2025/03/02(日)「ANORA アノーラ」ほか(2月第4週のレビュー)
「ANORA アノーラ」

ニューヨークのストリップダンサーでロシア系アメリカ人の“アニー”ことアノーラ(マイキー・マディソン)はロシアの富豪の御曹司イヴァン(マーク・エイデルシュテイン)と出会う。アニーを気に入ったイヴァンは7日間1万5千ドルで専属契約を結ぶ。贅沢三昧の日々を過ごした2人はラスベガスの教会で衝動的に結婚するが、息子がセックスワーカーと結婚したことを知ったロシアの両親は激怒する。結婚を無効にするため屈強な男たち3人を息子の邸宅へと送る。イヴァンは隙を見て逃走。イヴァンの両親が到着し、アニーは逃げたイヴァンを一緒に捜すことになる。
予告編で「『プリティ・ウーマン』がディズニー映画のように見えてくる」との批評が引用されていましたが、その通り、金持ちと結婚するシンデレラストーリーの後の出来事が物語の中心。アニーは気の強い女性で3人の男に負けずに思い切り抵抗するのがおかしくて痛快です。弾けた魅力を見せるマイキー・マディソンがジュリア・ロバーツのように売れっ子になるといいなと思います。
R-18指定。ボカシのかかるシーンはありませんが、セックス描写が多いので一般映画としてはNGとなったようです。アカデミー作品、監督、主演女優賞など6部門ノミネート。助演男優賞にノミネートされたイゴール役の俳優にはユーリー・ボリソフ(Yuriy Borisov)とユーラ・ボリゾフ(Yura Borisov)の2種類の表記があります。ロシア映画「インフル病みのペトロフ家」(2021年、キリル・セレブレニコフ監督)まではユーリーでした。ユーラはアメリカ向けの名前なのでしょう。
IMDb7.7、メタスコア91点、ロッテントマト93%。
▼観客6人(公開初日の午前)2時間19分。
「名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN」

ディランを演じるのはティモシー・シャラメ。ギターと歌を5年かけて練習し、歌い方と佇まいはディランにそっくりです。「風に吹かれて」「時代は変る」「ミスター・タンブリン・マン」「ライク・ア・ローリングストーン」などのヒット曲が次々に披露され、ディランに詳しくない人にもその魅力が伝わる作りになっています。ジョーン・バエズを演じたモニカ・バルバロの澄んだ歌声にも感心。「朝日の当たる家」を歌い上げる場面から引き込まれました。バルバロもまた歌とギターは未経験だったとのこと。
そうした諸々の要素が絡まり合って前半は抜群に面白いです。後半がやや失速するのはエレキギターに変えたディランの変化の理由が今一つ伝わってこないからでしょう。当時の聴衆にも伝わらず、ステージに物を投げられるシーンがあります。
ディランと恋人のシルヴィ・ルッソ(エル・ファニング)が見に行く映画はベティ・デイヴィス主演の「情熱の航路」(1942年、アーヴィング・ラバー監督)でamazonプライムビデオが配信しています。シルヴィ・ルッソのモデルとなったスージー・ロトロは「グリニッチヴィレッジの青春」という回顧録を出していますが、映画「グリニッチ・ビレッジの青春」(1976年、ポール・マザースキー監督)とは関係ありません。
監督はこの映画にも登場するジョニー・キャッシュを描いた「ウォーク・ザ・ライン 君につづく道」(2005年)のほか、「フォードvsフェラーリ」(2019年)「インディ・ジョーンズと運命のダイヤル」(2023年)などのジェームズ・マンゴールド。アカデミー作品、監督、主演男優賞など8部門ノミネート。
IMDb7.5、メタスコア70点、ロッテントマト81%。
▼観客12人(公開2日目の午前)2時間21分。
「劇場版トリリオンゲーム」
無料だった原作2巻までを読み、ドラマを4話まで観たところで劇場版を見ました。ドラマの続きではなく、オリジナルの物語なのでドラマを見ていなくてもだいたいの話は通じます。原作通りのドラマは面白く見ましたが、映画は新鮮味に欠けた脚本(テレビと同じ羽原大介)の出来が芳しくない上に、演出(村尾嘉昭)も手際が悪いです。目黒蓮、佐野勇斗、今田美桜、福本莉子らの出演者は悪くありません。
日本では違法なオンラインカジノが問題となっていますが、映画の舞台は日本初のIR構想で完成したカジノリゾートという設定。オンラインがダメで(特区とはいえ)実物は良いとする政府の考え方には疑問を感じます。実物だとなおさらダメでしょ、普通。
▼観客20人ぐらい(公開14日目の午後)1時間58分。
「ゆきてかへらぬ」

パンフレットによると、脚本の田中陽造は金子光晴と愛人を描いた「ラブレター」(1981年、東陽一監督)の次にこの脚本を書いたそうですが、当時は昭和初期のセットを組む予算がなくて映画化に至らなかったそうです。長谷川泰子は「中原中也との愛 ゆきてかへらぬ」(角川ソフィア文庫)という告白的自伝を残していますが、映画の原作としてはクレジットされていません。これは田中陽造が「女性の告白は信用できない」ことを「ラブレター」の時に痛感したためで、この映画の細部はほとんど創作だそうです。
序盤の広瀬すずと木戸大聖だけのドラマに、中盤から岡田将生が登場してくると、途端に画面が落ち着く感じがありました。広瀬すずは近年、若手女優の中では演技力に信頼がおけるようになりましたが、精神的な弱さも抱える長谷川泰子の役を演じるのは少し難しいように思えました。泰子の母親役で瀧内公美、中原の妻役で藤間爽子。柄本佑がゲスト的な出演をしています。
根岸吉太郎監督が劇場用映画を撮るのは「ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ」(2009年、キネ旬ベストテン2位)以来16年ぶり。KINENOTEによると、2013年に三島由紀夫の戯曲「近代能楽集」を映画化した「葵上」(54分)と「卒塔婆小町」(51分)を監督していますが、どちらもDVDの企画で劇場未公開でした。
▼観客20人ぐらい(公開4日目の午前)2時間8分。
「おんどりの鳴く前に」
ルーマニア・アカデミー賞(GOPO賞)6冠の辺境サスペンス。サム・ペキンパーの某作品を彷彿させるとの批評を聞いていたのを忘れ、クライマックスの展開に驚きました。ここ、コーエン兄弟の作品を連想した人もいたようですが、確かにそんな感じ。ルーマニア・モルドヴァ地方の静かな村で、野心を失い鬱屈とした日々を送る中年警察官イリエ(ユリアン・ポステルニク)。彼は果樹園を営みながらひっそりと第2の人生を送ることを願っていたが、平和なはずの村で惨殺死体が発見された。
序盤の緩やかな展開をもう少し引き締めた方がミステリーらしくなったと思いますが、クライマックスの衝撃度は減じていたかもしれません。監督のパウル・ネゴエスクは1984年生まれの若手。
IMDb7.3、ロッテントマト100%(アメリカでは限定公開)。
▼観客11人(公開6日目の午後)1時間46分。