2001/05/01(火)「トラフィック」
緊密な構成、数多い登場人物、ドキュメンタリー・タッチ。「トラフィック」はどこを取っても完璧な仕上がりである。マイケル・ダグラス、キャサリン・ゼタ=ジョーンズの夫婦共演も悪くないが、下っ端警官を演じるベニチオ・デル・トロとドン・チードルの在り方に共感する。この2人が映画に大衆性を持たせたと思う。
特にデル・トロは焦点深度の深い役柄で、単純な正義感でも悪に対する憎しみでもなく、殺された同僚の死に報いるために麻薬組織壊滅に力を貸す。感心すべき演技で、アカデミー助演男優賞は当然の結果だろう。ドン・チードルは「フレンチ・コネクション」のジーン・ハックマンに相当する役柄と言える。
スティーブン・ソダーバーグの演出に無駄な部分は一切なく、麻薬戦争という主題と戦うべき理由を簡潔に浮かび上がらせている。僕は演出の技術そのものに感心する傾向があるが、これはその好例。「フレンチ・コネクション」が刑事の立場から麻薬コネクションを追いつめる話だったのに対して、「トラフィック」の場合はテーマの取り上げ方が多角的、重層的であり、映画の印象も深いものになる。事件は何も解決しないけれど、希望を持たせたラストの処理などは極めて真っ当だ。
一方でこの演出は足し算によるものとの思いもする。これとこれとこれを組み合わせて、こういう風に描けば、こんな効果が出るという正確な計算に基づいたもの。余計な部分がないので密度も濃くなるのだけれど、映画の遊びとは無縁であり、テーマに関心を持てない人にはあまり面白くない映画なのだろうな、と思う。
2001/04/24(火)「ザ・メキシカン」
ジュリア・ロバーツとブラッド・ピットの“夢の競演”が売り。ところがですね、2人が同じ画面にいるのは合計15分あったかどうか。要するに2人とも忙しくスケジュールが合わなかったのだろう。映画の出来もサイテーである。
最初の場面で2人が一緒にいたかと思ったら、ピットはメキシコ、ロバーツはラスベガスに行って、それぞれ話が進行する。なぜラスベガスで殺し屋とロバーツの交流など長々と見せられなければならないのかね。ピットの方のエピソードも締まりがなく、監督はユーモアを入れようとしたのだろうが、見事に失敗している。
リアルかユーモアかどっちつかずなのが、まず失敗の要因。ゴア・ヴァービンスキー(「マウス・ハント」)の緩みっぱなしの演出がそれに輪をかけた。そもそもロバーツとピットのカップルという設定からして、年齢的に無理があるような気がする。
2001/04/17(火)「ハンニバル」
クラリス・スターリング(ジュリアン・ムーア)の扱いを除けば、ほぼ原作通り。というか、原作のダイジェストに過ぎない。ちゃんとあの問題のシーンも映像化されている。しかし、やはり原作のような優雅さを備えることは無理だった。
アカデミー主要5部門を制した前作「羊たちの沈黙」を僕は原作ほど面白いとは思わなかった。あの5部門受賞というのは消えゆくオライオンへの同情票が多かった結果ということを覚えておいた方がいい。ジョナサン・デミの演出、ジョディ・フォスター、アンソニー・ホプキンスの演技には確かに見るべきものはあったけれど、あの映画もまた原作のダイジェストだった。
今回の失敗はキャラクターの整合性を取れなかったことにあるようだ。クラリスへの執着を見せるレクターは分かるにしても、クラリス自身のキャラの描き込みが足りないし、そのクラリスをいじめるクレンドラー(レイ・リオッタ)も原作ほど嫌な人物として描けていない。レクターの幼いころの回想を省いたのは仕方がないが、筋を追うのに精いっぱいで全体的に描写が足りないと思う。
小説「羊たちの沈黙」はサイコ・スリラーのジャンルを1作で売れるジャンルに押し上げたが、小説「ハンニバル」はそのジャンルの中でやや上位に位置するだけの作品である。その原作をほぼ忠実に映画化するだけで、前作を超える映画が生まれるはずがない。
笑ったのはアンソニー・ホプキンスが「タイタス」と同じような痛い場面を演じていること。ホントに「タイタス」はこの映画の予告編みたいなものだったのだな。それと最後の場面。原作では中盤にあり、最もユーモラスなシーンを最後に持ってきて、別の意味を与えたのは面白かった。
2001/04/03(火)「ミート・ザ・ペアレンツ」
ベン・スティラーが結婚を決めた彼女の両親に会いに行く話。根は善人なのにやることがすべて裏目に出るというタイプなのか、あるいはたまたまその日が最悪の運に見舞われたのか、遺灰の入った壺を割り、家を焼きそうになり、彼女の妹の目にアザを作りと、最悪の展開となる。
ゲラゲラ笑って見られる映画なのだが、どうも脚本が雑である。テレビのコメディを見ているような感じ。
監督は「オースティン・パワーズ」「オースティン・パワーズ デラックス」のジェイ・ローチ。父親を演じるロバート・デ・ニーロは怖くてどこか怪しげな役をうまく演じているし、スティラーもその彼女のテリー・ポロも悪くはないのだけれど、この脚本ではね。とりあえずのつじつま合わせのレベルで、見ていて
納得いかない。ギャグを散りばめるのはけっこうだが、その場限りの笑いよりは全体の統一を図った方が良かった。
2001/03/28(水)「ザ・セル」
ジェニファー・ロペス主演のサイコ・サスペンス。シリアル・キラーに誘拐された女性の居場所を探すため、小児科医(ロペス)が昏睡状態の犯人の精神世界に入っていく。そこで繰り広げられるイメージが見どころ。かなり気色の悪い場面もあるのだが、なかなか面白い出来と思う。
「マトリックス」によく似たアイデア。あちらはサイバー・スペース、こちらは人間の脳の中だから、こちらの方がじめじめして荒廃している。中で死ねば、現実世界でも死んでしまうというのは「マトリックス」と同じだ。
スタイル抜群のロペスがよろしいし、映画の展開も結末もまともである。CM出身のターセム監督のイメージの造形は見事。奇抜な衣装を担当したのは「ドラキュラ」でアカデミー賞受賞の石岡瑛子。これも見事。