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「憧れを超えた侍たち 世界一への記録」は今年3月のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の日本代表チームに密着したドキュメンタリー。大会自体が映画より面白く、特に準決勝メキシコ戦と決勝のアメリカ戦は大抵の映画を凌駕するぐらい面白くて感動的でドラマティックでした。第1戦の中国戦から決勝戦までのさまざまなドラマのすべてを2時間余りに盛り込むこと不可能ですから、この種のドキュメンタリーはかつて受けた感動を反芻するぐらいしかメリットがありません。もちろん、それでも価値は大きいでしょうし、多くの観客を集める理由でもあるのでしょう。
映画は2021年12月の栗山英樹監督就任から選手選考会議、宮崎合宿、練習試合を経て本戦の戦いを描いていきます。興味深かったのは選手選考会議での栗山監督のリーダーシップぶりで、監督の手腕は大きかったなとあらためて思いました。選手への細やかな気配りでチームをまとめ上げていく姿はリーダーとして理想的な在り方で、栗山監督が優勝の大きな要因であったことは間違いないでしょう。
カメラは報道カメラが入れないベンチ裏やロッカールームにも入り、選手たちの姿を追います。準決勝で3失点し、グラブをたたきつけて悔しがる佐々木朗希、小指を骨折したのに試合に出ると言い張る源田荘亮など初めて見る映像も多いです。宮崎キャンプで若手投手を指導するダルビッシュの姿には懐の広さを感じますし、野球少年がそのまま大きくなったような大谷翔平はいつものようにさわやかです。もちろん、この映画のタイトルは決勝戦前に大谷翔平が言った「今日は(メジャーの選手に)憧れるのをやめましょう。憧れていては勝てないから」という言葉に由来しています。
WBCの大会全体を俯瞰する作品ではありませんが、日本代表の試合に感激した人、野球が好きな人は見て損はない作品だと思いました。逆にまったくWBCを見なかった人がどんな感想を持つのか知りたいところです。撮影・監督はプロ野球や侍ジャパンのドキュメンタリーを撮り続けている三木慎太郎。2時間10分。
▼観客多数(公開7日目の午前)
見る前はぬいぐるみが好きな男女のラブストーリーだろうと予想してたんですが、全然違いました。人を傷つけることを恐れるナイーブな若者たちを描いた作品でした。大前粟生(あお)の同名原作を金子由里奈監督が映画化。
京都の大学に入った七森(細田佳央太)はオリエンテーリングで一緒だった麦戸(駒井連)と一緒にぬいぐるみサークル(略称ぬいサー)に入る。ぬいサーはぬいぐるみを作るのではなく、ぬいぐるみと話すサークル。同じく一緒にぬいサーに入った白城(新谷ゆづみ)と七森は付き合うようになる。その頃、麦戸は部屋に引きこもってしまう。
七森と麦戸だけでなく、ぬいサーの面々はみなナイーブな人たち。映画の中には言葉としては出てきませんが、恋愛感情を持たないアロマンティックの人たちのようです(レズビアンの人もいます)。この映画、LGBTQを描いた作品に分類してもおかしくない内容だと思いました。
その中で白城は異質の存在で、映画のチラシで白城だけがカメラ目線なのに対して他のメンバーが目を逸らしているのはそれを象徴しています。
ちょっとしたことで引きこもってしまうようなナイーブさでは卒業して就職した時に人間関係で困難が多いのではないかと心配になりますが、組織に属さない働き方をすることも可能でしょう。
金子由里奈監督の演出は自主映画を引きずった部分があるように思えました。それは作品を重ねていくうちに解消されていくのでしょう。父は金子修介監督とのこと。1時間49分。
▼観客2人(公開7日目の午後)
一般的な評価はあまり高くないようですが、僕は面白く見ました。たぶん、田島列島の原作コミックが面白いのでしょう。
高校1年生の直達(大西利空)は通学のために叔父・茂道(高良健吾)の家に居候することになる。雨の中、駅に迎えに来た榊さん(広瀬すず)に案内されていくと、そこは茂道の家ではなく榊さんが運営するシェアハウスだった。脱サラして漫画家になった茂道のほか、女装の占い師・泉谷(戸塚純貴)、大学教授の成瀬(生瀬勝久)といった住人とともに賑やかな生活がスタートする。直達は10歳年上の榊さんに淡い思いを寄せるようになるが、榊さんは過去のある出来事から恋愛はしないと宣言する。
その過去の出来事は直達の家族に関係してるんですが、映画はそのあたりにもきちんと決着を付けていきます。笑わない広瀬すずが良いです。直達のクラスメート楓役で當真あみ。「海街diary」(2015年)の頃は広瀬すずが當真あみのような立ち位置だったことを考えると、感慨深いものがあります。
監督は「ロストケア」の前田哲。2時間3分。
▼観客5人(公開初日の午前)
第70回文學界新人賞を受賞し、芥川賞候補にもなった河林満の同名小説を映画化。市の水道局に勤める岩切俊作(生田斗真)は木田拓次(磯村勇斗)とともに、水道料金の滞納家庭を訪ね、水道を停めるのが仕事。雨が降らず給水制限が発令される中、母親(門脇麦)が出て行って家に取り残された幼い姉妹(山崎七海、柚穂)と出会う。岩切は葛藤を抱えながらも規則に従い、停水を行う。
水道は生死にかかわる最も重要なライフラインなので停められるのは電気やガスより後になりますが、この料金が払えないのはかなりの貧困状態にある証拠。おまけに姉妹は是枝裕和「誰も知らない」(2004年)のように2人だけで生活しなければなりません。母親が渡したお金はすぐに底を突き、姉妹はスーパーで万引することになります。
岩切は妻(尾野真千子)が子供を連れて実家に帰っており、その孤独な生活と妻子との関係が姉妹の現状と絡めて描かれていきます。貧困とネグレクト、格差社会などを盛り込んだ力作だと思いました。原作のラストは悲痛なもののようですが、映画は一種のカタルシスを含めて改変したラストにしています。高橋正弥監督は結末を変える許可を得た上で映画化を進めたそうです。生田斗真はいつものように好演。尾野真千子はこういう役がよく似合いますね。
高橋監督は北野武、阪本順治、森田芳光、根岸吉太郎などの作品で助監督を務め、近年は「ミセス・ノイズィ」(2019年)などでプロデューサーも務めています。監督作は3作目。今月23日から第4作のハートフルコメディ「愛のこむらがえり」(磯山さやか主演)が全国順次公開されます。磯山さやかが映画で主演するのは2005年の「まいっちんぐマチコ! ビギンズ」以来で、監督と全国の公開劇場を回る予定になっています。1時間40分。
▼観客6人(公開4日目の午後)
2019年の1作目を途中まで見てこの第2作を観賞。時代は1作目では西鉄ライオンズの稲尾投手が活躍した昭和30年代でしたが、新作ははっきりしません。風景は30年代風ですが、スマホが出てきますし、ソフトバンクホークスのギータ(柳田)、栗原への言及があったりします。なぜこういう作りにしたのか理解に苦しみます。昭和のようで実は現代という「サザエさん」みたいな形を狙ったんでしょうかね。
福岡名物の辛子明太子を作った「ふくや」創業者の実話を基にしたドラマ(2013年)の劇場版第2弾。といっても、今回は実話ではないでしょう。「ふくのや」従業員の松尾(斉藤優)とたこ焼き屋台のツルさん(余貴美子)が絡む「パンジーの花」のエピソードと、同じく「ふくのや」従業員八重山(瀬口寛之)が思いを寄せる絵画教室のマリ(地頭江音々)との寅さんみたいな恋の行く末が描かれています。
後者のエピソードは新鮮味がなく、役者の弱さも手伝って魅力に乏しいのが残念。主人公・海野俊之(博多華丸)メインの話ではないのも弱い原因で、これだったら「めんたいぴりり」でなくても成立してしまいます。
監督は迫力の相撲ドラマ「サンクチュアリ 聖域」(Netflix)が話題沸騰の江口カン。「サンクチュアリ」が面白いのは金沢知樹(「サバカン SABAKAN」監督)による脚本の力も大きかったのかなと思います。1時間40分。
▼観客6人(公開6日目の午後)
「怪物」はカンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した是枝裕和監督作品。坂元裕二の脚本は物語を母親・麦野早織(安藤サクラ)と教師・保利(永山瑛太)、早織の息子で小学5年の湊(黒川想矢)の3人の視点で順番に描いていきます。よく黒澤明「羅生門」(1950年)と比較・言及されていますが、「羅生門」の場合は各視点の証言が並列だったのに対して、この映画は母親と教師の視点で描かれた物語の謎の部分が子供の視点で明らかになる構成を取っています。ミステリー的な構成であり、当初付けられていたタイトルも「なぞ」だったそうです。
三章構成にしたのは「坂元さんは連続ドラマの人だから、その作り方を映画に取り入れられないか」というプロデューサー(川村元気、山田兼司)の提案によるもの。この構成は実にうまくいっていて、湊の理解できない行動を断片的に積み重ね、謎が深まる安藤サクラのパートが個人的には最も面白かったです。
クラスでいじめられている星川依里(柊木陽太)と湊の秘密の交流を描く子供視点のパートは物語の全貌が分かると同時にLGBTQのテーマを描いていて、カンヌでクィア・パルム賞を受賞したのはここが評価されたからでしょう。
ただし、ここは例えばセリーヌ・シアマ監督作品のような先行するLGBTQの映画に比べて特に優れていたり、新しかったりする部分があるわけではありません。坂元脚本が優れているのはLGBTQのテーマ以上に人と人の相互理解が難しい状況、意図しない断絶が起きている状態を描いているからです。思い込みや無知によって誤解が生まれ、それが解消されない悲しい状況。黒澤明は「羅生門」のラストでヒューマニズムと希望を(降り続いていた雨がやみ、日が差してくるという非常に分かりやすい演出で)提示しましたが、「怪物」の少年たちの置かれた状況は簡単な解決を望めそうにはありません。
怪物が意味するものは学校に抗議に来るモンスターペアレントでも、子供を傷つける暴力教師でもなく、子供たちが自分ではコントロールが難しい感情や衝動など心に抱えているものなのでしょう。パンフレットに作家の角田光代がコラムを寄せていて、「私たちの内にいるかもしれない、ちいさくてもろい、すべての怪物に寄り添う映画だった」と書いています。深く納得できる指摘だと思います。少年2人のナイーブな演技が良く、校長先生役の田中裕子の無表情の中に本音を潜ませた演技も時におかしく絶妙でした。2時間6分。
▼観客多数(公開初日の午前)
2016年のテキサスを舞台にしたドラマ。主人公のマイキー(サイモン・レックス)は利己的で嘘つきでどうしようもないクズですけど、クズを描いても映画はクズにはならず、面白く仕上がっていると思いました。サイモン・レックスと妻役のブリー・エルロッド、マリファナ販売の元締めジュディ・ヒルを除くと、他の出演者は全員素人。テキサス在住の人たちだそうですが、初めてとは思えない演技を見せています。ストロベリー役のスザンナ・サンはロサンゼルスの映画館で監督にスカウトされたとか。今後も出演作が続きそうな魅力がありますね。
ショーン・ベイカー監督の作品は前作「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」(2017年)を見ていますが、安モーテルで暮らす2人のシングルマザーとその子供を描いた映画でやっぱり貧しい人たちの話でした。
IMDb7.1、メタスコア76点、ロッテントマト90%。
▼観客3人(公開12日目の夜)
「ロッキー」のスピンオフシリーズの第3弾。シルベスター・スタローンは製作にクレジットされていますが、プロデューサーと意見の相違があって参加しなかったそうです。監督はライアン・クーグラーに代わって主人公アドニス・クリード役のマイケル・B・ジョーダンが務めています。
アドニスと少年時代に仲が良かったデイム(ジョナサン・メジャース)が18年ぶりに刑務所から出所、ボクシングを再開して世界チャンピオンになり、引退していたアドニスに勝負を挑むという展開。このシリーズ、アドニスには経済的なハングリーさが元からなく、精神的なハングリーさもチャンピオンになったことでなくなったはず。その代わりデイムはハングリーの固まりで、特に前半はメジャースのうまさもあって見せるんですが、後半は残念ながら単なる悪役になった印象です。話の作りに無理がある以上、シリーズを続ける意味は薄いと思えました。
マイケル・B・ジョーダンは日本アニメのファンだそうで、エンドクレジットの後に日本のスタッフに作らせた短編アニメ「クリード 新時代」が流れます。予告編みたいな感じでしたが、長編も作るんでしょうかね。
IMDb6.9、メタスコア73点、ロッテントマト88%。
▼観客3人(公開5日目の午後)
配信を待とうかと思っていましたが、興収100億円を超えたそうなので劇場へ。イルミネーション・スタジオの作品なので3DCGアニメの技術はしっかりしています。マリオとルイージの兄弟が勤めていた会社から独立して配管工事の会社をスタートさせる出だしは好調。
しかし、兄弟がブルックリンの下水道から異世界に飛ばされた後はストーリーに工夫が乏しく、1時間34分の上映時間でも長く感じました。子供とゲームファン向けの内容で、広がりに欠けます。監督はアーロン・ホーヴァスとマイケル・ジェレニック。1時間34分。
IMDb7.2、メタスコア46点、ロッテントマト59%。
▼観客多数(公開34日目の午後)
「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」は荒木飛呂彦原作で好評を集めたNHKドラマ「岸辺露伴は動かない」の劇場版。人の記憶を本にして読む能力(ヘブンズ・ドアー)を持つ漫画家の岸辺露伴を高橋一生、編集者の泉京香を飯豊まりえが演じ、監督の渡辺一貴、脚本の小林靖子などスタッフもドラマと同じです。ドラマ(3期8話)を僕は面白く見ましたが、劇場版は映画としての魅力に欠けました。テレビ並み、というか長すぎる分、テレビ以下の出来にしかなっていません。
テレビシリーズ第8話の最後で泉京香がバッグから写真を撮りだして「あ、パリ! ルーブル美術館」と言う場面があったので、劇場版の製作は既定路線だったのでしょう。
原作は122ページ(オールカラー)の短編。露伴は青年時代に淡い思いを抱いた奈々瀬(木村文乃)から「この世で最も黒い絵」のことを聞く。それは最も黒いと同時に、最も邪悪な絵だという。その絵がルーヴル美術館に所蔵されていることが分かり、露伴と京香は取材のためフランスを訪れる。ルーヴルのデータベースで分かった黒い絵の保管場所は、今はもう使われていない地下倉庫だった。
小林靖子の脚本は原作を膨らませていて悪くありません(唯一気になったのは露伴が本来はできない死者の記憶を読む場面があること)。問題は端的に映像化の部分で、クライマックスはVFXを炸裂させて描いてほしかったところです。間延びした描写も目に付き、90分程度にまとめた方が良かったと思います。1時間58分。
ドラマ版で個人的に一番面白かったのは渦中の市川猿之助が露伴の背中に取りつく怪異を演じた第5話「背中の正面」でした。それと、飯豊まりえの存在はドラマを楽しくしていて、本人とは違うキャラだと思いますが、奇抜なファッションも含めて明るくてかわいいキャラでした。泉京香は原作では「富豪村」(ドラマ第1話)にしか登場しないそうです。
▼観客40人ぐらい(公開初日の午後)
CGだらけのアクションシーンをスッカスカの話でつづったシリーズ第10作(原題は「FAST X」)。もう少しストーリーをなんとかできなかったんですかね。
敵は第5作「MEGA MAX」(2011年、ジャスティン・リン監督)の悪役エルナン・レイエス(ヨアキム・デ・アルメイダ)の息子ダンテ・レイエス(ジェイソン・モモア)。モモアは「MEGA MAX」には出ていなかったので、今作の冒頭にある「MEGA MAX」のシーンへの登場は合成なのでしょう。このシーンには亡くなったポール・ウォーカーも出ています。ダンテは父親の死を恨んでドミニク(ヴィン・ディーゼル)のチームに復讐するため襲ってくるという展開。
女優陣は豪華で、シリーズにこれまで出てきたシャーリーズ・セロン(格闘シーンに惚れ惚れします)、ヘレン・ミレン、ブリー・ラーソンのほか、最後の最後にガル・ガドットがワンカットだけ出てきました。ただし、クレジットはされていません。ガドットはジゼル・ヤシャールという役で、第6作「EURO MISSION」で死にましたが、このシリーズ、一度死んだキャラが実は死んでいなかったとして再登場するのはレティ(ミシェル・ロドリゲス)、ハン(サン・カン)の先例があり、ちっとも珍しくありません。
話は完結せず、次作に持ち越しでした。あと2本作る計画もあるのだとか。ルイ・レテリエ監督、2時間21分。
IMDb6.4、メタスコア55点、ロッテントマト54%。
▼観客多数(公開4日目の午後)
北イタリアのモンテ・ローザ山麓を舞台に、都会育ちの少年ピエトロと同い年の牛飼いの少年ブルーノの友情とその後の長い交流を描いています。パオロ・コニェッティのベストセラー小説の映画化で昨年の第75回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞しました。
モンテ・ローザの雄大な景色の中で描かれる人生のあれやこれや。大きな事件は起きませんが、ゆったりとした展開で情感を込めた描写が良いです。裕福な少年と貧しい少年の友情という設定から想像できるような単純な話でもなかったです。
原題は「LE OTTO MONTAGNE」(八つの山)。邦題は小説の邦題に合わせたのでしょうが、最後のナレーションに「人生にはときに帰れない山がある」という一節があるので、悪くはありません。八つの山とはインドの世界観を示す言葉とのこと。
監督はフェリックス・ヴァン・フルーニンゲンとシャルロッテ・ファンデルメーシュの共同。2時間27分。
IMDb7.8、メタスコア78点、ロッテントマト89%。
▼観客11人(公開2日目の午後)
けがをした知人の代わりにアダルトグッズ・ショップでアルバイトをすることになった女子大生を描くモンゴル映画。主人公サロールを演じたバヤルツェツェグ・バヤルジャルガルは最初、野暮ったい素朴な格好で出てきますが、徐々にアクティブなファッションに変わっていきます。話としては普通の青春映画で、主演女優のキュートさがこの映画の大きな魅力になっています。
モンゴルと言えば、真っ先に草原が思い浮かびます。こちらのそうした貧困な知識とは裏腹に、物語は都会で進行し、草原は一場面しか出てきません。モンゴル映画を見る機会はほとんどないので、ロシア語に似た文字と韓国語の発音に似た言葉も新鮮でした。ジャンチブドルジ・センゲドルジ監督、2時間3分。
IMDb7.4(アメリカでは映画祭での上映のみ)
▼観客4人(公開5日目の午後)
画質からして色合いが安っぽく、いかにもC級映画。ピエロメイクの殺人鬼アート・ザ・クラウンが残虐に殺し、拷問するだけのグロい作品です。こうした殺人鬼は刃物を振り回すのが常ですが、アート・ザ・クラウンは拳銃も使います。それとノコギリも。
2作目は残虐描写で失神した人が出たとニュースになりましたが、この1作目もR-18指定です。エンドクレジットを見ていたら、出てくる猫の名前がSCORSESE(スコセージ)でした。ダミアン・レオーネ監督、1時間25分。
IMDb5.6、メタスコアなし(レビュー不足)、ロッテントマト55%。
「劇場版PSYCHO-PASS サイコパス PROVIDENCE」は2019年の劇場版3部作とテレビアニメ第3期の間をつなぐ作品。「PSYCHO-PASS サイコパス」シリーズはテレビアニメ3期と、劇場版が今回を含めて6本ありますが、時系列を前後して作られていて、主人公も異なります。
僕はテレビシリーズを少しと劇場版を5本を見ているだけで、熱心なファンではありません。シリーズをよく知らない人には敷居が高く思えますが、今回の作品は独立して見てもそれなりに面白い仕上がりだと思いました。
ただ、シリーズの設定ぐらいは予備知識として持っておいた方が理解はしやすいです。公式サイトを引用すると、「人間のあらゆる心理状態を数値化し管理する巨大監視ネットワーク〈シビュラシステム〉が人々の治安を維持している近未来。あらゆる心理傾向が全て記録・管理される中、個人の魂の判定基準となったこの計測値を人々は『サイコパス(PSYCHO-PASS)』の俗称で呼び習わした」。ここで言うサイコパスとは反社会的人格ではなく、「精神の証明書」を指します。
物語は2118年が舞台。テロリストが神奈川県沖で輸送船を襲撃し、乗船していたミリシア・ストロンスカヤ博士を殺害する。テロリストの正体は外務省の秘密部隊として結成され、解体後に行方不明になった部隊「ピースブレイカー」だった。ピースブレイカーは博士が確立した研究、通称ストロンスカヤ文書を狙っていた。刑事課は行動課との共同捜査としてチームを編成。かつて公安局から逃亡した狡噛慎也(こうがみしんや=関智一)と主人公の公安局統括監視官・常守朱(つねもりあかね=花澤香菜)は事件の謎を追う。
SF作家の冲方丁が構成を担当し、脚本を作家の深見真とともに書いています。法律とシビュラシステムのどちらを優先するのかというテーマが物語の本質的な部分とリンクしているのが良く、意外なラストが作品の完成度を高めた印象があります。といっても、このラストを描くことがシリーズの欠落部分を埋めるためには必要だったわけです。
人を撃ってもシビュラシステムが犯罪者と認めない事態はアイザック・アシモフのロボット工学三原則に矛盾する事例を描いた小説(「夜明けのロボット」など)を連想しました。塩谷直義監督、2時間。
▼観客14人(公開6日目の午後)
2014年の同名韓国映画を藤井道人監督が岡田准一主演でリメイク。先日、オリジナルを見た時に韓国の土葬を日本の火葬に置き換えるのにはどうするのだろうと気になりました。土葬なら2人の死体を一緒に埋めて隠蔽工作が可能ですが、火葬だと、焼いても2人分の骨が残るので犯行が露見してしまいます。
主人公の刑事は母親危篤の知らせを受けて車で病院に向かう途中、飛び出してきた男をはねて死なせてしまいます。男の死を隠すためにトランクに乗せた死体を母親の棺桶の中に入れ、ともに火葬しようとしますが、ある事情で男の死体が必要になり、火葬には至りません。
主人公は警察署の裏金作りにかかわっていて、善良な警官ではありません。追い詰められてジタバタドタバタする姿は、演出が狙ったのかどうか分かりませんが、つい笑ってしまいます。緊張と笑いは紙一重ですね。この主人公を追い詰めるのが県警本部の監察官(綾野剛)。こちらも悪徳警官で上司から悪巧みの片棒をかつがされ、やはり追い詰められていることが分かってきます。
綾野剛がターミネーター並みに不死身すぎるとか、警察は年末の御用納めの後にガサ入れなんて普通はしないとか、リアリティーに欠ける部分があるのは残念。演出のテンポは良いのに、脚本の詰めが甘いと感じました。
キム・ソンフン監督のオリジナルはこの映画のほか、中国、フランス、フィリピンでもリメイクされています。IMDbによると、どれもオリジナルには及ばない出来のようです。1時間58分。
▼観客6人(公開初日の午前)
2000年から2001年にかけてイラン最大の宗教都市マシュハドで起きた16人の娼婦連続殺人事件描いた作品。「ボーダー 二つの世界」(2018年)で注目を集めたイラン出身で北欧在住のアリ・アッバシが監督しています。
犯人のサイード・ハナイは映画では娼婦を自宅に招き入れた後すぐに絞殺していますが、パンフレットによると、実際には殺す前に13人と性交渉を持ったそうです。それを考えると、「街の浄化のため」という理由は単なる建て前に過ぎず、こいつは快楽殺人に自分勝手な理屈を付けただけのサイテーなサイコ野郎としか思えません。メディアや住民がサイードを擁護する場面も描かれていますが、実情を知らなかった可能性があるんじゃないでしょうかね。映画はそこも描いた方が良かったと思います。
主人公の女性記者を演じるザーラ・アミール・エブラヒミは当初、キャスティングディレクターとしてこの映画に参加しましたが、主演を予定していた女優がクランクイン直前に出演を辞退したため演じることになったそうです。インタビューで「この映画がイランで上映される可能性はあるか」との問いに「ないです」と即答しています。1時間58分。
アリ・アッバシ監督の作品は「マザーズ」(2016年)がamazonプライムビデオで、「ボーダー 二つの世界」はU-NEXTで見られます。また、U-NEXTで配信しているドラマ「THE LAST OF US」の8話と9話の監督もしています。これ、ゲームのドラマ化なんですが、この2話はどちらもIMDbで9点以上の高い評価になっています。
IMDb7.3、メタスコア66点、ロッテントマト83%。
▼観客5人(公開5日目の午後)
オノレ・ド・バルザック原作「幻滅 メディア戦記」(1843年)の映画化。原作は単行本全2巻で計952ページありますから、2時間29分の上映時間も納得です。というか、原作はまだ長く、映画は3部構成の原作のうち第2部までを映画化しているのだそうです。
19世紀前半、詩人を夢見る田舎の青年リュシアン(バンジャマン・ヴォワザン)は名門貴族の人妻ルイーズ(セシル・ド・フランス)と駆け落ち同然にパリに行く。新聞記者の仕事に就いたリュシアンは世渡りのうまいルストー(ヴァンサン・ラコスト)に「金のためなら魂を売らないといけない」と言われる。王政を支持する王党派に対抗するため、自由派の新聞編集者は広告主にへつらい、世間の注目を煽ることしか頭になかった。リュシアンは大衆劇に出演していた十代の女優コラリー(サロメ・ドゥワルス)に惹かれる。
欲望と陰謀が渦巻く社会の中で、リュシアンはいったん成功を収めますが、罠にかかって転落していきます。その中でコラリーだけはリュシアンを一途に愛し、胸を打ちます。
最初はとっつきにくいかなと思えましたが、グザヴィエ・ジャノリ監督の演出は王道を行くもので見応えのある作品になっていました。
IMDb7.4、メタスコア81点、ロッテントマト93%。
▼観客4人(公開7日目の午前)
「TAR ター」は一筋縄では行かない映画です。ベルリンフィルハーモニー管弦楽団で女性初の首席指揮者となったリディア・ター(ケイト・ブランシェット)が自身の傲慢さとパワハラ、スキャンダルで転落していく話、とプロットは簡単にまとめられるんですが、冒頭の長いワンシーン・ワンカット撮影が気楽に見に来た観客を弾きますし、その後のストーリーの語り方も普通ではありません。
例えば、何度か繰り返されるターが夜中に物音で目覚めるシーン。そのうちの1回、ターは棚の中で動いているメトロノームを見つけます。いったいこれは誰が何のために動かしたのか。好意を寄せている女性チェロ奏者の自宅が廃墟のようであるとか(ここはホラー映画のような音楽が流れます)、マンションの隣室の壮絶な状態とか、悪夢のような描写がたびたび挟まれます。一筋縄で行かないのはこうした場面の意味がまったく説明されないからです。意味不明な描写の数々に最初は戸惑ったんですが、要するにこれはターの追い詰められた精神状態を表しているのでしょう。
強迫観念、権力と地位を失うことの恐怖、憎しみ、不安、焦り。ターの中にさまざまな考えと感情が渦巻いているのは想像に難くなく、そうしたものの発露がこのような描写になっているのだと思います。だからといって、これを「サイコスリラー」と結論づけるのも少し違う気がします。日常描写の中に妄想が紛れ込んでくる感覚から僕はデヴィッド・クローネンバーグ「裸のランチ」(1991年)を連想しましたが、あそこまで極端に妄想だらけではないことが逆にシーンの意味を把握しにくくしています。
半面、オーケストラの演奏場面とブランシェットの演技はとても明快です。アカデミー主演女優賞にノミネートされたブランシェットは天才指揮者としてのリアリティーを備え、感情表現も素晴らしいです。ただ、幼い少女を冷酷に脅すような同情の余地のない傲慢で嫌なキャラクターではアカデミー会員の票を多数集めることは難しかったのでしょう。
終盤、ターは東南アジアのどこかの国にいます。現地の人のセリフで「地獄の黙示録」(1979年、フランシス・コッポラ監督)のロケ地になったことが言及されるのでベトナムかと早合点してしまいそうになりますが、あの映画の撮影はフィリピンで行われたのでした。もっとも、国がどこかは重要ではなく、欧米人にとって言葉が通じない東南アジアには地の果てのようなイメージがあるのかもしれません。
この国でもターは指揮棒を振ってるんですが、このラストシーンにはさまざまな解釈があります。これほど明快ではないシーンが多いと、トッド・フィールド監督は説明しないことが趣味なのではないかとさえ思えてきます。監督はこの映画について、クラシック音楽の知識は不要で「人間について、権力について、そしてヒエラルキーについての物語」と語っています。2時間39分。
IMFb7.5、メタスコア92点、ロッテントマト90%。
▼観客4人(公開初日の午後)
タクシー運転手のシャルル(ダニー・ブーン)が92歳の老婦人マドレーヌ(リーヌ・ルノー)を乗せる。行き先はパリの反対側の老人ホーム。道すがら、マドレーヌは寄り道を指示し、自分の過去を語り始める。
その過去はそんなに驚くものではありませんが、現代に通じるテーマ(夫のDV)を含んでおり、そこも評価されているのでしょう。リーヌ・ルノーは今年7月で95歳。現役の歌手・俳優で、エイズ撲滅運動や尊厳死をめぐる活動家でもあるそうで、マドレーヌの役を演じるのに最適です。
平日なのに満席に近くて驚きましたが、全国的にヒットしているそうです。監督は「戦場のアリア」(2005年)などのクリスチャン・カリオン。1時間31分。
IMDb6.9、ロッテントマト(ユーザー)100%、メタスコアなし(アメリカでは映画祭での上映のみ)。
▼観客多数(公開4日目の午後)
個人的には「パリタクシー」よりも面白かったです。2019年4月のノートルダム大聖堂の火災を描くジャン=ジャック・アノー監督作品。アノー監督の映画を劇場で見るのは2001年の「スターリングラード」以来なので、なんと22年ぶりです。
前半、火災の発生から急速に燃え広がるまでの緊迫感と臨場感は大変なもので、ニュース映像や一般の撮影映像も取り入れながら、スプリットスクリーンを多用して画面を構成しています。火災の原因については工事にあたっていた作業員のタバコの火か、施設の漏電か、双方の可能性を示唆していますが、焦点は消防隊員たちによる決死の消火活動と聖遺物の救出活動にあります。
同時に大聖堂にはスプリンクラーなどの初期消火設備がなかったらしいことや、パリの渋滞と大勢の野次馬が集まったことで消防車の現着を遅らせたこと、学芸員が出火当時、ヴェルサイユ宮殿に行っていて聖遺物の救出がなかなかできないなど人為的な要因でイライラする事態が描かれます。
終盤は北の鐘楼が焼け落ちるのをどう防ぐかが焦点になり、前半ほど広範囲の話になっていないのが残念ではありますが、大きな欠点ではありません。アノー監督は今年10月で80歳。その演出力は若い頃に比べて衰えは感じられませんでした。1時間50分。
IMDb6.4、メタスコア64点、ロッテントマトなし(アメリカでは映画祭での上映のみ)。
▼観客5人(公開6日目の午後)
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