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「月の満ち欠け」は佐藤正午の直木賞受賞作を廣木隆一監督が映画化。原作は序盤を読んで「これはホラーか?」と思い、終盤を読んで「見方によっては気持ち悪い」と思いました。それが目立たないのは佐藤正午の小説の書き方が際立ってうまいからです。
予告編で分かる通り、この映画は生まれ変わりの話です。リーインカーネーションという言葉が人口に膾炙するぐらい、生まれ変わりを題材にしたホラーが流行したことがありました。そのものズバリの「リーインカーネーション」(1976年、J・リー・トンプソン監督)とか「オードリー・ローズ」(1977年、ロバート・ワイズ監督)とか。8歳ぐらいの少女が大人の知識を持っていて、大人の仕草をすれば、それは怖いでしょう。この小説の序盤にはそんな薄気味悪さがあるわけです。
気持ち悪さもそれが原因で、小学生の少女が前世で愛した(今は中高年の)男性に会いたいと行動する姿に抵抗を感じてしまいます。これは作者も意識したようで、原作には「ロリータ」に言及した部分がありました。
生まれ変わってもあなたに会いたいと願う気持ちは分かるんですが、物語の大きな弱点は生まれ変わると当然のことながら0歳からスタートすることになり、愛する男との年齢差が開いてしまうことです。原作では「天国から来たチャンピオン」(1978年、バックヘンリー、ウォーレン・ベイティ共同監督)に言及してありますが、あれは生まれ変わりではなく、死んだ他人の体を借りる設定でした。
映画はこの2点(薄気味悪さと気持ち悪さ)を緩和するように表現を工夫していますが、基本的には変わりません。残念なのは正木瑠璃(有村架純)と三角哲彦(目黒蓮)の愛の物語の描き方がそれほどうまくなく、生まれ変わっても会いたいほどの説得力を持ったものではないことです。ここはもっとじっくり描いた方が良かったと思います。
にもかかわらず、クライマックスでは女性客のすすり泣きが起こります。これは瑠璃と哲彦の関係ではなく、交通事故で娘の瑠璃(菊池日菜子)とともに死んだ小山内梢(柴咲コウ)が夫の堅(大泉洋)に対するある秘密をビデオの中で明らかにするからです。
原作では岩井俊二「四月物語」(1998年、松たか子主演)に絡めて語られるこのエピソードは困ったことに生まれ変わりとは全然関係ありません(こんなに何本も映画のタイトルが出てくるということは佐藤正午はかなりの映画ファンなんですね)。
生まれ変わりと純愛を結びつけるのはけっこう難しかったな、と思わざるを得ないような出来でした。説明が多くて、ストーリーも過去、大過去、現在を行き来するので見終わった女性客(たぶん、おばちゃん)の「なんか、難しかったね」という声が聞こえてきました。映画は原作より少し簡略化してあるんですけどもね。2時間8分。
▼観客 女性客中心に多数(公開日の午前)
井上荒野の原作をこれも廣木隆一監督が映画化。脚本は荒井晴彦。作家の瀬戸内寂聴と井上光晴、その妻をモデルにしたドラマで、評価はあまり高くないようですが、僕は面白く見ました。ドキュメンタリーではないのでフィクションがかなり入っているのでしょうが、寺島しのぶ、豊川悦司、広末涼子がそれぞれに好演しています。
本来なら敵対するはずの妻と夫の不倫相手がそうならなかったことについて、井上荒野は「どうしようもない男を愛した者同士としてのシンパシーがあったのかな」と話しています。これは映画からも感じられることで、井上光晴はとにかく女性にもてる人だったので、寂聴さんの家から他の女に電話をかけるエピソードもあり、奥さんと寂聴さんが同じような立場にあったことが分かります。瀬戸内寂聴の出家の理由が井上光晴との愛を断ち切ることにあったとは知りませんでした。その後は友人として死ぬまで交流が続いたのが素敵です。2時間19分。
「あちらにいる鬼」が面白かったので、ずーっと見逃していた「全身小説家」(1994年、原一男監督。キネ旬ベストテン1位)と、今年公開された「瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと」(中村裕監督)を続けて見ました。「全身小説家」には長女の井上荒野もちょっと映ってます。小説書く時にこの映画も参考にしたのでしょう。「99年生きて思うこと」は17年間カメラを回した記録。人生経験豊富な寂聴さんの言葉は心に沁みます。法話に女性が詰めかけたのももっともだなと思いました。
▼観客13人(公開19日目の午前)
沖合の島にある予約の取れないレストランを舞台にしたサスペンス。ボーイフレンドのタイラー(ニコラス・ホルト)から誘われたマーゴ(アニャ・テイラー=ジョイ)など10人あまりの金持ち客が船で訪れる。コース料金は1人1250ドルと高いが、有名シェフのスローヴィク(レイフ・ファインズ)が出すのは変わった料理ばかり。レストランは徐々に不穏な雰囲気となり、ショッキングなことが起きる。
料理人が出てくる物語の場合、客が料理にされるとか、とんでもない料理を出してくるとか、予想はできるわけですが、この映画もそういう類いの展開になります。ただ、脚本の細部の詰めが甘いです。多くの料理人たちがシェフの言うことをあんなに素直に聞くわけがないとか、シェフの行動が説得力に欠けるとか、気になる点が多いです。
監督のマーク・マイロッドは「ゲーム・オブ・スローンズ」「アフェア 情事の行方」などのテレビシリーズの演出を担当してきた人。個性的な顔立ちのアニャ・テイラー=ジョイは相変わらず魅力的でした。1時間47分。
IMDb7.5、メタスコア71点、ロッテントマト89%。
▼観客15人(公開13日目の午後)
「よだかの片想い」は顔の左側に大きな青いアザがある女性のラブストーリー。島本理生の原作を城定秀夫が脚本化し、「Dressing UP」(2012年)などの安川有果が監督しました。原作に惚れ込んで映画化を希望していたという松井玲奈が主演を務め、心に響く繊細な演技を見せています。松井玲奈こんなにうまかったのか……。
大学院生の前田アイコは「顔にアザやけがを負った人」のルポルタージュの取材を受け、その本の表紙にもなったことで、引っ込み思案に生きてきた状況に変化が生まれる。本の映画化の話が進み、出版社に務める友人のまりえ(織田梨沙)の紹介で監督の飛坂逢太(中島歩)と出会う。アイコは飛坂の人柄に惹かれ、恋人関係になるが、飛坂の周囲には他の女の存在があった。
アイコにとっては遅い初恋。中島歩が二枚目過ぎるので簡単にうまくいくはずはないと思えるのですが、アザに関する心ない言葉に傷つきながらも気丈に生きてきたヒロインだけに幸福になってほしいと思わずにはいられません。アイコはアザにコンプレックスを感じていますが、それ以上に他人から「アザがあってかわいそう」と思われることに耐えられません。自分は「かわいそうじゃない」と思っています。
松井玲奈の演技とともに感心したのは城定秀夫の脚色のうまさで、100本以上のフィルモグラフィーがある人なのでまったく手慣れています。原作のエッセンスをすくい上げ、ヒロインの思いと変化に焦点を絞って、エピソードを取捨選択し、新たに追加して物語を構成し直しています。
例えば、アイコが飛坂に初めて会う場面は原作では雑誌の対談となっていますが、映画では友人とともに居酒屋で会う場面に変更され、アイコが惹かれるきっかけになった飛坂のセリフも膨らませてあります。
飛坂は居酒屋で初対面のアイコの顔を長く見つめてしまい、怪訝な表情をしたアイコにこう説明します。
「あのー、僕大好きなんですよ、表紙のあの写真。実はあの撮影されていた時に偶然通りかかったんですよ」
「で、そん時の前田さんの姿がずっと残っていて。強さと恥ずかしさみたいなものが入り交じった表情が葛藤しながらも、堂々と立っていて、きっと頑張っている人なんだろうなって」。
「その後、偶然本屋で見かけてびっくりして読んでみて、前田さんの語り口が面白くてあっという間に引き込まれて」
アイコは聞いているうちに感極まって泣き出してしまいます。アイコが飛坂に惹かれたのは、撮影時の自分の気持ちを理解し、「きっと頑張っている人なんだろう」と見抜かれたことが大きいのではないかと思います。
ここは本当に良い場面でYouTubeに本編映像が上がっています。
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飛坂が撮影現場を偶然通りかかったという設定は原作にはなく、これに続く場面も原作とは異なります。
このほか、アイコの大学のミュウ先輩を演じる藤井美菜とアイコに密かに思いを寄せる後輩の青木柚も気持ちの良い好演でした。飛坂の元恋人の女優役に「猫は逃げた」「シコふんじゃった!」(ドラマ)の手島美優。1時間40分。
▼観客2人(公開日の午後)
「ポセイドン・アドベンチャー」の作家ポール・ギャリコの小説の映画化。家政婦として働く戦争未亡人のエイダ・ハリス(レスリー・マンヴィル)が働き先でクリスチャン・ディオールのドレスを見て、心を奪われる。500ポンド(パンフレットによると、今の価格で250万円~400万円)もするドレスを手に入れるため、エイダは節約して仕事を増やし、懸賞やドッグレース、亡き夫の年金一時金などでなんとかお金を集め、パリのディオール本店へ行く。威圧的なマネージャーのコルベール(イザベル・ユペール)から追い出されそうになるが、出会った人々に助けられ、夢の実現へ突き進む。
昔はこういうハートウォーミングなドラマがよくありました。この原作が発表されたのは1958年だそうで、なるほどと思いました。しかし古くさいわけではなく、夢を諦めないエイダの姿勢は現代に通用するもので、観客をしっかり楽しませる佳作になっています。イザベル・ユペールを除いてディオールの人たちは親切な人ばかり。ディオールのPRにもなってるんじゃないですかね。当時のパリの街並みはストライキの影響でゴミだらけ。花の都ならぬゴミの都を再現してるのは芸が細かいです。
1時間56分。IMDb7.1、メタスコア70点、ロッテントマト94%。
▼観客7人(公開7日目の午後)
ディーリア・オーエンズのベストセラーの映画化。枠組みはミステリーですが、原作は湿地にある家に一人取り残された少女カイアが生き抜いていく姿がメインです。
原作は高い評価を得ていますが、映画はアメリカでは評論家から酷評されていて、確かにコクや深みに欠ける部分はあります。主演のデイジー・エドガー=ジョーンズの美しさは原作のカイアのイメージ通りで、僕は悪くないと思いました。
監督のオリヴィア・ニューマンは主にテレビで活躍してきた人。ロッテントマトのユーザー評価は97%で、アメリカでも一般観客からは支持を集めているようです。
2時間5分。IMDb7.1、メタスコア43点、ロッテントマト34%。
▼観客7人(公開4日目の午後)
にっかつロマンポルノ50周年を記念した企画「ロマンポルノ・ナウ」の1本で、山崎ナオコーラの芥川賞候補作を松居大悟監督が映画化。脚本は舘そらみ。映画を見た後に原作を読みましたが、これははっきり映画の方が面白かったです。
主人公のさわ子(福永朱梨)はおじさん趣味で、これまで付き合ってきた男はおじさんばかり。そんな時、転職を決めた同僚の森(金子大地)との距離が縮まっていく。
福永朱梨は地味な印象ですが、映画が進むに連れて魅力的に見えてきます。ロマンポルノと称するからにはやはり女優が重要なので、起用は正解でした。キネ旬の金子大地とのインタビューによると、絡みのシーンは動作が細かく決まっていて、アクションシーンみたいだったとか。妹リカ役の大渕夏子も良かったです。
原作は1時間ぐらいで読める分量(読んだのがKindle版だったのでページ数が分かりません)。映画にするには少し足りないので、いろいろと膨らませてあります。原作には高校時代のボーイフレンドは登場しません。1時間39分。
▼観客5人(公開5日目の午後)
全国7館で26日から公開中。クラウドファンディングの返礼でオンライン観賞しました。唐田えりかと遠藤雄弥の会話劇です。公式サイトのストーリーを引用すると、「会社を辞め、姉の雑貨店で店番をする主人公・里美。そこに現れた、恋人を待つ男・智徳。店を出て 東京の街を歩きながら語り合うふたり。『お互いのことを知らないから言えることもある』――――やがて彼らは互いに話していることが事実なのか分からないまま、惹かれあっていくのだが……」ということになります。
復帰作となった唐田えりかの演技は悪くありませんが、脚本にもう少しメリハリと意外な展開が欲しいところ。監督・脚本・編集・プロデューサーは新鋭・竹馬靖具(ちくまやすとも)。エンドクレジットに「よだかの片想い」の安川有果監督の名前がありましたが、何の役なのかは分かりませんでした。1時間2分。
公開初日の舞台あいさつがYouTubeにあります。
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復帰に関して、きついことを言う人もいますが、唐田えりかは負けずに頑張って欲しいと思います。そう思ってるファンはきっと多いです。
配信プラットフォームはVIMEOでした。Fire TV Sticなどのテレビアプリで見るためにはPCやスマホのブラウザで該当ページにアクセスし、ハートアイコン(いいねボタン)を押せば、テレビアプリにも反映されます。映画のクラウドファンディングはこういうオンライン観賞の返礼をやってくれると、地方のファンは参加しやすいです。劇場招待チケットだと、近くの劇場でやらない場合がありますからね。少額しか寄付できませんが、月に1本ぐらいは協力したいと思ってます。
「ある男」は平野啓一郎の原作を石川慶監督が映画化。脚色は「愚行録」(2017年)でも組んだ向井康介。原作を200ページ余り読んだところで見ました。
序盤、宮崎県内のある町(原作では西都市がモデルのS市)に離婚して帰郷し、母親とともに文房具店を営む里枝(安藤サクラ)と、町にやってきて林業会社に勤める谷口大祐(窪田正孝)が出会い、結婚するまでが原作以上に丁寧に描かれます。前作「Arc アーク」は失敗に終わりましたが、石川慶の描写の力は「LOVE LIFE」の深田晃司並みに充実しており、安藤サクラと窪田正孝の並外れた演技と相まって序盤は100点満点の出来。
数年後、大祐は伐採中に倒木の下敷きとなって死亡しますが、焼香に来た兄(眞島秀和)は遺影を見て「これは大祐じゃない」と里枝に告げます。それでは夫は誰だったのか。普通のミステリーなら、松本清張「ゼロの焦点」のように妻が夫の過去を調べることになるのでしょうが、この作品は里枝の依頼を受けた弁護士の城戸(妻夫木聡)が主人公となり、里枝の夫がなぜ谷口大祐を名乗っていたのか、本当の大祐はどうなったのかを探ることになります。
城戸は在日三世。既に日本国籍を取得していますが、妻(真木よう子)との結婚時に妻の両親から必ずしも歓迎されたわけではないなど差別を身近に感じています。折しも世間では外国人に対するヘイトデモが物議を醸しています。映画は出自に基づく差別をテーマにしていて、出自を変えて生きてきた里枝の夫と絡めてそれが描かれていきます。
調査を終えた城戸は里枝と結婚していた3年9カ月が夫にとって初めて幸福を知った時だったと思うと報告します。映画のラストは原作の中盤にある酒場での城戸のエピソードになっていますが、これはやはり原作通り、里枝が自分にとってもあの3年9カ月が幸福だったと述懐する場面で終わった方がテーマに沿っていたのではないかと思いました。
向井康介はこの点について「あれで終わるということは、城戸が自分探しの迷宮に永遠にはまっていく感覚を大事にしたということです」とインタビューで説明しています。
里枝が住んでいるのは宮崎県内の町というだけで具体的な地名は出てきません。地元の人たちが話す宮崎弁に違和感はありませんでしたが、風景はモデルとなった西都市とは異なります。エンドクレジットのロケーション協力に県内の自治体も企業もないのでロケはしていないのでしょう。1台だけですが、車が宮崎ナンバーであったり、役所にさりげなく「花旅みやざき」のポスターが張ってあるなど細かな配慮はなされていました。
2時間1分。IMDb7.1。
▼観客50人ぐらい(公開日の午前)
小さな広告代理店の社員全員が同じ1週間を繰り返すタイムループもの。繰り返しに気付いた社員が永久部長(マキタスポーツ)に原因があることを突き止め、他の社員に順次教えてループを抜けようとするというストーリー。
前半は普通のタイムループであまり目新しい部分はありませんが、後半、大きな広告代理店への転職を考えている主人公の吉川朱海(円井わん)ら社員たちがチームプレイで団結し、一つの目標に向かって突き進む姿は感動的ですらあります。このあたり、他の仕事でも同様と思えますし、職場にループを設定したのもこうした部分を描くためなのでしょう。おかしくて、よくできた小品で好感度が高いです。
ただし、ループの理由に説得力がありません。部長が時を進めたくない理由は分かるんですが、ループを引き起こす力の源になるものがありません。いや、最初はあったのに、それが間違いと分かり、なくなってしまいます。うーん、別のものを設定すれば良かったのに、なぜしなかったんだろう?
企画・監督・脚本・編集は「14歳の栞」(2021年)の竹林亮。1時間22分。
▼観客10人(公開日の午後)
俳優ファン・ジョンミンが誘拐された自身の役を演じるサスペンス。中国映画「誘拐捜査」(2015年、ディン・シェン監督。日本では劇場未公開、WOWOW放映)のリメイクで長編監督デビューのピル・カムソンがメガホンを取りました。
オリジナルの「誘拐捜査」(IMDb6.6)は実際に起きた俳優ウー・ルオプーの誘拐事件をモデルにした映画でアンディ・ラウが主演。IMDbによると、実際の事件が起きたのは2004年。ウーは北京のバーの外で警察の制服を着た3人の人物に誘拐されました。誘拐犯はウーが俳優であることを知らず、高級車を運転していたことが誘拐の理由でした。20時間以上の監禁の後、警察がウーを救助したため、誘拐犯は身代金を受け取ることはできなかったそうです。ウーは「誘拐捜査」に出演していて、警察官役を演じているとのこと。
「人質」は俳優が誘拐されたという設定だけを借りて自由に創作した感じです。ファン・ジョンミンがファン・ジョンミンを演じることにはあまり必要性を感じませんが、映画自体はコンパクトな上映時間の中でサスペンスとアクションを詰め込んで飽きさせない展開になっています。ジョンミンはユーモアからシリアスまで芸の幅が広いので、いつものように好感の持てる演技を見せてます。誘拐グループの残虐なボスを演じるのはキム・ジェボム。サイコ野郎かと思えるような残虐性は韓国映画によくありますね。
1時間34分。IMDb6.3。
▼観客6人(公開12日目の午後)
エーリヒ・マリア・レマルク原作の3度目の映画化で、Netflixオリジナル作品。1930年版はアメリカ映画(ルイス・マイルストン監督、アカデミー作品・監督賞)、1979年版はイギリスのテレビ映画(デルバート・マン監督、ゴールデングローブ作品賞)で、今回が初めてのドイツ映画となります。
トロント映画祭などで上映されましたが、劇場では限定的な公開で、ドイツ本国でも劇場公開されていません。にもかかわらず、来年のアカデミー賞国際長編映画賞のドイツ代表作品に選出されたそうです。
第一次大戦の西部戦線では300万人が戦死しました。映画で描かれるのは塹壕戦でバタバタ死んでいく兵士たちと、戦場の無残・悲惨な実態を知らない上層部の姿。その意味で強い反戦テーマを備えた作品だと思います。
塹壕から身を乗り出してチョウに手を伸ばした主人公が撃たれる1930年版のラストは有名ですが、今回は休戦協定の発効直前に上官が無意味な出撃を命じ、主人公は塹壕で敵兵と泥だらけになりながら戦って死んでいきます。
エドワード・ベルガー監督、2時間28分。IMDb7.9、メタスコア76点、ロッテントマト92%。
「すずめの戸締まり」の冒頭の草の揺れ方はすごくリアル。随所に作画レベルの高さを感じさせる場面が多く、2次元アニメにおいて新海誠作品の作画は恐らく最高峰のレベルにあると思います。絵のきれいさだけでなく、映像のダイナミズムも併せ持っています。
「君の名は。」(2016年)、「天気の子」(2019年)に続く本作まで3作に共通するのは災害が大きなテーマになっていること。特に「君の名は。」とこの映画は大きな災害の発生を止めるために主人公が奔走するプロットが共通しています。というか、「君の名は。」の災害は東日本大震災のメタファーと言われました。
今回は地震を引き起こす巨大な化け物・ミミズが出てくる「後ろ戸」を巡る物語。宮崎県南部で漁協に勤める叔母と暮らす岩戸鈴芽はある日、「閉じ師」を名乗る青年・宗像草太に出会う。草太は日本中の廃墟にある「後ろ戸」を探し、開いた扉を閉める仕事を代々受け継いできた。廃墟の後ろ戸に気づいた鈴芽がそばにあった石を手に取ると、石は白い猫に姿を変えて逃げていく。そして後ろ戸からミミズが出現しそうになる。草太とともに戸を閉めることに成功するが、逃げた猫が鈴芽の家に現れ、草太を椅子に閉じ込めてしまう。猫は後ろ戸を閉めておく要石(かなめいし)ダイジンだった。鈴芽は椅子になった草太とともに猫を追う旅に出る。
宮崎から愛媛、神戸、東京を経て、鈴芽の故郷である東日本大震災の被災地に至る旅。普通の人には見えないミミズが鈴芽に見えるのは震災を4歳の頃に経験し、後ろ戸の中に入ったことがあるからです。そこで描かれる人々の「行ってきます」の連打はその後に起きた震災のことを思えば、痛切に響きます。
中盤にややダレる場面はあるものの、よくまとまった映画だと思いました。新海監督のインタビューによると、ミミズは「日本列島の地下にある構造線のようなもの、そこに溜まるエネルギー」を意味します。ミミズによる地震は直下型地震の説明はつきますが、東日本大震災のような海溝型地震の説明にはならないのではないでしょうかね。声優初挑戦の原菜乃華は感情をこめた演技で十分に合格点、叔母役の深津絵里の宮崎弁は鹿児島弁と混ざった感じでした。2時間1分。IMDb8.3。
▼観客4割程度(399席中。公開日の午前)
アメリカでの評価がイマイチなのは亡くなったチャドウィック・ボーズマンに対して感傷過多になっているからではないかと想像しました。冒頭にボーズマンが演じたワカンダ国王ティ・チャラの病死が描かれるものの、必要以上にセンチメンタルなタッチではありません。ならば2時間41分という長すぎる上映時間に問題があるのでしょう。このプロットなら1時間短くしないとダメです。
映画のポスターの中心にいるのはティ・チャラの妹で科学者のシュリ(レティーシャ・ライト)であり、ワカンダの守護者であるブラックパンサーを受け継いできたのは代々王族なのですから、シュリがそうなるのは明らか。シュリがブラックパンサーになるまで2時間ぐらいかかるこの映画の構成は何をグズグズしているのかと思わざるを得ません。
筋肉質でがっちりしたボーズマンと違ってスリムなシュリの新ブラックパンサーは「バットマン」のキャットウーマンを思わせます。アイアンマンのようなアーマースーツを作るリリ・ウィリアムズ(ドミニク・ソーン)を主人公にしたドラマ「アイアンハート」は来年、ディズニープラスで配信されるそうです。
IMDb7.4、メタスコア67点、ロッテントマト84%。
▼観客60人ぐらい(公開2日目の午前)
水上勉のエッセイ「土を喰う日々 わが精進十二ヵ月」を原案に中江裕司監督が映画化。長野の山荘で暮らす作家のツトム(沢田研二)の1年間の食を描いています。9歳から4年間、禅寺に住んだツトムが作るのは精進料理ですが、材料は自分で育てた野菜や山菜であり、スローフードでもあるのでしょう。
沢田研二は実際に料理をするそうで、手つきに不自然なところがありません。一昨年の「キネマの神様」よりずっと似合った役柄でした。大きなドラマはありませんが、信州の四季を収めるために1年以上をかけた撮影が魅力的な場面を作っています。
ハイライトは義母の通夜を自宅で行う場面。想定以上の人が詰めかけた通夜の料理を編集者で恋人の真知子(松たか子)と2人だけで作るのは大変です。田舎の葬儀はかつてはこの映画で描かれたように自宅で行われていましたが、葬祭場以外で営まれることは僕の周囲ではほとんどなくなりました。
水上勉の著書に出てくる料理を再現したのは料理研究家の土井善晴。どれも食欲をそそる料理で、偏った食生活を見直したくなるような映画でした。1時間51分。
▼観客20人弱(公開日の午後)
2010年から6シーズン続いたテレビシリーズ(全52話)の劇場版第2弾。テレビ版は英国ヨークシャーにある架空のカントリーハウス、ダウントン・アビーを舞台に貴族と使用人のさまざまなエピソードを描いたドラマですが、僕は1話も見ていませんでした。劇場版の前作「ダウントン・アビー」(2019年、マイケル・エングラー監督)は先日、配信で見ましたが、前作も本作もテレビシリーズの続きで、ストーリー自体は楽しめるものの、登場人物の細部までは当然のことながら分かりません。ダウントン初心者にすべて理解できる作りではありませんし、そうした作品にする必要もないのでしょう。つまり、ファンのための作品です。
本作は「屋敷で映画を撮影したいというオファーと、予期せぬ相続話に沸き立つクローリー邸。だが、南仏の別荘には一族の存続を揺るがす秘密があった」というストーリー。映画の撮影はちょうどサイレントからトーキーに移り変わる時代で、女優のしゃべりに難があるという「雨に唄えば」を思わせるエピソードがありました。監督はサイモン・カーティス、脚本はテレビシリーズから原案・脚本・製作総指揮を担当しているジュリアン・フェローズ。
テレビシリーズの時代設定は1912年から1925年まで。劇場版前作は1927年、本作は1928年の設定になっています。映画を見た後にテレビの第1話を見たら、キャストが劇場版よりみんな若かったです(12年前なので当たり前)。
2時間5分。IMDb7.4、メタスコア63点、ロッテントマト86%。
▼観客4人(公開4日目の午前)
オーストラリアの干ばつの町を舞台にしたミステリーで、メルボルン在住の作家ジェイン・ハーパーの原作をロバート・コノリー監督が映画化。妻子を殺して自殺したとされる親友ルークの葬儀のため20年ぶりに故郷の町に帰ってきた連邦警察官のアーロン・フォーク(エリック・バナ)が事件の真相を探る。アーロンは20年前、ガールフレンドのエリーの死に関わった疑いを掛けられ、父親とともに町を出た。そのことを知る住民の反発を受けながら、町の警官レイコー(キーア・オドネル)とともに捜査を進める。
原作は英国推理作家協会賞を受賞したそうですが、プロット自体は大きな意外性もなく(普通の意外性はあります)平均的な出来。定石に沿った話ではありますが、地味さは否めません。
同じ主人公の続編「潤みと翳り」も映画化が進んでいるそうです。
1時間57分。IMDb6.8、メタスコア69点、ロッテントマト91%。
▼観客4人(公開5日目の午後)
20世紀スタジオ配給のホラー。ディズニープラスで見ました。就職の面接のためデトロイトを訪れたテス(ジョージア・キャンベル)が民泊の予約をしたバーバリー通りの家に行くと、先客の男キース(ビル・スカルスガルド)がいた。予約サイトがダブルブッキングしたらしい。他のホテルは満室だったため仕方なく、この家に泊まることにしたが、家には恐ろしい秘密があった、という出だし。
この後は想像の上を行く展開で、これはストーリーテリングの勝利でしょう。以前なら南部の寂れた田舎町を舞台にしたような話ですが、デトロイトは人口が最盛期の3分の1ぐらいに減って空き家が多いそうで、こうしたホラーの舞台にぴったりな寂れ方になってます。
北米では9月に劇場公開され、450万ドルの製作費で4000万ドル以上の興行収入を上げるクリーンヒットになりました。監督・脚本は俳優でもあるザック・クレッガー。日本では配信スルーでamazonプライムビデオなどでも9日からレンタルが始まっています。
1時間42分。IMDb7.1、メタスコア78点、ロッテントマト92%。
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「時代革命」は2019年、逃亡犯条例の改定を巡って大規模デモが起きた香港の半年間を描くドキュメンタリー。見ていて沸々と怒りがこみ上げてくる映画です。香港政府と背後にいる中国当局は徹底した暴力で市民運動を封じ込めようとします。この映画は民主化要求運動の敗北の記録ですが、同時に中国政府による残虐な暴力と激しい弾圧の記録になっています。
デモへの警察の暴力が徐々に激しくなるのはウクライナの公民権運動を描いたドキュメンタリー「ウィンター・オン・ファイヤー ウクライナ、自由への闘い」(2015年、エフゲニー・アフィネフスキー監督)でも同じでした。警棒や鉄の棒による滅多打ちから催涙弾、実弾による銃撃と警察の暴力はエスカレートしていきます。映画の中では警官が近くにいた若い男性を撃つシーンも撮影されています。デモ参加者を容赦なく滅多打ちにする白シャツ集団のニュースは日本のテレビでも流れましたが、この集団は警察に雇われたマフィアと言われています。
100万人も200万人もデモ参加者がいるのなら、こうした暴力に抵抗することもできそうに思えますが、デモの参加者は非暴力の市民が多く、対抗できる武器を持っていません。そうした弱い市民に対する一方的な暴力は近代国家として恥ずべき行為以外の何ものでもありません。
タイトルは運動のスローガンとなった「光復香港、時代革命」(香港を取り戻せ、革命の時だ)に由来するそうです。デモ後の2020年6月に制定された国家安全維持法により、この言葉は「香港独立」を意味するものとして法律違反となり、このスローガンを唱えたり、印刷物を所持しているだけで逮捕されます。ですから、この映画は中国では上映できません。
住民の言動を制限する制度が出来上がってしまった以上、香港の人たちだけで現状を変えていくことは難しいと思えます。しかし、今も苦しんでいる香港の人たちに「香港人、加油!」と言わずにはいられない気持ちになります。
公式サイトとパンフレットには「自由とアイデンティティーをめぐる、絶望と希望の物語。スクリーンでしか観られない、衝撃の158分」とありますが、IMDbやKinenoteなどでは上映時間は152分。エンドクレジットの後にキウィ・チョウ監督の日本での公開に関するメッセージがあり、これを含めて158分なのでしょうか。
IMDb8.7、ロッテントマトユーザー93%(アメリカでは限定公開)。
▼観客1人(公開2日目の午後)
「犯罪都市」(2017年、カン・ユンソン監督)の5年ぶりの続編。主演のマ・ドンソクをはじめ衿川(クムチョン)署強力班の面々など登場人物は共通していますが、話は独立していて前作を見ていなくても支障ありません(見ていた方が笑いどころはよく分かります。前作はNetflix、Hulu、U-NEXTで見放題配信中)。
「逃亡した容疑者を引き取るためにベトナムへ赴いた刑事が、残忍な犯罪を繰り返す男を相手に壮絶なバトルを繰り広げる」という物語ですが、話のパターンは前作を踏襲していて、というかほぼ同じパターンの話です。前作では凶暴な犯人が斧を振るいましたが、今回はナタを振るいます。凶器が拳銃ではなく、ナイフなどの刃物がほとんどなのはメインのアクションがマ・ドンソクの肉弾戦だからでしょう。
このアクションを構成したのは前作に続いて武術監督のホ・ミョンヘン。相手を強力なパンチで吹っ飛ばすだけでなく、狭いバスの中での豪快な投げなどさまざまなバリエーションが工夫されています。マ・ドンソクのターミネーター並みの強さ・頑丈さは痛快さを生み、笑いの場面も全編に散りばめられた一級の娯楽作品。監督はイ・サンヨンに代わりましたが、内容的には前作を上回っていて、韓国で観客動員1200万人を記録したのも納得できます。
今週見た他の3本の映画はいずれも2時間半前後の作品で、この映画の上映時間1時間46分は実に好ましく感じました。このシリーズ、8作ぐらい作る計画があり、日本でもリメイクが予定されているそうです。「西部警察」など日本の刑事アクションに似たタッチなので本来ならリメイクも大丈夫そうですが、誰がマ・ドンソク役をやるかが大きな問題ですね。代わりはいないと思うんだけど。
IMDb7.1、ロッテントマト96%(アメリカでは限定公開)。
▼観客8人(公開2日目の午後)
今泉力哉監督がオリジナル脚本で描くドラマ。編集者をしている妻・紗衣(中村ゆり)が若い作家・荒川(佐々木詩音)と浮気しているのを知って、何のショックもなかったことにショックを感じている元作家でフリーライターの夫・市川茂巳を稲垣吾郎が好演しています。
全編会話劇なのでホン・サンス監督の作品を連想しましたが、パンフレットで映画評論家の石津文子さんも「どこか韓国のホン・サンスの映画を彷彿する」と書いてました。まあ、そうでしょう。どういう話か知らずに映画を見ていると、登場人物の会話から徐々に状況がのみ込めてきます。
市川は友人の有坂(若葉竜也)・ゆきの(志田未来)夫婦に相談しますが、ゆきのは怒って市川を追い返します。実は有坂はモデルの藤沢(穂志もえか)と浮気しており、ゆきのはそれに気づいていることが分かります。その相談に今度はゆきのが市川の家を訪ねるという展開が微妙におかしくて良いです。
全編のハイライトは浮気に気づいていることを市川が紗衣に話すワンカットのシーン。緊張感があり、今泉力哉監督の会話のうまさが光った名場面だと思いました。ただ、この題材なら1時間30分前後にまとめるのが望ましく、2時間23分はちょっと長く感じます。ポイントを絞り込むのなら、高校生作家を演じる玉城ティナのパートをもっと簡潔に描けた気がします。
いずれも魅力的な女優陣(今泉監督はホントに女優を美しく魅力的に撮りますね)の中では、中村ゆりと並んで、出番は少ないものの、穂志もえかが良いです。もっと映画に出て欲しいです。
▼観客3人(公開日の午前)
高橋ツトムのコミック「天間荘の三姉妹 スカイハイ」を北村龍平監督が映画化。天上界と地上の間にある三ツ瀬の旅館「天間荘」を舞台に描くファンタジーです。
のんにとっては「Ribbon」「さかなのこ」に続く今年3本目の主演映画。主人公のたまえは交通事故で臨死状態になり、死んで天へと旅立つか、生き返るかを決めるまで天間荘で過ごすことになります。そこには腹違いの姉2人、のぞみ(大島優子)とかなえ(門脇麦)、その母親(寺島しのぶ)がいて、たまえは旅館を手伝い始めます。たまえはそこでさまざまな人と出会い、家族の温かさを初めて知ることになる、という物語。
のぞみ、かなえ、たまえというと「欽ちゃんのどこまでやるの」(テレ朝、1976年~1986年)のわらべを思い出しますが、原作者は1965年生まれなのでわらべを当然知っているでしょう。
この作品も2時間30分という上映時間の長さが大きなマイナス。終盤盛り返し、感動的な展開になるだけに、中盤までの冗長な描写が惜しいです。
▼観客10人(公開6日目の午後)
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