2005/09/29(木) 携帯と航空券

 空港の改札で航空券を通したらエラー。「磁気が弱くなっているようです」と言われる。マイルの登録時にもエラーが出ていたので、予想はしていた。先日、航空券を携帯と一緒にバッグに入れていたのが原因らしい。バッグに入れたまま、飲みに行き、7、8時間そのままだったものなあ。これも携帯の電磁波のせいか?

 先月行った沖縄では家内と子供の航空券が同じ状態になった。けっこう、あることのようだ。というわけで、明日まで東京出張。といっても、あまり見るべき映画はないな。

2005/09/28(水) Quicktime 7 Pro購入

 iTunesをアップデートしたら、Quicktime7をインストールするかどうか聞いてきたので、まあいいやと思い、インストール。途中で古いQuicktimeのライセンスキーは使用できませんと出る。はいはい。Quicktimeを起動して設定から登録ボタンを押し、Apple Storeへ行って購入手続き(消費税込み3400円)。以前のIDとパスワードが使えた。ついでにメールアドレスを@niftyからさくらに変更しておいた。

 Quicktimeをインストールすると、秀丸マクロファイルのアイコンがQuicktimeのものに変わる。もう慣れたので、フォルダオプションから、まずアイコンを変更(hidemaru.exeを選ぶと、マクロファイルのアイコンも出てくる)し、その後に関連づけるアプリケーションを秀丸に設定。これでOK。

2005/09/27(火) 「リバーヘッド」

 「リバーヘッド」チラシ24日の日記を読んだ家内が「ふるさときゃらばんの公演、行く?」と聞いてきた。なんと、きょう公演があるというのだ。ああいうことを書いた手前、見ておかないとまずいだろう。家族5人で県立芸術劇場演劇ホールへ行く。ふるさときゃらばんの公演を見るのは「瓶ヶ森の河童(かめがもりのしばてん)」(2002年10月26日の日記参照)以来、ほぼ3年ぶり。

 ホームページの解説には「上流と下流の心をつなぐ新しいMUSICAL 森と川と水源地のものがたり」とある。対象は小学生以上。なるほど、子どもでもよく分かるように作られている。というか、この作りは子どもを意識したものだと思う。

 第一幕は狩猟で暮らしていた人間が農耕へと移る過程を描く。人間たちに米作りを教えるのは中国から海を渡ってきた河童(この河童、「瓶ヶ森の河童」に出てきた河童と同じである)。山奥の村で暮らしていた人々は豊かな暮らしを求めて川下に下りてくる。田んぼを作り、橋を架け、都会との交易で豊かな暮らしをするが、やがて暴風雨が来て、橋は流れ、田んぼも畑も泥に埋まる。山へ帰ろうという人もいるが、もう一度橋を架けようという声が大きくなり、「橋を架けよう、橋を架けよう」という合唱で一幕は終わる。

 第二幕はいきなり現代の話。雨が2カ月も降らず、渇水に見舞われた都会は断水する。ある家族が「水はどこから来るんだろう」と山奥の村へ出かける。そこにはダムがあり、かつての村はダムに沈んでいた。一度は村を捨て、都会に出た人々が帰っており、一人の老人が「川下へ行った孫娘のためにダムの建設に判を押した」と話す。都会の暮らしは便利だが、パチンコなどの遊びにはすぐに飽きる。などという場面を描いた後、地球の水がどこから来たかという説明になり、最後は「地球は水の惑星」という合唱となる。

 子ども向けの作りと感じたのはこうした水の説明があるからだ。ドラマとしても総論で終わった観がある。最初にテーマありきの作りなのだ。だからあまり心に響かない。こういうドラマは各論の方が面白くなる。孫娘の幸せのために判を押したじいさんの話を取っかかりに話を作っていけば、具体性が出たのではないかと思う。

 「戦後最大の台風14号の被害に遭われた皆さんにお見舞い申し上げます」。舞台終了後、団員の一人が言った。洪水があったり、断水があったりでタイミング的にはぴったりというか何というか。しかし、そうしたことを言うふるさときゃらばんの姿勢も団員の熱意も好ましいと思う。ホームページを見ると、子ども向けの作品が多いようだ(「走れ!ケッタマシン」は違うのか?)。家族そろって楽しめるミュージカルが方針の一つなのかもしれないが、次は大人向けのミュージカルを見せて欲しい。

2005/09/25(日) 運動会

 秋晴れ。雲一つない上天気。絶好の運動会日和。参加する方には…。観戦する方には暑くてたまらない。特に今年の席は日陰のない所(毎年、地区ごとにグラウンドを右回りに移るのだ。今年は最悪の場所)だったので、朝から強い日差しにさらされてぐったり。さすがに昼食時には木陰に移ったが、午後からまたもや強い日差し。しかも今年はうちの子どもが出る競技は午後の方が多かった。ビデオ担当としては多数のライバルカメラマンと場所取り競争しながら、あっちへ行ったりこっちへ来たりしながら撮影。それでさらにぐったり。

 去年はスチル写真をスライドショー形式に編集してDVDに焼いた。それも悪くなかったが、やはり後から見るにはビデオの方が楽しい。これからPremiere Proで編集しなくてはならない。

 それにしても今日来ていた多数の父母カメラマンの中で、撮ったビデオを編集する人はどれぐらいいるのだろう。たいていは一度見たら、終わりなのでしょう。いや、編集しても一度見たら終わりなんですけどね。少なくともテープのままにしておくよりはいい。テープは必ずカビが生える(体験談)。

 以前、ITmediaにビデオカメラの需要は子どもが小さな時だけという記事があった。たいていの家庭では子どもが生まれたらビデオカメラを買うが、成長するに従って使う機会が減る。だからビデオカメラの買い換え需要は少ないという記事。ビデオは撮影にも編集にもある程度の技術が必要になる。デジカメのように旅先で気軽に撮れるものでもない。だからビデオカメラの販売には限界があるのだという。

 なるほどと思う。うちはビデオカメラ2台目だが、3台目を買うかどうかは疑問だものなあ。子どもが保育園のころは運動会と発表会の年2回は必ず使っていたが、今は運動会の時だけ(あ、神楽の時も撮影したんだっけか)。その年2回も子どもが中学生になると、なくなる家庭が多いだろう。ちょっとした動画なら携帯でもデジカメでもかまわないわけだしね。

編集

 というわけで3時間ほどかけて編集。いつものエンドクレジットのほかに今回はオープニングタイトルも作ってみる。いやあ、面白い。ハイライト部分の映像を短くつなぎ、音楽と字幕を入れると、本格的になる。取り込んだビデオにシーンごとに字幕を付けた後、エンディングを作る。いろいろと試行錯誤しながら、これで3時間。プロの編集者はどれぐらいの時間で作っているんですかね。

 ところが、Premiere Proからテープに書き出そうとしたら、途中で止まる。あれ、メモリーが足りないかと思い、再起動してもう一度書き出してみたが、ダメ。レンダリングの際にオーディオのレンダリングをオフにしたら、なんとか書き出せた。どこか音声のエラーがあったのか。テレビにつないで見てみると、修正したい部分が出てくる。細かい修正をして、ムービー(MPEG2)に書き出す。これをTMPGEnc DVD AuthorでDVD用のファイル(VOB)に書き出す。最後にB's Recorder GoldでDVDに焼き、DVDのラベルを印刷して終了。たった22分のDVDに半日がかりだな。

2005/09/24(土)「大いなる休暇」

 「大いなる休暇」パンフレット「8年前から漁がすたれて島民はみんな生活保護で暮らすようになった。生活保護で金はもらえるが、誇りも少しずつ失う」。

 125人の人口しかいないカナダ・ケベック州のサントマリ・ラモデルヌ島。夜逃げした町長の代わりに町長になったジェルマン(レイモン・ブシャール)がクライマックス、都会から来た医師のルイス(デヴィッド・ブータン)に言う。生活保護から脱けるためには工場が必要で、その工場を誘致するには医師がいることが条件だったため、島民はみんなでルイスに対して理想的な島と装う嘘をついていたのだ。この直前にルイスは恋人と親友から3年間、嘘をつかれていたことを知り、ショックを受けているというのが絶妙のシチュエーションである。さて、ルイスはどうするというのが素晴らしい終盤になっている。高齢者ばかりがいる無医地区というのは日本の地方にもあることだろう。CM監督出身で長編映画デビューのジャン=フランソワ・プリオは、笑いの中に真実を込めたうまい映画を作ったと思う。

 島には15年前から医師がいない。ジェルマンたちはケベック中の医師に島に来てくれるよう手紙を書くが、みんな無視されてしまう。ルイスが島に来た(来ざるを得なかった)のにもひねった理由があるのがうまいところ。ルイスは決してボランティア精神にあふれた医師ではないのである。本当はアイスホッケーが好きなのにルイスの趣味に合わせて男たちはクリケットの真似事をする。毎夜、お金をルイスに拾わせる。下手な釣りの腕前を見て、釣り針に魚を掛ける。ジャズなんて大嫌いなのに大音量のジャズをルイスと一緒に聞く。島に定住してもらおうと、ルイスの電話を盗聴して必死にあれやこれやをする島民たちの姿がユーモラスに温かく綴られていく。ここにある笑いは観客に媚びた下品なものではなく、登場人物のキャラクターからにじみ出る笑い。脚本のケン・スコットはスタンダップ・コメディアン出身という。笑いの本質を分かっている人なのだろう。

 ルイスが来た翌朝からルイスの元には多数の患者が押し寄せる。なにしろ無医地区なので、実際に島民たちは困っていたのだ。そんな島の真実と、誇りを失って無為に暮らしたくないという島民たちの思いが映画からは伝わってくる。監督の言葉を借りれば、この島民たちは「生きる糧をなくして、それでも再度希望を持って立ち上がる人々」なのである。だから、終盤、映画はルイスに対して嘘をつき続けるか、真実を打ち明けるかの選択をジェルマンたちに取らせる。クライマックスが素敵なのは人間として当たり前のことが当たり前に受け止められるからだ。

 ケベック州の島が舞台であるため、セリフはすべてフランス語。出てくる俳優も知らない顔ばかりだが、映画はとても面白かった。農村を舞台にしたミュージカルを作り続ける劇団「ふるさときゃらばん」の姿勢に通じるものがある映画だと思う。過疎地の実情は世界のどこでも共通するものなのだろう。