2002/04/06(土)「ビューティフル・マインド」

 2時間16分、無駄な部分はほとんどない。途中にある脚本の仕掛けは分かってしまったが、それが分かった後に来る夫婦愛の場面がとてもよろしい。ロン・ハワードは1940年代、50年代、おまけして60年代中盤ぐらいまでのハリウッド映画が持っていた美点をとても大切にしているようだ。あの、大学の食堂で他の学者たちが主人公のジョン・ナッシュにペンを差し出す場面は泣けた。ドラマトゥルギーの基本として、最初の方の場面に呼応する、こういう場面はあってしかるべきなのだが、それでも泣けた。自分の精神分裂症に引け目を感じて、控えめに生きる主人公の姿とそれがついに報われる、とても素敵なラストシーン。描写の端々に過去のハリウッド映画の良い部分が散見され、豊かで力強い映画になっている。

 ジョン・ナッシュは実在の人物だが、その人生の大筋だけを借りて自由に脚本化したアキバ・ゴールズマンの手腕にまず拍手。映画には現実と違う描写が多いらしいけれど、少なくともその本質はつかんで放さず、ジョン・ナッシュの苦悩と栄光が見事に映画として語り直されている。エッセンスだけを凝縮して、エンタテインメントに仕立て上げたゴールズマンは優れた脚本家である。

 そして、精神分裂病のジョン・ナッシュを演じるラッセル・クロウの演技は賞賛に値する。どこかダスティン・ホフマンの演技を思わせるが、ラッセル・クロウがこんなに微妙な演技が出来る俳優とは思わなかった。主人公を支え続ける妻を演じるジェニファー・コネリーも大いに魅力的だ。コネリーはホントに報われたなという感じがする。「レクイエム・フォー・ドリーム」も良かったけれど、こういう正統的な映画での好演はこれからのキャリアにもプラスになるだろう。

 ロン・ハワードのフィルモグラフィーを見ると、1本も明確な失敗作がないのに驚く。ただし、すべてが水準以上であるにもかかわらず、決定的な1本というのがない監督だった。「スプラッシュ」「コクーン」「バック・ドラフト」「アポロ13」とジャンルは多岐に渡っているけれど、共通しているのはエンタテインメントとしてどれも良くできていること。「ビューティフル・マインド」が退屈で感動の押し売りをするような伝記映画にならなかったのはハワードのこのエンタテインメント志向があったからなのだろう。