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災害時に使うポータブル電源を買っておこうと思い、いろいろ調べた結果、Jackery(ジャクリ)という日本メーカーの製品が良いらしいことが分かりました(すいません、アメリカのメーカーでした)。ちょうど公式サイトで45%オフのセールが始まったので買おうとしたら、購入ボタンが押せません。先日の日向灘地震に伴う南海トラフ巨大地震臨時情報の影響で注文が殺到しているようです。みんな考えることは同じなんですね。少し割高ですが、amazonで35%オフをやっていたので注文。届くのは9月下旬になるとのこと。
amazonでは中国製のポータブル電源やソーラーパネル(に限らず多数の中国製品)が販売されていてレビューも良いんですが、サクラチェッカーで調べると、ほとんどが偽のレビュー(さくら)と判定されます。明らかな詐欺製品は言うに及ばず、一見まともな粗悪製品もありますから注意が必要です。
YOASOBIの名曲「群青」は「ブルーピリオド」の原作コミック(山口つばさ)にインスパイアされたものだそうです。映画を見た後に聴くと、Ayaseが書いた詞は物語のエッセンスをうまく掬い上げていることが分かります。映画は好きなものに打ち込む青春を描いて「線は、僕を描く」(2022年、小泉徳宏監督)、「ルックバック」に連なる「アート系スポ根」の傑作だと思います。
高校2年の矢口八虎(眞栄田郷敦)は毎夜、渋谷の街に繰り出していたが、成績は優秀。一方で空虚さも抱えていた。ある日、美術室で一枚の絵に出合う。それは3年の森まる(桜田ひより)が描いた緑色の天使の絵だった。八虎はそれに影響を受けて、夜明けの青く見える渋谷を描いてみた。美術に興味を持った八虎は進学先を東京藝大に変え、合格を目指す。
かつては社長と言われた父親(“ずん”のやす)は今、昼間より高い賃金が得られる夜勤の仕事に就き、母親(石田ひかり)はパートで働いていて、八虎を私立大に行かせる余裕はありません。成績優秀な八虎に安定した仕事に就けるような将来を望む母親は「絵は趣味にしておけばいいじゃない」と国立の藝大進学にも反対します。疲れ切った母親がテーブルに突っ伏して寝ている姿を八虎がスケッチするシーンがしみじみと良く、ここで母親は息子の絵に対する本気度を初めて理解します。
映画には競争倍率の高い東京藝大受験に失敗する若者も多数描かれます。自分の好きな道に進むことの困難と大変さもしっかり描くことで、この映画は逆にそうした現実と夢の間で悩む若者の背中を押す効果も持ち得ているでしょう。
眞栄田郷敦はサキソフォンでプロを目指して実際に東京藝大を受験(不合格)した経験があるそうで、この役にぴったりのキャスティング。萩原健太郎監督は前作「サヨナラまでの30分」(2020年)で新田真剣佑を主演にしていましたから、2作続けて俳優兄弟を起用したことになります。
▼観客11人(公開4日目の午前)1時間55分。
1996年に実際に起きた13歳の少年と36歳の女性のスキャンダル“メイ・ディセンバー事件”を基にしたトッド・ヘインズ監督作品。実際の事件では教師と生徒の関係でしたが、映画は大きく脚色していて、事件をなぞるのではなく、年の離れた男女のその後と、そこに入ってきた女優の姿を描いています。
主演はヘインズ監督の「エデンより彼方に」(2002年)などでも主演したジュリアン・ムーアと、「ブラック・スワン」(2010年、ダーレン・アロノフスキー監督)を思わせる役柄のナタリー・ポートマン。事件が映画化されることになり、役のリサーチのためにグレイシー(ムーア)とジョー(チャールズ・メルトン)夫婦のもとを訪れる女優のエリザベス(ポートマン)は次第に夫婦に、特にグレイシーに影響されていきます。「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」とのニーチェの言葉のような状態に陥っていくわけです。ポートマンは43歳ですが、相変わらず魅力的です。
ポートマンはサミー・バーチの脚本を読んで惚れ込み、ヘインズ監督に脚本を送ったそうです。ヘインズはイングマール・ベルイマンの傑作「仮面 ペルソナ」(1966年)を想起したそうですが、完成した映画はベルイマン作品ほど難解ではありません。ただ、一般観客に分かりやすい展開でもなく、そこが評論家の評価との乖離に現れているようです。
IMDb6.8、メタスコア86点、ロッテントマト91%。アカデミー脚本賞ノミネート。
▼観客10人(公開7日目の午後)1時間57分。
フィル・コリンズの大ヒット曲「Against All Odds」(1984年、日本語タイトル「見つめて欲しい」)をカラオケでエミリー・ブラントが歌うシーンにぐっときました。いや、シーンが良かったからではなく、歌が懐かしかったんです。この歌、「カリブの熱い夜」(1984年、テイラー・ハックフォード監督)でも使われました。というか、Wikipediaによると、当初は“How Can You Just Sit There?”というタイトルの予定だったそうです。映画のタイトルに合わせて変えたんですね。
スタントマンのコルト・シーバース(ライアン・ゴズリング)は撮影中に大怪我を負い一線を退いていたが、元カノのジョディ・モレノ(エミリー・ブラント)が初監督を務める作品でカムバックする。ジョディに未練のあるコルトは彼女の気を引こうとスタントに奮闘するが、主役俳優トム・ライダー(アーロン・テイラー=ジョンソン)が突然姿を消す。ジョディとの復縁とスタントマンとしてのキャリアの復活を企むコルトはトムの行方を追うことになるが、予想外の事件に巻き込まれる。
監督は「ブレット・トレイン」(2022年)のデヴィッド・リーチ。話は新味に欠けるものの悪くありませんし、アクションシーンも良いんですが、演出が大味。「ブレット・トレイン」は緩さも魅力でしたが、この作品にはタイトさが必要です。
IMDb6.9、メタスコア73点、ロッテントマト82%。
▼観客25人ぐらい(公開初日の午後)2時間7分。
双子姉妹の初恋を双子の姉妹監督(ワンウェーウ・ホンウィワットとウェーウワン・ホンウィワット)が描いたタイ映画。主演のティティヤー・シラボーンシンは双子ではありません。
2000年問題やノストラダムスの大予言が話題になる1999年が舞台。なんでもシェアしてきた高校生の双子姉妹ユーとミーの前にハンサムなマーク(アントニー・ブィサレー)が現れる。マークは家庭の事情で高校をやめ、田舎のナコーンパノムに帰るが、ユーとミーも離婚寸前の母親の実家に帰り、そこでマークと再会する。ユーとミーはマークとの仲を深めていくが、シェアができないことで2人の関係に影響を及ぼしていく。
途中まで悪くないなと思っていましたが、どうも終盤が長く感じます。そこである事件が起きるんですが、間延びした感じを解消するには至っていません。1時間半程度にコンパクトにまとめたいところでした。
▼観客7人(公開3日目の午後)2時間2分。
ペヤンヌマキ作の同名舞台劇を「恋人たち」(2015年)の橋口亮輔が脚色・監督した作品。母親を温泉に連れてきた三姉妹(江口のりこ、内田慈、古川琴音)の確執を描き、いかにも元が舞台劇といった感じの作品に仕上がっています。
一緒に温泉に来た母親が一切画面に登場しない設定も含めて、三姉妹それぞれの個性と確執は面白いんですが、あまりうまさは感じませんでした。
▼観客7人(公開5日目の午後)1時間46分。
クリント・イーストウッド「スペースカウボーイ」(2000年)にも「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」が流れたことをふと思い出しました。ラスト、カメラが月面にズームアップして、座り込んでいるある人物を捉えるシーンで流れるんですが、悲しみと歓びが絶妙にブレンドした最高に粋な使い方でした。下記の「THE MOON」でもエンディングで流れましたが、月と言えば、この曲しか思いつかないのか、と思ってしまうのは映画の出来がいまいちだからでしょう。
黒沢清監督の短編ホラー映画。ショッキングな描写と不気味な演出の連続で、監督の過去の作品と同じイメージがいくつも出てきます。狂気が連鎖・感染していくあたり、僕は「回路」(2001年)を想起しました。
料理教室の講師・松岡卓司(吉岡睦雄)の教室で生徒の田代(小日向星一)が「チャイムのような音で誰かがメッセージを送ってきている」と言い出す。田代は教室で孤立し、少し変わっていると言われていた。別の日、田代は「僕の脳の半分は入れ替えられて、機械なんです」と言い出し、突然、首に包丁を突き立てる。また別の日、松岡は若い女性の生徒・菱田明美(天野はな)を教えている途中、鶏が気持ち悪いと文句を言う明美に怒って何度も包丁を突き刺す。
訳の分からない怖さを描いた作品で、松岡の行動に説明はなく、自宅では妻(田畑智子)が毎日大量の空き缶を捨てていたり、息子(石毛宏樹)が食事中に突然大声を上げたりしますが、これも特に理由は説明されません。家のドアを開けると、不穏な大音響が流れるシーンなど恐怖の存在は何も映らないのにそれだけで怖いです。メディア配信プラットフォームのRoadsteadオリジナル作品第一弾。
IMDb6.7。
▼観客6人(公開初日の午後)45分。
「殺さない彼と死なない彼女」(2018年)「恋は光」(2022年)の小林啓一監督作品。非公認の新聞部で学園の不祥事に切り込んでいく部員たちを描いています。トロッ子は記者(汽車)のレベルには届かないトロッコの意味(そう呼ばれた主人公が「駄洒落か」とつぶやくのがおかしいです)。
文学少女の所結衣(藤吉夏鈴)は憧れの作家“緑町このは”が在籍する私立櫻葉学園高校に入学する。しかし、エリート集団の文芸部の入部テスト中に教室に侵入してきたドローンの直撃を受けて気を失い、入ることができなかった。落ち込む結衣に、文芸部部長の西園寺茉莉(久間田琳加)が正体不明の作家“このは”を見つけ出せば入部を許可する、という条件を出す。結衣は学園非公認の新聞部に潜入し、部長の杉原かさね(高石あかり)や副部長・恩田春菜(中井友望)の下で、新米記者として活動することになる。教師たちの不祥事を暴く新聞部を快く思わない学園の理事長・沼原(高嶋政宏)は理不尽な圧力をかけ、新聞部は窮地に立たされる。
宮川彰太郎の原案は母校・日大の悪質タックル問題と不祥事から着想を得たものだそうですが、大学ならともかく高校だと、理事長に小物感があります。だから理事長を追及する姿勢にも“ごっこ感”を感じてしまいます。それを除けば、ユーモアを絡めた小林監督らしい作品になっています。
藤吉夏鈴はNHK夜ドラ「作りたい女と食べたい女」での会食恐怖症の役が実にぴったりでした。この映画では演技に堅さが少し見られますが、主役を張る力はあると思いました。高石あかり、久間田琳加、中井友望も好演。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午後)1時間38分。
部員が6人しかいない高校の弱小バスケットボール部が2012年の全国大会で快進撃した実話を基にした韓国映画。落ちこぼれチームがゴタゴタを克服しながら勝利に向かうパターンで、普通に良く出来ていますが、これまでに何度も描かれてきたタイプの作品なので目新しさに欠けるのが難です。
元バスケットボール選手のカン・ヤンヒョン(アン・ジェホン)が廃部の危機にある釜山中央高校バスケットボール部のコーチに抜擢される。寄せ集め部員を引き連れて、初試合に挑むことになるが、対戦相手はバスケットボールの最強校だった。チームワークは崩れ、結果は惨敗。学校側はバスケットボール部廃部を議論し、部員もバラバラになってしまう。
全国大会で1人の選手が鎖骨を折る重傷を負ってしまい、残りの試合は交代要員のいない5人で闘うことになります。それでも決勝まで進んだのは大したものですが、描かれるのは決勝戦の途中まで。あとは字幕処理となります。ファール5回で2人が退場したため途中から3人で闘ったというのが驚きですが、そこは描かれません。そこを含めて決勝をじっくり描いた方が良かったんじゃないですかね。
監督はチャン・ハンジュン。
IMDb6.9。アメリカでは未公開。
▼観客2人(公開初日の午後)2時間2分。
米国に次ぐ有人月面着陸を目指す韓国の宇宙船が事故を起こし、1人生き残った宇宙飛行士の救出をめぐるサスペンス。唖然とするほど雑な映画です。
38万キロ離れた地球と月の交信がリアルタイムでできたり(実際は電波が届くのに片道1秒余かかるので、往復で3秒近いディレイになります)、月の裏側と交信できたり(これ、前半はできない設定が生きてるんですが、後半は普通に何の問題もなくできてしまってます)、もしかして地球のどこかと交信してるのかと思えるほどです。ああ、だから劇中とエンディングに先日のスカーレット・ヨハンソン主演映画と同じく「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」(グレッグ・バーランティ監督)が流れるわけですね。
クライマックスに主人公(ソル・ギョング)の過去のロケット爆発事故に関する秘密が明らかになりますが、これがもう最低のキャラであることが分かるぐらいダメダメなエピソード。普通はこういう人、悪役に分類されるでしょうし、おまえのそういういい加減なところが事故の原因だろ、と思えます。緻密さが要求される宇宙開発に携わってはいけない人物で、だから5年間も閑職に追いやられていたわけですが。クライマックスの命令無視の救出劇も能天気なもので、リアリティーを徹底的に欠いてしまっています。
映画化すれば失敗が目に見えてるぐらい雑な脚本なのに、よくこれで映画化を許可しましたね。製作者の目は節穴でございますか? 監督は「神と共に」2部作(2018年)のキム・ヨンファ。緻密さが要求される映画には向かない人なのでしょう。
IMDb5.9、ロッテントマト33%。アメリカでは限定公開。
▼観客6人(公開6日目の後)2時間9分。
高石あかり、伊澤彩織主演のシリーズ第3弾「ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ」は宮崎でロケしたので予告編にシーガイアや県庁、青島などがバンバン出てきます。宮崎では1週間先行して9月20日公開。それに先立ちテレ東でドラマ版の「ベイビーわるきゅーれ エブリデイ!」が始まる予定ですが、まだ開始日のアナウンスはありません(ありました。9月4日開始だそうです)。映画には池松壮亮と前田敦子が出ていて、主題歌は女王蜂が担当。これまでの2作より予算かけてますね。楽しみです。
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前作(2015年、ピート・ドクター監督)は劇場で見逃し、amazonプライムビデオで見て、世評ほど良い出来とは思えませんでした。本作を見る前にディズニープラスで見直しましたが、評価はほぼ変わらず。9年後の本作は前作より明確に良い仕上がりだと思います。
高校入学前の思春期を迎えた少女ライリーの頭の中には新たにシンパイ、イイナー、ハズカシ、ダリィの4つのキャラが現れ、ヨロコビ、カナシミ、イカリ、ビビリ、ムカムカたちは戸惑います。ヨロコビとカナシミが過って司令部を離れてしまったことから、ライリーには友情を失ってしまう危機が。ヨロコビとカナシミは司令部に帰ろうと奔走します。
思春期になって頭の中の司令部の改造が突然始まるのが、なるほどと思える展開。前作では不要と思えるネガティブなカナシミの必要性が描かれましたが、今回はさまざまな感情の必要性が描かれ、そうしたあらゆる要素がライリーを形成していくのを素直に描いています。ピクサーはストーリーをチームで検討しているそうで、だから説得力のある物語になるのでしょう。
日本語吹替版でヨロコビの声は前作では竹内結子でした。それを引き継いだ今回の小清水亜美も自然に演じています。カナシミの大竹しのぶがうまいのは当然ですが、シンパイの多部未華子も良いです。ライリー役は16歳の横溝菜帆。
監督のケルシー・マンは「モンスターズ・ユニバーシティ」(2013年)や「2分の1の魔法」(2020年)などの脚本チームのリーダー(ストーリー・スーパーバイザー)を務め、本作が初監督。
IMDb7.8、メタスコア73点、ロッテントマト91%。
▼観客多数(公開2日目の午後)1時間36分。
「ツイスター」(1996年、ヤン・デ・ボン監督)と登場人物は重複していず、続編とは言えませんし、リメイクでもありません。竜巻を題材にした同じような展開の映画というだけ。唯一重複しているのは“ドロシー”ですが、旧作が観測装置の名前だったのに対して、本作では竜巻を沈静化する装置の名前になっています(もちろん、「オズの魔法使」の主人公の名前から取ったものです)。一般的に本作の方が評判は良いようですが、僕は似たり寄ったりの出来と思いました。
28年前の作品に比べてVFXに大きな差があるかと言えば、竜巻の大きさや迫力はむしろ旧作の方が勝っている感じです。旧作の登場人物たちは竜巻の観測チームで、自分たちで危機に飛び込んでいくので共感を持ちにくかったんですが、今回は竜巻の被害を抑えようとする主人公たちを描いています。主人公ケイトを演じるのは「ザリガニの鳴くところ」(2022年、オリヴィア・ニューマン監督)のデイジー・エドガー=ジョーンズ。
ジョーンズは悪くないんですが、あんな簡単な仕組みと小さな装置で竜巻を抑えられれば、とっくにやってるでしょうね。気象現象はスケールが大きく、影響の及ぶ範囲も大きいですから個人の資金で制御できるものとは思えません。そのあたりのリアリティーのなさが惜しいです。監督は「ミナリ」(2020年)のリー・アイザック・チョン。
IMDb7.1、メタスコア65点、ロッテントマト76%。
旧作はIMDb6.5、メタスコア68点、ロッテントマト66%。
▼観客8人(公開2日目の午後)2時間2分。
予告編を見てデヴィッド・リンチ監督「ストレイト・ストーリー」(1999年)のような話かと思いましたが、これは実話ベースではなく、レイチェル・ジョイスの原作「ハロルド・フライの思いもよらない巡礼の旅」(映画と同タイトルに改題して講談社文庫に入ってます)の映画化。主人公の動機が明らかになる場面のドラマティックさはフィクションのゆえなのでしょう。
「ストレイト・ストーリー」は73歳の主人公が病に倒れた兄に会うために350マイル(約563キロ)を小型トラクターで旅する話でした。「ハロルド・フライのまさかの旅立ち」はかつての同僚女性クイーニーがホスピスに入ったのを知った主人公ハロルド(ジム・ブロードベント)が元気づけるために約800キロを歩いて行く話。800キロも歩くというのは普通の人なら考えないでしょう。第一、ホスピスに入ったのなら、早く行かないと、間に合わない恐れがあります。
ハロルドはクイーニーの手紙の返事を出すために立ち寄った店の女の子との会話で歩いて行くことを思いつき、何も準備せず携帯電話も持たずに出発します。取るものも取りあえず急いで行く、のではなく、ゆっくり行くわけです。クイーニーのいるホスピスには「歩いて会いに行くから」と伝え、自分が歩き続ける限り、クイーニーは死なないと信じることでハロルドは歩き続けます。途中で知り合った男がマスコミ関係者だったことから、ハロルドは新聞で紹介され、同行する人たちが増えていきます。このあたり、「フォレスト・ガンプ 一期一会」(1994年、ロバート・ゼメキス監督)を思わせる展開。
ハロルドと妻モーリーン(ペネロープ・ウィルトン)の関係は息子の死をきっかけにうまくいかなくなっていますが、別の女性に会いに行くことを知ったモーリーンは心穏やかではありません。ハロルドとクイーニーの関係がこの作品のポイントで、個人的には作りすぎの感じが拭えませんでした。
IMDb6.8、ロッテントマト77%。
▼観客11人(公開18日目の午後)1時間48分。
出産を控えたスジン(チョン・ユミ)の夫ヒョンス(イ・ソンギュン)が就寝中に夢遊病患者のように歩き回ったり、顔をかきむしったり、冷蔵庫の生肉を食べたりの奇行を繰り返すようになる。次第にエスカレートする夫の奇行に恐怖を感じたスジンは夫婦で睡眠クリニックを受診する。
ヒョンスの奇行が単なる病気なのか、超常現象の影響なのか明確にしないのが好みではありません。映画は終盤、超常現象で説明するんですが、視覚的に描いていないのでどっちとも取れる地味な展開になっています。VFXを使ってドッカンドッカンの展開をつい期待してしまい、物足りなさを感じました。
イ・ソンギュンは「パラサイト 半地下の家族」(2019年、ポン・ジュノ監督)など多数の映画・ドラマに出演してきましたが、麻薬不法投薬の疑いで警察の捜査を受け、昨年12月、車の中で死んでいるのが見つかりました。
監督のユ・ジェソンはポン・ジュノの助監督を務めていた人で、これが初監督作。
IMDb6.5、メタスコア78点、ロッテントマト94%。
▼観客9人(公開6日目の午後)1時間34分。
楽天ブックスに注文したガブリエル・ガルシア=マルケス「百年の孤独」が3週間余りかかって届きました。6月に新潮文庫に入って完売するほどの人気でしたが、増刷され、今では書店でも平積みになってます。文庫解説は筒井康隆。マルケス作品では実は「族長の秋」の方がお気に入りだそうです。こちらは文庫版が既に絶版。amazonで2倍ぐらいの価格で売られてますが、テンバイヤーからは買いたくないので集英社は復刊してくれませんかね。
こういうサブタイトルだと6000人の命を救ったのかと勘違いしますが、主人公のニコラス・ウィントンが第二次大戦中、チェコのユダヤ難民の子どもたちを里子として国外に移送して救ったのは669人。その後の50年間で増えた家族を入れると、6000人になるというわけです(ラストの字幕で紹介されます)。
669人も立派な数字ですので、6000人をサブタイトルに入れる必要はなかったと思います。ちなみにオスカー・シンドラーは1100人以上の絶滅収容所行きを阻止し、東洋のシンドラーといわれる杉原千畝は6000人以上にビザを発給したといわれています。
ウィントンが携わったのは「キンダートランスポート」というプロジェクト。これは1938年に始まり、開戦までの9カ月間にドイツ、オーストリア、チェコスロヴァキアのユダヤ人の子どもたち(0歳から17歳までの)約1万人がイギリスに送られたそうです。ですから669人というのはあくまでウィントンが携わった(記録していた)数であるわけです。
映画は1938年のウィントンをジョニー・フリン、1988年のそれをアンソニー・ホプキンスが演じています。ウィントンは戦後、救出できなかった子どもがいたことに後悔する気持ちがあってプロジェクトのことを人前で話すことはなかったそうですが、50年後にBBCテレビが取り上げ、救われて成長したかつての子どもたちに会うことになります。いつもながらのホプキンスの名演で感動的な場面になっていますが、ドキュメンタリー「ニコラス・ウィントンと669人の子どもたち」(2011年、マテイ・ミナーチュ監督)でも描かれており、予告編を見ると、描き方がそっくりです。この映画を参考にした部分が大きいのではないでしょうか。
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キンダートランスポートについては「ホロコースト 救出された子どもたち」(2000年、マーク・ジョナサン・ハリス監督、アカデミー長編ドキュメンタリー賞受賞)でも描かれています。
監督のジェームズ・ホーズはドラマ版「スノーピアサー」(2020年)などテレビシリーズの演出を多く担当し、これが劇場映画監督デビュー作。2本のドキュメンタリーを見ることが難しくなっているので、劇映画として作った価値はあると思います。演出に際立った部分はありませんが、手堅い作品ではありました。ウィントンの現在の妻役にレナ・オリン。マルト・ケラーの名前もエンドクレジットにありましたが、どこに出てきたのか分かりませんでした。パンフレットによると、メディア王の妻役だったとのこと。
IMDb7.5、メタスコア69点、ロッテントマト90%。
▼観客15人ぐらい(公開4日目の午後)1時間49分。
ディズニープラスのドラマ「ロキ」(2021年)に登場した時間変異取締局(TVA)が重要な役回りで登場するのでドラマを見ていた方が楽しめますが、見ていなくても話は十分に分かります。ウルヴァリンが死んだ「LOGAN ローガン」(2017年、ジェームズ・マンゴールド」監督)を見ていた方が良いですが、必須ではありません。ショーン・レヴィ監督とライアン・レイノルズ主演の「フリー・ガイ」(2021年)のパロディ的場面がありますが、これまた見ていなくても支障はありません。「デッドプール」の過去2作を見ていなくてもかまいませんが……。
このほかマーベル作品の諸作も全部見ておいた方が楽しめることは間違いありませんけど、見ていなくても楽しめるように作ってあります。
死んだはずのウルヴァリン(ヒュー・ジャックマン)がどうして復活するかと言えば、マーベルお得意のマルチバース(多元宇宙、並行世界)を使います。そこにTVAが絡んでくるというわけ。ウルヴァリンはデッドプール(ライアン・レイノルズ)の世界を破滅させないためのキーパースンであることが分かり、デッドプールは破滅を回避するために別の世界のウルヴァリンに協力を求めます。
例によって、デッドプールは騒がしいしゃべりとギャグを繰り出し、血まみれアクションも展開します。デッドプールもウルヴァリンも再生能力が高く、不死身なので、アクションも過激になります。デッドプールが第4の壁を突破するおなじみのシーンもあります。忽那汐里は前作「デッドプール2」(2018年、デヴィッド・リーチ監督))に続いてユキオ役で出ています。
ショーン・レヴィ監督はかつては「いまいち面白くない映画を撮る人」と認識してましたが、「フリー・ガイ」など近年の作品は面白いですね。
IMDb8.3、メタスコア56点、ロッテントマト80%。
▼観客10人ぐらい(公開2日目の午前)2時間8分。
韓国の海女さんたちが密輸にかかわっていたという実話を基にしたアクション。1970年代が舞台なのでファッションは当時を再現、音楽も70年代風。それならば、上映時間も90分ぐらいに抑えると、なお良かったと思います。クライマックスの水中アクションは見応えがありました。
監督は「モガディシュ 脱出までの14日間」(2021年)のリュ・スンワン。密輸組織のボスを演じるチョ・インソンは「モガディシュ…」にも出ていましたが、ディズニープラスの「ムービング」(2023年)で空を飛ぶ能力を持つ主人公ボンソク(イ・ジョンハ)の父親役でもお馴染み。中盤にある船の中でのアクションではナイフを振り回して多数の敵を相手にし、デッドプールに負けない残虐さが強烈でした。
IMDb6.2、ロッテントマト93%。アメリカでは映画祭での上映のみ。
▼観客1人(公開12日目の午前)2時間9分。
ホン・サンス監督の映画は評論家と一般観客の評価が乖離している場合が多く、この作品もそうなっています。ロッテントマトでは評論家の肯定的評価が97%ですが、観客スコアは22%と低迷しています。
映画監督のビョンス(クォン・ヘヒョ)はインテリア関係の仕事を志望する娘のジョンス(パク・ミソ)を連れ、旧友ヘオク(イ・ヘヨン)が所有するアパートを訪れる。アパートは地上4階、地下1階建てで、1階がレストラン、2階が料理教室、3階が賃貸住宅、4階が芸術家向けのアトリエ、地下がヘオクの作業場になっていた。3人はワインを飲みながら和やかに語り合うが、仕事の連絡が入り、ビョンスはその場を離れる。
と、ここまではいつものホン・サンス監督タッチ。クォン・ヘヒョもイ・ヘヨンもホン・サンス映画の常連な上、他の出演者4人とも同監督のこれまでの映画に出ています。人物が窓際のテーブルで語り合う構図も過去の作品で見かけたものでしたが、その後の展開で「あれ」と思い、さらに「あれ」と思って、最後になるほどと思いました。時間の操作と垂直に上っていく展開、男女関係の不思議を組み合わせた面白さがあります。
ホン・サンスは年1本ぐらいのペースで作品を発表し、既にベルリン国際映画祭銀熊賞5度受賞の監督ですが、作品のスケールは日常ベースで大きくはないため、巨匠という感じではないですね。
IMDb6.7、メタスコア87点、ロッテントマト97%。
▼観客4人(公開2日目の午後)1時間37分。
中途半端。原作はビジネス小説とのことですが、映画の後半はビジネスよりも織田信長殺人事件の犯人探しの様相です。ほとんどの観客は笑いを期待していると思いますが、不発に終わってます。クライマックスの徳川家康(野村萬斎)の長い演説もダサさの極み。新米記者役の浜辺美波だけが救いですが、映画全体を救うには至っていません。
監督は「テルマエ・ロマエ」(2012年)「翔んで埼玉」(2019年)の武内英樹。12月公開予定の「はたらく細胞」も監督してますが、不安になりますね。
▼観客多数(公開初日の午前)1時間50分。
スルーしようと思ってましたが、キネ旬レビューでの評価が3人とも高かった(★5個1人、★4個2人)ので見ました。山下敦弘監督が実写撮影したものを久野遥子監督がロトスコープでアニメ化した作品(この2人が共同監督にクレジット)。いましろたかしのコミックをいまおかしんじ監督が脚本化しています。この脚色が良いです。素朴な絵でまったりと展開する原作(全1巻15話)のエピソードを拾いながら、原作には登場しない少女かりんを軸に物語を構成しています。その結果、かつてはスタジオジブリのアニメが担っていたような、夏休みの少年少女が見るのに最適な作品に仕上がりました。あんずちゃんはオッサンキャラなので大人が見ても楽しいです。
あんずちゃん(森山未來)は草成寺の和尚さん(鈴木慶一)に拾われて育てられていたが、10年たっても20年たっても元気で、30年たった時には妖怪になっていたという化け猫。寺男の傍ら原付バイクに乗って、マッサージの仕事を請け負っている。その草成寺に音信不通だった息子哲也(青木崇高)が娘のかりん(五藤希愛)を連れて帰ってくる。哲也はサラ金の借金を返すため、和尚さんに借金を頼むが断られ、かりんを置いて出て行ってしまう。かりんは哲也が別れ際に言った「母さんの命日に戻ってくる」という言葉を信じて待ち続けるが、一向に帰ってこない。東京にある母親の納骨堂にはお金を払っていなかったために入れず、墓に手を合わせることもできない。かりんは「母さんに会わせて」とあんずに頼む。そこから地獄の鬼たちを巻き込んだ騒動が始まる。
実写をトレースするロトスコープという技法を初めて知ったのはラルフ・バクシ監督「指輪物語」(1978年)の時でした。この技術自体はマックス・フライシャーが1919年の短編アニメで初めて使い、ディズニーの「白雪姫」(1937年)でも使われたそうです。最近では朝ドラ「虎に翼」のオープニングもこれですね。「化け猫あんずちゃん」の絵と動きには実写の名残はほとんど感じられませんが、森山未來によるあんずちゃんのユニークでとぼけた味わいのキャラなどは声をあてるだけよりも演技した方が厚みが出てくるのかもしれません。
山下敦弘監督にとっては「カラオケ行こ!」「水深ゼロメートルから」「告白 コンフェッション」に続く今年4本目の映画。IMDb7.0。カンヌ国際映画祭の監督週間で上映されました。
▼観客10人ぐらい(公開2日目の午前)1時間37分。]
手が付けられない暴れん坊の9歳の少女ベニー(へレナ・ツェンゲル)を描くドイツ映画。ベニーは里親、グループホーム、特別支援学校などどこでも問題を起こして追い出されてしまう。ママのもとに帰りたいと願っていたが、発作のような怒りが起こると、母親にも手が付けられず、他のきょうだいへの影響を恐れて施設に彼女を押し付ける。非暴力トレーナーのミヒャ(アルブレヒト・シュッフ)は、自分とベニーの二人だけで、森深くの山小屋で3週間の隔離療法を受けさせることを提案する。
その隔離だけでうまく行くのかと思えば、全然そんなことはなく、ベニーはミヒャを信頼して家族になりたいと言いますが、ミヒャには妻子がいて断ります。
システム・クラッシャーという症例はとても面白いのですが、精神的治療も確立されていないようで、映画も解決策を示していません。社会からの排除・隔離が本人にとっての根本的な解決にはならないことは言うまでもありません。
これが長編劇映画デビューのノラ・フィングシャイト監督は映画の内容が自分の子ども時代にも基づいている、としています。直接的なきっかけはドキュメンタリーの撮影中に知った11歳の少年で、この少年は51の施設を渡り歩いていたそうです。
大人になれば、収まっていく症状なのかもしれませんし、大人がこんなことを続けていたら、迷惑な存在として完全に社会から排除されるでしょう。
映画は2019年に製作されたもので、ヘレナ・ツェンゲルは「この茫漠たる荒野で」(2020年、ポール・グリーングラス監督)ではトム・ハンクスと共演していました。
IMDb7.8、メタスコア89点、ロッテントマト95%。
▼観客6人(公開初日の午後)1時間59分。
1969年のアポロ11号月面着陸の捏造説をテーマにしたドラマ。この捏造説は当時からあって、これを「カプリコン・1」(1977年、ピーター・ハイアムズ監督)ではアレンジして火星着陸の捏造をめぐるサスペンスに仕立てていました。この映画はラブコメを絡めています。主演のスカーレット・ヨハンソン40歳、チャニング・テイタムは44歳で、ラブコメをやる年齢としては少し高すぎますが、違和感はありません。特にヨハンソンが良いです。
初めて月面に着陸するアポロ11号をPRするため、マーケティングのプロ、ケリー(ヨハンソン)がNASAに雇われる。実直で真面目なNASAの発射責任者コール(チャニング・テイタム)は反発するが、月面着陸は世界の注目を集め、盛り上がっていく。政府関係者のモー(ウディ・ハレルソン)はケリーに月面着陸のフェイク映像を撮影する極秘プロジェクトを託す。宇宙開発競争でソ連に負けっぱなしだったことから、失敗した時に備えて、成功を偽装する計画だった。ケリーはアームストロング船長の代役や撮影監督を雇い、ケネディ宇宙センター内部に作った偽の月面での撮影準備を進めるが、成功を信じるコールは猛反対する。
ヨハンソンは圧倒的ビジュアルを持っているにもかかわらず、美人ぶらない演技が徹底しています。だから、貧しく苦労した過去を持つヒロインに説得力があります。
月面着陸の映像について「ロシアは『スタジオで撮った映像だ』と言ってる」という皮肉をこめたセリフがラスト近くに出てきます。ロシアは「マリウポリの20日間」でも同じことを言ってました。これがロシアの常套的言い逃れ、負け惜しみ方法なわけですね。
IMDb6.8、メタスコア52点、ロッテントマト66%。
▼観客10人ぐらい(公開初日の午前)2時間12分。
侯孝賢(ホウ・シャオシェン)がプロデューサーを務めた台湾=日本合作映画。台北郊外に父(リウ・グァンティン)と2人で暮らすリャオジエ(バイ・ルンイン)は自分たちの家と店を手に入れることを夢見ながら倹約した生活を送っていた。ある日、リャオジエは“腹黒いキツネ”と呼ばれる地主のシャ(アキオ・チェン)と出会う。
真っ直ぐで誠実な父とは真逆のシャを描くことで、父親の素晴らしさを訴える内容。時代は1989年で、不動産の価格が短期間で2倍になるなど日本のバブルの影響もあったことがうかがえます。投資に失敗する人のエピソード(これは単なる詐欺じゃないですかね)もあり、堅実な父親がなおさら立派に見えてきます。それならば、このタイトルではなくても良かったんじゃないでしょうかね。監督は侯孝賢の助監督を務めていたシャオ・ヤーチュエン。
IMDb7.3(アメリカでは映画祭での上映のみ)。
▼観客7人(公開5日目の午後)1時間52分。
地球温暖化ストップをアピールするため石油パイプラインを手作りの爆弾で破壊しようとする若者グループを描くサスペンス。原作はスウェーデンの気候変動学者アンドレアス・マルムのノンフィクション「パイプライン爆破法 燃える地球でいかに闘うか」。
爆破計画を実行しようとするのはさまざまな身の上を持つ8人。彼らは環境テロリストに分類されるのでしょうが、メンバーの中には1人、警察のスパイが紛れ込んでいて、計画は警察の知るところとなります。こういう物語の場合、爆破計画が失敗するか、メンバーが逮捕されるか、殺されるかするのが普通。この映画はそれを超える展開を用意していました。かなり理にかなったものであり、強い意志表明であると同時に未来に開かれた決着の付け方と言えるでしょう。
パンフレットにはダニエル・ゴールドハーバー監督を含むこの映画の製作者のステートメントが掲載されています。一部を引用します。
「ともすれば進歩的な反乱を描く物語は、その企てが始めから失敗することを描写する。かれらはそのキャラクターを、無知で、理想主義的で、または無能であるとして扱う。もし我々が何か違うアプローチを取ったらどうだろうか? アンドレアスのマニフェストを劇映画に仕立て直すとしたらどうだろうか? 自分たちが何をしているのか、そしてなぜそうしているのかに意識的なキャラクターたちについて、プログレッシブなアクションについての物語を描くとしたらどうだろうか? それは革命の行為を、現実的で、生々しく、身近な方法で描写するストーリーである」
そうしたことを考え抜いた上でのこのラスト、感心しました。
IMDb6.9、メタスコア76点、ロッテントマト95%。
▼観客4人(公開6日目の午後)1時間44分。
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