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2025年11月23日の記事

2025/11/23(日)「TOKYOタクシー」ほか(11月第3週のレビュー)

 「TOKYOタクシー」を見に行った時のこと。前から5番目の真ん中あたりの席だったんですが、その列の左端に80代とおぼしい老婦人が座ってました。その老婦人、映画が終わって立ち上がって一瞬ぐらっとふらつきました。大丈夫かなと思って見ていたら、階段に足を踏み出したところで転んで後ろ向きにぐるんと回り、頭を下にして仰向けに倒れ込みました。周囲は騒然。近くにいたおばちゃんたちが数人で「大丈夫ですか、痛くないですか」と助け起こしました(僕が出る幕はなかったです)。

 映画館の階段は足腰の弱った高齢者には危険な場所ですね。上りは良くても下りが危ないです。シニアの観客が多いのですから、劇場の両端だけでも壁に手すりを付けると良いかもしれません。

「TOKYOタクシー」

「TOKYOタクシー」パンフレット
「TOKYOタクシー」パンフレット

 日本でもヒットしたフランス映画「パリタクシー」(2022年、クリスチャン・カリオン監督)を山田洋次監督がリメイク。葛飾柴又の帝釈天から葉山まで行く道中、老婦人とタクシー運転手の人生が交錯する様子を山田監督はいつものように泣き笑いを巧みに織り込んで描いています。翻案のリメイク作品としては成功の部類だと思います。

 「パリタクシー」に感銘を受けたプロデューサーがリメイクを模索し、倍賞千恵子でもう1本撮りたいと考えていた山田監督と映画化の企画がまとまったそうです。予告編を見た時に、「なぜリメイク?」と疑問でしたが、倍賞千恵子を主演にするなら年齢から言ってこれほどぴったりの映画はないでしょう。

 一人娘の音大付属高校への進学費用に頭を悩ませていたタクシー運転手の宇佐美浩二(木村拓哉)は知り合いからの依頼で高野すみれと名乗る老婦人(倍賞千恵子)を葉山まで乗せることになる。すみれは東京の思い出の地を巡りながら、自分の人生を語り始める。すみれには若い頃、悲しく壮絶な経験があった。

 その壮絶な過去、DV夫への残虐な仕返しに少し説得力が足りないなと思えました。義父が妻の連れ子を虐待する事件は今でもありますが、ここですみれ(蒼井優)が行う行為はいくらなんでもやり過ぎ(ただし、原作ではさらにひどいです)。これを解消するには虐待の様子をもっと強烈に見せれば良いのですが、それは山田監督の趣味ではないでしょう。

 倍賞千恵子は一時停止違反で宇佐美を咎める警官2人をうまく丸め込むあたりの演技がさすがに面白く、一方でラスト近くの切なく悲しい表情も胸に沁みました。「今夜は(施設に)行きたくない」と駄々をこねるシーンは原作にはなく、この別れのシーンは本作の方がうまいと思います。

 「武士の一分」以来19年ぶりに山田監督の映画に出演した木村拓哉について、監督の言葉が良いので、長いですが、パンフレットから引用しておきます。
 「『武士の一分』で新之丞の妻が去るシーンを撮影した日のこと。最後のカットは妻役の檀れいさんのアップだったので、僕は木村君に『帰っていいよ』と声を掛けました。すると、木村君は『でも僕はこのふすまの向こうにいるんですよね』と最後まで残ってふすまの向こうに座っていた。木村君はそんな気構えで臨んでいてくれたのかと驚きました。今回も、タクシー車内のシーンで倍賞さんのアップだけが残った日があり、木村君に『お疲れさま』と言ったんです。すると『でもこのカットで僕は運転してるんですよね』と。僕は『ああ、そうだった』と19年前を思い出しました」。
 キムタク、帰ってもいいんですが、残ったことで他の出演者の演技に影響する部分が確実にあると思います。映画を豊かにするのはそうした考えによるところが大きいのでしょう。

 ちなみに主人公が受けた贈与にかかる税率は控除額を除いて55%になるようです。それでも中学生の娘の音大学卒業までの学費としては十分すぎる(絶対余る)額になりますね。明石家さんまの名前がクレジットにありましたが、姿は見えませんでした。運転依頼の電話をかけてきた知人の役(関西弁でした)だったのでしょう。
▼観客15人ぐらい(公開初日の午前)1時間43分。

「港のひかり」

「港のひかり」パンフレット
「港のひかり」パンフレット

 元ヤクザが「あしながおじさん」みたいな役割を果たし、少年が「おじさん」と呼ぶことから「冬の華」(1971年、降旗康男監督)がヒントかと思いましたが、直接的にはチャップリンの「街の灯」(1931年)を下敷きにしたとのこと。なるほど、少年が盲目なのは「街の灯」の盲目の娘(ヴァージニア・チェリル)をそのまま翻案しているわけですか。

 ただし、物語が「街の灯」なのは前半だけで、後半、少年が成長して刑事になって以降は過去のヤクザ映画のいろんな断片が思い浮かぶような展開になっていきます。つまり、あまり目新しさがありません。藤井道人監督は器用なのでそれなりにまとめてありますが、残念ながら偉大な原作を超えられるはずはなく、普通の出来に終わっています。「街の灯」が元ネタならタイトルは「港のあかり」の方が良かったのではないでしょうかね。

 主演は舘ひろし、少年幸太を演じるのは尾上眞秀、成長した幸太は眞栄田郷敦。2022年に亡くなった河村光庸プロデューサーの最後の企画だそうです。
▼観客20人ぐらい(公開6日目の午後)1時間58分。

「果てしなきスカーレット」

「果てしなきスカーレット」パンフレット
「果てしなきスカーレット」パンフレット

 「竜とそばかすの姫」以来4年ぶりの細田守監督作品。リメイクや翻案の作品が続きますが、これはシェイクスピア「ハムレット」を下敷きにした物語で、王である父親アムレットを殺された主人公スカーレットが叔父クローディアスへの復讐を図るも逆に毒殺され、死者の国をさまよいます。ネットのレビューには酷評が多いですが、群衆シーンなどCGを多用したアニメの技術には見るべきものがあり、「争いをやめろ」という真正直なテーマを強く訴えるあたり、僕はそんなに悪くないと思いました。

 死者の国で死んでしまうと、人間は虚無になり、胸に杭を打たれたドラキュラのように体がボロボロに壊れてなくなってしまいます。それを避けるため、死者たちは“見果てぬ場所”を目指します。“見果てぬ場所”とは天国のことなのでしょう。だから、この映画で言う死者の国は、天国への中間地点のような場所ということになります。

 スカーレットは叔父も死んでいることを知り、復讐を果たそうとします。この死者の国=中間地点の設定が必要だったかどうかが大きな疑問で、生前と同じことをやるなら、生前で決着するドラマで良かったんじゃないでしょうか。

 「許せ」「争いをやめろ」といった訴えは分かりきったことであっても何度でも繰り返すことに意味があります。細田守はそうした理想主義的愚直さを持った人なのでしょう。この映画のアイデアはコロナ禍明けの2022年に世界のあちこちで戦争が起こったことがきっかけだそうです。

 スカーレットの声を演じるのは芦田愛菜。必死さと真っすぐさが伝わってきて、僕は良いと思いました。死者の国でスカーレットと行動を共にする日本人・聖の声を演じた岡田将生は芦田愛菜について「熱量に圧倒されました」と語っています。「特に叫ぶシーンのお芝居は本当に素晴らしかったです」。
▼観客30人ぐらい(公開初日の午後)1時間53分。

「羅小黒戦記2 ぼくらが望む未来」

「羅小黒戦記2 ぼくらが望む未来」入場者プレゼント
「羅小黒戦記2」入場者プレゼント

 黒猫の妖精小黒(シャオヘイ)の活躍を描く中国アニメの第2弾。前作「羅小黒戦記 僕が選ぶ未来」(2019年)は開発側(人間)と自然側(妖精)の相田で争いが起き、開発側が勝つ話でした。住む場所であった森を追われた妖精たちを別の住む場所(隔離した場所)に押し込めることで、めでたしめでたしという能天気な発想にあきれ果てました。今回はそんなに安易ではありませんが、相変わらず人間側にラスボスは存在しません。人間側への批判=体制批判を含んでいたら中国で劇場公開なんてできないのでしょう。

 シャオヘイは師匠ムゲンと共に小さな村で穏やかな日々を過ごしていた。ある日、妖精の会館を武装した人間たちが襲い、多数の犠牲者が出る。襲撃者の中に妖精の力を持つものがいて、ムゲンはその犯行の疑いをかけられた。シャオヘイは姉弟子ルーイエと共に、師匠の潔白を証明するための旅に出る。

 中盤とクライマックスの猛スピードのアクションに尽きる作品で、これは世界レベルと言って良いと思います。特に中盤、シャオヘイとルーイエが乗る飛行機を骨だけの竜とともに襲う一味との戦いのシーンが出色でした。ここで活躍するルーイエが今回の主人公と言っても良いぐらい魅力的。家族を殺され、師匠ムゲンと出会って修行を積み、能力を高めたルーイエの過去がラストでダイジェスト的に明かされますが、これにもっと時間をかけ、全編で描いて欲しかったところです。そうなると、シャオヘイが主人公ではなくなるので番外編的な扱いになるでしょうけどね。

 日本語吹き替え版はシャオヘイ=花澤香菜、ムゲン=宮野真守、ルーイエ=悠木碧のキャスティング。中国版エンディングの後にAimerの日本版主題歌を流すエンドロールを付けるなど完成度が高かったです。
IMDb7.8、ロッテントマト98%(観客スコア)
▼観客10人ぐらい(公開14日目の午後)2時間4分。

「プロセキューター」

 ドニー・イェン監督・主演のアクション。クライマックスの電車内のアクションをはじめドニー・イェンの格闘場面はどれも良いのですが、ストーリーが弱いです。香港映画の常ではありますが、もう少し脚本に気を配ってほしいところ。

 主人公のフォクは香港警察の刑事から検事になった男。麻薬密売組織に絡んで巨大な陰謀に立ち向かうことになります。検事が容疑者相手に格闘するというのはあまり想像できず、リアリティーを欠きます。刑事のままで良かったんじゃないですかね。アクション監督は「HiGH & LOW」シリーズや「はたらく細胞」の大内貴仁。
IMDb6.5、メタスコア65点、ロッテントマト94%。
▼観客6人(公開12日目の午後)1時間57分。