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2025年08月17日の記事

2025/08/17(日)「黒川の女たち」ほか(8月第3週のレビュー)

 スピンオフドラマ「エイリアン:アース」の配信がディズニープラスで始まりました。現在2話までですが、同サービスのスピンオフとしては久しぶりに続きを見たい作品になってます。

 「エイリアン」(1979年、リドリー・スコット監督)の2年前、2120年の地球が舞台。プロディジー社の天才創業者兼CEO若き天才CEOカヴァリエ(サミュエル・ブレンキン)は“ネバーランド・リサーチ・アイランド”で不老不死に関する実験を行っていた。実験を重ねる中、12歳の少女ウェンディは自身の意識を成人女性形態のアンドロイドに移され、世界初の<ハイブリッド>として生み出される。ある日、プロディジーシティにウェイランド・ユタニ社の宇宙船「マギノット号」が墜落する。宇宙船の中に格納されていたモノを回収するべく派遣されたのは、ウェンディ(シドニー・チャンドラー)を中心とした人間の身体能力をはるかに凌駕する<ハイブリッド>たち。船内は荒れ果てた廃墟のようになっていた。この宇宙船、宇宙の深淵から5種の生命体を回収し、それらが逃げ出したらしい。

 というわけで、おなじみのエイリアン“ゼノモーフ”だけでなく、大小の異なるエイリアンが登場します。これに対抗するのが、ウェンディたちハイブリッド、という展開。主演のシドニー・チャンドラーは29歳ですが、ティーンを演じて違和感はありません。監督はノア・ホーリー。製作は「SHOGUN 将軍」を大成功させたFX。全8話の予定です。
IMDb8.1、ロッテントマト87%、フィルマークス4.0。

「黒川の女たち」

「黒川の女たち」パンフレット
「黒川の女たち」パンフレット
 敗戦後の満州で開拓団を守るためにソ連軍幹部への性接待をさせられた黒川開拓団の女性たちを描くドキュメンタリー。女性たちは帰国後、故郷で感謝されるどころか中傷を浴び、苦難の人生を送ってきました。このため戦後長く沈黙を貫きましたが、2013年以降、「なかったことにはできない」として声を上げるようになりました。映画は当時の状況を説明し、女性たちと開拓団の子孫が送ってきた戦後を描いています。

 黒川開拓団は岐阜県黒川村(現在の白川町)の農民で組織した開拓団。貧しい農民が多かったとされています。満蒙開拓は1931年の満州事変以降、日本が国策として推進し、中国の人たちから家と農地を安く買いたたいて開拓団に提供しました。黒川村からは600人以上が加わったそうです。

 映画の中で高校の先生が授業で話しますが、開拓団には中国への加害と被害の両方の側面があります。敗戦後に現地の人たちから迫害を受けたのは戦時中の恨みを買っていたからです。それ回避するため、黒川開拓団が考えたのは侵攻してきたソ連軍に守ってもらうこと。どちらから言い出したのかは分かりませんが、その引き換えに18歳以上の未婚女性15人が性接待をさせられることになりました。

 年老いた女性たちが語る言葉が重いです。「私たちがどれほど辛く悲しい思いをしたか、私らの犠牲で帰ってこれたということは覚えていて欲しい」「次に生まれるその時は平和の国に産まれたい。愛を育て慈しみ花咲く青春綴りたい」。松原文枝監督のインタビューによると、そうした女性たちは性接待の事実を世間に明らかにしたことで笑顔が出るなど大きな変化があったそうです。もちろん、自身の若い頃の性被害を告白することには相当な勇気が必要だっただろうと思います。

 2018年11月、性接待の事実を刻んだ「乙女の碑」の碑文が完成。その除幕式のあいさつで黒川開拓団遺族会会長の藤井宏之さんは女性たちへの謝罪の言葉を述べました。藤井さんの父親は開拓団に参加し、性接待の呼び出し係をしていたそうですが、当時生まれてもいなかった藤井さん自身には何の責任もありません。それでも碑文を書き、謝罪し、女性たちのために尽力する姿には頭が下がります。

 松原監督は「ハマのドン」(2023年)に続いて監督2作目。テレビ朝日の記者、報道ステーションディレクターなどを経て現在はビジネスプロデュース局の部長。
▼観客20人ぐらい(公開2日目の午後)1時間39分。

「この夏の星を見る」

「この夏の星を見る」パンフレット
「この夏の星を見る」パンフレット
 辻村深月の原作を残り数十ページぐらいまで読んだところで映画を見ました。映画は原作を端折ったところや駆け足の描写もありますが、原作のエッセンスをうまくすくい上げ、むしろ原作より良い出来だと思います。「私たちなら、できる」と言い切る溌剌とした主人公を演じる桜田ひよりをはじめ黒川想矢、中野有紗、早瀬憩、星乃あんな、水沢林太郎ら若い俳優たちが実に良いです。コロナ禍の青春の輝きを情感豊かに活写した傑作。

 コロナ禍で部活動が制限された2020年、茨城の高校2年生・溪本亜紗(桜田ひより)はオンラインでのスターキャッチ・コンテストを思いつく。賛同したのは東京の中学校と高校、長崎県五島の高校で計4校が手作りの望遠鏡で競うことになる。同時に映画はコロナ禍のさまざまなドラマを取り入れ、悩み苦しむ生徒たちがコンテストに向かうことで希望を見いだしていく姿を描いています。

 クライマックス、12月のISS(国際宇宙ステーション)観測会で、厚い雲に覆われていた茨城の夜空が奇跡のように晴れてくる場面は原作にはありません。いや、前日譚で本編の1年前を描く「薄明の流れ星」の中にあるんですが、それをうまく取り入れてドラマティックな効果を上げています。森野マッシュの脚本はそうしたアレンジにうまさを感じました。

 森野マッシュと同様、山元環監督もこれが商業映画デビューですが、正攻法の演出に加えて画面構成のうまさが光っていると思いました。原作ではピンとこなかったスターキャッチ・コンテストのやり方は映画ではよく分かりました。夜空へ天体望遠鏡を向ける素早い動き自体が形になってます。

 映画を見た辻村深月は「私が小説で書いた風景や迷いながら選び取った場面が言語化を超えた映像になっていて、魔法を目撃したような気持ち」と高く評価しています。
▼観客多数(公開初日の午後)2時間6分。

「顔を捨てた男」

「顔を捨てた男」パンフレット
「顔を捨てた男」パンフレット
 ルッキズムの観点から「サブスタンス」(コラリー・ファルジャ監督)に言及するレビューが多いようですが、自分と似た外見の他者が現れるというプロットから僕はエドガー・アラン・ポーの「ウィリアム・ウィルソン」(「世にも怪奇な物語」でアラン・ドロンが演じました)を思い浮かべてました。

 この映画に登場するのは「ウィリアム・ウィルソン」のようなドッペルゲンガーではなく、主人公エドワード(セバスチャン・スタン)と同じ神経線維腫で顔が「エレファントマン」のように変形したオズワルド(アダム・ピアソン)。性格はうつむきがちなエドワードとは正反対の明るさです。実験的な治療で新しい顔を得たエドワードは新しい人生に踏み出し、恋人と仕事を得ますが、そこにオズワルドが現れてエドワードから恋人も仕事も奪っていくという展開。オズワルドには悪意があるわけではないのがエドワードにとって痛いところでしょう。アダム・ピアソンは実際の神経線維腫の患者だそうです。

 映画は前半が特に面白いんですが、結末に向かって意外性があまりないのが少し残念。恋人役を演じるのは「わたしは最悪。」のレナーテ・レインスヴェ。監督のアーロン・シンバーグは長編3作目ですが、日本公開は初めて。口唇口蓋裂の治療を受けた経験があるそうです。
IMDb6.9、メタスコア78点、ロッテントマト93%。
▼観客6人(公開7日目の午後)1時間52分。

「脱走」

「脱走」パンフレット
「脱走」パンフレット
 北朝鮮の兵士が韓国への脱出を目指すサスペンス。主人公が南へ向かって走る前に紆余曲折のピンチがあるんですが、いったん始めたら地雷原も難なく走りきり、スムーズな脱北が出来てしまいます。十分な下調べがあったとはいえ、簡単すぎる気がしました。

 非武装地帯を警備する主人公ギュナム軍曹にイ・ジェフン、幼なじみの保衛部少佐ヒョンサンをク・ギョファンが演じています。監督は「サムジンカンパニー1995」のイ・ジョンピル。
IMDb6.4、ロッテントマト71%(アメリカでは映画祭での上映のみ)
▼観客9人(公開6日目の午後)1時間34分。