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「禁じられた遊び」は死んだ母親の指を少年が庭に埋めて呪文を唱えたことから、母親が地中から蘇ってくるホラー。原作は清水カルマの同名小説で「リング」「スマホを落としただけなのに」などの中田秀夫が監督しています。酷評する人もいますが、物語にも演出にも破綻はなく、それなりの作品になっていると思いました。
少年の父親に重岡大毅、思いを寄せる同僚が橋本環奈。蘇ってくる母親を演じるのはファーストサマーウイカで、もうこの人、生きてる時から笑っていても怖いです。橋本環奈は重岡大毅を好きなことを誰にも言ってないのにウイカはなぜかそれを知り、「近づかないで」と脅してきます。特殊な能力を持っていて、不倫以前の段階なのに生霊が橋本環奈を執拗に苦しめるなど、とても嫉妬深く迷惑な存在と言うほかありません。生霊の説明で「源氏物語」の六条御息所の挿し絵が出てきますが、ああいう存在なのでしょう。
交通事故死した母親の指を少年が埋めるのは以前、父親から「トカゲのしっぽは切れてもまた生えてくる」と聞いたから。少年はしっぽから体が生えると思い込み、しっぽを埋めたところ、実際にトカゲが生き返ってきます。これがそもそもおかしいんですが実は、という展開。この理由は予想でき、理屈が分かってしまうと、怖さが半減してしまうのが悩ましいところではあります。
劇中、少年が唱える「エロイムエッサイム」は悪魔を呼び出す呪文で、水木しげる「悪魔くん」などで使われていて有名です(「悪魔くん」はNetflixが11月からアニメの新シリーズを配信予定)。吉野公佳主演の「エコエコアザラク Wizard of Darkness」(1995年、佐藤嗣麻子監督)でもクライマックスで、菅野美穂がルシファーを召喚するのに使ったと記憶しています(配信を探しましたが、どこも配信していないようで確認できませんでした)。
霊媒にシソンヌの長谷川忍(まじめに演じていてもおかしいです)、橋本環奈の同僚に堀田真由(出演してるのを知らなかったので嬉しい驚きでしたが、少しもったいない役回り)。1時間50分。
▼観客5人(公開初日の午前)
東京で引きこもりの生活を送る草壁陽子(菊地凛子)が父(オダギリジョー)の死の知らせを受けて、青森までヒッチハイクの旅をするロードムービー。2019年のTSUTAYAクリエイターズプログラムで脚本部門審査員特別賞を受賞した室井孝介の脚本を熊切和嘉監督が映画化した作品です。
陽子は42歳、独身。引きこもりの上にコミュ障で人付き合いが苦手。いとこの茂(竹原ピストル)の家族とともに青森に向かうが、ある事情からサービスエリアではぐれ、置き去りにされてしまう。所持金は2300円余り。電車代もスマホもないことから、陽子はヒッチハイクで北に向かうことにする。
終盤、菊地凛子の独白シーンが見せます。42歳は陽子が家を出た時の父の年齢と同じで、陽子は就職の夢に破れて引きこもりになってしまったわけですが、「20年があっという間だった」というセリフが泣かせます。菊地凛子の演技力を見せる白眉のシーンと言えるでしょう。
ヒッチハイクしただけで大きな変化が起きるはずはなく、ぼそぼそ声からはっきりした声に変わるぐらいの小さな変化に留まるわけですが、これが再生へのきっかけになるのかもしれません。
深夜のパーキングエリアで一緒になるヒッチハイカーに見上愛、軽トラを運転する何でも屋に最近好調の仁村紗和。ただ、仁村紗和はアップにもならず、残念な使われ方でした。上海国際映画祭で最優秀作品賞、最優秀女優賞、最優秀脚本賞を受賞。1時間53分。
▼観客13人(公開2日目の午後)
神津凛子の小説現代長編新人賞受賞作を斎藤工監督が映画化。長野県に住むスポーツインストラクターの賢二(窪田正孝)は妻(蓮佛美沙子)と娘の3人暮らし。アパートが寒いこともあって家を建てることにした。住宅メーカーの本田(奈緒)が設計した家は最新工法を取り入れ、エアコン1台で「夏涼しく、冬暖かい」快適な温度を保ってくれる。しかし新居での生活が始まると不可解な出来事が起こり始めた。ささいなことから賢二と言い争った住宅メーカーの甘利(松角洋平)が何者かに殺され、賢二の不倫相手だった友梨恵(里々佳)も不審な死を遂げる。
話の底が浅く、登場人物も少ないので展開の予想がつきやすいのが難点。新しさはないにしても話自体それほど悪くはないんですが、長々と描く内容でもないのでもう少しコンパクトにまとめた方が良かったと思います。おまけのエピソードは不快なだけで不要でしょう。たぶん、原作もこうなんでしょうね。
フロッギングができるほど大きなアメリカの家ならともかく、日本の家では成立しにくい話ではあります。1時間53分。
▼観客11人(公開4日目の午後)
「ジョン・カサヴェテス レトロスペクティヴ」の1本。1984年の作品で日本公開は1987年10月。公式サイトを引用すると、「他人を愛することに不器用ながらも、愛や孤独をテーマにした小説を書く弟と、その深い愛ゆえに狂気に陥っていく姉の内面の荒廃を描く」。弟がジョン・カサヴェテス、姉がジーナ・ローランズ。実生活で夫婦なので最初はこの2人、元夫婦の関係かと思ったら、姉弟の設定でした。
パンフレットによると、元になった戯曲「きみがレモンを切るのを見ている」(テッド・アラン)は「近親相姦へといたるカナダ人姉弟の欲求不満や情念を克明に探求し、児童虐待も主題とする二人芝居」とのこと。元夫婦と誤解したのは元の戯曲がそうした内容だからでしょう。映画の脚本はテッド・アラン自身がまったく新しい内容に書き換えた改訂舞台版をカサヴェテスがさらに映画用に書き直したそうです。
主演を兼ねたカサヴェテスとローランズの演技が見どころで、意味の取りにくい箇所もありましたが、最後まで面白く見られるのはこの2人の演技のためでしょう。ベルリン国際映画祭金熊賞受賞。2時間21分。
「レトロスペクティヴ」の他の5本はU-NEXTで配信していますが、今月末までです。もっとも、U-NEXTの場合、いったん配信が終わってもまた再開することがあります。
IMDb7.7、ロッテントマト100%。
▼観客6人(公開6日目の午後)
「Gメン」は小沢としおのコミックを瑠東東一郎監督が映画化。瑠東監督作品としては昨年の橋本環奈主演「バイオレンスアクション」よりずっと良い出来で、これまでの監督作の中でもベストの仕上がりだと思います。
私立武華男子高校に転校してきた1年生の門松勝太(岸優太)は問題児ばかりの1年G組に入れられる。G組は他の校舎から離れ、荒れ果てた場所。勝太は彼女が欲しい一心で、G組をひとつにまとめ上げようとする。女子生徒からモテモテのイケメン・瀬名拓美(竜星涼)と出会い、勝太を目の敵にするレディース集団ブラックエンジェルの上城レイナ(恒松祐里)とのロマンスも生まれるが、壊滅したはずの凶悪組織・天王会の魔の手が忍び寄っていた。
「ビー・バップ・ハイスクール」(1985年、那須博之監督)シリーズなどに連なる高校生のアクションコメディーです。3年生役の田中圭や高良健吾、G組のEXITりんたろー。など出演者たちが全員、高校生には見えないのはともかく、格闘アクションがどれも良いです。元King & Princeの岸優太は体のキレが良く、アクションに向いてます。レディースのリーダーながら純情なレイナを演じる恒松祐里と、生徒が言うことを聞かずにキレる先生役・吉岡里帆もおかしくて魅力的。楽しくまとまってますし、ヒットもしているようなのでシリーズ化もありかなと思います。
ドラマ「ナンバMG5」の間宮祥太朗が難波剛役で、あの特攻服姿でカメオ出演してました。同じ小沢としお原作だからですかね。EXITの兼近大樹もゲスト出演してます。2時間。
▼観客30人ぐらい(公開6日目の午後)
福岡を舞台にゴミ屋敷をめぐる6つのエピソードで構成したユーモラスなドラマ。白高律稀(篠田諒)は手の震えでピアニストの道を断たれ、ゴミ屋敷専門の清掃会社「断捨離パラダイス」に入社する。学校の教師やシングルマザー、出稼ぎのフィリピン人など家にゴミをため込む人たちはさまざまだった。
沖田×華(おきた・ばっか)のコミック「不浄を拭う人」を時々読んでるので、ゴミ屋敷がどんな状態かは多少知っていて、映画の最初に出てくる家にゴキブリがざわざわいたり、ペットボトルに尿が入っていたりするのはおなじみの光景ではあります。清楚できれいな教師(武藤十夢)のアパートがゴミだらけというのは幻滅ですが、YouTubeの「エガちゃんねる」では「美人声優の家がゴミ屋敷だったから、江頭が大掃除しに行った結果…」というエピソードもありましたから、人は見かけに絶対によらないわけです。
VIDEO
武藤十夢とシングルマザー役の中村祐美子に意外性があって良く、泉谷しげる演じる老人はゴミ屋敷の主としては常識的かなと思いました。いずれのエピソードでもゴミをため込む理由に踏み込んでいないのが映画としては少し弱いところ。萱野孝之監督は大分出身で福岡在住の32歳。既に4作目なのは、演出力が一定の評価を受けているからなのでしょう。1時間41分。
▼観客12人(公開5日目の午後)
92歳の山田洋次監督90本目の作品、かつ78歳の吉永小百合123本目の出演作品。原作は永井愛の同名舞台劇で、山田監督と「釣りバカ日誌」シリーズなどの朝原雄三監督が脚色しています。
大企業の人事部長を務める神崎昭夫(大泉洋)は大学時代からの親友で同期入社の木部富幸(宮藤官九郎)から相談を受ける。隅田川近辺の地元で、屋形船を借りて同窓会をしようというのだ。その木部は会社のリストラ候補に挙がっていた。昭夫は妻と別居し、大学生の娘・舞(永野芽衣)との不和にも頭を悩ませている。下町で足袋屋を営む母・福江(吉永小百合)の家を訪れると、母親はホームレス支援のボランティアを通じて知り合った教会の牧師(寺尾聰)に恋心を抱いていた。
基本は山田監督得意の下町を舞台にした人情コメディーなんですが、リストラやホームレスなど現代的なテーマを絡めていますし、描写の仕方もやはりうまいです。ここ数年の山田監督作品では一番良い出来だと思います。できれば、大泉洋主演で何本か撮ってほしいところです。ヘソ出しルックの永野芽郁の細さとスタイルの良さにはびっくり。1時間50分。
▼観客多数(公開初日の午前)
1950年代の砂漠の町アステロイド・シティを舞台にしたウェス・アンダーソン監督作品。映画の構成は前作「フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊」(2021年)に似ていますが、出来は及びませんでした。
アステロイド・シティで繰り広げられる物語は舞台劇であり、それを演じる俳優たちの姿があり、さらに舞台劇のメイキングのテレビ番組の中の出来事である、という入れ子構造は面白いですし、オフビートで微妙な笑いも嫌いではないんですが、ドラマの盛り上がりには欠け、平板な印象になっています。
極彩色の町が舞台という共通点から比較すると、グレタ・ガーウィグ監督「バービー」の方がテーマの明快さと直感的なユーモアの点で数段上回っていると思いました。1時間44分。
IMDb6.7、メタスコア74点、ロッテントマト75%。
▼観客20人ぐらい(公開2日目の午後)
「春に散る」は沢木耕太郎原作の小説を瀬々敬久監督が映画化。文庫で上下2巻900ページを超える原作の序章を読んだところで映画を見て、その後で原作を読み進めました。300ページ読んでも横浜流星が演じた翔吾は出てきません。400ページ読んでも出てきません。出てきたのは上巻の最後。第10章「いつかどこかで」の終わりの方で450ページを過ぎたあたりでした。
それまでに描かれるのは40年ぶりに日本に帰ってきた主人公・広岡仁一(映画では佐藤浩市)がかつてボクシングジムの合宿所で寝起きを共にしてジムの四天王と呼ばれた仲間と再び共同生活を送るようになる過程です(映画では四天王ではなく、佐藤浩市のほか、片岡鶴太郎、哀川翔の3人になってます)。全員が60代後半なので、これは「老人小説か」と思ったのですが、読み進めると、どうやらこれは再生の物語であることが分かってきます。アメリカでボクシングではチャンピオンになれなかったものの、不動産の仕事でそれなりの成功を収めた広岡が帰国して他の3人を訪ねると、いずれも不遇の生活を送っていて、広岡が大きな家を借りての共同生活を提案することになります。
訪ねてきた広岡に対して佐瀬(映画では片岡鶴太郎)はこう言います。
「俺にとっては、あのジムでの日々がすべてなんだ。夢は世界チャンピオンになること。その目標に向かって、おまえたちと一緒にトレーニングしをしていた。どんなに苦しいトレーニングでもつらいと思ったことは一度もなかった。夢に向かって一歩一歩進んでいるように思えたからだ」
四人の中で、佐瀬ほどトレーニングをした者はいない。耐えていたというより、むしろ好きだったのではないかと思えるほど熱中していた。
「夢は叶わなくても、そんな日々が一度でもあったんだから、それでいいと思うんだが……」
広岡には、佐瀬のその言葉の持つどこかもの悲しい響きが痛ましく感じられた。
かつての共同生活を再び送るようになった4人は自分たちが果たせなかった世界チャンピオンへの夢を翔吾に託すことになるわけです。不遇な生活から再生し、再び心に灯をともす男たちを描いた小説だと思います。同様に沢木耕太郎にとっても、プロボクサーのカシアス内藤を描いた「クレイになれなかった男」「一瞬の夏」に違う形での決着を付けたい気持ちがあったのではないかと思えてきます。
映画は原作の後半部分を中心に映像化しています。橋本環奈の役柄は大分に住む広岡の姪となっていますが、原作では広岡に家を紹介する不動産会社で働く社員です。長い原作のすべてを描けるわけではありませんから前半部分を簡略化したこの脚色は間違っていないと思いますが、描写不足で気になったところはありました。
翔吾が母親に暴力を振るった男を暴行して警察沙汰になり、試合中止の危機だったのに、いつの間にか解決していること。それと、佳菜子(橋本環奈)がなぜか大分から東京に出てきて、広岡の家に同居し、いつの間にか翔吾と仲良くなっていること。どちらも描写の省略なのでしょうが、重要な部分なので省かず描いた方が良かったと思います。
これを除けば、近年の瀬々敬久監督作品の中では上位に位置する出来だと思います。佐藤浩市と横浜流星はどちらも演技賞候補でしょう。広岡の必殺技がクロスカウンターであったり、翔吾の所属するジムでは子供たちが練習していたり、どこか「あしたのジョー」を思わせる設定があります。瀬々監督は沢木作品とともに「あしたのジョー」の愛読者でもあったのだそうです。2時間13分。
▼観客30人ぐらい(公開初日の午前)
沖縄のコザで暮らす17歳の母親の苦境を描く物語。工藤将亮(まさあき)監督が沖縄で取材して実際の出来事を基にしているそうです。
2歳の息子・健吾を持つアオイ(花瀬琴音)は夫のマサヤ(佐久間祥朗)との3人暮らし。健吾をおばあ(吉田妙子)に預け、キャバクラで朝まで働く。マサヤは建築現場を解雇された後は仕事もせず、アオイの収入に頼る。ある日、未成年者を働かせているキャバクラを警察が摘発。アオイは仕事を失う。サヤはアオイに暴力を振るった上、アオイの貯金を持って家を出る。アオイは昼の仕事を探すが、時給795円で月に8万円にしかならない。おまけにマサヤは暴力事件で逮捕され、示談金が必要になる。父親(宇野祥平)に助けを求めるが、わずかなお金を渡しただけで追い返される。
マサヤがクズなら父親もクズ。アオイの不幸の原因は周囲にクズな男しかいないからです。警察の摘発はアオイたちの生活手段を奪うことにしかならず、その後の行政の支援が一切ない(あったにしてもアオイには届いていない)のが絶望的です。未成年保護を目的とした摘発が未成年者をより苦しめることになる現実。この現状をどうすればいいのか、映画は描いていません。パンフレットによると、沖縄の母子世帯の貧困率は50%を超え、男性の働く場所は少ないそうです。貧困の連鎖が止まらず、男がクズなのはそうした背景も一因でしょう。
大半の観客はアオイの苦境の原因を映画のほかに求めることはしないでしょうから、そうしたことまで映画の中で描いた方が良かったと思います。現状を伝えることはもちろん重要ですが、わずかな希望と問題解決への手がかりが少しでも示されれば、より広範な観客の支持を得られるでしょうし、映画の意義はもっと高まるはずです。2時間8分。
▼観客12人(公開2日目の午後)
アルジェリアでバレエダンサーになることを夢見るフーリアはある夜、男に階段から突き落とされて大怪我を負い、踊ることも声を出すこともできなくなってしまう。失意の中、リハビリ施設で出会ったのはそれぞれ心に傷を抱えたろう者の女性たちだった。「ダンスを教えて」と頼まれたフーリアは生きる情熱を取り戻していく。
ムニア・メドゥール監督は「パピチャ 未来へのランウェイ」(2019年)に続いて、リナ・クードリを主演に迎えて女性の再起を描いていますがやや物足りなさが残りました。1時間39分。
IMDb6.4(アメリカでは映画祭での公開のみ)
▼観客4人(公開5日目の午後)
長浦京の同名小説を行定勲監督が映画化。綾瀬はるかと長谷川博己の「はい、泳げません」(2022年)のコンビで描くハードボイルドアクションです。
綾瀬はるかが“幣原機関の最高傑作”にはとても見えないのが致命的にダメです。アクション監督のクレジットはないようですが、スタントコーディネーターは「シン・仮面ライダー」でアクション監督を務めた田渕景也。
アクションができなくてもハードボイルドな雰囲気の醸成でなんとか様になることもあるんですが、行定監督はそうした部分も得意ではないようです。こういう題材なら原田眞人監督が適任ではないかと思います。2時間18分。
▼観客30人ぐらい(公開11日目の午後)
山本周五郎原作の「季節のない街」を宮藤官九郎がドラマ化し、ディズニープラスが今月9日から配信しています。原作の15編の連作短編から9編(「街へいく電車」「親おもい」「半助と猫」「牧歌調」「僕のワイフ」「プールのある家」「がんもどき」「たんばさん」「とうちゃん」)をピックアップ、1話30分の10話にまとめています(「がんもどき」のみ前後編)。
「季節のない街」は言うまでもなく、黒澤明「どですかでん」(1970年、キネ旬ベストテン3位)の原作ですが、宮藤官九郎はこの映画が黒澤作品の中では一番好きで、原作に20歳で出会ったことが演劇の道に進んだきっかけとなったのだそうです。長年の念願がかなったドラマ化なのでしょう。
原作と「どですかでん」は貧しい人たちの住む街が舞台でしたが、ドラマは“あの大災害”から12年後の仮設住宅を舞台にしています。濱田岳が演じる“電車バカの六ちゃん”が登場する第1話「街へいく電車」はまずまずの出来にとどまりますが、次の「親おもい」は傑作。ヤクザな兄とまじめな弟の話で、たまに帰ってきて母親から金をせびるだけの兄に対して、母親と弟たちのために必死に働く弟。なのに、母親は兄の方が自分のことを思ってくれる良い息子だと考えている、という誤解とすれ違いの物語。弟役の仲野太賀がホントにうまくて、泣かせます。
「親おもい」は「どですかでん」にはないエピソードで、逆に「枯れた木」はドラマにありません。このほか「どですかでん」→「季節のない街」のキャストと比較すると、
「僕のワイフ」伴淳三郎→藤井隆
「とうちゃん」三波伸介→塚地武雅
「プールのある家」三谷昇、川瀬裕之→又吉直樹、大沢一菜
「がんもどき」山崎知子、亀谷雅彦→三浦透子、渡辺大知
「たんばさん」渡辺篤→ベンガル
などとなっています。もう塚地武雅がぴったりの配役ですね。主人公は作家の半助を演じる池松壮亮。半助の目から街の人たちが描かれていきます。監督は宮藤官九郎のほか、横浜聡子、渡辺直樹。音楽は「あまちゃん」の大友良英。Fillmarksの採点は4.2、IMDbはまだ24人の投票ですが、8.8とどちらも高評価になっています。
鳥山明原作のコミックのアニメ化。砂漠の世界サンドランドは国王が水を高額で販売し、庶民は苦しんでいた。幻の泉の存在を信じるラオ保安官は悪魔の王子ベゼルブブ、魔物シーフと泉の場所を探して旅をすることになる。
舞台設定は「デューン 砂の惑星」を思わせますが、敵となるゼウ大将軍の造形も「デューン」のハルコンネン男爵によく似ています。原作が1巻だけなのでまとまりは良く、水準以上の仕上がりになっています。
日経電子版は★4個を付けていましたが、僕は★3個半ぐらいと思いました。横嶋俊久監督、1時間45分。
▼観客多数(公開初日の午前)
ニューズウィーク日本版は「ピクサー史上最悪の映画」と厳しい評価をしていました。確かに脚本は「トイ・ストーリー」(1995年)などと比べると、随分劣るんですが、そんなに酷評するほど、ひどくはありません。
火・水・土・風のエレメント(元素)たちが暮らす街エレメント・シティを舞台に、火の女の子エンバーが水の青年ウエイドと知り合い、次第に恋心を抱く。水と火が触れ合うことはできないと信じられていて、エンバーの両親は交際に大反対、2人の恋には大きな障害が立ちはだかる。
水がWASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)に例えられていることはよく分かるんですが、火は移民であることは分かってもどこの移民か明確ではありません。メキシコかプエルト・リコ系だろうと思ったんですが、ニューズウィークによると、「移民であるエンバーの家族は東欧なまりの英語を話し、ユダヤ系であることを示唆しているように見える」とのこと。ただ、ラストの挨拶の仕方はイスラムかアジア系かなとも思えます。監督のピーター・ソーンは韓国系です。特定の国の移民ではなく、移民全般を指しているのかもしれません。
日本語吹き替え版は川口春奈、玉森裕太らが担当していて悪くありませんでした。1時間41分。
IMDb7.0、メタスコア58点、ロッテントマト74%。
▼観客30人ぐらい(公開14日目の午前)
グレタ・ガーウィグ監督のインタビューによると、映画の企画はプロデューサーを兼ねた主演のマーゴット・ロビーがガーウィグとノア・バームバックに依頼したそうです。ガーウィグは「自分たちに依頼するということは、マーゴットは変な映画を作ろうとしているのだろう」と思ったとのこと。普通のコメディではなく、男性優位社会を風刺した堅い面を併せ持つ作品になったのは、だから当然なのでしょう。
ピンクに彩られた夢のような世界“バービーランド”で、人気者のバービー(マーゴット・ロビー)は、ボーイフレンドのケン(ライアン・ゴズリング)や仲間たちに囲まれて楽しい日々を送っていた。ある日、彼女の身体に異変が起こり始める。空は飛べなくなり、シャワーからは冷たい水。いつもハイヒールを履くバービーの足は床にべったり。世界の秘密を知る変わり者のバービー(ケイト・マッキノン)の助言で、ケンと共にリアルワールド(人間世界)へ行くことになる。そこは男性優位の驚くべき世界だった。
リアルワールドに影響されたケンはバービーランドも男性優位に変えようとする。バービーたちはその阻止を図る、という展開。スタイル抜群のマーゴット・ロビーはとてもキュートですが、映画全体としてはコメディと堅さの配分が今一つかなと思えました。
日本ではバービーよりもリカちゃん人形(タカラトミー)の方が一般的なので、映画もそれほどのヒットにはなっていないようです。Wikipediaによると、バービー人形は当初、日本で生産されていたとのこと。1時間54分。
IMDb7.4、メタスコア80点、ロッテントマト88%。
▼観客13人(公開5日目の午前)
アルタミラピクチャーズなどが製作、東京テアトル配給ですが、公開劇場は松竹系のピカデリー、MOVIXが中心で、松竹カラーに違和感がない作品です。
尾道の小さな豆腐店を舞台にしたドラマ。父・辰雄(藤竜也)と娘・春(麻生久美子)はこだわりの大豆からおいしい豆腐を毎日二人三脚で作っている。心臓の具合が良くないことを医師から告げられた辰雄は出戻りの春のことを心配し、再婚相手を探そうと仲間たちに相談する。選ばれたのはイタリアンシェフの村上(小林且弥)。しかし、春にはほかに交際中の男性がいた。そんな中、辰雄はスーパーの清掃員・ふみえ(中村久美)と言葉を交わすようになる。
脚本は三原光尋監督のオリジナル。かつての松竹映画を思わせるようなタッチの父と娘の物語です。そのためか、話にも作りにもあまり新しさはないんですが、メインとなる客層の年配客が満足するならそれでもいいかという気にもなります。藤竜也、麻生久美子、中村久美はいずれも好演。三原監督と藤のコンビはこれで3本目とのこと。2時間。
▼観客20人ぐらい(公開2日目の午前)
「CLOSE クロース」は親密な(クロース)人間関係の崩壊と苦悩の物語。同じ年頃の同性愛的な少年2人を主人公にしていることで是枝裕和監督の「怪物」とつい比較してしまいますが、題材へのアプローチと描き方はまるで異なります。話の構成に凝り、見せ方にこだわった「怪物」に対して「CLOSE クロース」はとてもシンプル。作品としては観客サービスの固まりのような坂元裕二脚本の方が僕は好きですが、ストレートに訴えるこっちの方が良いとする人もいるでしょう。
レオ(エデン・ダンブリン)とレミ(グスタフ・ドゥ・ワエル)は中学に入学したばかりの12歳。親密な様子を見たクラスメートの少女が「2人は付き合ってるの?」と素朴な疑問を投げかけたことがレオとレミの関係崩壊の始まりでした。それまでは花畑を一緒に走り回り、夜は寄り添って寝ていた2人の親密な距離が徐々に開いていくことになります。それを主導したのは主にレオの方。毎日一緒に自転車で登校していたのに、ある日、レオが1人で登校したためレミと殴り合いの喧嘩になります。そして、大きな悲劇が訪れることに。
その悲劇までが前半の1時間弱で、後半はレオの大きな後悔と苦悩のドラマになります。この悲劇はレオが世間の目・他人の目を意識したために起きたこと。軽い知的障害を持つ女性(小野花梨)とのラブストーリー「初恋、ざらり」(テレ東)の風間俊介が「世界で2人だけだったら良いのに」と話すのと同じように、レオは世間の目を気にしてしまったわけです。2人の周囲だけでなく、レオ自身にもスタンダードと異なることを恐れる気持ちがあったのでしょう。
できれば、レミの気持ちも深く知りたいところではありますが、冗長になるのかもしれません。監督はバレリーナを夢みるトランスジェンダー少女を描いた「Girl ガール」(2018年)に続いて2作目のルーカス・ドン。主演の2人はいずれもオーディションで選ばれて映画デビューを果たしたそうです。カンヌ国際映画祭グランプリ。1時間44分。
IMDb7.8、メタスコア81点、ロッテントマト91%。
▼観客20人ぐらい(公開2日目の午後)
大友克洋のコミック「童夢」(1981年)にインスピレーションを得たエスキル・フォクト監督のサイキック・スリラー。「クライマックスはほとんど『童夢』のパクリで『大友克洋原案』とクレジットに入れた方が良かった」との感想もあったので、どれぐらい似ているのかと思ったら、クライマックスのブランコのシーンのみ似てました。あ、もちろん、団地に住む子供の超能力を扱った点はそのままですが、原案クレジットまではいらないかなと思います。
ノルウェーの郊外にある団地が舞台。父親の仕事の都合で団地に引っ越してきた9歳のイーダ(ラーケル・レノーラ・フレットゥム)は自閉症の姉アナ(アルヴァ・ブリンスモ・ラームスタ)と2人姉妹。同じ団地に住むベン(サム・アシュラフ)とアイシャ(ミナ・ヤスミン・ブレムセット・アシェイム)と親しくなるが、ベンには念力能力が、アイシャにはテレパシー能力があった。アナはアイシャとテレパシーで交流でき、ベンは次第に念力能力を高める。しかし、念力が強まるに連れてベンは人を操るようになり、邪悪に染まっていく。
アメリカ映画に比べると、VFXが小粒なのが残念な点で、「童夢」で印象的だった場面、サイコキネシスで壁に押しつけられて壁が球状に凹むシーンなど、ぜひ実写で見たいところですが、ありません。好意的に見れば、スケールが小さい分、リアルに見えないこともありません。超能力が次第に強くなっていく過程を見せる前半はもう少し簡潔に描いた方が良かったと思いました。1時間57分。
IMDb7.0、メタスコア79点、ロッテントマト96%。
▼観客11人(公開3日目の午後)
フランス北部の町サントメールで実際に起こった生後15カ月の乳幼児死亡事件を巡るドラマ。殺人罪に問われた母親ロランス(ガスラジー・ラマンダ)の裁判を通して移民差別や貧困、女性の社会進出の問題などを浮き彫りにしています。
映画の基になったのは2015年、セネガル人の母親が満潮の海岸に乳児を置き去りにして死なせてしまった事件です。母親は博士課程の学生で、IQ150。にもかかわらず、自分がやったことはセネガルの叔母にかけられた呪いのためだと供述したとのこと。
アリス・ディオップ監督はセネガル系フランス人。被告が自分と同い年であったこともあって事件に興味を持ち、裁判を傍聴して映画化を決めました。ドキュメンタリー出身なので、実際の裁判記録をセリフに使っています。ストーリーは妊娠中に裁判を傍聴した女性作家ラマ(カイジ・カガメ)の視点で語られますが、やや単調になりがちなのはこのドキュメンタリー手法のためでしょう。もっと明確にドラマの強弱を付けた方が共感を得られやすかったのではないかと思います。2時間3分。
IMDb6.9、メタスコア91点、ロッテントマト94%。
▼観客5人(公開4日目の午後)
ディオップ監督の前作でドキュメンタリーの「私たち」(2021年)はU-NEXT、amazonプライムビデオが配信しています。こちらはIMDb6.1、メタスコア78点、ロッテントマト80%。
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