフレット
 格差社会を反映した真っ当なSFですが、話にオリジナリティーが乏しく、ポン・ジュノ監督の演出にも鋭さはなく、もう少しテンポアップした方が良かったと思います。原作はエドワード・アシュトンの「ミッキー7」。

 何度も使用可能なエクスペンダブル(使い捨て)な人間という設定は不死身の「亜人」(桜井画門原作)やクローンの「アイランド」(2005年、マイケル・ベイ監督)を思わせますし、氷の惑星ニフルヘイムに住むダンゴムシを巨大化させたようなクリーパーの形態は王蟲やサンドワームとよく似ています。オリジナルなSFのアイデアはあまりないにもかかわらず、水準をクリアした映画にまとまったのはポン・ジュノらしい格差社会の背景があるからでしょう。

 主人公のミッキー・バーンズ(ロバート・パティンソン)は友人のティモ(スティーブン・ユアン)とともに事業に失敗し、借金取りから追われることになる。2人は厳しい借金取りから逃れるため惑星ニフルヘイム植民団に応募。ミッキーは契約書をよく読まず、エクスペンダブルに応募してしまう。エクスペンダブルは複製技術の人体プリンティングによって、記憶を維持したまま何度も再生される。ミッキーは人体実験や過酷な業務を担当させられ、何度も死ぬことになる。しかし、17番目のミッキーはクレバスに落ちたところを肉食のクリーパーになぜか助けられる。基地に帰ってみると、既にミッキー18がいた。

 植民団を率いる富豪のマーシャル(マーク・ラファロ)とイルファ(トニ・コレット)の夫婦は自己中心的なキャラで、カリカチュアライズされたいかにもな悪役。このあたりの風刺とユーモアがポン・ジュノ作品らしいところです。パティンソンはサエない風貌で不運なミッキーを好演しています。

 ミッキーに好意を寄せるカイ・キャッツ役のアナマリア・バルトロメイはどこかで見た顔だと思ったら、ヴェネチア映画祭金獅子賞のフランス映画「あのこと」(2021年、オードレイ・ディヴァン監督)の主演女優でした。
IMDb7.0、メタスコア72点、ロッテントマト78%。
▼観客15人ぐらい(公開2日目の午前)2時間17分。

「聖なるイチジクの種」

「聖なるイチジクの種」パンフレット
「聖なるイチジクの種」パンフレット
 前半はヒジャブを適切に身につけず、風紀警察に捕まった女性の不審死(2022年のクルド人女性マフサ・アミ二さん死亡事件)を巡る社会派ドラマ、後半は自宅でなくなった拳銃を巡る家族のサスペンスとなっています。後半のサスペンスもイランの神権政治と家父長制、男尊女卑が根本要因としてありますが、サスペンスの面白さが上回った印象。前作「悪は存在せず」(2020年)でイランの死刑制度を取り上げ、ベルリン映画祭金熊賞を受賞したモハマド・ラスロフ監督は娯楽映画の技術でも一流なのだと思います。

 国家公務に従事するイマン(ミシャク・ザラ)は念願の予審判事に昇進。業務は反政府デモ逮捕者に不当な刑罰を課すための国家の下働きだった。報復の危険が付きまとうため家族を守る護身用の銃が支給されるが、ある日、寝室の引き出しに入れていた銃が消えてしまう。イマンの不始末による紛失だと思われたが、疑いの目は妻ナジメ(ソヘイラ・ゴレスターニ)、長女レズワン(マフサ・ロスタミ)、次女サナ(セターレ・マレキ)の3人に向けられる。

 前半はスマートフォンで撮影したと思われる実際の抗議デモの様子が多数使われています。頭から血を流した死体や政府側のひどい暴力場面もあり、緊迫の展開。この家の娘2人の友人もデモに参加し、散弾銃で顔を撃たれて重傷を負います。娘2人はデモには参加しませんが、思想的にはデモ側。父親は公務員で死刑執行の許可を出す立場にあり、母親はそんな夫を支持しています。しかし、銃の紛失により、父親の本性が露わになり、女性3人は父親と対立することになります。父親は一般民衆からも敵視され、だから護身用の拳銃を持たされていたわけですが、それが家族の崩壊を招いてしまうのが皮肉です。

 事実に即した部分が多い前半とフィクションが勝る後半で面白さの質は異なります。167分の長い作品なので別の映画として撮っても良かったのではないかと思えました。ラスロフ監督はイラン政府を批判したとして懲役8年、むち打ち、財産没収の実刑判決を受けましたが、執行される前に国外へ脱出し、ドイツに亡命したそうです。
IMDb7.6、メタスコア84点、ロッテントマト97%。カンヌ国際映画祭審査員特別賞、アカデミー国際長編映画賞ノミネート。
▼観客9人(公開初日の午後)2時間47分。

「劇場版モノノ怪 第二章 火鼠」

 テレビアニメから生まれた「劇場版モノノ怪」シリーズ3部作の第2章。昨年公開された第1章「唐傘」にはあまり感心しませんでしたが、今回は上映時間を15分短くしたこともあって、話が締まっています。

 前作に続いて大奥が舞台。突然、人が燃え上がり、消し炭と化す人体発火事件が連続して発生する。退魔の剣を持つ薬売り(神谷浩史)は再び大奥に現れ、事件がモノノ怪の仕業とにらんで闇に切り込んでいく。

 和紙に描いたような独特の絵が魅力ですが、絵よりも話に凝った方が面白くなりますね。前作の監督である中村健治が総監督、テレビアニメ「バビロン」などの鈴木清崇が監督を務めています。第3章は「蛇神」とのこと。
▼観客15人ぐらい(公開11日目の午後)1時間14分。

「デュオ 1/2のピアニスト」

「デュオ 1/2のピアニスト
パンフレットの表紙
 フランスに実在する双子の天才ピアニストをモデルにした物語。幼い頃からピアノに情熱を注いできた双子の姉妹、クレール(カミーユ・ラザ)とジャンヌ(メラニー・ロベール)は父セルジュ(フランク・デュボスク)から厳しい指導を受け、名門音楽院に入学する。ピアノのソリストを目指し、キャリアを左右するコンサートのオーディションに向けて練習に励む日々。ところが、2人は両手が不自由になる難病を患っていることが分かる。

 あらすじから想像できる以上にドラマティックな展開があり、うまい脚本だと思います。実話部分は設定だけで大きくフィクションを取り入れた印象。それで悪くはありませんが、学院の先生と愛し合ったことが後で学院への脅迫じみた行為に使われるのはいかにも作った感がありました。双子を演じたカミーユ・ラザとメラニー・ロベールは同じ村出身の親友とのこと。
IMDb6.6(アメリカでは未公開)
▼観客4人(公開5日目の午後)1時間49分。

「お嬢と番犬くん」

 一咲(福本莉子)は極道一家の孫娘であることを隠し、普通の青春と恋をするため、家から遠い高校に進学するが、彼女の世話役で組の若頭の啓弥(ジェシー)が年齢をごまかして高校に裏口入学してくる。

 ジェシーも福本莉子も悪くありませんが、話に工夫がなく、面白みに欠けます。はつはるの原作コミックもこうなのでしょうかね。このパターンなら、鈴木亮平と永野芽衣主演の「俺物語!!」(2015年、河合勇人監督)の方面白かったです。
▼観客多数(公開14日目の午後)1時間46分。