2025/06/29(日)「JUNK WORLD」ほか(6月第4週のレビュー)

 昨年1年間に買った映画のパンフレットは70冊でした。意外に少ないなと思い、今年は意識的に買うようにしています。現在72冊で、昨年の2倍ぐらいのペース。1冊1000円前後ですが、一番高かったのは先日買った「JUNK WORLD」(堀貴秀監督)の2500円でした。これは150ページもあるムックで写真が多数掲載され、映画の内容も詳しく解説されていて高い値段の価値は十分にありました。日本映画の場合、パンフの売り上げが製作資金の一部にもなるでしょうから、特にマイナーな映画のパンフは積極的に買おうと思っています。数が多くなると、置き場所に困るんですがね。

「JUNK WORLD」

「JUNK WORLD」パンフレット
「JUNK WORLD」パンフレット
 堀貴秀監督によるストップモーションアニメのJUNKシリーズ第2弾。日本語字幕版(ゴニョゴニョ版)を見ました。ゴニョゴニョした言葉の中に時折「キンヨーロードショースイヨードーデショー」とか「ガッテンショー」とか「シンカイマコトッ」とか「ドギャン」とか「ネーポッポンチョ」(ポッポンチョはどうやら大使という意味のようです)など日本語の音が聞き取れるのが爆笑もので、画面の作りはもちろん、ゴニョゴニョに関しても前作よりパワーアップしています。

 ただ、奇怪な生物が跋扈する地下世界巡りの分かりやすいプロットだった前作に対して、今回はタイムリープとマルチバースを絡めたストーリーがかなり複雑。細かい理解のためには日本語吹き替え版の方が良いかもしれません。3部作の最終作「JUNK END」の製作費に協力するつもりで両方見るのが良いのでしょう。

 前作「JUNK HEAD」(2021年)の1042年前が舞台(なので前作見ていなくても大丈夫です)。人工生命体マリガンは地球規模に広がった地下世界を支配していた。ある日、地下世界に異変が起き、人間とマリガンによる調査チームが結成される。女性隊長トリス率いる人間チームとクローンのオリジナルであるダンテ率いるマリガンチームは地下都市カープバールを目指す。しかし、調査チームはカルト教団「ギュラ教」に襲撃される。標的は希少種とされる人間の女性であるトリス。トリスにはロボットのロビンが護衛として同行していた。チームは「ギュラ教」とにらみ合いながら調査を進めるが、圧倒的な戦力の差に苦戦を強いられる。激しい攻防の中で彼らは次元の歪みを発見する。ロビンはトリスを守るために次元を超えた作戦を計画する。

 前作はいかにも手作りアニメという感じでしたが、今回は予算もスタッフもそれなりに増えた(といっても、監督含めて7人らしいのでストップモーションアニメのスタッフ数としては信じられないぐらい少ないです)ためか、CGも使ってスケールアップしています。前作同様とぼけたユーモアが全編にあるのが大きな魅力ですね。
▼観客多数(公開11日目の午前)1時間45分。

「でっちあげ 殺人教師と呼ばれた男」

 2003年、福岡市で起きた事件を基にしたドラマ。原作は福田ますみのノンフィクション『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』。と聞くと、社会派のドラマを想像しますが、監督が三池崇史なのでホラー風味の仕上がりになっています。

 小学校教諭の薮下誠一(綾野剛)は担当するクラスの児童・氷室拓翔への体罰で母親の氷室律子(柴咲コウ)から告発される。律子の言い分は薮下の体罰は聞くに耐えないいじめで、子供に自殺を強要したという。新聞に薮下を非難する記事が出た後、週刊誌の記者・鳴海(亀梨和也)は実名報道に踏み切る。薮下はマスコミの標的となり、次々と底なしの絶望が薮下を襲う。律子を擁護する声は多く、550人の大弁護団が結成され、前代未聞の損害賠償請求訴訟へと発展。誰もが律子側の勝利を確信していたが、法廷で薮下が口にしたのは、「すべて事実無根の“でっちあげ”」だという完全否認だった。

 冷たい無表情の柴咲コウの演技を見て思うのはこれはモンスターペアレントどころではなく、サイコパスではないかということ。自分の出自も含めて平気で嘘をつき、でっちあげ、相手をとことん攻撃する歪んだ性格。これに事なかれ主義の校長(光石研)と教頭(大倉孝二)が加わって薮下に無理矢理謝罪させたことから問題は大きくなり、取り返しのつかない事態に陥ってしまいます。あっという間に主人公が窮地に陥っていくのが怖いです。

 後半に登場する人権派の弁護士(小林薫)と薮下を支え続ける妻(木村文乃)が主人公の数少ない味方です。綾野剛は気弱な教師をリアルに熱演していて主演男優賞候補になるでしょう。

 それにしても、いくら事態を丸く収めるためであっても、やってないことは絶対に認めてはいけないとあらためて思いました。サイコパス的な人間に弱みにつけ込まれてしまいます。
▼観客10人ぐらい(公開2日目の午前)2時間9分。

「ドールハウス」

「ドールハウス」パンフレット
「ドールハウス」パンフレット
 最後の最後まで気が抜けず、尻尾まであんこが詰まった鯛焼きのようなホラー。ホラーとしての新しいアイデアはそれほど見当たらないにもかかわらず、この密度、この面白さは大したもので、コメディのうまい矢口史靖監督はホラーの演出もうまいのだなと感心しました。底が浅い作品が多い近年のJホラーの中ではもっとも真っ当なホラーの快作だと思います。

 発端は鈴木忠彦(瀬戸康史)・佳恵(長澤まさみ)の一人娘・芽衣が自宅でかくれんぼの途中、ドラム式洗濯機の中で窒息死してしまったこと。失意の佳恵は近所で開かれた骨董市で芽衣にそっくりの人形を手に入れる。人形を娘のようにかわいがることで元気になっていくが、新たな子供を妊娠。その娘真衣が成長し、人形と遊ぶようになった頃、奇妙な出来事が起こり始める。

 人形を題材にしたホラーとしては「チャイルド・プレイ」(1988年、トム・ホランド監督)や「アナベル 死霊館の人形」(2014年、ジョン・R・レオネッティ監督)、「M3GAN ミーガン」(2022年、ジェラルド・ジョンストン監督)などが思い浮かびますが、それらに負けてません。人形の怪異をいかにも日本的な因縁話に落とし込んでいくのがうまいです。
▼観客7人(公開6日目の午後)1時間50分。

「F1 エフワン」

「F1 エフワン」パンフレット
「F1 エフワン」パンフレット
 「トップガン マーヴェリック」の製作チームがF1の世界を舞台にした体感型エンターテインメント。レースシーンの迫力は十分ですが、戦闘機ほどの迫真性も珍しさもないのが「トップガン…」には及ばない点です。過去の事故によりF1レースから離れていた中高年ドライバー(ブラッド・ピット)の再起というドラマもやや新味に欠けます。

 共演はハビエル・バルデム、ケリー・コンドンら。脚本のアーレン・クルーガー、監督のジョセフ・コシンスキーは「トップガン…」のコンビ。
IMDb7.9、メタスコア70点、ロッテントマト84%。
▼観客30人ぐらい(公開初日の午前)2時間35分。

「秋が来るとき」

「秋が来るとき」パンフレット
「秋が来るとき」パンフレット
 高齢の主人公が作業しながら、ふっと物忘れのような状態になるので、認知症に関する映画かなと思いましたが、フランソワ・オゾン監督だけにミステリータッチになっていきます。真相をあいまいなまま終わらせるので、きっちりとしたミステリーではありませんが、ジョルジュ・シムノンを愛読してきたオゾン監督らしい作品だと思いました。

 パンフレットの表紙はキノコ。序盤、主人公で80歳のミシェル(エレーヌ・ヴァンサン)が振る舞ったキノコ料理で娘のヴァレリー(リュディヴィーヌ・サニエ)が食中毒を起こすエピソードを象徴しています。ミシェルとキノコ嫌いの孫は難を逃れるのですが、娘は「殺されかけた」と怒ります。ミシェルは孫を愛していますが、娘との仲はよくありません。その原因はミシェルの過去にあり、それが徐々に分かってきます。ミシェルの親友のマリー=クロード(ジョジアン・バラスコ)もミシェルと同じ過去を持ち、そのためか息子のヴィンセント(ピエール・ロタン)は罪を犯して刑務所に入っていました。

 そうした人間関係を緩やかに紹介した後、ヴァレリーが事故死します。人間関係に怪しいところが散見されるので果たして本当に事故だったのかと、思えてくるわけです。そのあたりの描き方が絶妙だと思いました。白黒はっきりしない思わせぶりなミステリーを僕は嫌いですが、これはこれで納得できました。
IMDb6.9、メタスコア74点、ロッテントマト96%。
▼観客8人(公開6日目の午後)

「ラブ・イン・ザ・ビッグシティ」

「ラブ・イン・ザ・ビッグシティ」パンフレット
パンフレットの表紙
 タイトルと結婚式前の男女を映す冒頭の場面からラブストーリーを予想しましたが、自由奔放な女とゲイであることを隠して生きる男の友情を描いた作品でした。その女性を演じるキム・ゴウンが「破墓 パミョ」(2024年)に続いてかなり魅力的です。際立った美人ではないと思いますが、そんなことは関係なく、曲がったことが嫌いなさっぱりした性格と男に媚びない振る舞いがとても良いです。「あなたの個性(ゲイ)がなぜ弱みになるの?」と聞く場面はそれを端的に表しています。

 原作はパク・サンヨンの連作小説「大都会の愛し方」に収録の「ジェヒ」。監督はイ・オニ。韓国は日本並み(以上?)にLGBTQへの偏見が強いことがよく分かる作品でした。
IMDb7.4(アメリカでは限定公開)
▼観客15人ぐらい(公開5日目の午後)1時間58分。

「おばあちゃんと僕の約束」

 評価の高いタイ映画。それほど泣かせる話でも意外なこともなく、僕にはそこまで評価できなかったです。祖母の遺産が自分には来ないと知って態度を豹変させる主人公は最低じゃないですかね。監督はパット・ブーンニティパット。
IMDb7.9、メタスコア74点、ロッテントマト98%。
▼観客7人(公開7日目の午前)2時間6分。

「28年後…」

「28年後…」パンフレット
「28年後…」パンフレット
 「28週後…」以来18年ぶりのシリーズ第3作。脚本アレックス・ガーランド、監督ダニー・ボイルの第1作コンビに戻り、凶暴化ウィルスが蔓延したイギリスを描いています。

 あくまで凶暴化ウィルスに感染した人間であってゾンビではないのがポイント(同じようなものですが)。全裸の感染者たちの動きと種類は「進撃の巨人」の巨人たちを思わせました。この脚本・監督コンビなら「進撃」見てるんじゃないでしょうかね。

 続きができそうなラストでした。次に作るとしたらタイトルは「280年後…」? それではあんまりなので28を離れて「29年後…」でも良いかなと思います。
IMDb7.2、メタスコア76点、ロッテントマト89%。
▼観客7人(公開初日の午後)1時間55分。

「ルノワール」

 「PLAN75」(2022年)の早川千絵監督作品。11歳の少女沖田フキ(鈴木唯)の夏の日常を描いています。早川監督の体験が含まれたストーリーのようですが、あまりピンときませんでした。これが少年の夏ならよく分かるんですけどね。
▼観客10人ぐらい(公開初日の午前)2時間2分。

2025/06/15(日)「フロントライン」ほか(6月第2週のレビュー)

 ディズニープラスが6日から配信を始めた「プレデター:最凶頂上決戦」(Predator: Killer of Killers、1時間25分)はプレデターの3つの時代の闘いを描いたアニメ。プレデターの相手となるのは北欧のバイキング、日本の忍者、アメリカの戦闘機乗員で、ストーリー的にはそれほどでもないんですが、残虐描写を交えたアクションに見所があります。僕はまずまずの出来と思いましたが、IMDb7.6、メタスコア78点、ロッテントマト95%と意外に良い評価を得ています。監督はこれも好評だった「プレデター:ザ・プレイ」(2022年)のダン・トラクテンバーグとジョシュア・ワスン。

 Netflixのアニメシリーズ「アーケイン」(2021年~)のスタッフが関わっているそうで、確かに絵がそんな感じです。「アーケイン」はIMDb9.0、メタスコア100%と高評価の作品で第2シーズンまで作られています(各9話)。

「フロントライン」

「フロントライン」パンフレット
「フロントライン」パンフレット
 冒頭、患者搬送のため非常出口のハッチを開けた森七菜の横を通ってカメラが海上に出て上昇し、ダイヤモンド・プリンセス号の全体を見せるという秀逸なシーンを見て、よくダイヤモンド・プリンセス(プリンセス・クルーズ社)は撮影に協力したなと思いましたが、実際にはこのシーン、カメラを載せたドローンで撮影した後にVFXで船を追加したのだそうです。考えてみれば、いつもクルーズしている客船を撮影に使用できるわけがありません。しかし、このシーンのほかにも実際の船で撮影したとしか思えない映像が満載で、知らない人は僕と同じように思ってしまうでしょう。

 2020年2月、新型コロナウィルスに感染した乗客を乗せた大型客船が横浜に入港し、大騒ぎになった事件を描いたこの映画、社会派とエンタメのバランスが実に見事です。社会派にもエンタメにも偏らない立ち位置を保ったまま、映画は緊張感にあふれるタッチであの船内で何が起こっていたのか、マスコミ報道の在り方、世間の反応、偏見と差別にさらされるDMAT隊員とその家族の苦悩を描ききっています。DMATの指揮官を演じる小栗旬、同局次長の窪塚洋介、厚生労働省官僚の松坂桃李、DMAT隊員の池松壮亮の4人を中心に客船のフロントデスク・クルーの森七菜、テレビ局ディレクターの桜井ユキらがいずれもリアルな演技を見せていて間然するところがありません。

 この傑出した作品の根幹となったのは企画・製作も担当した増本淳によるオリジナル脚本で、コロナ禍によってNetflixのドラマ「THE DAYS」(2023年)の撮影が中断した際、対応を聞くために訪ねた医者が客船で治療にあたった当事者だったことから、内部の実際を聞き、そこから関係者に1年以上の取材を重ねた結果、取材メモは300ページを超えたそうです。冒頭の字幕「事実に基づく物語」に嘘はないわけです。

 その事実の中から胸が熱くなるエピソードも多数用意されていますが、ヒロイックになりすぎない節度が保たれています。「今、われわれが見放せば、乗客は助かりません」「自分がコロナにかかるのは確かに怖いです。だけどそんなのは大したことありません。自分の家族が差別に遭うことが何より怖いです」。強弱交えた登場人物たちの描写が良いです。

 国内にウィルスを持ち込まないことを第一に事態に当たっていた官僚の松坂桃李は小栗旬との共闘の中で次第に考えを変え、人命第一に変化していきます。政府としての対応よりも現場主義。ラスト、小栗旬から「偉くなれよ」と言われる場面は「踊る大捜査線」の青島と室井の関係を彷彿させました。

 監督は「かくしごと」(2024年)でも評価を集めた関根光才。監督6作目にして初の大作ですが、確かな手腕を発揮しています。
▼観客15人ぐらい(公開初日の午前)2時間10分。

「リライト」

「リライト」パンフレット
「リライト」パンフレット
 300年後の未来から来た高校生をめぐる法条遥の原作を上田誠が脚色、松居大悟が監督した青春SF。「サマータイムマシン・ブルース」(2005年)「リバー、流れないでよ」(2023年)など時間SFに定評のある上田誠の脚色がとても優れていて、原作より良い出来だと思いました。

 「史上最悪のパラドックス」がコピーの原作は、尾道を舞台にした「時をかける少女」(1983年、大林宣彦監督)をモチーフにしたとは思えないほどバッドテイストな小説です。上田誠がこの原作の映画化を望んだのは恐らく、ことの真相がほとんどスラップスティックだからではないかと思います。そこを活かした上でバッドなエンディングを避け、幸福な結末を用意したのがハッピーで明るい作品が多い上田誠らしいところでしょう。原作通りに進む途中まではあまり感心できない出来でしたが、終盤に大きく盛り返しています。原作では悪役というべき橋本愛の役柄に救いを与えているのにも好感。

 主人公を演じる池田エライザをはじめ橋本愛、倉悠貴、森田想、山谷花純らが高校生役を演じるのは少し厳しい部分もありますが、高校時代から10年後を演じるにはぴったりだからこそのキャスティングなのでしょう。

 ちなみに最初の方で池田エライザが図書室に返すよう頼まれる本はジョー・ホールドマンのSF「終りなき戦い」のハードカバーだったと思います。このハードカバーが出たのは1978年。タイムリープに直接関係はありませんが、ウラシマ効果は出てきます。上田誠の趣味なんでしょうかね。
▼観客3人(公開初日の午後)2時間7分。

「ドマーニ! 愛のことづて」

「ドマーニ! 愛のことづて」パンフレット
「ドマーニ!」パンフレット
 戦後間もないローマを舞台に夫の暴力と娘の将来に悩む主婦を描いたイタリア映画。と書くと、深刻な話に思えますが、監督・主演はコメディエンヌのパオラ・コルテッレージで、イタリアらしい笑いを交えた内容になっています。監督デビュー作として上々の出来ですが、主人公の真意をこんなに周到に観客をミスリーディングしてまで隠す必要があったのかは少し疑問。この真意がテーマであるなら、ラストで明かすのではなく、もっと早い段階で明かしてテーマを訴えた方が良かったと思います。

 デリア(パオラ・コルテッレージ)は家族とともに半地下の家で暮らしている。夫イヴァーノ(ヴァレリオ・マスタンドレア)はことあるごとにデリアに手を上げる。意地悪な義父オットリーノ(ジョルジョ・コランジェリ)は寝たきりで介護しなければならない。夫の暴力に悩みながらもデリアは日々家事をこなし、いくつもの仕事を掛け持ちして家計を助けている。多忙で過酷な生活を送る彼女にとって唯一、心休まるのは市場で青果店を営む友人のマリーザ(エマヌエラ・ファネリ)や、デリアに好意を寄せる自動車工のニーノ(ヴィニーチオ・マルキオーニ)と過ごす時間だった。ある日、長女マルチェッラ(ロマーナ・マッジョーラ・ヴェルガーノ)が裕福な家の息子ジュリオ(フランチェスコ・チェントラーメ)からプロポーズされる。やがて、デリアのもとに一通の謎めいた手紙が届き、彼女は新たな旅立ちを決意する。

 原題は「まだ明日がある」(ドマーニは明日の意味)。このタイトルの意味も終盤で分かります。イタリアで離婚が法的に認められたのは1970年。映画が描いた1946年に離婚はできませんでした。だから暴力夫からは逃げるか、あきらめるしかありません。映画はそれ以外の第三の選択肢を描いています。時間はかかりますが、女性の地位向上につながる方法で、これに多数の女性が詰めかけたラストを見ると、それぐらい当時のイタリア女性は不満を持っていたことが分かります。

 白黒映画なのは時代色を出すための手段でしょうが、昔話にしてしまって良いのかという思いもあります。喝采を叫びたくなるラストながら、そうした部分が少し気になりました。
IMDb7.7、メタスコア59点、ロッテントマト89%。
▼観客7人(公開2日目の午後)1時間58分。

「リロ&スティッチ」

 元のアニメ版(2002年)は未見。宇宙から来た生物と少女との交流という内容で「E.T.」(1982年、スティーブン・スピルバーグ監督)と比較したくなりますが、当然のことながらまるで勝負になりません。それでも大ヒットしているそうなので、続編を作るのでしょう。監督は「マルセル 靴をはいた小さな貝」(2021年)のディーン・フライシャー・キャンプ。
IMDb7.0、メタスコア53点、ロッテントマト72%。
▼観客15人ぐらい(公開7日目の午後)1時間48分。

「MaXXXine マキシーン」

 タイ・ウエスト監督による「X エックス」(2022年)「Pearl パール」(2022年)に続く三部作の最終章。直接的には「X エックス」の続きになりますので、「Pearl パール」は見ていなくても話は通じます。1985年のハリウッドを舞台に、本物のスターを目指すポルノ女優マキシーン(ミア・ゴス)の姿を描いています。

 ミア・ゴスは今回も良いんですが、話に新味がなく、意外性に満ちていた「X エックス」に比べると残念な出来でした。映画に出てくるナイト・ストーカーは実在の殺人鬼で1984年から85年にかけて13人を殺害したそうです。
IMDb6.2、メタスコア64点、ロッテントマト72%。
▼観客3人(公開5日目の午後)1時間43分。

2025/06/08(日)「国宝」ほか(6月第1週のレビュー)

 文春文庫が「新・競馬シリーズ」の刊行を始めました。作者はオリジナルの競馬シリーズの作者・故ディック・フランシスの息子フェリックス・フランシス。過去に父親との共作もしていますが、最盛期の競馬シリーズには到底及ばない出来でした。粒ぞろいの傑作が揃い、冒険小説の金字塔でもあるこのシリーズは、実はディックの妻メアリが書いていたという説もあり、2000年にメアリが亡くなった後、数年間、途絶えました。

 その後フェリックスが共作を経て独り立ち。本国では2024年までに既に13作出ています。今回邦訳された「覚悟」(2013年)はシリーズ一番人気のシッド・ハレーが主人公で、シッドじゃなきゃ僕も買わなかったです。価格は1150円。同じ文春文庫でもスティーブン・キングに比べると、随分安いです。キングは版権料が高いんでしょうね。

「国宝」

「国宝」パンフレット
「国宝」パンフレット
 吉田修一の原作を李相日(リ・サンイル)監督が映画化。歌舞伎の世界を舞台に1964年から2014年までの50年に及ぶ波乱万丈の物語で、2時間55分の長さを感じさせない充実度があります。芸に一途に打ち込む2人の若者の姿を描いて、僕は「さらば、わが愛 覇王別姫」(1993年、チェン・カイコー監督)を想起しました。歌舞伎の知識は特に必要ではありませんが、中盤と終盤に形を変えて2度出てくる重要な演目「曽根崎心中」のどちらも圧巻のシーンはストーリーを知っておいた方がより楽しめます(増村保造監督が1978年に傑作を撮ってます)。

 長崎のヤクザの家に生まれた喜久雄(吉沢亮)は抗争によって父親(永瀬正敏)を殺される。喜久雄に女形としての優れた資質を認めた上方歌舞伎の花井半二郎(渡辺謙)は喜久雄を引き取り、厳しい稽古を課す。喜久雄は半二郎の実の息子・俊介(横浜流星)とお互いに研鑽し合う。生い立ちも才能も異なる2人はライバルとして互いに高め合うが、多くの出会いと別れが運命の歯車を狂わせていく。

 吉沢亮と横浜流星は撮影の1年前から稽古に打ち込んだそうで、歌舞伎役者として不自然なところがありません。どころか、喜久雄が「曽根崎心中」のお初を演じるシーンの吉沢亮の凄みは前半の大きな見せ場となっています。そのお初を終盤に俊介が演じ、病を押して舞台に立った俊介を横浜流星が熱く演じています。原作ではこの終盤の演目は「隅田川」だそうですが、「曽根崎心中」にすることで2人のタイプの違いを際立たせることになりました。

 パンフレットのインタビューで渡辺謙は「あのふたりはそれぞれに熱く燃えているんだけど、炎の種類が違う」と指摘しています。横浜流星は「役とはちょっと違う感じで熱を帯びていて、真っ赤に燃えさかる炎」。吉沢亮は「燃えている音もしないんだけど、ものすごく温度と熱量の高い炎をまとっている感じ」なのだそう。吉沢亮は雰囲気が柔らかいのでも女形も容易に演じられそうですが、横浜流星は硬派のタイプなので苦労がうかがえます。

 脚色は奥寺佐渡子。上下2巻で800ページを超える原作なので、序盤、喜久雄が父親の敵討ちに刃物を持って乗り込む場面から一転、大阪に到着した場面に飛ぶなど説明がやや不足気味のところもあり、4時間ぐらいかけて最近流行の前後編にしても良かったのでは、と思いました。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午後)2時間55分。

「ガール・ウィズ・ニードル」

「ガール・ウィズ・ニードル」パンフレット
パンフレットの表紙
 第一次世界大戦後のデンマークで起きた実際の事件を基にしたデンマーク=ポーランド=スウェーデン合作。モノクロの効果を十分に活かしたゴシック・ミステリーですが、虐げられる女性の貧困のテーマは現代に通じています。

 主人公カロリーネ(ヴィク・カーメン・ソネ)の夫は戦争に行って行方不明になり、カロリーネは家賃を滞納して大家からアパートを追い出されてしまう。縫製工場に勤め始めたカロリーネは社長のヤアアン(ヨアキム・フェルストロプ)と愛し合い、妊娠する。そんな時に帰ってきた夫ペーター(ベシーア・セシーリ)は顔に大けがを負い、醜い容貌になっていた。ヤアアンとの結婚を夢みるカロリーネは夫に別れを告げる。しかし、ヤアアンの母親は結婚を認めず、カロリーネを追い出し、仕事も失ってしまう。

 この後、カロリーネは公衆浴場で膣に編み針を刺し、自分で堕胎しようとしますが、そこをダウマ(トリーネ・デュアホルム)に助けられます。「子どもが生まれたら、連れてきて。養子に出すから」と言われたカロリーネはその通りにし、ダウマの店で働くようになります。

 このダウマが事件の中心人物で後に死刑判決を受け、獄中で病死したそうです。デンマークでは有名な事件でネタバレにはならないそうですが、日本では知られていないでしょうから、何も知らずに見た方が良いと思います。

 監督はスウェーデン出身のマグヌス・フォン・ホーン。陰惨なだけで終わらず、ホッとするラストを用意しているのが良いです。
IMDb7.5、メタスコア82点、ロッテントマト93%。
▼観客12人(公開2日目の午後)2時間3分。

「見える子ちゃん」

「見える子ちゃん」パンフレット
「見える子ちゃん」パンフレット
 霊が見えるようになった女子高生が主人公のホラーコメディー。映画を見る前には泉朝樹の原作コミックは未読、アニメ(2021年、12話)は全部見てました。中村義洋脚本・監督による映画は原作1巻に出てくる意外な事実を終盤にうまく使って感動的に仕立てるなど、さすがの工夫があり、しっかり面白い出来になってます。

 女子高生の四谷みこ(原菜乃華)は至るところで霊を見かけるようになってしまう。霊を見えることが分かると、霊が「見えてる」「見えるのー」と言って家まで付いてきてしまった。このため、みこは霊を徹底的に無視することにした。みこは親友の百合川ハナ(久間田琳加)と平穏な学校生活を送ろうとするが、ハナには葬儀場で霊が憑いてしまう。その霊は神社でなんとか払うことができたが、同級生の二暮堂ユリア(なえなの)と生徒会長の権堂昭生(山下幸輝)はみこの霊を見る力に気づく。みこは産休に入る荒井先生(堀田茜)の代わりに赴任した遠野善(京本大我)に邪悪な霊が憑いているのを見てしまう。

 原作の霊は化け物のような姿が多いですが、映画はぼんやりと見える霊が中心。中村監督は「ゴールデンスランバー」(2009年)や「殿、利息でござる」(2016年)などの傑作を取る一方、「ほんとにあった!呪いのビデオ」シリーズに監督やナレーターとして携わっており、こうした題材は手慣れたものなのかもしれません。
▼観客1人(なんと、公開初日の午前なのに)

「Page30」

 DREAMS COME TRUEの中村正人がエグゼクティブプロデューサーを務め、堤幸彦監督が手がけた作品。堤作品としては「truth 姦しき弔いの果て」(2021年)に連なるタッチで、ほとんど劇場内で終始します。

 スタジオに集められた4人の女優たちは、30ページの台本に3日間かけて向き合い、4日目に舞台公演をすることになる。配役は当日まで未定。閉ざされた環境で希望する役を掴むため、4人は稽古に打ち込んでいく。

 4人の女優に扮するのは唐田えりか、林田麻里、広山詞葉、MAAKIII(マーキー)。ホラーにもなりそうな設定ですが、そうはなりません。悪くない出来なんですが、結末が真っ当すぎて少し物足りなさを感じました。
▼観客2人(公開6日目の午前)1時間53分。

2025/06/01(日)『か「」く「」し「」ご「」と「』ほか(5月第5週のレビュー)

 スティーブン・キングの新刊「フェアリー・テイル」の上下各巻の価格は4,675円。合わせて9,350円となります。昨年4月に出版された「ビリー・サマーズ」は上下各2,970円でしたから、かなりの価格上昇です。今回はページ数が多いのかと思ったら、同じぐらいでした。違うのは本の大きさで「ビリー・サマーズ」より縦横とも約2センチ大きなA5判(148mm×210mm)なんだそうです。キングの本がA5判で発売されるのは2001年の「不眠症」以来24年ぶりとか。

 それならこの価格も仕方ないか、と簡単には納得できないんですけどね。売れないから価格を上げないと赤字になるのでしょうが、こうなるともう「買えない」レベルで、文庫になるまで待つ人もいるでしょう。ただし、文庫も昨今は軽く1000円を超えるのが当たり前になっていて、昨年出版された同じくキングの「死者は嘘をつかない」は1,650円でした。「フェアリー・テイル」の場合、上下で4,000円以上になるんじゃないでしょうかね。

『か「」く「」し「」ご「」と「』

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 住野よるの原作を「少女は卒業しない」(2023年)の中川駿監督が映画化。他人の気持ちや感情が断片的・記号的に分かる力を持つ高校生男女5人の恋模様を描いています。この断片的というのがポイントで、完全に分かれば、何も問題はないんですが、断片的なだけに誤解が生じる余地があり、うまくことが運ばない要因になっています。中川駿監督は出演者の持ち味を活かした瑞々しい青春映画に仕上げています。

 物語は大塚京(奥平大兼)の視点で始まり、京が思いを寄せるミッキーこと三木直子(出口夏希)、ミッキーの友人のパラこと黒田文(菊池日菜子)、幼なじみのヅカこと高崎博文(佐野晶哉)、ふとしたことで不登校になったエルこと宮里望愛(早瀬憩)へと視点を変えて描いていきます。

 タイトルに「」が含まれるのは連作短編である原作の各章のタイトルが「か、く。し!ご?と」「か/く\し=ご*と」「か1く2し3ご4と」などとなっているのを総称するためでしょう。これは5人のそれぞれの能力を表していて、京は他人の頭の上に「?」や「!」が見える力、ミッキーは胸の前のプラスとマイナスの棒が上下に振れるのが見える力を持っています(気分の上下を表します)。そんな力がなくても、たいていの人は相手の微表情(マイクロエクスプレッション)で本心が分かってしまうもので、だから5人の能力は微表情を明確に視覚化するものと言えるでしょう。

 時間的に一番長いのはパラのパート。人の鼓動の速さが数字で見えるパラは普段からミッキーを守るためにある行動を取っていて、それを菊池日菜子が感受性豊かに演じています。こうした演技ができるのなら、8月に公開が控える主演作「長崎 閃光の影で」(松本准平監督)も期待できそうです。

 中川監督は映画化を引き受けた理由として「心=本性という考え方」への疑問を挙げています。「心で感じ、理性で判断して行動するのが人間だ。(中略)『何をして、何をしなかったか』という行動の結果にこそ、その人の本性が表れるのではないか」(キネマ旬報2025年6月号)。原作の登場人物は能力を隠し、自分の心の内に悩んでいますが、その姿を描くことで同じように悩む少年少女たちの不安を少しだけ軽くするのではないか、と思ったのだそうです。軽くするかどうかはともかく、若い世代の共感を得ることはできるのではないでしょうか。

 出口夏希は昨年の「赤羽骨子のボディガード」(石川淳一監督)でも良かったんですが、この映画で演じた自由奔放で明るいミッキーのキャラは素の本人に近いそうです。パンフレットのインタビューで「今まで演じた役の中でも自分とすごく似ていて、撮影期間中も日常を過ごしているような気分でした」と話しています。永瀬廉とダブル主演したNetflixの「余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。」(三木孝洋監督)は難病ものノーサンキューなのでこれまで見ていませんでした。出口夏希の過去作を追っかけたくて見たら、三木監督だけに水準を十分にクリアした仕上がりでした。好感度120%の出口夏希は既に一定の人気がありますが、地上波のドラマに主役・準主役級で出演すれば、河合優実のようにブレイクするのは必至でしょうね。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午前)1時間55分。

「新世紀ロマンティクス」

「新世紀ロマンティクス」パンフレット
「新世紀ロマンティクス」パンフレット
 現在の中国映画界で世界的に最も高い評価を得ているジャ・ジャンクー監督作品。公式サイトには「初期の傑作『青の稲妻』『長江哀歌』やドキュメンタリーを含む2001年から撮り溜めてきた映像素材を使用し、総製作期間は22年に及ぶ」とありますが、最初からこの作品を撮るつもりで過去作を撮っていたわけではないでしょう。それに同様の趣向は前作「帰れない二人」(2018年)で既に行っています。男女の長い年月のドラマを描き、情緒に重点を置いた「帰れない二人」は通俗的な物語でありながら完成度の高い作品でした。同じような素材を使ってそれを別の話に再構成する必要があったのか疑問です。

 物語は別であっても、黄色いシャツに白いズボン、リュックを前がけにした「長江哀歌」のチャオ・タオの姿を見ると、「帰れない二人」に続いて「またか」と思わざるを得ず、字幕を利用したサイレント映画のような手法もオリジナルとは別のセリフにするための手段としか思えません。

 こと映画に限って言えば、リサイクル品より新品が好ましいです。もっとも初めてジャ・ジャンクー作品を見る人に、この感想は通じないので、そういう人の感想を聞いてみたいものです。
IMDb6.6、メタスコア88点、ロッテントマト98%。
▼観客7人(公開初日の午後)1時間51分。

「けものがいる」

「けものがいる」パンフレット
「けものがいる」パンフレット
 公式サイトに「100年以上の時を超え転生を繰り返す男女の数奇な運命をスリリングに描く」とありますが、この要約はほぼ間違いです。2044年のパリで、あるセッションを受ける主人公(レア・セドゥ)が1910年と2014年の時代で繰り広げる物語。セッション中のシーンが「アルタード・ステーツ 未知への挑戦」(1980年、ケン・ラッセル監督)に出てきたタンキング・マシーンを連想させたので、過去と未来のシーンは主人公の夢や想像だろうと僕は解釈してました。

 原作にクレジットされているのは「ねじの回転」で有名なヘンリー・ジェイムズの「密林の獣」。これは原案と言うべきで、脚本・監督のベルトラン・ボネロはこれをヒントにオリジナルの物語を作っています。ただ、年代さえ表示されないので物語が分かりにくく、もう少し観客フレンドリーな作りにした方が良かったと思います。

 映画の最後にQRコードが表示され、エンドクレジットの表示を省略しています(QRコードのジャンプ先では8分余りのクレジットが流れます)。
IMDb6.5、メタスコア80点、ロッテントマト86%。
▼観客6人(公開2日目の午後)2時間26分。

「ゲッベルス ヒトラーをプロデュースした男」

「ゲッベルス ヒトラーをプロデュースした男」パンフレット
パンフレットの表紙
 ナチスの宣伝大臣を務めたパウル・ヨーゼフ・ゲッベルスを、記録映像を交えて描くドイツ=スロバキア合作。ゲッベルスの子ども時代からヒトラーの台頭、その死に至るまでを描いていて、その軌跡と果たした役割はよく分かります。ゲッベルスの大嘘を交えた宣伝戦略は現代にも通じるものがありますが、映画は構成も演出も平板で平凡な出来に終わっています。

 ゲッベルスと妻の確執など私生活を長々と描く必要はなかったんじゃないでしょうかね。ゲッベルスを演じるロベルト・シュタットローバーにも魅力が乏しいです(魅力的に描くとまずいのでしょうが)。脚本・監督はヨアヒム・A・ラング。
IMDb6.7(アメリカでは限定公開)
▼観客3人(公開12日目の午後)2時間8分。

2025/05/25(日)「金子差入店」ほか(5月第4週のレビュー)

 テレビアニメ「中禅寺先生物怪講義録 先生が謎を解いてしまうから。」(テレ東系)のエンドクレジットを見たら、絵コンテに原恵一の名前がありました。え、これ、あの原恵一監督?
Wikipediaを見ると、確かにあの原恵一監督でした。監督作品が「かがみの孤城」(2022年)以来ありませんが、次作の予定はないんでしょうか?

 このアニメ、京極夏彦の百鬼夜行シリーズのスピンオフで、中禅寺秋彦が古本屋「京極堂」の主人となる前の物語。中禅寺は高校の先生をしていて生徒などが持ち込んだ不可思議な謎を解いていきます。今季のアニメはほかに「謎解きはディナーのあとで」(東川篤哉原作、フジテレビ系)、「小市民シリーズ」(米澤穂信原作、テレ朝系)と有名なミステリー作家の作品が2本あります。

 この3本の中では「謎解きはディナーのあとで」が楽しいです。絵はイマイチなんですが、「お嬢さま、お嬢さまの目は節穴でございますか」「お嬢さまはアホでございますか」と新人刑事の宝生麗子(花澤香菜)に暴言を吐く慇懃無礼な執事の影山(梶裕貴)がおかしくて良いです。

「金子差入店」

 刑務所や拘置所などに収容された受刑者・被告人などへの差し入れ品を販売する差入店を舞台にした物語。原作があるのかと思ったら、オリジナル脚本の作品でした。残念ながら、エピソードにリアリティーを欠く描写が散見され、脚本の不備が目に付きました。

 金子真司(丸山隆平)は妻・美和子(真木よう子)とともに、伯父(寺尾聰)から引き継いだ差入店を営んでいる。金子自身も過去に暴行事件で刑務所に4年服役。出所後、仕事が見つからず、伯父の店を手伝うことになった。ある日、小学生の息子・和真(三浦綺羅)の幼なじみの女の子が殺害される。金子はその犯人(北村匠海)の母親(根岸季衣)から差し入れ代行を依頼された。差入店として犯人と向き合いながらも、疑問と怒りが募るなか、金子は毎日のように拘置所を訪れる女子高生(川口真奈)と出会う。彼女はなぜか自分の母親を殺した男(岸谷五朗)との面会を求めていた。

 刑務官が「おい、差入屋」と横柄に高慢にあからさまに当然のように見下して呼び捨てにする場面が2回ありますが、刑務官たちが実際にこんな無礼な態度なのか疑問です。ここだけでなく、差入店への嫌がらせ(意図が分からない。犯人も分からない)とか、差入店の親のせいで子どもが小学校でいじめに遭う(ノートに「殺人犯」と落書きされるのはどう考えても勘違いで筋違い。「殺人犯の味方」ならまだ分かる)など脚本の詰めの甘さを感じる場面があります。

 北村匠海は朝ドラ「あんぱん」とは正反対のサイコな犯人を気味悪く好演してますが、このサイコ犯がなぜ主人公の前科を知ったのかは謎。もう一つの殺人事件が絡むエピソードは目新しくない真相が描かれ、岸谷五朗の熱演が空回り気味でした。一番気になったのはこの真相の後で、世間にばれなければ黙っていたままでいいという解決にはモヤモヤが残ります。東野圭吾が過去に同じようなシチュエーションのミステリーを書いていますが、さすがにこんなアホな解決にはしていませんでした。

 男好きでダメな母親(名取裕子)のエピソードも序盤でほったらかし。各エピソードがバラバラで1本の物語にまとまっていかないのがもどかしく、主人公のキャラクターにも共感が持てませんでした。こうした脚本の不備はプロデューサーが指摘するか、ベテラン脚本家の助力を得た方が良かったと思います。

 古川豪監督は「東京リベンジャーズ」(2020年)などの助監督を経てこれが監督第1作。他の映画の撮影中、拘置所近くの差入店を見て興味を持ち、この物語を作っていったそうです。話に説得力を欠くのは基本的に取材不足が原因なのではないかと思います。

 差入店を舞台にしたテレビドラマをずっと以前に見た記憶があり、たぶんTBSだったと思いますが、タイトルと詳しい内容を憶えていません。検索すると、「差し入れ屋さん物語 拘置所とシャバを結ぶ悲喜こもごもの交差点」(1989年、TBS系)という作品がありましたが、もっと以前に見たような気がするんですよねえ。
▼観客10人ぐらい(公開6日目の午前)2時間5分。

「岸辺露伴は動かない 懺悔室」

「岸辺露伴は動かない 懺悔室」入場者プレゼント
入場者プレゼント
 荒木飛呂彦の原作コミックは50ページ弱の短編。それだけでは映画としては短いので、原作の続きをオリジナルで加えてます。原作通りの部分は悪くないんですが、この続きの部分がイマイチうまく行っていません。

 人の記憶を本にして読むことができる能力ヘブンズドアーを持つ漫画家・岸辺露伴(高橋一生)はヴェネツィアの教会で間違って告解室に入り、仮面を被った男の恐ろしい懺悔を聞く。男は25年前に誤って浮浪者の男を死なせ、「幸せの絶頂の時に“絶望”を味わう」呪いを浮浪者からかけられた。次々に訪れる幸運から必死に逃れようとして生きてきた男は無邪気に遊ぶ娘を見て「心からの幸せ」を感じてしまう。その瞬間、死んだはずの浮浪者が現れ、ある試練を与えられる。

 この試練に失敗して男は殺されてしまうんですが、なら告白しているのは誰なのか、といったところが、原作が描いた物語。映画はここから告白した男の成長した娘(玉城ティナ)の結婚が絡み、懺悔を聞いた露伴にも「幸福になる呪い」が伝染する展開を用意しています。その解決が少しも解決になっていないのが困ったところ。

 まあそれでもこのシリーズ、僕は好きです。相変わらず天真爛漫で愛すべき能天気さを持つ泉京香(飯豊まりえ)の存在はシリーズの財産だなと思います。脚本は小林靖子、監督は渡辺一貴で両者ともテレビシリーズと前作「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」(2023年)を担当しています。
▼観客多数(公開初日の午前)1時間50分。

「父と僕の終わらない歌」

「父と僕の終わらない歌」パンフレット
「父と僕の終わらない歌」パンフレット
 父が歌う動画を息子がYouTubeにアップしたことで80歳のアルツハイマー型認知症患者がCDデビューを果たしたイギリスの実話を日本に置き換えて映画化。「ちはやふる」三部作(2016~2018年)や「線は、僕を描く」(2022年)などの小泉徳宏監督の演出は手堅く、泣き笑いを交えた心地良い作品に仕上がってます。

 レコードデビューを夢見ながらも、息子の雄太(松坂桃李)のために諦めた間宮哲太(寺尾聰)は横須賀で楽器店を営みながら時折、地元のステージで歌声を披露していた。哲太はユーモアたっぷりで町の人気者だが、アルツハイマー型認知症と診断される。全てを忘れゆく父を繋ぎ止めたのは彼を信じて支え続けた優しい妻(松坂慶子)と雄太、強い絆で結ばれた仲間たちだった。父が歌う動画を雄太がネットにアップしたことで、レコード会社からCDデビューの話が来る。

 認知症の深刻な面とその緩和策として趣味である歌を用いるのが納得の展開。寺尾聰が実にぴったりの役柄で歌声を披露し、地元商店街の三宅裕司、石倉三郎、佐藤栞里らも好演しています。
▼観客20人ぐらい(公開2日目の午前)1時間33分。

「光る川」

「光る川」パンフレット
「光る川」パンフレット
 岐阜県出身の作家・松田悠八の小説「長良川 スタンドバイミー一九五〇」を基に金子雅和監督が映画化。1958年の現在と過去の伝説をつなぐファンタジーで悪くない出来ですが、欲を言えば、時を超えたストーリーを成立させるのに必要な映像効果が欲しいところです。

 過去の伝説はユウチャ(有山実俊)が見る紙芝居の物語として描かれます。里の娘・お葉(華村あすか)と山の民である木地屋の青年・朔(葵揚)の悲恋。木地屋は「木彫りなどの材料の木から盆や椀など木地のままの器類を作る職人」で山を渡り歩いているため、里の民との交流は禁止されています。朔はお葉との恋を叶えるためには「技術を捨てるため腕を切り落とせ」と木地屋の長(渡辺哲)から言われます。恋が叶わなかったお葉は山奥の淵に身を投げてしまう、というのが伝説。台風が近づく中、ユウチャは山奥に行き、この伝説の世界に入ってしまいます。

 金子監督は「長良川スタンドバイミーの会」から映画化の話を持ちかけられ、長良川の河口から源流、支流域まで巡り、土地に伝わる民話などを調べて回ったそうです。その過程でインスパイアされて木地屋と里の娘の悲恋を創作したとのこと。というわけで映画は原作とは大きく違うそうですが、土地に触れなければ生まれなかった物語なのでしょう。これは金子監督の第3作。既に取りかかっているという第4作にも期待を抱かせる出来でした。
▼観客7人(公開7日目の午後)1時間48分。

「REVENGE リベンジ」

 「サブスタンス」のコラリー・ファルジャ監督のデビュー作。2017年のフランス映画で2018年に日本公開されました(東京では現在2館で再公開中)。U-NEXTで見ました。レイプされ、崖から突き落とされた女の復讐劇と聞くと、だいたい想像できますが、その斜め上を行く展開です。

 女は落ちただけでなく、崖下でもの凄いことになってます。普通なら死んでしまう状況ですが、さすが「サブスタンス」の監督作品、そんなことでは死なず、そこから男3人への復讐に向かいます。焼いたナイフで傷口を消毒したり、足の裏に食い込んだガラスを抜いたり、目にナイフを突き立てたり、ずーっと痛い描写が続きます。超アップの描写もあり、「サブスタンス」の表現は元々、この監督の個性だということが分かります。こうした表現が好きなんでしょうね。

 主演のマチルダ・ルッツは「ザ・リング リバース」(2017年、F・ハビエル・グティエレス監督)、「キャメラを止めるな!」(2022年、ミシェル・アザナヴィシウス監督)などに出演。

 IMDb6.4、メタスコア81点、ロッテントマト92%。プロの方が高く評価してます。